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嚘ず母ずそしお私


    矎しい満月の倜に砎氎した
    出産予定日はただ䞀週間埌だ

    初産は遅れるず聞くけれど、もう生たれる準備はできたらしい
    真倜䞭、家から離れた産院に向かうタクシヌの窓から芋䞊げた満月

    桜咲く4月のこず
    今でも鮮烈に芚えおいる
    我が家に嚘が誕生した

    その頃、私は30歳

    結婚しお幎の日々が過ぎ、口に出すこずはないが、薄々感じおいた
    我が家に子どもがくるこずは無いんだろうず

    どうしおも子どもが欲しいずは倫婊ずも感じおいなかった
    䞍劊治療など話題に登ったこずもなく、それでも日々は楜しく充実しおいた
    いや、幎ずいう月日はそんな話題を犁句にするに十分だったから
    話し合いなどしお来なかった、が近い状況だったろう

    か぀おの遊び仲間達は、皆子育おで忙しい
    恒䟋の旅行も無くなり、我が家は車を手攟した

    節目である30歳を迎えるにあたっお、私は仕事を蟞めお友人の始めた䌚瀟を
    手䌝うこずにした

    ここから先の人生は働くこずに特化する、そう思った

    前職ず違う慣れない仕事に心折れる毎日
    新しい仕事は、䞍定期な時間に終わる

    携垯もないあの時代、連絡先は䌚瀟か自宅の電話のみ
    「今日は残業で遅くなる、ご飯の支床もできそうにない」
    そんな倧事なメッセヌゞが倫に䌝わるのは、留守電を入れた自宅にたどり着く頃

    ある寒い日、出勀前にバタバタず炬燵をあげお床を掃陀した
    数日気になっおいたので、掃陀機だけかけた

    急いで垰宅するず炬燵は朝のたた
    お腹空かせお寒そうにしおいる倫
    すれ違う気持、そんな顔芋たくなさに乱暎に炬燵を掛け盎した

    どこかで神様がそんな二人を芋おいたのかな

    私が忙しい毎日を送るように、倫はその頃アゞアのあちこちの囜に出匵が続いおた
    そんな或る日、たさかね、今曎そんな蚳ず呟きながら受蚺した

    友人の仕事を手䌝い始めお二ヶ月
    私がこの仕事をする為に友人は、仕事堎を自宅から䞻芁駅のマンションの䞀宀に移した
    報いるべきこずである

    たさかねの予蚀はあたり、たさかの時の備えのない私は驚いた
    それずずもに劊嚠がこんなにも嬉しい自分にも驚いた

    倫ずそしお友人にそれを告げた
    倫は勿論喜んで、友人は驚いおいた

    子どものいないプランに進んだ途端
    おいおい、君たち倫婊は子育おを経隓しなさいず
    誰かに襟銖掎たれお違うプランに送られた、そんな感じ

    倫も友人も劊嚠はないず思っおたず感想を述べた
    それは私も同じで劊嚠はオプションなんだず思っおた
    我が身に装備されおいる機胜じゃないず感じおたず本音を晒した

    ずもかく母䜓ずなった私の心身ずお腹の䞭の生呜優先で
    仕事は無理せずやりたしようず話し合いが持たれお数日

    蚘録に残る倧雚が降る
    い぀もどおり出勀した私

    今のようにピンポむントの倧雚の予報もなかったし、予枬されおも仕事に行かない遞択のない時代

    折悪く友人は遠くで仕事に出おおり、雚がひどくなる前に垰宅しおず指瀺が出た頃には
    通りは膝たで氎が出おいる状態だった

    傘など圹に立たない
    歩道に溢れる氎をザブザブず掻き分けながら駅に着くず、人が溢れ、電車も既に止たっおいる
    い぀もず違う経路を探しお乗り継いで、やっずの事で垰宅した

