病気が一つではない時代の理学療法【理学療法とは何か #031】
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病気が一つではない時代に、理学療法は何を見ればよいのでしょうか。
理学療法は、しばしば疾患名と結びつけて理解されます。大腿骨近位部骨折後の理学療法です。脳卒中後の理学療法です。心不全の理学療法です。変形性膝関節症の理学療法です。
医療制度の中でも、理学療法は疾患別リハビリテーションという形で整理されています。心大血管疾患、脳血管疾患等、廃用症候群、運動器、呼吸器など、疾患や病態に応じてリハビリテーション料が設定されています。この仕組みは、医療として理学療法を提供するうえで必要です。診断があり、医師の指示があり、計画があり、そのうえで理学療法士が関わります。
しかし、現実の高齢者を前にすると、疾患別という考え方だけでは足りない場面が多くあります。
たとえば、大腿骨近位部骨折の人がいます。診断名としては、大腿骨近位部骨折です。整形外科で手術を受け、骨折後の理学療法が処方されます。では、その人に必要な理学療法は、単に骨折後の歩行練習なのでしょうか。
実際には、そうとは限りません。
なぜ転んだのかを考えなければなりません。バランス能力が落ちていたのかもしれません。認知症があり、危険への判断が難しかったのかもしれません。心不全があり、息切れや疲労によってふらついたのかもしれません。脳卒中の既往があり、片側の反応が遅れていたのかもしれません。低栄養やフレイルがあり、回復する力そのものが落ちていたのかもしれません。
この場合、理学療法士が見ているのは、骨折した骨だけではありません。骨折後の身体です。転倒した理由です。退院後に暮らす家です。自宅でトイレへ行けるかどうかです。家族が支援できるかどうかです。心不全が運動負荷にどう影響するかです。認知症が安全管理や運動学習にどう影響するかです。
ここで重要になるのが、マルチモビディティです。マルチモビディティとは、多疾患併存のことで、一人の人が複数の長期的な健康問題や疾患を同時に抱えている状態を指します[1]。高齢になるほど、この状態は珍しいものではなくなります。むしろ、生活期や高齢者医療では、病気が一つだけという方が例外になることがあります。
私は、この状況を少し極端に言えば、「耳鼻科で足関節を治療するような状況」に近いと感じることがあります。もちろん実際に耳鼻科で足関節を治療するわけではありません。言いたいのは、制度上の診断名や診療科の枠組みと、実際に生活を支えるために見なければならない問題が、必ずしも一致しないということです。
大腿骨近位部骨折で入院している人に対して、整形外科的には骨折後の回復が中心になります。しかし、理学療法士は歩かせるときに心不全も見なければなりません。息切れ、血圧、疲労、浮腫、運動耐容能を見ます。認知症があれば、指示理解、危険認識、転倒リスク、記憶の問題を見ます。これらは骨折だけでは説明できません。
つまり、処方と目的、手段とゴールの間にずれが生じます。
処方としては運動器リハビリテーションかもしれません。しかし、ゴールは自宅復帰です。手段としては歩行練習かもしれません。しかし、目的は再転倒を防ぎ、家で暮らせるようにすることです。診断名は骨折かもしれません。しかし、実際には認知症、心不全、フレイル、家族支援、住宅環境がすべて関わります。
このずれが、理学療法士の思考を難しくします。
制度上は、理学療法士は医師の指示の下で理学療法を行います[2]。全体を医学的に統括するのは医師です。理学療法士が勝手にすべてを判断するわけではありません。疾患別リハビリテーションにも、医師の診療、リハビリテーション実施計画、総合実施計画、多職種連携が関係します。実際、リハビリテーション総合実施計画書には、原因疾患だけでなく、合併疾患やそのコントロール状態、高血圧、心疾患、糖尿病などを書く欄があります[3]。
つまり、制度上も合併疾患を無視してよいわけではありません。しかし、制度が疾患別に整理されている以上、現場の理学療法士には、疾患別の枠組みと、その人全体の生活機能をどうつなぐかという難しい課題が生じます。
これは、初学者にとっても大きな負担です。教科書では、大腿骨近位部骨折、脳卒中、心不全、認知症をそれぞれ別に学びます。しかし臨床では、それらを同時に持つ人に出会います。最初から複雑な症例を担当することになります。どの病気が何に影響しているのかを整理できないと、評価も治療も曖昧になります。
さらに、予後予測も難しくなります。
骨折だけを見れば、ある程度の回復過程を予測できるかもしれません。手術後何日で離床し、どの程度荷重し、どのくらいで歩行練習を進めるかを考えます。しかし、そこに心不全が重なると、運動負荷量を慎重に調整する必要があります。認知症が重なると、安全管理や自主練習が難しくなります。90歳を超えた人であれば、加齢そのものによる回復力の低下もあります。何が治り、何が維持され、何が進行していくのかが見えにくくなります。
