治療がうまくいく人、いかない人【理学療法とは何か #017】
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理学療法を受けると、すぐによくなる人がいます。時間はかかるけれど、少しずつ確実に変わっていく人もいます。一方で、なかなか変化が出にくい人もいます。
この差は、単純に「本人が努力したかどうか」だけで決まるものではありません。また、「理学療法士の腕がよいかどうか」だけで決まるものでもありません。もちろん、本人の努力も、理学療法士の力量も重要です。しかし実際には、病状、年齢、体力、栄養状態、認知機能、痛み、麻痺、生活環境、リスク管理、運動負荷のかけ方など、多くの条件が重なって治療効果が決まります。
まず、他動運動だけでよくなるケースを考えてみます。理学療法士が関節を動かしたり、筋の緊張を変えたり、痛みを軽くしたりすることで、その場で動きがよくなることがあります。この場合は、理学療法士の技術が結果に強く影響します。一方で、自動運動によってよくなるケースでは、患者さん自身がどのように動くか、どのように続けるかが重要になります。この場合は、患者さんの努力だけでなく、理学療法士の指導力が問われます。
ただし、実際には、他動運動だけで完全によくなるケースは多くありません。自動運動だけで十分なケースも限られます。多くの場合は、他動運動、自動介助運動、自動運動を組み合わせます。理学療法士が動きを導き、患者さんが自分で動きを学び、その変化を生活の中で続けていく必要があります。だからこそ、治療がうまくいくかどうかには、技術と指導の両方が関わります。
治療がうまくいきやすい人には、いくつかの条件があります。まず、病状がそもそも軽い人は治りやすいです。若い人も回復しやすい傾向があります。栄養状態がよく、もともとの体力がある人も変化が出やすいです。フレイルが強くないことも重要です。身体に回復する余力がある人は、同じ治療をしても反応が出やすいです。
一方で、入院して理学療法が必要になる人には、重篤な状態の人も少なくありません。年齢が高く、虚弱で、栄養状態が悪く、認知機能の低下がある場合は、治療効果が出にくくなります。認知レベルが低下していると、運動に対する理解や意識が持ちにくくなります。自分の身体の変化に気づきにくくなり、運動を続ける意味も捉えにくくなります。この場合、本人の努力不足というより、治療効果を出すための条件がそろいにくいと考えるべきです。
外来の整形外科では、定期的に通院できる人は効果が出やすいです。痛みや動きにくさがあっても、定期的に状態を確認し、運動を修正し、負荷を調整できるからです。一方で、自己判断で動きすぎたり、逆に痛みを恐れて動かなさすぎたりすると、治療は進みにくくなります。ここでも大切なのは、適切な範囲を見極めることです。
前回は、「即時変化」、と「経時変化」の違いを書きました。この違いを理解しているかどうかも、治療がうまくいくかどうかに大きく関わります。徒手療法や物理療法によって、その場で痛みが軽くなることがあります。関節が動きやすくなることもあります。これは即時変化です。しかし、筋力がつくこと、歩行が安定すること、生活の中で転倒リスクが下がることには時間がかかります。これは経時変化です。
理学療法士は、この二つを区別して予後を見立てる必要があります。今日の治療で何を変えられるのか、数週間かけて何を変えるのか、数か月単位でどこまで到達できるのかを考える必要があります。特に経時変化は、細かく評価しながら追う必要があります。昨日より少し立ち上がりが楽になったのか、先週より歩行距離が伸びたのか、疲労の出方が変わったのかを確認しなければなりません。
脳卒中の場合を考えると、この問題はさらに明確になります。脳卒中後の回復には、年齢や脳の損傷部位の影響が大きく関わります。麻痺の程度も、感覚障害の有無も、認知機能の状態も重要です。そのうえで、麻痺に対しては反復動作による再教育が必要になります。適切な装具による補助も必要になります。動きにくい部分には、電気刺激などによって活動を促すこともあります。つまり、治療原則を総動員して治療する必要があります。
動かない部分をただ眺めていても変化は起きません。動かない部分を動かせるように誘導し、必要に応じて刺激し、補助し、リスクを管理しながら、少しずつ使える状態へ近づけていく必要があります。そのためには、患者さん自身にも「ここまでは動かせる」、「ここまでは安全にできる」という気づきが必要です。
怖い、無理だ、倒れそうだという認知は、運動の範囲を狭めます。これは自然な反応です。脳卒中後に麻痺があり、転倒の不安があれば、誰でも動くことに慎重になります。しかし、慎重さが強すぎると、使えるはずの能力まで使わなくなります。理学療法士の指導とは、「ここまでは動かせる」という気づきを誘導することです。無理をさせることではありません。安全な範囲を見極め、その境界線を少しずつ広げていくことです。
このとき、理学療法士側の条件も非常に重要です。まず、適切な評価ができている必要があります。データとして変化を理解していることが必要です。何が変わっていて、何が変わっていないのかを見なければなりません。そのうえで、最もどこにアプローチするべきかを理学療法推論として解釈する必要があります。
さらに、経験的に変化を理解していることも大切です。このような状態の人は、どのくらいの期間でどこまで変わりやすいのか、どの反応はよい兆候なのか、どの反応は危険なのかを知っている必要があります。また、困ったときに相談できる窓口を持っていることも重要です。理学療法士が一人で抱え込むと、判断が狭くなることがあります。治療がうまくいくためには、患者さん側の条件だけでなく、理学療法士側の知識、技術、経験、相談体制も必要です。
脳卒中後の家庭復帰を例にすると、治療がうまく進むかどうかは、かなり具体的な形で見えてきます。自宅に帰るためには、まずトランスファーが安定している必要があります。ベッドから車椅子へ移れること、トイレへ移動できること、一人で過ごす時間が長くても転倒リスクが少ないことが重要です。歩行能力も大切ですが、歩けるかどうかだけでは足りません。どの環境で、どの距離を、どの程度安全に歩けるかが問題になります。
さらに、自分で装具を着脱できることや、着替えができることも重要です。歩行レベルが少し上がっても、装具を自分で使えなければ生活の中では困ります。トイレまで歩けても、方向転換で転びやすければ自宅生活は不安定になります。つまり、治療がうまくいくとは、単に機能が上がることではありません。生活に必要な動作が、安全に、継続的にできるようになることです。
ここまで考えると、治療がうまくいく人と、いかない人の差は、努力だけでは説明できません。患者さんの身体条件を知る必要があります。病状の重さを知る必要があります。栄養状態、体力、認知機能、恐怖感、生活環境を知る必要があります。同時に、理学療法士自身の力量も知る必要があります。どこまで評価できるのか、どこまで負荷をかけられるのか、どこから危険なのか、どの方法を選べるのかを知らなければなりません。
「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」という言葉があります。理学療法にも、この考えはそのまま当てはまります。敵とは患者さんではありません。病状、障害、リスク、環境、回復を妨げる条件です。己とは、理学療法士自身の見立て、技術、経験、判断力です。その両方を知らなければ、治療は無謀になります。
患者さんの状況と、理学療法士の力量を知っていることです。
それが、治療をうまく進めるための出発点です。
次回は、「理学療法はどこまで変えられるのか」を考えます。治療がうまくいく条件を整理した後には、必ず限界の問題が出てきます。予後予測をどこまで理解しているのか、生理学的・病理学的な回復をどこまで理解できているのかが問われます。理学療法の可能性と限界を、Season 3の締めとして考えていきます。
この連載の全体像と過去記事は、以下の目次から確認できます。
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