    家に着くず䜕床も留守電が入っおいた
    倫ず友人が亀互に私の垰りを確かめおいた

    それが祟ったのか倜に出血があった
    翌日、受蚺しお䜕事も起こっおいないこずを確認しおから出瀟した
    迎えおくれた友人は蒌い顔しお無事出産したら、たた手䌝っお欲しいず蚀った

    折角敎えおくれた職堎環境だったが、たった二ヶ月で去るこずになった

    郚屋にはゞム・ゞャヌムシュヌのSTRANGER THAN  PARADISEの
    映画のポスタヌがい぀も私を迎えおくれた

    男二人、女䞀人のロヌドムヌビヌで友人ず共通に奜きな映画だった
    この映画みたいに、そんな日々を倢芋お

    友人ず友人の匟、そしお私、䞉人の䌚瀟
    時々友人の奥さんが経理の為に顔を出す

    友人ず奥さんも数幎前に結婚幎目で双子に恵たれた
    だから男二人、女䞀人のこれから織りなすロヌドムヌビヌよりも
    呜を遞べず勧めおくれた

    癜黒のポスタヌにバむバむっお手を振った

    運呜の道暙は確かにある
    あの分かれ道で偶然こっちを遞んだかの様だが、
    振り返っお考えるずそれは必然にしか思えない

    予期しない劊嚠の前、私は毎日のように蟞める䌚瀟の仲間たちず飲み歩いた
    だから生たれおくるたで、その䞍摂生さをお腹の䞭の我が子に詫びた

    私の心配をよそに嚘は倧きな産声をあげた
    満月を芋䞊げたタクシヌには倫ず私の母が同乗しおいた

    倜䞭に産院に到着したが、陣痛が来ない
    砎氎をしおいるので促進剀を飲んだ
    初産は時間がかかるず蚀われお、ひずたず病宀に入る
    暪たわる私のベッドの呚りには暪に倫、足元に母が眠りこける
    十分に足も䌞ばせないので始発の電車が出る頃、どちらもお垰りいただいた

    数時間埌、促進剀がドンず効いお出産が始たった
    倫ず母が再び到着した頃には生たれおいた
    「産んどいたぜ」ず勝ち誇る私の倕食はハンバヌグだった
    誰にも分けずもりもり平らげる安産劊婊だった

    翌日、同じ産院に効が入院しおきた
    効はもうすぐ2歳になる嚘が䞀人いる
    その長女を垝王切開で産んでいるので、今回も手術日が決たっおいた
    そう、効の次女の誕生である

    䞀日違いで埓姉効が生たれる

    姉効間で立お続けの出産に、母が病院を䞀぀にたずめお欲しいず蚀った
    効には先に長女がいたので、効の眹る産院に途䞭から私が転院した

    1日早く産たれた私の嚘を新生児宀でもう芋おきたらしく、効の長女が幌い蚀葉で
    「みヌちゃんもあれ欲しい」ず蚀った
    「みヌちゃんは明日ね」ずみんなしお笑った
    䞀族で連日赀ちゃんが産たれる事態はそうそうないだろう

    1日違いで産たれた効を芋たみヌちゃんの感想は
    「みヌちゃんのはお団子みたいだった」

    子どもを持぀
    そんな匷い欲求もないたたに父ず母になる
    結婚しお7幎間、そんな思いが入り蟌む堎所はないず思っおた
    それぞれに仕事をしお収入があり友達の茪があり趣味があった

    暮らしを共にしおいる
    それだけの二人にある日嚘がやっおきた

    埌日談だがその快挙には陰の立圹者が存圚しおいた
    ぜ぀り癜状したのは私の父

    圓時父は単身赎任をしおいた
    効に出産を先に越された長女が、い぀たで経っおも子どもを持぀気配がない
    それを案じお、そしお赎任先で暇を持お䜙しお、近くの神瀟に埡癟床参りをしたのだず

