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痛みがあるとき、何が起きているのか【理学療法とは何か #010】

痛みは、誰にとっても身近な感覚です。けれども、そのわりに、私たちは痛みをかなり大ざっぱに理解しています。痛いか、痛くないか。その程度の二分法で済ませてしまうことが多いです。しかし、理学療法の立場から見ると、痛みはそんなに単純ではありません。痛みは単なる症状ではなく、人の動きと生活を大きく変えてしまう要素です。

まず、痛みを理解する入口として、鋭痛と鈍痛を分けて考えるとわかりやすくなります。たとえば、手の甲を少し強めに叩いたとき、最初にピリッと走る痛みがあります。これが鋭痛です。そのあとに、じわっと残る鈍い痛みがあります。これが鈍痛です。この違いを意識するだけでも、痛みの見え方はかなり変わります。

鋭痛は、その瞬間の刺激に対して強く反応する痛みです。注射の針が刺さるときの痛みや、どこかをぶつけたときのピリッとした痛みがそれに近いです。これは身体にとって警告として働きやすいです。一方で鈍痛は、もう少し持続し、広がりを持ち、身体全体の調子や気分に影響しやすいです。理学療法で問題になりやすいのは、しばしばこの鈍痛の方です。なぜなら、鈍痛は単にそこにあるだけではなく、不安や恐怖を呼び起こしやすいからです。

私は、痛みが人に与える影響の中で、感覚そのもの以上に情動の側面が大きいと考えています。痛みがあると、人はまず不安になります。また痛くなるのではないか、この動きは危ないのではないか、悪化するのではないか、と考えます。つまり、痛みは単なる刺激ではなく、その後に情動的な反応を引き起こします。そして多くの場合、その情動の方が心身の動きに強い規制をかけます。

理学療法士が痛みを見るときも、単に痛みの強さだけを聞いているわけではありません。どのような種類の痛みか、どのくらいの頻度で出るのか、どの程度の強さなのか、どんな言葉で表現されるのかを見ています。さらに重要なのは、その痛みが生活にどのような影響を及ぼしているかです。階段が嫌になったのか、外出が減ったのか、立ち上がりに時間がかかるのか、夜に眠れないのか、仕事や家事を避けるようになったのかを見ています。

ここで整理しておきたいのは、痛みには少なくとも二つの側面があるということです。一つは、刺激としての痛みです。これは、身体に何かが起きていることを知らせる信号です。もう一つは、動きを変えてしまう要素としての痛みです。こちらでは、恐怖や不安が前に出ます。痛いから動けない、というより、痛そうだから動きたくない、またはその動きを避けるようになる、ということがよく起きます。とくに鈍痛は、この情動的な影響を強く伴いやすいです。

痛みがあると、人の動きはかなり変わります。まず、動きたくなくなります。次に、動くとしても怯えながら動きます。その結果、その動きをしないようにしたり、必要以上にゆっくり動いたり、かばったりします。頭痛のときに、何もしたくなくなる感覚を思い出すとわかりやすいかもしれません。痛みは、単に一か所の問題ではなく、イライラや脱力感を含めて、その人全体の行動を変えてしまいます。

具体的には、膝痛と腰痛がわかりやすい例です。膝痛は、動きとの関係が比較的見えやすいです。立ち上がるとき、階段を下りるとき、歩き始めるときなどに、どの局面で痛みが強く出るかが見えやすいです。だから、痛みと動作の関係を比較的整理しやすいです。一方で腰痛は、何をしたら痛みが出るのかがはっきりしないことがあります。前かがみなのか、長く座ることなのか、立ち続けることなのか、朝なのか夕方なのかが、人によってかなり違います。けれども、膝痛も腰痛も、最終的には歩き方に影響し、跛行や回避的な動きにつながります。つまり、痛みは動きを大きく阻害します。

ただ、ここで注意しなければならないのは、痛みの機序は単純ではないということです。もちろん、炎症や組織の問題、筋の緊張などを読み込むことは重要です。しかし痛みには複層性があります。はっきりした原因があって明確に存在しているように感じられるときもあれば、存在は確かにあるのに輪郭がぼやけていて、何がそれを強めているのかが分かりにくいときもあります。しかも、人知的には完全に痛みに関係していないように見えるものが、痛みを引き起こしたり強めたりすることもあります。この多様さが、痛みを人にとって厄介なものにしています。

だから理学療法士は、痛みに対して単純な二択をしません。「無理しないで」とだけも言いませんし、「頑張って動いて」とだけも言いません。そのあいだで、何なら今この場で変えられるかを探します。膝痛や腰痛であれば、物理療法、徒手療法、補装具療法などによって、まず痛みを軽減し、少し動きやすい状態を作ることができます。そして、「これだったら動ける」という範囲を見つけ、その範囲を少しずつ広げていきます。このガイドがとても大切です。痛いから全部やめるでもなく、痛いけれど我慢して全部やるでもなく、変化可能なところを見つけて、その人が動ける領域を再構成していくことが、理学療法の重要な役割です。

私は、この視点は今後も理学療法の中核に残ると思っています。痛くて動けない状況を変化させられる可能性を持った理学療法は、これからも必要とされ続けるはずです。なぜなら、人は症状そのものより、動けないことによって生活を失っていくからです。そして理学療法は、その失われかけた動きの回路を、もう一度つなぎ直そうとする仕事だからです。

痛みは、ただつらいだけの感覚ではありません。
痛みは動きを変え、動きは生活を変えます。
だから理学療法士は、痛みを症状としてだけでなく、動きの問題としても見ています。

次回は、ここからさらに一歩進めます。同じように見える運動でも、人によって結果が違うことがあります。なぜ同じ膝痛でも動ける人と動けない人がいるのか、なぜ同じ腰痛でも回復の仕方が違うのかを考えていきます。人は同じように見えて、何が違うのかを見ていきます。

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