なぜ同じ運動でも人によって違うのか【理学療法とは何か #011】
「この運動は膝にいいです」、「この体操は腰痛に効きます」といった言い方は、世の中にたくさんあります。もちろん、それが全て間違っているわけではありません。運動には、生理学的な機序として、ある程度一般化して語れる効果があります。筋力を高める、持久性を高める、関節の動きを保つといったことは、たしかに広く言うことができます。
しかし、理学療法の現場では、それだけでは足りません。なぜなら、同じ運動でも、人によって結果がかなり違うからです。
この違いを理解するためには、まず人の差は思っている以上に広いということを知る必要があります。腕が二本ある、脊柱を構成する数が同じである、といった共通点だけを見ても、実際の身体の使い方や変化の仕方はほとんど説明できません。年齢、性別、体重、筋肉量、心肺機能、運動歴、痛みの有無、麻痺の程度、そしてその日の体調まで、人はかなり違います。理学療法士は、この広い個人差を前提にして運動を考えています。
ですから、同じ運動でも人によって違うというのは、単に効く人と効かない人がいるという意味ではありません。同じ運動刺激であっても、その人の身体条件、病期、準備状態、回復余力によって、受け取り方も変化の仕方も大きく変わるということです。むしろ、同じ結果になると思う方が不自然です。
たとえば、膝痛を考えてみます。膝が痛い人に対して、立ち上がりの練習をするとします。ここで、「立ち上がりを10回やりましょう」という設定は一見わかりやすいですし、実際によく使われます。しかし、同じ10回でも、その意味は人によって全く違います。椅子の高さが違えば負荷は変わります。手を使うかどうかでも変わります。片脚寄りで行うのか、左右均等で行うのかでも変わります。つまり、回数だけでは運動の中身は決まりません。負荷量、すなわち強度の設定が非常に重要です。
私は、理学療法の現場では回数を見ることには比較的慣れていても、強度設定にはまだ改善の余地が大きいと思っています。立ち上がりを10回やるという指示は簡単です。しかし、座面の高さをどうするか、支持物を使うか、片脚性をどこまで求めるかといった負荷量の設計は、ずっと専門的です。理学療法士は今後、この強度設定にもっと敏感であるべきです。簡単に言えばWBIの視点は運動負荷設定にいつでも有効です。
同じ膝痛でも、よくなる人と、なかなかよくなりにくい人がいます。この違いを単なる性格差として片づけるべきではありません。たとえば、筋力の低下が痛みに関わるとして、筋力が例えば、1−10段階あったとして、10のうち5まで落ちると痛みが出やすくなるという仮定を置いてみます。このとき、5の人を6に引き上げるのは比較的やりやすいです。しかし、3の人を6まで引き上げるのはかなり難しいです。同じ「筋力を上げる」という目標でも、出発点が違えば、必要な時間も方法も変わります。よくなる人は、もともと5に近い人であることがあります。一方で、3の人には、より継続的で丁寧な介入が必要になります。
腰痛でも同じです。腰痛の人に体幹運動を勧めることはありますが、それが同じように働くとは限りません。運動歴がある人、ない人では違います。若い人と高齢者でも違います。体重や持久性の違いでも変わります。さらに、もともとの筋量や生活習慣が違えば、同じ運動でも翌日の反応が変わります。つまり、腰痛だからこの運動、膝痛だからこの体操、という単純な対応では、本当の意味での理学療法にはなりません。
ここで前に出したいのは、性別、年齢、運動歴です。これらはかなり大きな前提条件です。そこに、筋力低下、麻痺、痛みなどの負の要素が重なってきます。理学療法士は、まさにその重なり方を見ています。運動の意味を一般的に理解することは大切ですが、それをそのまま個人に当てはめてはいけません。広く効果がある運動であっても、その人にとってどの程度の負荷で、どのくらいの回数で、どの順番なら意味を持つのかを見極める必要があります。
さらに本当は、その人自身が自分の身体変化の縦断的データを持つことが理想です。昨日よりどうだったか、先月よりどうか、どの運動で悪くなり、どの運動で動きやすくなったかです。理学療法士は、そうした時間軸での変化も見ています。人と人を横に並べて比べるだけではなく、その人がその人の中でどう変化しているかを見ることが、とても重要です。
では、理学療法士は実際に、何を見て方法を変えているのでしょうか。まず大きいのは、痛みが強くなるかどうかです。痛みが出たことによって運動をすべきだと捉える人は多く、重要なきっかけになります。痛みが増す、関節への負担が大きい、動きが明らかに崩れるといった反応があれば、そのやり方は続けません。逆に、比較的安全で、効率よくパフォーマンスが上がるやり方が見つかれば、そこを伸ばしていきます。ここでいうパフォーマンスとは、単に頑張ることではありません。効率よく、安全に、よりよい動きへ近づくことです。
理学療法士の専門性は、運動をパッケージとして届けるだけではありません。その人にとって、何がちょうどよい条件なのかを見つけ、より良い運動へ組み直すことです。同じ立ち上がりでも、誰にでも同じ高さ、同じ回数、同じ速度でさせるのではなく、その人に合う設定を探すことです。そこに、理学療法士がいる意味があります。
今回は単純化のために、膝痛と腰痛、そして筋力との関係を中心に書きました。実際には、ここに不安、恐怖、理解の仕方、生活背景なども関わります。ただ、まず理解しておくべきなのは、同じ運動でも人によって違うのは偶然ではなく、そこに理由があるということです。
パフォーマンスアップとは、効率よく安全を確保することです。
そして、それを個別に見出し、より良い運動を提供することが、理学療法士の重要な仕事です。
ここまで来ると、次に必要になるのは「評価」という考え方です。なぜなら、個人差が大きい以上、最初にその人の状態を見極めなければ、適切な運動は組めないからです。検査とは、単に数字を集めることではありません。価値ある変化を作り出すための理由を探す過程です。そして、その全体を評価と呼びます。
次回は、「評価とは、測ることではなく見立てること」を考えます。理学療法士がなぜ検査をし、なぜ数値を見るのか、そしてそれがなぜ単なる測定で終わらないのかを見ていきます。