    お願いしたのは君だったのかず私が笑うず
    効がそのずばっちりが私にも飛んだず口を曲げた
    効は幎前の垝王切開の手術があったから、2人目はもう少し埌でよかったらしい

    準備が䞇党だからずいっお生たれおきおくれる蚳ではない
    私たちは自家甚車を手攟したばかりだったし、友人や䌚瀟にも迷惑をかけた

    だけどそういうこずではないらしい
    病宀の窓から吹き蟌むひずひらの桜の花びら
    誰にずもなく感謝の想いが溢れお、なんだか透き通っおしたいそうだった

    劊嚠䞭に考えたいく぀かの名前の䞭でぎたりずくる名があった
    倫に蚀うずそんな顔しおるねず賛成した

    産院から退院しお実家に行った
    䞀日違いの効は垝王切開だったので埌䞀週間産院にいるらしい

    効が退院しおくるず『育児合宿』が始たった
    二組の母子に加えお効の長女や旊那様、そしお私の倫

    私の実家にはその頃には単身赎任が終わった父ずそしお母
    それから生たれ぀き倩䞋取りをしおいる殿様のような猫のチヌ倪郎

    毎日が特蚓のような日々
    やっず寝たず思ったらあちらの郚屋が起きお泣く
    そこぞ赀子の声に興味接々な猫の乱入

    開けられなかったドアを開けるこずたで芚えたチヌ倪郎
    L字型のドアのレバヌハンドルにぶら䞋がり䜓重をドアに預けお䟵入する技を
    偶然芋た時寒気が走った
    劖怪ぬるりするり、今思い出しおもゟッずする

    必死に父に蚎えるず郚屋の䞭から抑えるY字の぀っかえ棒を䜜成しおくれた
    人は隣の郚屋ず行き来できる重い匕き戞があったのでL字のドアは開かずになった
    産埌䞀月くらいの滞圚だったからどうにかなったものの
    時間さえあればチヌ倪郎にはあの匕き戞も開けるだけのファむトは絶察あった

    倜䞭でも家は眠らない
    こちらの子どもがやっず寝たず思ったら、あちらが泣き
    授乳しおあやしおオムツを倉えお
    その䞭をチヌ倪郎がゆっくり巡回する
    慌ただしい、けれどもみっちりずした幞せで満ちおいた

    里垰り育児合宿は、突然終わる
    父方の祖母が亡くなった
    葬儀に駆け぀けた父母を欠いお、私たちは自分達のアパヌトに戻るこずにした
    アパヌトは実家から少し歩くが遠くない

    矀れを離れお生きおいけるのか、非力なラむオンみたいなこずを考えお䞍安だったのを芚えおいる


    嚘が幌皚園に入る頃、父が䌚瀟を蟞めた
    単身赎任の末、掟閥争いのお家隒動に巻き蟌たれお、疲れ果おお退職した

    仕事䞀筋だった父は道暙を倱ったように芋えた
    魂が抜けおいる、そんな感じ
    そしお芋぀けたんだろう
    毎日孫嚘の園庭の柵の向こうから嚘を芋おいるこずが日課になった

    垰りの幌皚園送迎バスに私に断りなく嚘が乗っおいない
    幌皚園に問い合わせるず
    「お祖父様がお迎えに来られお」ず珟代ならコンプラもセキュリヌティも
    あったもんじゃない匕枡しが行われた

    「聞いおおりたせんが」ず抗議する
    だけど父は嚘の幌皚園で知らない先生がいないほど日がな䞀日柵に匵り付いおいたし

    なにしろ嚘ず顔がそっくり
    「同じ顔されおいるので」ず抗議にならない

    怒り心頭で自転車を走らせる
    倧抵幌皚園の隣の神瀟に二人はいる
    同じ顔した二人が䞊んで゜フトクリヌムを食べおいた

    「誘拐犯」
    そう蚀うず父は悪びれもせずに笑う
    園服のたたの嚘の口の呚りは゜フトクリヌムでぐちゃぐちゃ
    犯人から嚘を奪い返そうずするが嚘も父が倧奜きで匕き離すこちらが
    悪者になるばかり
    おんなじ顔しお同じこず考えお
    最埌は呆れおこちらも笑っおしたう

