見出し画像

ここまで36回で何を述べてきたのか【理学療法とは何か・特別編】

これまで連載で36話書きました。今回はそれのまとめです。

▶ このマガジンの目次

「理学療法とは何か」という問いから始めたこの連載は、今回までに36本の記事を重ねました。

次回の#037からは、腰痛、関節疾患、神経疾患、内部障害など、具体的な疾患や臨床場面を扱う各論へ入ります。その前に、#001から#036までの中で何を述べ、何を主張してきたのかを、一度まとめておきたいと思います。

36本の記事は、理学療法に関する知識を順番に並べただけのものではありません。

最初に理学療法の輪郭を示し、次に理学療法士がどのように対象者を見立て、どのように治療を組み立てるのかを説明しました。その後、高齢社会、在宅生活、家族、地域、多疾患併存、認知症、終末期へと視野を広げてきました。

ここまでの主張を一文で表すなら、次のようになります。

理学療法とは、運動を通して基本動作を治療し、その変化を活動と参加へつなげることで、その人が自分の意思で生活を選べる可能性を支える営みです。

ただし、この一文だけでは、36本を通して考えてきた理学療法の全体を十分には表せません。そこで、これまでの流れを6つのシーズンに分けて振り返ります。

Season 1 誤解をほどく


#001〜#006

#001「理学療法は何をする仕事か」では、この連載全体の出発点として、理学療法を「運動の改善を通して基本動作を治療し、その結果として生活の広がりを取り戻す仕事」と定義しました。

#002「リハビリと理学療法は同じではない」では、リハビリテーションと理学療法を区別しました。リハビリテーションは、その人が生活や社会とのつながりを取り戻すための大きな目的です。理学療法は、その目的を実現するために、運動や基本動作を治療する専門的な方法の一つです。

#003「なぜ理学療法士は動き方を見るのか」では、理学療法士は、動作の形を眺めているのではなく、目の前に現れた動きから、その背後にある身体の状態や機序を推測していると述べました。

#004「基本動作とは何か」では、寝返る、起き上がる、座る、立つ、歩くといった基本動作が、生活を構成する土台であることを説明しました。

#005「治療としての運動とは何か」では、単に身体を動かせば理学療法になるわけではなく、対象、目的、方法、負荷量、反応の確認があって初めて、運動が治療になると主張しました。

#006「理学療法は生活をどう変えるのか」では、筋力や関節可動域の改善を最終的な成果とせず、その変化がトイレ、着替え、仕事、外出、家族との時間などにどうつながったかを見る必要があると述べました。

この最初の6本で主張したのは、理学療法は単なる運動指導でも、リハビリテーション全体の別名でもないということです。

理学療法には、運動を用いて基本動作を治療するという固有の専門性があります。しかし、その治療の目的は、運動機能の数値を改善することだけではありません。身体の変化を生活の変化へつなげることにあります。

Season 2 見立てを知る


#007〜#012

#007「理学療法士は最初に何を見ているのか」では、理学療法士の観察には段階があることを述べました。まず対象者を見て、次に動きや反応を観察し、そこから医学的、運動学的に状態を診ていきます。

#008「歩きにくさには理由がある」では、同じ歩きにくさであっても、筋力、関節、感覚、痛み、呼吸、循環、恐怖、環境など、原因となる経路は一つではないと説明しました。

#009「関節、筋、呼吸、循環をどう読むか」では、人の動きを一つの器官だけで説明せず、複数の身体システムの関係として捉える必要性を示しました。

#010「痛みがあるとき、何が起きているのか」では、痛みを単なる組織損傷の信号として扱うのではなく、身体、感覚、経験、感情、生活環境が関係する現象として理解する必要があると述べました。

#011「なぜ同じ運動でも人によって違うのか」では、同じ病名、同じ運動、同じ負荷であっても、年齢、病期、体力、経験、生活背景、本人の受け止めによって反応は異なると説明しました。

#012「評価とは、測ることではなく見立てること」では、評価を検査値の収集と同一視しないことを主張しました。測定した数値や観察した現象をつなぎ、何が起きているのか、何が活動を妨げているのか、何が変わる可能性を持つのかを考えることが評価です。

この6本で述べたのは、理学療法士の専門性は、検査を数多く実施できることだけではないということです。

重要なのは、観察した現象から仮説を立て、必要な検査を選び、その結果によって仮説を確かめ、修正することです。評価とは、対象者を分類するための作業ではなく、その人に何が起きているのかを説明可能な形にする作業です。

Season 3 作戦を立てる


#013〜#018

#013「理学療法の目標はどう決まるのか」では、目標は理学療法士が一方的に決めるものではなく、本人の希望、予後、生活上の必要性、変化可能性を結びつけて決めるものだと述べました。

#014「除去、刺激、誘導、補助、情報という治療原則」では、理学療法を治療手技の名前ではなく、何を変えるための働きかけなのかによって整理しました。動きを妨げる要因を除去し、必要な反応を刺激し、望ましい運動を誘導し、不足する機能を補助し、本人が判断するための情報を提供します。

