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# 終末期に理学療法は何をするのか【理学療法とは何か #033】

この連載は、6本を1シーズンとして進めています。
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「終末期リハビリテーション」という言葉には、どこか矛盾した響きがあります。

「終末」は人生の終わりを意味し、「リハビリテーション」は回復や再獲得を意味します。文字だけを見れば、「終着駅から旅を始める」と言われるようなものです。あるいは、「日が沈み始めた空に朝日を探す」と言われるような違和感があります。

だから、「終末期にリハビリテーションをする意味はあるのか」と考える人がいても不思議ではありません。

しかし、その違和感は、「回復」を身体機能だけで考えたときに生まれるものです。私はそうは考えていません。

終末期であっても、人は最後まで生きています。外出したいと思います。トイレへ行きたいと思います。自分で着替えたいと思います。家族と食事をしたいと思います。大切な人と会いたいと願います。理学療法士が支えているのは、そのような活動です。

私がこれまで多く経験してきたのは、がん終末期の患者さんです。もちろん終末期は、がんだけではありません。心不全やCOPD、神経難病、認知症など、さまざまな疾患が人生の最終段階を迎えます。しかし、自分自身の臨床経験に最も根ざしているのは、がん終末期の理学療法です。

終末期では、「改善」という言葉の意味も変わります。

急性期や回復期では、筋力が向上することや歩行能力が改善することを改善と呼びます。しかし終末期では、身体機能の回復は難しいことがあります。その一方で、活動には変化が生まれます。効果とは回復だけではありません。その人の願いが実現することも、理学療法がもたらした大切な変化だと私は考えています。

そのため、私は「改善」よりも「維持」という言葉を大切にしています。あるいは、「願いを支える」と言い換えてもよいかもしれません。

最後まで自分でトイレへ行きたい。最後まで自分で服を着替えたい。最後まで家族と同じ食卓を囲みたい。その人が人生の最後に願うことを、少しでも長く実現できるように活動を支えることが、終末期における理学療法の役割だと考えています。

終末期リハビリテーションは、緩和ケアの一環として、苦痛の軽減や生活の質(QOL)の維持を目的としています。しかし、理学療法士だからこそ支えられるものがあります。それが活動です。

歩くことです。立ち上がることです。座ることです。家族のもとへ移動することです。それらは単なる運動ではありません。その人が、その人らしく生きるための活動です。

終末期では、身体機能だけを評価しているわけではありません。

私が最も大切にしているのは、「本人がどうありたいか」という願いです。

歩きたいのか。家族と食事をしたいのか。外の景色を見たいのか。それとも、苦痛を少しでも軽くして静かに過ごしたいのか。その人が人生の最後に何を望んでいるのかを知ることが、理学療法の出発点になります。

以前、ある終末期の患者さんから、「もう起き上がりたくない」と言われたことがありました。身体的にも非常につらい状態でした。

私は、その方に「このままだと、お孫さんを抱きしめることができなくなります」と伝えました。

その方は少し考え、「それなら起きます」と言われました。

ベッドサイドに座り、お孫さんを抱きしめ、その後まもなく亡くなられました。

私にとって目的は、起き上がることでも、座ることでもありませんでした。お孫さんを抱きしめるという願いを実現することでした。

この経験は、理学療法とは何かを改めて考えさせる出来事になりました。

私は終末期の理学療法では、「エクササイズ」よりも「ムーブメント」が重要だと考えています。

筋力を鍛えることだけではありません。この動きなら痛くない。この姿勢なら苦しくない。この身体の使い方なら少し楽になる。この方法なら自分でできる。そのような「これだったらできる」という動きを一緒に見つけることです。その先に、その人が望む活動があり、生きている実感があります。

終末期では、「最後まで歩きたい」という人もいます。一方で、「もう無理をしたくない」という人もいます。

どちらも間違いではありません。

理学療法士は、自分の価値観を押し付けるのではなく、その人が何を望んでいるのかを丁寧に聴く必要があります。

歩きたいという願いも、苦痛なく過ごしたいという願いも、その人自身の人生です。

私は、終末期では「自立」よりも「自律」が重要になると考えています。

一人でできることではありません。自分で望み、自分で決めることです。その人が望む最後の時間を、身体を通して支えることが理学療法士の役割なのだと思います。

終末期では、家族への支援も欠かせません。

介助方法を伝えることです。呼吸が苦しいときの姿勢を伝えることです。身体の支え方を伝えることです。少しでも安楽に過ごせる方法を一緒に考えることです。

終末期の理学療法は、患者さんだけを支援しているわけではありません。その人を支える家族も含めて支援しています。

また、「何もしない」という選択もあります。

本人が何もしてほしくないと望むのであれば、それも一つの意思です。何もしないことと、何も支援しないことは違います。その意思を尊重し、その時間を支えることも理学療法士の大切な役割です。

理学療法士は、人の命を延ばす職業ではありません。

しかし、その人が最後までその人らしく活動できる可能性を支えることはできます。

歩くことかもしれません。着替えることかもしれません。家族を抱きしめることかもしれません。あるいは、背中をさすり、苦痛を少しでも和らげることかもしれません。

終末期になっても活動には意味があります。

その人が望む活動を最後まで支え続ける意思を持つこと。それが終末期における理学療法士の役割であり、専門性なのだと私は考えています。

次回は、「治すことと支えること」について考えます。

回復期では治療が中心となり、終末期では支援の比重が大きくなります。しかし、理学療法士が本当に支えているものは何でしょうか。回復と終末では方法は違っても、その人が望む生き方を身体と活動を通して支えるという本質は変わりません。「治す」と「支える」は対立する概念ではなく、一つの連続した営みなのです。

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参考文献
日本緩和医療学会.がん患者のリハビリテーション診療ガイドライン 2023.
World Health Organization. WHO guideline for integrated care for older people (ICOPE). 2019.
厚生労働省.人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン.2018.

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