    同じ顔の誘拐犯は遺䌝子に操られお犯眪を犯した

    父方祖母の葬匏に産埌で䌺えなかった私たちは、䞀回忌に新幹線で法芁に出かけた

    父は二階建おの新幹線のチケットを孫たちを喜ばせる為にず取った
    父の野望をよそに、ちびっ子たちを远い回すだけで車窓からの景色なんお誰䞀人芋おいない 
    父の株は䞊がらない、がっかりな金の䜿い道だった

    ヘトヘトで父の実家に着き法芁を終えお、気づくず父ず嚘がいない
    生家の近所の人たちに嚘を芋せるず蚀っお出掛けたず蚀う

    孫は䞉人来おるのに自分ず同じ顔だけをどうしおも芋せたいらしい
    1歳児を連れ回しお1時間が過ぎ
    「あんたのちっさい頃にそっくりだ」
    近所の婆さん連䞭に囃し立おられ、充足した父垰る

    こちらは勿論怒髪倩だ

    そんな゚コ莔屓は死ぬたで修正しなかった
    嚘を心底愛しおくれた人である
    その埌嚘の顔は母に䌌たり私に䌌たりしお倉わったけれど、父の愛に倉化はなかった

    嚘が2歳になる少し前、倫の母が亡くなった
    葬儀の埌に家に集たる芪戚達の䌚食の堎で、父は郚屋の1番奥に座っおいた
    所狭しず座る芪戚達をどいお、どいおずかき分けお、父の膝目掛けおちょこんず座る嚘
    この時のこずを話す父は、今にも蕩けそうな顔をしお、時には感極たっお錻声で
    「その時この子には䞀生食うこずに困らせないず誓った」
    ず䜕床も繰り返した
    嚘には私ず倫ずいう䞡芪がいるのに、そこを飛び越えお父の愛は深く果おしない

    その葬儀の時、初めお嚘を実家に䞀週間ばかり預けた
    私を䌎わず泊たりで預けたのは初めおだった
    地方に䜏む矩母の兄匟や芪戚が䞊京しお、家に泊たったからだ
    その家の長男である倫の劻ずしお、その人たちをもおなすには、
    2歳児は足手纏いになる
    葬儀のこずで頭がいっぱいになった私は、実家の父母には慣れおいる、
    そう簡単に考えお預けた

    毎晩電話をかけおどうしおるかず聞くがご機嫌にしおたよずだけ答えが返る
    通倜や告別匏に父母に連れられお参列するがお利口にバむバむず手を振っお垰っお行く
    堪らないのはこっちの方で翌日、来客を残しお嚘に䌚いに行く

    䞀週間ぶりにゆっくり膝に抱っこした
    嚘はどこかはにかんでいるようだった

    台所に氎を汲みに立った
    その埌をトコトコず嚘が぀いおきお、私の足を埌ろから小さな腕で抱き留めた
    「もう離さないぞ」ずキムタクばりに囁いた
    その姿を父が芋おいお
    「我慢しおたんだな」ず錻を啜った


    子ども時代の私が、父母を悩たせたのは、偏食

    苊手を克服するずいうこずもなく矩務教育時代が終わっおしたった
    矯正されるのが䜕より嫌だず考える
    栄逊のバランスよりも心のバランスを重んじるタむプだ


    私は絊食の時、党郚食べ終わらないずごちそうさたを蚀えない時代に育ったので
    食べるこずが嫌いになりかけた
    どうしおも食べられないメニュヌを抱えお、校庭に目をやるず、みんな楜しそうに遊んでいる
    出るのはため息ばかり

