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理学療法士は最初に何を見ているのか【理学療法とは何か #007】

理学療法士は、患者を前にした最初の数秒で何を見ているのでしょうか。

一般の人から見ると、理学療法士は「動きを見ている人」です(そうであって欲しい)。とはいえ、理学療法士は、ただ見ているのではなく、見たものを少しずつ治療へつながる情報へ変えていきます。私はこの流れを、「見る→観る→診る」と分けて考えています。

最初は、見るです。目の前に何が起きているかを、そのまま受け取る段階です。現象を受け取る段階といえます。姿勢は安定しているか、体がどちらかに傾いていないか、呼吸は荒くないか、顔色はどうか、表情は緊張していないか。歩いて来るなら、その速度、左右差、重心の揺れ方、足の運び方を見ます。ベッドに腰掛けているなら、座り方、骨盤の位置、背中の丸まり、どこに力が入りすぎているかを見ます。

次に、観るです。現象を機序に置き換える段階といえます。ここでは、ただ目に入ったものを並べるのではなく、意味のあるまとまりとして捉え始めます。たとえば、骨盤の位置を基準に見たとき、頭や体幹や下肢がどのようにずれているか。静的な姿勢と、動き始めたときの動的な姿勢にどんな差があるか。立ち上がりや歩行の中で、どこで重心移動が止まり、どこで無理な代償が出ているか。ここでは、生体力学的な視点が前面に出ます。

最後に、診るです。現象と機序を問題点に結びつける段階といえます。ここまで来ると、単なる印象ではなく、医学的な意味づけと治療的な予測が入ってきます。なぜその姿勢になっているのか。関節の硬さなのか、筋力の低下なのか、麻痺なのか、痛みなのか、あるいは呼吸循環の余裕のなさなのか。さらに、この人は今、理学療法士を受け入れてくれそうか、怖がっていないか、怒っていないか、自分の状態をどう受け止めているかも見ます。理学療法は身体だけを相手にしているようでいて、実際には人を相手にしているからです。

この三段階は、きれいに分かれて進むわけではありません。熟達した理学療法士ほど、最初の所見からある程度の予測が立ちます。言い換えれば、「あたりをつける」のが早いわけです。最初の姿勢や一歩目の歩き方だけで、必要な検査や治療の方向がかなり見えてくることがあります。これが熟達です。ただし、ここで注意しなければならないのは、熟達とは単に早く結論を出すことではない、ということです。

理学療法の世界では、ときに観察(観る)を飛ばして、いきなり分析(診る)へ行ってしまうことがあります。動作分析と言いながら、実際には動作を十分に観察しないまま、「たぶんここが悪い」と原因を決めてしまう。これは危うい流れです。なぜなら、目の前の事実を丁寧に見ていないからです。本来は、観察があり、そこから少しずつ構造を読み取り、最後に分析へ進むべきです。理学療法士の専門性は、原因を言い当てることだけではなく、その前段階で事実をどれだけ豊かに拾えるかにもあります。

ここで、現場の実際を少し書いておきます。昨今の病院や施設では、患者の前に立つ前に、まずカルテを見ます。診断名、画像所見、既往歴、医師の指示、バイタルの経過がそれです。これはもちろん重要であり、理学療法士も医学の中で働いている以上、その情報なしには始まりません。けれども、それでも最終的には、やはり身体を見なければなりません。カルテは背景を教えてくれますが、今日この瞬間の姿勢や動き、呼吸の粗さ、表情の硬さまでは教えてくれないからです。

私自身の現場では、クリニックのリハビリ室で、患者さんがベッドに腰掛けた状態から始まることが多くあります。そのとき、ただ問診を始めるのではなく、すでに見ています。どちらに体重をかけているか。脚はそろっているか。肩の高さはどうか。背中はどの程度丸まっているか。立ち上がるときに手を使うか。立ったあとにふらつくか。そこから少し動いてもらうと、静的な姿勢と動的な姿勢の違いが見えてきます。静かに座っているときには分からなかった問題が、動いた瞬間に現れることも少なくありません。

さらに、理学療法士は身体だけを見ているわけでもありません。この人は今、こちらの言葉をどう受け取っているのか。怖がっていないか。怒っていないか。今の自分の状態を、どの程度理解し、どの程度つらいものとして感じているのか。こうした感情の読み取りも、最初の数分ではとても重要です。なぜなら、理学療法は、相手が身体を預けてくれないと始まらないからです。受け入れられていないまま治療に入れば、動きの質も変わりますし、こちらの見立ても狂いやすくなります。

つまり、理学療法士が最初に見ているものは、一つではありません。姿勢、動き、呼吸、表情、感情、そしてそこから予測される身体の問題と治療の方向を予測します。そのすべてが重なっています。ただし、その中心にはやはり動きがあります。理学療法士は生活を語ることもできますが、ミクロには運動と動作を見ています。このミクロをこれほど専門的に見る医療職は、実は多くありません。そこに理学療法の専門性があります。

理学療法士は、見ることから始めています。
見ることを観ることへ進め、観ることを診ることへ変えていくのです。
そして熟達とは、この流れの中に多くのショートカットを持つことなのだと思います。

次回は、その総論をもう少し具体的にします。理学療法士が最もよく出会う現象の一つ、「歩きにくさ」には、なぜ理由があるのか。見た目の印象で終わらせず、その背後の構造をどう読むのかを考えます。

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