歩きにくさには理由がある【理学療法とは何か #008】
「歩きにくいです」
これは外来でも病棟でも、非常によく聞く言葉です。そして同時に、とても曖昧な言葉でもあります。歩けないのか、歩けるけれど不安なのか、痛いのか、重いのか、怖いのか、疲れるのか、日常会話では、これらはまとめて「歩きにくい」に入ってしまいます。
実際、歩きにくさにはいろいろな理由があります。道が滑りやすい、坂がきつい、靴が合わない、行きたくない場所へ向かっている、朝でまだ身体が起きていない、こうしたことでも人は歩きにくさを感じます。理学療法士がまず専門的に扱うのは、その中でも身体の理由で歩きにくくなっている部分です。つまり、歩くという動作を構成している運動のどこに不具合があり、それがどのように歩きにくさとして現れているのかを見ています。
たとえば、靴の中に小石が入っているだけでも、人は歩きにくくなります。重いリュックを背負っても歩きにくい、朝起き抜けでも歩きにくい、これらはそれぞれ、痛み、筋力や負荷、覚醒レベルの問題に置き換えて考えることができます。つまり、歩きにくいという訴えは一つでも、その背後にはかなり違う要因が潜んでいます。理学療法士は、その曖昧な訴えをそのまま受け取って終わるのではなく、そこに含まれている情報を分けて読もうとします。
歩行を見るとき、私はまず角度の変化を見ています。前額面では、かかとの角度や足部アーチの高さ、骨盤や肩の動きが気になります。左右にどのように揺れているのか、片側へ大きく崩れていないかを見ます。矢状面では、つま先が床に引っかからず振り出せているか、つまりトゥークリアランスを見ます。膝の屈曲角度は十分か、股関節は後ろへ伸びているか、頸部が必要以上に前後していないかも見ます。一般の人からすると細かすぎるように見えるかもしれませんが、こうした細部に歩きにくさの理由が現れます。
ここで大事なのは、理学療法士が見ているのは単なる見た目ではないということです。前回書いた「見る、観る、診る」の流れで言えば、歩行の中に現れている現象をまず捉え、その後ろにある機序を考えています。
現象とは、目の前で起きていることです。たとえば、歩くたびに骨盤が片側へ大きく落ちる、膝が十分に曲がらない、つま先が引っかかりそうになる、といった角度や動きの変化です。一方で機序とは、その現象を起こしている理由です。痛みなのか、筋力低下なのか、麻痺なのか、あるいは可動域制限なのか、たとえば、トレンデレンブルグ徴候のように骨盤が落ちる現象を見たとき、理学療法士はそこから股関節外転筋の機能をすぐに予想します。つまり、現象を見ながら、すでに機序の候補を頭の中に並べています。
ただし、ここで重要なのは順序です。理学療法士は、最初から機序だけを語るべきではありません。まず現象を丁寧に捉える。そのうえで、なぜそうなっているのかを考える。現象から機序へ進むことが大切です。逆に、歩き方を一目見ただけで、すぐに「筋力が弱い」、「麻痺だ」、「バランスが悪い」と言い切ってしまうと、観察が薄くなりやすい傾向にあります。熟達した理学療法士ほど予測は速いのですが、それでも本来の順番は現象から機序です。
この回では、歩きにくさの代表例として、脳卒中と変形性膝関節症を考えるとわかりやすいと思います。
脳卒中では、片側に明らかな異常歩行が出ることが少なくありません。足が十分に上がらない、骨盤を引き上げるような動きが出る、麻痺側の支持が不安定になる、上肢の振りが消えます。こうした現象が見えたとき、理学療法士は麻痺、筋出力の低下、選択的運動の難しさ、感覚の問題などを考えます。つまり、見た目の左右差を、そのまま「変な歩き方」で終わらせず、神経学的な背景を読みます。
一方、変形性膝関節症では、膝だけの問題に見えやすいのですが、実際にはもっと広い連鎖の中で歩きにくさが出ています。多くの場合、O脚傾向があり、膝周囲が不安定に見えます。痛みを避けるような歩き方、立脚時間の左右差、骨盤や体幹の逃げるような動きも出ます。ここで理学療法士は、膝の痛みだけでなく、どの角度で痛みが出るのか、筋力がどう支えられていないのか、関節の安定性がどう崩れているのかを考えます。つまり、「膝が悪いから歩きにくい」という一言を、そのままでは済ませません。
こうして見ると、歩行は足だけの問題ではないことがわかります。たしかに歩く行為では足(脚)を使います。しかし、実際には骨盤や体幹が連動し、上肢も振られ、頭頸部の位置も影響します。さらに、その背後には脳からの司令があり、呼吸や循環が支え、ある程度の覚醒や意欲も必要です。歩こうという気持ちが弱ければ、同じ身体でも歩き方は変わりますし、心不全や呼吸器疾患があれば、足の問題がなくても歩きにくくなります。理学療法士は、この広がりを知ったうえで、それでもまず動作としての歩行に現れている現象から出発します。
だから、歩けない人をとにかく歩かせればよい、という発想には危うさがあります。もちろん、歩行練習そのものが必要な場面は多くあります。しかし、「歩くことは正しい」という広すぎる理解だけで進むと、なぜ歩けないのかという視点が抜け落ちます。膝の痛みが強いのに無理に歩かせれば、かえって症状を悪化させるかもしれません。脳卒中でつま先が十分に上がらないのに、原因を見ないまま歩かせれば、転倒の危険を高めるだけかもしれません。歩くという動作を、現象と機序の視点なしに扱うと、それは治療ではなく、ただ無理をさせているだけになることがあります。
今回は、歩きにくさの背景として、痛み、筋力、麻痺を主に考えました。もちろん実際には、可動域制限、バランス障害、持久性低下、感覚障害、恐怖感など、まだ多くの要素があります。しかし、まず大事なのは、歩きにくさという訴えが、それ自体ですでに多くの情報を含んでいると理解することです。
歩けない、歩きにくいという言葉は、単なる困りごとの表現ではありません。
そこには、現象を機序に捉え直す必要があり、動作を運動に捉え直す必要があります。
理学療法士は、その読み替えを仕事にしています。
次回は、この歩行という現象の背景にあるものを、もう少し分けて見ていきます。関節、筋、呼吸、循環。歩きにくさの後ろには、身体のどんな要素が潜んでいるのか。動作は運動によって作られるという理解を、さらに一段広げていきます。