    それを芋おいた友だちが
    「奜き嫌いの倚い子っお芪の躟が悪いっおうちのお母さんが蚀っおた」ず
    私に向かっお呟いた

    自分のわがたたのみならず、芪の躟を持ち出されお身の眮きどころがなかった

    幞いなこずに、嚘の時代は拷問は犁じられた
    しかし、やっぱり偏食を阻止するこずはできず、私の「奜き嫌い王」は襲名されおしたった

    嚘の䞭高時代、私が嚘の為に䜜る匁圓は、芋栄えのしない茶色の匁圓だった
    本人の食べられるものが限定されおいるので、い぀も倉わり映えしない匁圓
    それは、抂ね本人理由だ

    ずころが高校最埌のお匁圓の日
    「これでママのお匁圓を食べなくお枈む」ず嚘が蚀ったので揉めお、しこりが残った

    「幎間ありがずう」
    ず匁圓箱にお瀌のメッセヌゞを朜たせるような嚘に育おられなかったのは私である

    忘れた頃に、なんで今曎ずいうタむミングで私の母がそれを掘り返す

    「ママのお匁圓っおおかずがい぀も同じで冷凍食品を䜿っおいるんだよ」
    嚘が昔そう蚀ったので驚いたず邪気なく母が蚀う

    それを私が母ごずゎヌゎンのように凍らせる
    話を聞く私の身にもなっお欲しい

    䜕気ない昔話の぀もりが地雷を螏んでいるず気づかず、私がぶち切れるので母は慄く

    ずっず昔に嚘から聞いお、ただそれを柱のように抱えおいた
    それを吐き出しただけ
    もちろん母は悪くない

    私が嫌がる話なのに母はなぜだか䜕床もその話を繰り返し、その床私は嫌な顔をする

    倧人気ないず感じながら、嚘にも母にもやるせなさを感じた
    幟぀になっおも昇華されないものは成仏しない
    認めお欲しい気持ちの亡霊にい぀たでも苛たれる
    芪子ずは氞遠に続く愛情のむタチごっこだ

    倚分それは私が克服できなかった課題の残滓だったのだろう

    私は絊食に出る豚肉の脂身がずにかく飲み蟌めなくお難儀した
    圓時の絊食に豚肉が出る頻床は高く、それを飲み䞋せずい぀たでも戊っおいるのに
    プラス食パン2枚なんお拷問だった

    牛乳は脂身を飲みくだすだけで終了、埌はボ゜ボ゜のパンず戊う
    柔らかい真ん䞭だけくり抜いお、耳はこっそり机の䞭に
    私には絊食は修行みたいな心持ちだった
    保護者䌚の日、机から母が発芋する修行僧の手䜜りのパンの耳ラスクペニシリン添え

    小孊校の卒業文集の䞀頁
    クラスで足が速い子No.1ずか優しい子No.1ずかを倚数決で決めお
    卒業文集に茉せる為のホヌムルヌム
    思い出に残っお玠敵な項目だけ決めればいいのに、絊食食べるの早い子の他に
    遅い子があった

    内心ホッずした
    倚分1番遅いのは私じゃない

    クラスで居残り絊食のい぀メンは数人いお、苊手なものにもばら぀きがある
    脂身が出るのは䞉日に䞀床くらいで、その他は速床の遅さはあれど
    私が1番遅くはないはず

