筋力低下だけでは説明できない衰え【理学療法とは何か #021】
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高齢者の身体の衰えを語るとき、多くの人はまず筋力低下を思い浮かべます。
たしかに筋力は重要です。立ち上がるにも、歩くにも、階段を上るにも、転ばないように身体を支えるにも、筋力は必要です。理学療法士にとっても、筋力は評価と治療の中心的な概念です。
しかし、衰えは筋力低下だけでは説明できません。
ここには二つの問題があります。一つ目は、一般の人が「衰え=筋力低下」と理解しすぎていることです。二つ目は、理学療法士自身も、筋力を十分に正しく評価できていないことがあるという問題です。これは、かなり大きなジレンマです。
もし動けない理由が筋力ではないなら、筋力評価はいらないのではないかと思うかもしれません。しかし、それは違います。むしろ、筋力では説明できないことを明らかにするためにも、筋力を正しく評価する必要があります。筋力が原因なのか、筋力以外が原因なのかを見分けることが、理学療法士の仕事だからです。
人が動くためには、筋肉だけでは足りません。筋肉に命令を出す脳や神経系が必要です。筋肉が収縮するためには、エネルギーを生み出す代謝の仕組みが必要です。その働きを支えるためには、酸素や栄養を運ぶ呼吸器系と循環器系が必要です。さらに、動こうとする意欲や、運動を続けようとするモチベーションも必要です。
つまり、人の動きは、筋肉だけで作られているわけではありません。脳、神経、筋、関節、心臓、肺、代謝、感覚、認知、意欲が重なって、ようやく運動として現れます。私たちが目で確認できるのは、筋活動を伴った運動という現象です。しかし、その現象の後ろには、多くの仕組みがあります。
それでも、筋力を鍛える意味はあります。これは矛盾ではありません。筋力だけでは説明できないとしても、筋力があることで他の問題が解決しやすくなることがあります。筋力があれば立ち上がりやすくなります。筋力があれば姿勢を保ちやすくなります。筋力があれば疲れにくくなり、活動量を保ちやすくなります。したがって、「筋力だけではない」、しかし「筋力を鍛える意味はある」という理解が必要です。
たとえば、筋力があるのに動けない人がいます。この場合、問題は筋力そのものではなく、神経系の命令や調整にあるかもしれません。脳卒中後の麻痺では、筋肉そのものが完全になくなったわけではなくても、必要なタイミングで適切に力を出せないことがあります。力はある程度あるのに、動作の中で使えないことがあります。これは、単純な筋力低下とは違う問題です。
また、筋力はそれほど低くないのに転びやすい人もいます。バランス反応が遅い場合があります。足裏の感覚が鈍い場合があります。視覚や認知の影響で、段差や障害物への対応が遅れる場合があります。恐怖心が強く、動作が固くなる場合もあります。このような場合、「筋力をつけましょう」だけでは不十分です。
一方で、筋力低下が本当に大きな問題になる場面もあります。代表的なのは立ち上がりです。
立ち上がりは、生活世界の広がりに大きく関わる基本動作です。立ち上がれなければ、トランスファーが難しくなります。ベッドから車椅子へ移ることが難しくなります。トイレへ行くことも難しくなります。歩行も、まず立てなければ始まりません。立ち上がりができると、移動の範囲は大きく広がります。
だからこそ、立ち上がりに必要な筋力をどのように評価するかは重要です。ところが、理学療法士はここを十分に数値化できていないことがあります。動作を見て、「立ち上がりにくそうです」と判断することはできます。しかし、それだけでは不十分です。どの方向に、どの程度の力が必要なのかを、できるだけ物理的な数値として捉える努力が必要です。
たとえば、筋力トレーニングでは1RMという考え方があります。最大で一回だけ挙げられる負荷を基準にして、どの程度の強度で運動するかを決める考え方です。もちろん、高齢者や病後の人にそのまま厳密に適用できるとは限りません。しかし、どのくらいの力を出せるのか、どのくらいの負荷なら安全で効果的なのかを考える視点は必要です。
立ち上がりを10回行うことは簡単に指示できます。しかし、その10回がその人にとって軽すぎるのか、重すぎるのか、ちょうどよいのかを考えなければなりません。椅子の高さを変えると負荷は変わります。手すりを使うかどうかでも変わります。片脚への荷重量を変えることでも負荷は変わります。こうした設定をきちんと行うためには、筋力を動作の中で見るだけでなく、単一方向の運動としても評価する必要があります。
理学療法士には、動作から筋力を読む力が必要です。同時に、筋力そのものを数値として評価する力も必要です。この二つを分けて考え、最後に統合することが重要です。
高齢者の衰えには、廃用も深く関わります。廃用とは、使わないことで身体機能が落ちることです。歩かないから歩けなくなります。立ち上がらないから立ち上がりにくくなります。外出しないから持久力が落ちます。怖がって避けることで、さらに使わなくなります。
ここでも、筋力は重要です。ただし、「筋力が落ちたから使わなくなる」、だけではなく、「使わなくなることで筋力が落ちる」、という逆方向の流れもあります。さらに、どの程度筋力が落ちると使われなくなるのかを考える必要があります。ある閾値を下回ると、立ち上がりや階段が急に難しくなることがあります。理学療法士は、その境界線を知ろうとしなければなりません。
衰えを考えるときには、全身的な問題として見る視点と、単関節で評価する視点の両方が必要です。全身的には、脳や神経系、呼吸循環、代謝、意欲、疲労、生活習慣が関わります。一方で、単関節としては、膝関節の伸展筋力、股関節の支持性、足関節の背屈可動域などを具体的に見る必要があります。全身を見ているだけでは曖昧になります。単関節だけを見ていると生活につながりません。この二つをどう統合して理解するかが鍵になります。
筋力は重要です。しかし、筋力だけでは高齢者の衰えは説明できません。
全身的な問題として捉えることと、単関節で評価することをどう統合するかが鍵です。
そこに、理学療法士の見立てが必要です。
次回は、「歩けることと暮らせることの違い」を考えます。今回、衰えを筋力というパーツから見ました。しかし、筋力があることと、歩けることは同じではありません。さらに、歩けることと、暮らせることも同じではありません。次回は、身体機能と生活能力のあいだにある違いを見ていきます。
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