病気が一つではないと、リスクも複雑になります。転倒リスクがあります。心不全の増悪リスクがあります。せん妄や認知機能低下のリスクがあります。低栄養による回復遅延があります。服薬の影響もあります。痛みがあると動けませんが、動かなければ廃用が進みます。心臓に負担をかけすぎると危険ですが、負荷が少なすぎると歩けるようになりません。
理学療法士は、この複雑さの中で活動を見ます。
ICFで言えば、理学療法士が特に専門性を発揮しやすいのは活動です。もちろん、心身機能や身体構造も見ます。筋力、関節可動域、呼吸循環、痛み、バランスを見ます。しかし、それらを最終的に活動へ結びつけて考えることが重要です。立ち上がれるのかです。トイレへ行けるのかです。歩けるのかです。階段を使えるのかです。家に帰れるのかです。
多疾患併存は、この活動に大きく影響します。
骨折は脚の支持性に影響します。心不全は歩行距離と疲労に影響します。認知症は安全管理と学習に影響します。フレイルは回復力に影響します。家族の介護力は退院先に影響します。住宅環境は自宅生活に影響します。したがって、理学療法士は疾患名だけを見るのではなく、複数の病気が活動にどう影響しているかを見なければなりません。
ただし、ここで誤解してはいけません。理学療法士一人が、その人の全体をすべて背負うわけではありません。制度上も実践上も、それは無理があります。全体を医学的に統括するのは医師であり、看護師、作業療法士、言語聴覚士、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャーなど、多職種で支える必要があります。
理学療法士が担うべきなのは、身体と活動の関係を専門的に見立てることです。
どの疾患が、どの動作を制限しているのかです。どこまで運動負荷をかけられるのかです。転倒リスクはどこにあるのかです。どの動作は改善可能なのかです。どの部分は支援が必要なのかです。自宅復帰を目指すなら、どの基本動作を優先すべきなのかです。
優先順位は、ゴールによって変わります。
急性期では、生命リスクや医学的安定が優先されます。回復期では、退院先やADL自立度が重要になります。在宅復帰がゴールであれば、トイレ動作、移乗、屋内歩行、家族の介護力が大きな意味を持ちます。施設入所が現実的であれば、転倒予防や介助量の軽減が中心になることもあります。本人が何を望むのかも重要です。
本来、この優先順位はカンファレンスで話し合われるべきです。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、家族が、それぞれの情報を持ち寄り、どこを目指すのかを確認する必要があります。しかし実際には、個々のリスクや動作の境界線まで十分に話し合われていないと感じることもあります。
高齢者の多疾患併存では、「治す」という言葉も複雑になります。
骨折部の痛みは軽くなるかもしれません。筋力は少し上がるかもしれません。立ち上がりは改善するかもしれません。しかし、心不全によって歩行距離は伸びにくいかもしれません。認知症によって自主練習は続かないかもしれません。フレイルによって疲労が強いかもしれません。年齢によって回復の速度が遅いかもしれません。
つまり、一つの機能が改善しても、別の病気が生活の広がりを制限することがあります。治る部分と、治りにくい部分があります。進行していく部分もあります。維持を目指す部分もあります。支援によって補うべき部分もあります。
ここに、病気が一つではない時代の理学療法の難しさがあります。
病気が一つではない時代には、理学療法士は疾患名ではなく、身体と生活の全体を見立てる必要があります。
しかし同時に、その全体を理学療法士一人で担うことは制度的にも実践的にも無理があります。
この矛盾こそ、超高齢社会が理学療法に突きつけている大きな課題です。
次回は、「認知症の人に理学療法は必要か」を考えます。多疾患併存の中でも、認知症は理学療法のあり方を大きく変えます。どこに戻るのかです。誰が支援するのかです。本人が危険を理解できるのかです。運動を学習できるのかです。家族や介護職はどう関わるのかです。
病気が一つではない時代において、認知症は単なる合併症ではありません。理学療法の評価、治療、支援、退院先を大きく変える条件です。次回は、その問題を考えていきます。
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参考情報
[1]NICE. Multimorbidity: clinical assessment and management.
[2]理学療法士及び作業療法士法 第2条.
[3]厚生労働省.リハビリテーション総合実施計画書 別紙様式23.
[4]厚生労働省.疾患別リハビリテーション料関連資料.