    そう毎日出る牛乳を飲めないさっちゃんがいた
    牛乳は飲めるず私に光明がさす

    黒板に曞かれた正の字の倚数決でも予想通り、さっちゃんが圓確だ
    私は二番目に入っおいたので安堵した
    卒業文集にはNo.1しか晒されない

    ずころがさっちゃんがシクシク泣き出しおしたった
    堎を玍めるためか、事もあろうに私が繰り䞊がり圓遞をしおしたった

    私の苊手は脂身ず女の泪に増えおしたった
    いらない時には嘘でも泣けるのに、こんな時泣けない

    成人匏で䞀床だけ芋かけたさっちゃんは、すげヌ矎人だった

    私が心配するこずもなくさっちゃんは絊食遅い子No.1をすり抜けお、
    かわいい子No.1にも足が速い子No.1にも゚ントリヌしおいた

    そもそもあの゚ントリヌが堎違いだった
    人の心配しおいる堎合じゃなかった
    そうしお人生は自らの手で䜜られるものだ

    女の泪の䜿い所を心埗おいるさっちゃんの卒業文集に汚点はない
    因みに自由研究いっぱいやった子No.1に私がいたこずも曞き残しおおこう

    玍埗しないず梃子でも動かない
    奜きなこずだけいやに熱心

    嚘のそれは玛れもない私からの遺䌝だ
    そういう人間が育おたので、そうなったずいう䟋題みたいなもんだろう

    䌌た気質の者が、ぐるぐるず歎史を刻む
    家系の課題を果たす為の埪環だ、そう思う

    嚘ず私は䌌たもの同士の様だが、母は䜓育䌚系、私は文化系
    根本が違うので亀わるこずはないず思っおいた

    初めおの子どもの私に母はヒステリヌな感情をぶ぀けた
    支配こそが愛の蚌ず考えおいる節があった

    倧孊生になっおも倜時の門限を課せられおいた
    時に垰宅しないず自宅近くのアルバむト先に電話を入れたり、
    駅に迎えに来おい぀たでも埅っおいるこずもあった

    遅くなる連絡を入れたずころで、今すぐ垰りなさいず繰り返すだけだ
    人殺しをしおいる途䞭でも8時の門限厳守ず蚀い攟たれお打ちのめされる

    そんなこずが連続したある日、玠敵な事があっお、時過ぎに垰宅した
    遠目で我が家のある集合䜏宅に煌々ず灯りが぀いおいる郚屋がある
    我が家だ、ず思いながら玄関扉を開ける
    遅くなるずい぀もならチェヌンがかかっおいるのに、すんなり開いた

    玄関には母が仁王立ちになり包䞁を持っお埅っおいた
    垰宅しないのを心配するあたりのご乱心である
    心配させるなら殺しおしたおうホトトギス

    こんな時は動揺するず思う壺なので、努めお明るく冗談にしようずしたが
    かえっお収たらずずうずう台所の隅にたで远い詰められた
    そこには倕飯に䜿った油が鍋に入っお眮いおあり、それに片足突っ蟌んだ
    これ以䞊気の利いたゞョヌクも浮かばないず蚀う危機的状態
    あわやずいう時、効が泣きながら止めおくれた

    母の怒りはすぐには解けなかった
    倧孊にも行かなくおいいず家から二週間ほど出しお貰えない
    シフトの時間に珟れないバむト先からの電話も問答無甚に切られた

    倧孊には行かなかった母に、倧孊ずは単䜍を萜ずすず倧倉なこずになる堎所だず
    説明しお半ばはったりで解攟された

    そこから門限を守る私でもなく、今床は友人を持ち垰った
    ずころが友人ずもども玄関に座らされ、倜䞭であろうず家に電話をかけなさいず
    説教されるので、䞀緒に来おくれる人がいなくなる

    たたに24時間働くサラリヌマンの酔った父がそこぞ垰っおきお火に油を泚ぐ
    助けおくれよず目で合図するが
    「君たちは垂䞭匕き回しの䞊磔獄門」
    などず極刑を䞋すばかりで助けにならない


    母ず私の関係を衚すような倢を䜕床も芋た
    幌い頃から繰り返し芋る倢
    今日で地球が終わるずいう日
    これから宇宙人が円盀で地球を離れるず蚀う
    円盀ずいう方舟には定員があるのでそれを遞別するのが私だずいう
    私の前にたくさんの遞別されるべき人々が䞊ぶ
    父は無条件に乗せた
    ずころが母のずころに来るず、私は母を乗せない遞択をする
    遞別が終わっお出発の時が来た
    青い地球に残された母の姿がどんどん小さくなっお私は倧泣きで起きる

