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認知症の人に理学療法は必要か【理学療法とは何か #032】

この連載は、6本を1シーズンとして進めています。
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認知症の人に、理学療法は必要なのでしょうか。

この問いは、簡単ではありません。認知症があると、「説明しても覚えられないのではないか」、「運動指導が入らないのではないか」、「危ないから動かさない方がよいのではないか」と考えられることがあります。

たしかに、認知症がある人への理学療法は難しくなります。指示理解が難しいことがあります。危険への認識が弱くなることがあります。転倒したことを覚えていないことがあります。痛みをうまく訴えられないこともあります。自主練習を説明しても、それを続けることが難しい場合もあります。

しかし、そこから「認知症があるから理学療法は意味がない」と考えるのは早すぎます。

まず、認知症という言葉そのものを確認しておく必要があります。認知症は、かつて「痴呆」と呼ばれていました。しかし、この言葉は侮蔑的であり、実態を正確に表しておらず、早期発見や早期診断の支障にもなるとして、2004年に厚生労働省の検討会で「認知症」という用語への変更が適当であるとされました[1]。その後、行政用語や社会的な表現として「認知症」が広く使われるようになりました。

認知症にも種類があります。Alzheimer型認知症、血管性認知症、Lewy小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあり、原因や症状、進行の仕方は同じではありません。Alzheimer型認知症や血管性認知症は以前から主要な分類として知られてきましたが、Lewy小体型認知症が臨床的に整理され、一般にも知られるようになったのは比較的新しい流れです。現在の認知症診療では、これらをひとまとめにせず、原因疾患や症状の特徴に応じて考えることが重要です[2]。

認知症は、一般には「治らない」、「進行する」という理解が強い病気です。実際、多くの認知症は慢性的に進行します。薬物療法についても、すべての認知症を根本的に治す薬があるわけではありません。近年、Alzheimer病による軽度認知障害や軽度認知症を対象に、抗アミロイドβ抗体薬であるレカネマブやドナネマブが承認されましたが、適応は限られており、すべての認知症に使える治療ではありません[3]。

一方で、認知症の予防や進行予防という視点では、運動や身体活動が重要な生活習慣の一つとして位置づけられています。WHOも、認知機能低下や認知症のリスク低減に関するガイドラインを公表しています[4]。つまり、認知症と運動は無関係ではありません。

では、認知症の人への理学療法は、何を目的にするのでしょうか。

ここでは、「認知症そのものを理学療法で治す」と考えるのは適切ではありません。理学療法士は、認知症を専門的に診断し、薬物治療する職種ではありません。認知症そのものを主診断として理学療法士が単独で扱うというより、現実には、怪我や病気に理学療法士が対応する中で、合併症として認知症を見ていることが多いと考えます。

たとえば、大腿骨近位部骨折後の高齢者に認知症がある場合です。診断名は大腿骨近位部骨折です。手術後に立ち上がり、歩行、トイレ動作を回復させる必要があります。しかし、認知症があることで、危険認識が難しくなります。転倒したことを覚えていないことがあります。歩いてはいけないタイミングで立ち上がることがあります。痛みを忘れて動いてしまうこともあります。逆に、不安が強くなり、動くことを拒むこともあります。

この場合、理学療法士は骨折だけを見ているわけではありません。認知症そのものを治療しているわけでもありません。骨折後の回復を進めるうえで、認知症がどのように阻害因子になっているのか、あるいはどこにアプローチ可能性があるのかを見ているのです。

認知症の症状は複合的です。記憶の問題があります。見当識不全があります。理解力や判断力の低下があります。注意不全があります。実行機能の低下があります。さらに、不安、興奮、徘徊、拒否、睡眠不全などの行動・心理症状がみられることもあります[5]。理学療法士は、これらをすべて専門的に治療するわけではありません。しかし、これらが動作や活動にどう影響しているのかを見なければなりません。

認知症があると、活動は阻害されやすくなります。

活動とは、歩くこと、トイレへ行くこと、食事の席につくこと、着替えること、入浴することなど、生活の中で意味を持つ動作です。これらには、状況判断、記憶、注意、目的理解が関わります。トイレへ行くには、トイレの場所を理解し、そこへ向かい、ズボンを下ろし、便座に座り、終わったあとに立ち上がり、戻る必要があります。これは単なる筋力だけではありません。

一方で、運動そのものは、認知機能だけで司られているわけではありません。筋肉の収縮、関節運動、姿勢反応、脊髄レベルの反射、末梢神経、神経筋接合部、心肺機能など、多くの仕組みが関わります。認知症があっても、筋力を保つことはできます。関節を動かすことはできます。立ち上がりの反復を行うことはできます。歩行のリズムを作ることもできます。

ここに、理学療法の可能性があります。

認知症によって活動の意味が失われることがあります。なぜ歩くのか、なぜ練習するのか、なぜ今立ち上がるのかが理解されにくくなることがあります。しかし、運動そのものへの働きかけは残ります。身体は、言葉だけで動くわけではありません。一緒に動くこと、手を添えること、リズムを作ること、安心できる声かけをすること、いつもの場所で繰り返すことによって、動作が引き出されることがあります。

