関節、筋、呼吸、循環をどう読むか【理学療法とは何か #009】
歩きにくい、立ち上がりにくい、疲れやすい、こうした訴えを聞くと、多くの人はまず「足が悪いのだろう」、「筋力が落ちているのだろう」と考えます。もちろん、それは間違いではありません。実際、関節や筋は理学療法で非常に重要な対象です。ただ、それだけでは足りません。
理学療法士は、目に見えている動きだけを見ているわけではありません。動きの後ろにある「機序」を読み込もうとしています。しかもそれは、単に目で確認できるものだけではありません。生理学的な働き、病理学的な背景、そしてそれらが動作の中でどう現れているかを予測しながら見ています。さらに言えば、理学療法士は目視だけで見ているのでもありません。呼吸の仕方、息切れの強さ、足音、話し方、動いた後の回復の速さなど、多くの情報を統合して読んでいます。
この点は、いまの技術と比べても面白いところです。たとえばモーションアナリシスのアプリを使えば、関節角度や動きの軌跡はある程度わかります。しかし、それだけで病変や問題の本質にたどり着けるかというと、まだ難しいといえます。なぜなら、人間の理学療法士は、動きそのものだけでなく、その背景にある機序を推測しながら見ているからです。言い換えれば、理学療法士の専門性は、見えた動きをデータとして捉えることだけではなく、そこから何が起きているかを読み込むことにあります。
ここまでの連載では、関節や筋の話を比較的前に出してきました。今回は少し視点を変えて、呼吸と循環を中心に考えてみます。というのも、一般の人が理学療法を考えるとき、呼吸や循環は意外と見落とされやすいからです。しかし実際には、動きにくさの背景には、関節や筋だけでなく、呼吸や循環の問題がかなり深く関わっています。
たとえば、階段を上りたくないとき、人はしばしば「足がしんどいから」と表現します。けれども、実際には膝の痛みより先に、息が上がることや心臓に負担がかかる感じが嫌で、身体がそれを避けていることがあります。走った後の息切れを考えるとわかりやすいかもしれません。あれは、関節が悪いわけではありません。それでも確かに動きにくい。つまり、「動きにくさ」は関節や筋だけの言葉ではないのです。
理学療法士が呼吸を読むとき、まず見ているのは呼吸の形です。胸で浅く呼吸しているのか、横隔膜をうまく使えているのか、呼吸のたびに肩が過剰に上がっていないかなどです。歩いている最中はなんとか見えても、歩き終わった瞬間に息が乱れていることもあります。あるいは、脊柱の硬さや姿勢の崩れによって、胸郭の動きそのものが制限されている場合もあります。これは関節といっても膝や股関節のような大きな関節だけではなく、胸郭や脊柱といった部分も見ているということです。
循環を読むときも同じです。心拍がどの程度上がるのか、回復にどのくらい時間がかかるのか、顔色が変わるのか、動作の途中で動きが急に鈍くならないかを見ています。これらは単なる体力の話ではありません。心臓や血管、全身の酸素運搬、さらには筋へ十分に栄養と酸素が届いているかという問題です。理学療法士は、そうした循環器全体の状態を予測しながら、目の前の動きに意味づけをしています。
ここで重要なのは、呼吸や循環の問題は、関節のように直接その部分が曲がらないという形では現れにくいことです。膝が曲がらない、肩が上がらない、というのは比較的わかりやすいです。しかし呼吸や循環の問題は、「途中で止まる」、「続かない」、「嫌になる」、「怖くなる」という形で現れやすいといえます。だから一般の人には見えにくいのです。けれども理学療法士は、その見えにくいところも含めて、「なぜその人はこの動きを避けるのか」「なぜその動作だけ急に負担が大きくなるのか」を考えます。
たとえば心不全のある人では、少し歩いただけで息が切れたり、立ち上がりを数回繰り返しただけで顔色が変わったりします。COPDの人では、歩き方そのものより、歩いた後の呼吸の回復の遅さに問題が表れることがあります。このとき、理学療法士は単に「息が切れている」と見るのではなく、「どの程度の負荷でそうなるのか」、「胸郭の動きはどうか」、「呼吸補助筋を使いすぎていないか」、「循環器として耐えられているか」を見ています。
そして面白いのは、こうした呼吸や循環の問題に対しても、理学療法は運動療法を通して関わることができるという点です。なぜ階段を上ると息が切れるのか、なぜ運動療法を続けると、以前ほど息切れしなくなるのかなどについて専門的な知見を有しています。筋の効率、酸素利用、循環応答、呼吸パターンの変化など、多くの要素があります。理学療法士は、それらを完全に数式のように計算しているわけではありませんが、学習してきた知識を背景に、演繹的にもアブダクション的にも読み込みます。そしてそこから、必要な検査を帰納的に組み立てていきます。
つまり、理学療法士は最初からすべてを測っているのではありません。まず動きの中に現れた情報から機序を予測する。その予測に応じて、呼吸数をみる、酸素飽和度を確認する、脈拍や血圧の変化をみる、運動耐容能を調べる、といった検査へ進みます。ここに、理学療法士の「読む」専門性があります。
もちろん、関節、筋、呼吸、循環は、現場では別々に存在しているわけではありません。実際には、動作の中で全部が統合されています。階段を上るには、膝や股関節が動かなければならないし、筋が力を出さなければならないし、呼吸と循環がその負荷を支えなければなりません。どこか一つだけを切り離して説明するのは、本当は不自然です。それでも理学療法士は、複雑な動作を理解するために、一度こうした要素へ分けて読み、最後にはもう一度動作の中で統合し直します。
だから、理学療法士が見ているのは、ただの姿勢や歩き方ではありません。関節や筋だけでもありません。もっと見えにくい呼吸や循環の働きまで含めて、動作の裏側にある身体の仕組みを読んでいます。
理学療法士は、現象だけではなく機序を見ています。
しかもその機序には、心臓や呼吸の働きも含まれています。
ここまで来ると、もう一つ厄介で、しかし理学療法にとって避けて通れないものが見えてきます。痛みです。呼吸や循環も動きに影響しますが、痛みはさらに直接的に動きを変えます。動かせない、動かしたくない、動かすと怖い。その感覚は、理学療法の現場では非常によく起こります。
次回は、「痛みがあるとき、何が起きているのか」を考えます。痛みは単なる症状ではなく、動きそのものを変えてしまう要素です。そのとき身体と人の中で何が起きているのかを、もう少し丁寧に見ていきます。
