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家族を見ることも治療の一部である【理学療法とは何か #026】

この連載は、6本を1シーズンとして進めています。
全体の流れを確認したい方は、以下の目次をご覧ください。

▶ このマガジンの目次
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在宅で理学療法を行うとき、理学療法士は本人の身体だけを見ているわけではありません。今回の話は私の持論であり、完全に正しいとは言えませんが、書いてみます。

もちろん、中心にあるのは本人です。立ち上がれるか、歩けるか、トイレに行けるか、転ばずに移動できるかを見ます。筋力、関節の動き、バランス、疲労、痛み、息切れも見ます。これは理学療法士の基本です。

しかし、在宅ではそれだけでは足りません。

なぜなら、在宅生活は本人一人だけで成立しているわけではないからです。そこには家族がいます。家族が食事を準備します。移動を見守ります。トイレや入浴を手伝います。薬の管理をします。転倒しないか心配します。本人の体調変化に最初に気づくこともあります。

つまり、在宅では家族が支援の中心になることがあります。家族が本人の状態をよく理解し、必要な介助や見守りを適切に行えるようになると、生活はかなり安定します。これは理想的な形です。

ただし、それは家族がすべてを背負うという意味ではありません。家族が専門職の代わりになるという意味でもありません。大切なのは、うまく分業することです。本人ができることは本人が行います。家族が支えるべきことは家族が支えます。専門職が担うべきことは専門職が担います。介護サービスや地域資源を使うべきところは使います。

在宅生活は、この分業がうまくいくかどうかで大きく変わります。

家族を見ることも治療の一部である、という言い方には少し違和感があるかもしれません。理学療法は、本人の身体に対して行うものだと考えられやすいからです。実際、理学療法士の仕事の中心は、本人の身体機能と基本動作を評価し、改善や維持を図ることです。

しかし、家族の疲弊や不安が強いと、在宅生活の状況は変わりにくくなります。家族がうまく介助できなければ、本人が動く機会は減ります。家族が不安になりすぎると、本人に動かせなくなります。反対に、家族が無理をしすぎると、介護者自身が倒れてしまうこともあります。

この意味で、家族を見ることは、理学療法士の専門性から完全に外れるものではありません。ICFの考え方で言えば、家族は環境因子の一部です。本人の活動や参加を支える重要な環境です。その環境が安定していなければ、本人の生活機能も安定しません。

家族は、支援者です。介助者です。観察者です。生活の共同運営者です。同時に、不安を抱える当事者でもあります。さらに、治療効果を左右する環境因子でもあります。

だからこそ、在宅で理学療法士が家族を見ることには意味があります。

家族が良い影響を与える場面は多くあります。たとえば、必要最小限の介助ができることです。本人が立ち上がろうとしているときに、すぐに全部手伝うのではなく、危険なところだけ支えることです。歩くときに、本人の邪魔にならない位置で見守ることです。できる動作は本人に任せ、危ない動作は支えることです。

この「必要最小限」がとても難しいです。

介助が少なすぎれば危険です。転倒するかもしれません。痛みが強くなるかもしれません。本人が不安になります。反対に、介助が多すぎれば、本人が自分で動く機会を失います。筋力も落ちます。自信も失います。家族も疲れます。

理学療法士は、本人にとっても家族にとっても適切な量と質の支援を一緒に探します。どこまで本人に任せてよいのかです。どこから手伝うべきなのかです。どの動作が危険なのかです。どの場面では見守りだけでよいのかです。これを具体的な動作の中で伝える必要があります。

一方で、家族の関わりが本人の自立を妨げることもあります。

よくあるのは、過度な心配です。一度転倒した場面、一度ふらついた場面、一度痛がった場面が、家族の記憶に強く残ることがあります。すると、「また転ぶのではないか」、「また痛がるのではないか」、「もう歩かせない方がよいのではないか」と考えるようになります。

この不安は自然なものです。家族は本人を守りたいからです。しかし、不安が強くなりすぎると、本人の活動を止めてしまいます。本人も「自分は危ないのだ」と感じるようになります。他のスタッフも家族の不安に引っ張られることがあります。すると、必要以上に動かない生活になっていきます。

逆に、無理をさせすぎる場合もあります。「もっと頑張ればできるはずです」と考え、本人の疲労や痛みを十分に見ないまま動かしてしまうことがあります。これも危険です。本人の能力、病状、疲労、転倒リスクを見たうえで、どこまで動くべきかを判断する必要があります。

在宅では、老老介護の問題も避けて通れません。

介護している家族自身が高齢であることは珍しくありません。配偶者が配偶者を介護している場合、介護者にも腰痛があります。膝の痛みがあります。睡眠不足があります。自分の通院もあります。それでも、「自分がやらなければ」と思って頑張っていることがあります。

地域包括ケアシステムでは、自助、互助、共助、公助という考え方が語られます。その中で、自助が強調されすぎると、家族や本人が過剰に背負う危険があります。老老介護の現場を見ると、自助だけでは生活が破綻しかねないことがわかります。

現実的には、介護者が元気であることが、本人の在宅生活を支えるうえで非常に重要です。本人の身体を見ることと同じくらい、介護者が無理をしていないかを見る必要があります。家族が疲れ切ってしまえば、在宅生活そのものが続かなくなるからです。

理学療法士は、家族に何を伝えるべきなのでしょうか。

一つは、手伝うべき動作です。トイレへの移動は見守りが必要なのか、立ち上がりは手を添えるだけでよいのか、入浴は一人では危険なのか、玄関の段差は介助が必要なのかを伝えます。

もう一つは、本人に任せてよい動作です。何でも手伝うのではなく、本人ができることは続けてもらう必要があります。できる動作を生活の中で使い続けることが、機能の維持につながります。

さらに、必要な支援サービスについても、理学療法士の視点から伝える必要があります。訪問介護が必要なのか、デイサービスが必要なのか、福祉用具が必要なのか、住宅改修が必要なのかです。理学療法士がすべてを決めるわけではありませんが、本人の動作能力と家族の介護力を見たうえで、支援の必要性を伝えることは重要です。

家族を見ることは、本来的には理学療法士の仕事ではないと考える人もいるかもしれません。たしかに、家族支援そのものは、介護支援専門員、看護師、介護職、ソーシャルワーカーなど多くの専門職が担う領域です。理学療法士だけが担うものではありません。

しかし、本人の動作や生活機能を支えるために家族を見ることは、理学療法の重要な拡張です。本人の身体機能がどの程度改善するのか、どの動作なら自立できるのか、どこで介助が必要なのかを判断できるからこそ、家族に具体的な助言ができます。

在宅では、本人の身体だけでなく、家族の不安や介助の仕方まで含めて生活を支えます。家族の関わり方が変わることで、本人の動きが変わることがあります。本人の動きが変わることで、家族の負担が変わることもあります。

だから、家族を見ることも治療の一部なのです。

次回は、「住宅環境はなぜ重要なのか」を考えます。在宅生活を支えているのは、家族だけではありません。家そのものも、本人の動きを大きく左右します。手すり、段差、浴室、トイレ、寝室、玄関、家具の配置は、本人の行動を促すこともあれば、妨げることもあります。環境は、人の動きを静かに誘導しています。次回は、環境によるアフォーダンスという視点から、住宅環境の意味を考えていきます。

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