#015「なぜ反復だけでは足りないのか」では、同じ動作を繰り返せば必ず上達するわけではないことを述べました。反復によって何が学習され、どのような反応が定着しているのかを確認する必要があります。

#016「家でできることまで含めて治療である」では、治療室で起きた変化が生活の中で再現されなければ、十分な治療とはいえないと主張しました。自主練習や生活上の工夫も、目的と方法が適切に設計されていれば治療の一部になります。

#017「治療がうまくいく人、いかない人」では、治療効果は手技の良し悪しだけで決まらず、病態、予後、負荷量、本人の理解、生活環境、継続条件などの影響を受けると述べました。

#018「理学療法はどこまで変えられるのか」では、理学療法によって直接変えられるものと、変えにくいものを区別しました。構造や疾患そのものが変わらなくても、機能、動作、活動、環境を変えることで生活を支えられる場合があります。

この6本で主張したのは、理学療法は運動メニューを提供する仕事ではなく、変化を生み出すための作戦を立てる仕事でもあるということです。

何を目標とし、何を変え、何を変えずに補い、どの程度の負荷を与え、何によって効果を確認するのかを考えます。理学療法の専門性は、実施した治療法の名称ではなく、その治療を選んだ理由と結果を説明できることにあります。

ここまでの#001〜#018では、理学療法そのものの定義、評価、治療の組み立てを扱いました。これがSet 1の内容です。

続くSet 2では、視点を高齢社会と地域生活へ広げました。

Season 4 フレイルと転倒


#019〜#024

#019「年をとると何が失われるのか」では、加齢によって失われるものを筋力や関節可動域だけで考えませんでした。回復力、変化への対応力、意欲、興味、外出機会、社会との接点が連鎖的に失われる可能性を述べました。

#020「転ばないことは、なぜそんなに大事なのか」では、転倒の問題はけがや骨折だけではなく、転倒への恐怖が活動を狭め、活動の減少がさらに身体機能を低下させる循環にあると説明しました。

#021「筋力低下だけでは説明できない衰え」では、高齢者の生活機能低下を筋力だけに還元せず、栄養、認知、感覚、心理、環境、社会参加などを含めて考える必要性を示しました。

#022「歩けることと暮らせることの違い」では、病院内を歩けることと、自宅や地域で暮らせることは同じではないと述べました。段差、距離、交通、買い物、家事、家族関係など、実際の生活条件を含めて評価する必要があります。

#023「フレイル予防は理学療法の仕事か」では、病気や障害が起きてから治療するだけでなく、生活機能が低下する前に関わることへの社会的要請を考えました。

#024「高齢社会の中で理学療法は何を支えるのか」では、高齢者を単に長く歩かせることではなく、自分の意思で生活を選び、社会との関係を保てる可能性を支えることが重要だと述べました。

この6本で主張したのは、加齢による変化を単純な機能低下として捉えてはいけないということです。

身体の自由度が低下すると、生活の自由度も低下します。生活の自由度が低下すると、人との関係や社会参加が失われ、さらに身体を動かす機会が減ります。理学療法士は、その循環のどこに介入できるのかを考える必要があります。

Season 5 在宅・家族・地域


#025〜#030

#025「在宅で理学療法は何をするのか」では、在宅理学療法を、病院で行う運動療法を家へ持ち込むこととは考えませんでした。その家で暮らし続けるために、本人、家族、住環境、制度を含めて支援を組み立てることが在宅理学療法です。

#026「家族を見ることも治療の一部である」では、家族を単なる介助者として扱わず、本人とともに生活し、負担や不安を抱える支援対象として捉える必要があると述べました。

#027「住宅環境はなぜ重要なのか」では、身体能力だけでなく、段差、手すり、動線、家具、照明などの環境によって、できることとできないことが変わると説明しました。

#028「地域で暮らし続けるための理学療法」では、自宅内で動けることだけでなく、買い物、通院、交流、役割など、地域との関係を維持することの重要性を述べました。

#029「通院できない人に何が起きるのか」では、医療へアクセスできないことによって、治療の中断だけでなく、身体機能、生活範囲、社会との接点が失われる可能性を考えました。

#030「病院の外に広がる理学療法」では、理学療法の専門性が、病院、施設、在宅、地域、予防などへ広がっていることを示しました。ただし、何でも引き受けるのではなく、身体と運動の専門性をどのように社会へ届けるかが重要だと述べました。

この6本で主張したのは、理学療法の対象は、身体だけでは完結しないということです。

人は、家族、住宅、地域、制度の中で生活しています。目の前の人が動けない理由は、筋力低下だけではなく、介助者がいないこと、家の構造が合わないこと、交通手段がないこと、制度を利用できないことかもしれません。

理学療法士がすべてを直接解決するわけではありません。しかし、身体を見ながら、身体を取り囲む生活条件まで視野に置く必要があります。

Season 6 多疾患併存・認知症・終末期


#031〜#036

#031「病気が一つではない時代の理学療法」では、一つの病名だけを中心に治療を組み立てることが難しくなっている現状を述べました。複数の疾患、服薬、体力、認知機能、生活背景が相互に影響する中で、何を優先するのかを考えなければなりません。