このとき重要なのは、「説明して納得してもらう」だけに頼らないことです。

もちろん、説明と同意は医療において重要です。しかし認知症の人では、その関係が崩れやすくなります。説明しても忘れてしまうことがあります。危険を理解しても、その場面になると行動を止められないことがあります。本人が不安を感じ、拒否することもあります。

そのため、理学療法士は、言葉だけでなく動作として関わる必要があります。一緒に立ち上がることです。一緒に歩くことです。短い声かけをすることです。同じ時間、同じ場所、同じ手順で繰り返すことです。視覚的な手がかりを使うことです。安心できる雰囲気を作ることです。本人の生活歴を知り、その人が反応しやすい言葉や動きを探すことです。

認知症の人への理学療法では、「できる能力」と「安全にしてよい行動」の間にずれが出やすくなります。

歩けるけれど、迷ってしまう人がいます。立てるけれど、危険を理解できない人がいます。歩行能力はあるけれど、転倒したことを覚えておらず、また同じ危険な動きをする人がいます。痛みを忘れて動いてしまう人もいます。反対に、身体能力は残っているのに、不安や混乱で動けなくなる人もいます。

このずれは、医療における大きなアポリア(難問)です。

重度認知症の人が歩ける場合、その人をどこまで自由に歩かせるべきなのでしょうか。歩くことは身体機能を保ちます。活動量を保ちます。落ち着きにつながることもあります。しかし、徘徊によって転倒や行方不明のリスクが高まることもあります。危険だからといって動かさなければ、廃用が進みます。筋力が落ちます。拘縮が進みます。さらに不穏になることもあります。

ここをうまく答えている研究や実践は、まだ十分とは言えないのではないかと思います。逆に言えば、ここを丁寧に扱えるなら、理学療法の価値は大きく高まります。高齢化が進む日本において、認知症の人が安全に動き、生活を保ち、家族や介護職と共に暮らせる仕組みを作ることは、世界にも発信できる知になる可能性があります。

認知症と転倒の関係も重要です。

認知症の人は、危険を予測しにくいことがあります。段差に気づきにくいことがあります。夜間に一人で立ち上がることがあります。歩行補助具を使うことを忘れることがあります。転倒したあとも、その経験を次の行動に活かしにくいことがあります。したがって、認知症がある人の転倒予防では、本人への説明だけでは足りません。

環境を整える必要があります。家族や介護職と情報を共有する必要があります。どの場面で立ち上がりやすいのかを知る必要があります。どの時間帯に不安定になるのかを確認する必要があります。トイレへの動線、ベッド周囲、履物、照明、手すり、見守り体制を調整する必要があります。

理学療法士は、家族や介護職に対して、安全性と危険なポイントを具体的に伝える役割を持ちます。

この人は、立ち上がることはできます。しかし、方向転換でふらつきます。この人は、歩くことはできます。しかし、疲れると急に膝が折れます。この人は、夜間にトイレへ行こうとして転びやすいです。この人は、声をかけすぎると混乱します。この人は、横から支えるより、前方に目標を示した方が歩きやすいです。

このように、理学療法士の視点で、安全な動作と危険な場面を説明することが重要です。認知症の人への支援では、本人だけに説明して終わることはできません。家族や介護職と共有し、同じ関わり方をできるだけ続けることが必要になります。

認知症の人に理学療法は必要です。

ただし、それは認知症そのものを理学療法で治すという意味ではありません。認知症の症状を捉えたうえで、できることとできないことを見分け、身体と環境と支援の可能性を整えるという意味です。

認知症があるから理学療法ができないのではありません。
認知症があるからこそ、身体と環境と支援を丁寧に整える必要があります。
そのためには、理学療法士が認知症の症状を捉え、できることとできないこと、支援の可能性を見立てることが重要です。

次回は、「終末期に理学療法は何をするのか」を考えます。認知症を考えると、理学療法は単純な治療だけでは説明できないことが見えてきます。本人の理解、家族の支援、環境の調整、安全と自由のバランスが問われます。

理学療法士の対応疾患が広がるほど、理学療法は治療的要素から支援的要素へと重心を移す場面が増えていきます。終末期では、その問いはさらに深くなります。治すことが中心ではなくなっていく場面で、理学療法士は何をするのか。次回は、その問題へ進みます。

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参考情報
[1]厚生労働省.「痴呆」に替わる用語に関する検討会 報告書.2004.
[2]日本神経学会監修.認知症疾患診療ガイドライン2017.
[3]厚生労働省.抗アミロイドβ抗体薬について.
[4]World Health Organization. Risk reduction of cognitive decline and dementia: WHO guidelines. 2019.
[5]国立精神・神経医療研究センター.こころの情報サイト:認知症.

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