    同じ倢を䜕床も芋お䜕床も泣くのに私は母を遞ばない
    母がそこたで悪いこずをしたわけじゃない
    だけど䜕回芋おも母のこずは乗せおあげない
    倧人になるたで同じ倢を芋た


    父が亡くなっお母が1人になった
    私は20幎間勀めた仕事を蟞めた

    還暊をきっかけにここからは奜きなこずをやろうず決めた
    圓面友人の仕事を手䌝うずいう理由で退職したが、同時に母の面倒も芋られるず母に䌝えた

    母の喜びようは凄かった
    簡単に可胜性の話をした぀もりが、い぀匕っ越しお来るのかず䌚う床聞いおくる
    友人の仕事を手䌝う、もデゞャブヌだった

    運呜に岐路に立぀時、私はい぀もこんな遞択の仕方をする
    自分以倖の誰かの為にずいうような名目で自分の人生の矢面に立ずうずしない

    30歳の頃䌚瀟を蟞めお友人の䌚瀟を手䌝うず決めたら劊嚠した

    たたそれを繰り返そうずしおいる
    同じ分かれ道でそっちじゃない方を遞がうずしおいる
    今床は、母の面倒を芋るずの䞀石二鳥さたで添えお

    流石にこの歳になっおたた母になるパラレルに飛ぶずいう荒業もないだろうけど

    人間関係の䞭で瞁の䞋の力持ちみたいなポゞションを遞ぶ
    それが存圚意矩だず感じおいるみたいに

    たたやっおる
    それを芋透かされおいるようで肩をすくめる
    隠れ蓑を剥ぐ、そこから出ないず始たらない

    人は岐路に立぀時自らの課題を肌で感じる

    嚘の岐路には、圌女の課題があった

    倧孊生掻も最埌の幎に、嚘の飌っおいる愛犬『ちょこ』が突然亡くなっおしたった
    ちょこは嚘の䞭孊受隓のご耒矎に母が買っおくれた犬だ

    亡くなる数日前、い぀ものように散歩に出た
    自分のこずは犬だず自芚しおいないちょこは、犬嫌いだった
    犬嫌いを超えお犬倧嫌い
    我が家には匷い先䜏猫䞉匹がいたので猫には服埓の姿勢
    しかし芋境なく出䌚う犬に激しく吠えおしたうので倜に散歩をしおいた

    その日も出䌚い頭に犬を芋぀けお激しく吠えた
    匕き離すしか術はないのだが、抱き䞊げようずするずパタリず倒れた
    あんたり吠え過ぎお酞欠になったのかず思ったが、すぐに元気になった

    そしお今床は二、䞉日埌に家の䞭でトコトコず歩いおいる時にパタリず倒れた
    たたすぐに元気になったのだが、心配なので明日は受蚺しようず考えた
    い぀もず倉わらなく芋えた
    病院に行くず毛が抜けおしたうほどのビビリなちょこだけど、それでも病院に行かなきゃず思う違和感があった

    嚘は提出するレポヌトを朝たでかかっお仕䞊げたずかで
    病院に向かう私たちず亀代に少し寝るず自宀に入った

    蚺察宀にはちょこが歩いお入った
    い぀もなら垰ろうず抵抗する

    治しおもらいたいずころがあるんだね、そう思ったのを芚えおいる
    蚺察台に乗ったちょこを医垫がみる
    チアノヌれが舌に出おいるず蚀われた

    レントゲンを撮っおみたしょうず蚀われお、埅合宀で埅たされた

    䜕やら蚺察宀がバタバタしおいる
    芗くずちょこが心臓マッサヌゞを受けおいる
    危節ですず蚀われおも玍埗できない

    慌おおさっき寝たはずの嚘の電話を鳎らした
    駆け぀けた嚘は郚屋着のたただった

    酞玠宀に入ったちょこは暪たわっおいたが嚘が来たず気づいお起き䞊がり
    い぀ものようにパタパタ尻尟を振った
    苊しげずか埮塵も感じない
    い぀もの嬉しそうな顔だった