#032「認知症の人に理学療法は必要か」では、認知症があることを理由に、運動や活動の可能性を否定してはいけないと述べました。言葉による説明だけでなく、環境、習慣、関係性、動作の誘導を用いることで、その人が持つ動く力を支えられる場合があります。

#033「終末期に理学療法は何をするのか」では、身体機能の回復が難しい時期にも理学療法の役割があると主張しました。効果とは回復だけではありません。本人が望む活動を実現し、苦痛を減らし、家族と過ごす時間を支えることも、理学療法によって生まれる重要な変化です。

#034「治すことと穏やかに過ごすこと」では、どちらを選ぶかを理学療法士が決めるのではなく、本人が選ぶことを確認しました。理学療法士は、ACPに関わるチームの一員として、動くことで得られる利益と負担、動かない場合に予測される変化を説明します。

#035「動くことの意味が変わるとき」では、同じ動作でも、回復、維持、生活、苦痛の軽減、人とのつながりなど、その意味は病期と本人の願いによって変わると述べました。理学療法士は人を動かす専門家ではなく、動くことが何につながるのかを考える専門家です。

#036「長寿社会における理学療法の責任」では、日本が、他国に先んじて誰も正解を知らない長寿社会へ入っていることを確認しました。理学療法士には、治療と維持を中核としながら、予防、生活支援、地域づくりまで視野を置き、自分たちの評価と介入の効果を説明する責任があります。

この最後の6本では、回復だけを前提としない理学療法を考えました。

病気が複数あり、認知機能が低下し、身体機能の回復が難しくなっても、人は生活を続けています。本人の願いがあり、家族との関係があり、何を選ぶかという問題があります。

理学療法士が支えるのは、動ける身体だけではありません。

自分の意思で動くことです。動かないと決めることです。苦痛を減らすことです。誰かと同じ時間を過ごすことです。最後まで自分の身体を自分のものとして生きることです。

36本を通して主張してきたこと

ここまでの36本で、繰り返し述べてきたことは、大きく六つあります。

第一に、理学療法とリハビリテーションは同じではありません。

リハビリテーションは、その人が生活や社会との関係を取り戻すための大きな目的です。理学療法は、運動を用いて基本動作を治療し、その目的へ近づく専門的方法です。

第二に、理学療法の成果は、身体機能の数値だけでは評価できません。

筋力や関節可動域が改善したかだけでなく、基本動作が変わったのか、その変化が活動や参加につながったのかを確かめる必要があります。

第三に、評価とは測定ではなく見立てです。

検査結果を並べるだけではなく、何が起きているのか、なぜ活動が難しいのか、何が変わる可能性を持つのかを説明し、検証することが評価です。

第四に、治療とは運動を反復させることではありません。

何を変えるのか、どの方法を選ぶのか、どの程度の負荷を与えるのか、いつ中止するのか、何によって効果を判断するのかを組み立てる必要があります。

第五に、身体は生活や社会から切り離せません。

人の動きは、家族、住環境、仕事、地域、制度、経済、心理状態によって変わります。理学療法士がすべてに介入する必要はありませんが、そこまで視野を広げておく必要があります。

第六に、動くことの目的は回復だけではありません。

維持するため、生活を続けるため、苦痛を減らすため、人とつながるために動くことがあります。動かないことを本人が選ぶ場合もあります。理学療法士は、動いた量ではなく、その動きによって何が実現されたのかを考えます。

理学療法の広さから深さへ

#001から#036までは、理学療法という仕事の広さを示してきました。

運動、基本動作、活動、参加から始まり、高齢社会、在宅、家族、住宅、地域、多疾患併存、認知症、終末期まで射程を広げました。

ただし、理学療法の守備範囲を無制限に広げたいわけではありません。

理学療法の中核は、あくまでも身体と運動を評価し、運動を通して基本動作を治療することです。その中核を持ちながら、基本動作の先にある活動、生活、参加を見ます。そして必要であれば、家族、環境、地域、制度にも目線を向けます。

これまでの36本では、その広がりを説明しました。

次の#037からは、広さではなく深さへ入ります。

腰痛、関節疾患、神経疾患、内部障害などの具体的な問題を前にしたとき、理学療法士は何を見て、どのように考え、どのような検査を選び、何を治療するのでしょうか。

病名から治療法を決めるのではありません。

目の前に現れた現象を読み、背景にある機序を考え、必要な検査によって確かめます。その結果を活動と生活へつなぎ、回復可能性と本人の希望を踏まえて、治療を選びます。

これまで述べてきた理学療法の全体像を、次の各論では、一つひとつの臨床場面の中で深く掘り下げていきます。

この連載の全体像と過去記事は、以下の目次から確認できます。

▶ このマガジンの目次

https://advanced-therapist.vercel.app/


いいなと思ったら応援しよう!