    「なんだ、元気じゃん」
    嚘は安堵したけれど、パタリず倒れお再び心臓マッサヌゞが始たっおも
    起き䞊がる事はなかった

    家に着いおも嚘は亡骞を離そうずしない
    半日そうしおいたが倫がどうにか説埗しお離させた

    その倏から嚘の粟神はバランスを厩し始めおいたのかもしれない
    その幎の幎末に頭に怪我をしお入院した
    埌遺症が残った

    嚘のそばにい぀もいお泣いおいる時には顔をなめ回す
    嚘の子ども時代の盞棒
    人生の困難をちょこなしに枡らねばならなかった時
    どんなに力が必芁だったんだろう
    倧事な通過点だずしおも、い぀か必ずお別れがくるず決たっおはいおも
    玍埗できるはずがなかった

    嚘ず母は悲しさの受け取り方が䌌おいる
    党身で受け取っおしたう

    父が亡くなった日、母がこう蚀った
    『䞀人になっお私はどうすればいいの』

    私も効も孫も曟孫もみんないるからず慰めるず
    『だっおあんた私を嫌いでしょ 』
    ず母は子どもみたいに呟いた

    こんな堎面で䞍意を突かれた
    ずっずそんなこず思っおいたのか
    愛しおるよずすかさず抱きしめたが、私の動悞はきっず母に䌝わった

    宇宙船に母を乗せなかった倢が明るみに出たず思った

    仕事を蟞めおから、週のうち二、䞉日を実家で過ごす
    母ず二人きりなんお䜕十幎ぶりだろう

    いろんな話をした
    母の小さい頃の写真を匕っ匵り出しお䞀緒に芋たり話を聞いたり
    もちろん私の話も嚘の話も沢山した
    今話すこずが、必芁なこずだず思った

    圓たり前だが私が生たれ萜ちた時から母は母だった
    母は垞に私の先を歩いおいた

    い぀も明るいが、い぀も鉄壁みたいな母だった
    小さなこずに傷぀いたり、こんなに寂しがりやだったのかず驚くばかり
    鉄壁ではなかったんだなず私の心も融けお行く

    母に吊定されお悲しかった
    瞛られお苊しかった
    叩かれお痛かった
    怒りを济びお瞮こたった
    期埅に添えなくおガッカリさせた

    もう子どもじゃないんだから、そんなこずを今曎䌝えお母を混乱させなくおいい
    そう思うけれど抌し蟌められない
    扉を開けお攟った蚀葉、『嫌いだったお母さん』

    それが出おいくずもぬけの殻になる
    そしお䜕床も䜕床も同じ蚀葉が出おきた
    「嫌いだけど愛しおる」
    「嫌いだけど愛しおる」

    嫌いず奜きは反察だけど、嫌いず愛しおるは同矩だ

    嚘ず母ずそしお私
    私の前に母の通った道があり、私の埌には嚘が芋える
    手探りで確かめながら進んでいく

    嚘を通しお
    母を通しお
    巡り巡っお、ぐるぐる回っお、繋がっおいる

    次々ず思い出される蚀葉を玡いだら私に蟿り着いた

    その゚ピ゜ヌドのひず぀ひず぀に
    倧人の私は
    抱きしめながら挚拶をする

    あんなこずも
    こんなこずも
    どれも欠けおはならない
    倧切な私だった

    倧切な
    倧切な
    私に蟿り着く

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    裕矎

     
     
    曞くこずが奜き 仕事を蟞めお旊那ず二人暮らし 実家の母の家ずのニ拠点生掻 心に浮かぶよしなし事を曞き留めたす http://ameblo.jp/hiromik1129/

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