メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bymirecat

恒星間宇宙の狼少女 最終話

     シェーンが電子メスを取り出したとき、わたしは二つの動作を同時に行った。
     ひとつは船内の重力を通常の五倍に高め、もうひとつはカマラの強化スーツの強度をそれに耐えうる設定に切り替えた。それでもスーツに支えられていない頭部に相当のショックを感じたのか、彼女は頭を抱えてその場でふらついた。
     シェーンのあごと四肢は、吸引されたかのようにフロアに接着した。関節から叩きつけられたので、骨と腱が裂ける音がした。体重が突然三百キログラムになったのだ。かろうじて頭部がフロアに直撃するのは防いでいたが、血管や内臓にも重篤な傷害が出ているだろう。
     回復装置で試す必要もなく、シェーンの死亡は確定していたが、わたしは、すみやかに冷凍保存装置に横たえた。ユグドラシル号とその乗組員を無事にアクアプラに届けることがわたしの使命だった。そのうち二人に対して、無事にという条件は満たせなかったが、到着させることまで破棄するわけにはいかなかった。

     ワークステーションのスクリーンで、船内でシェーンが起こした事件のデータを彼女に開示した。
     ほとんど予測の範疇だったのだろう。見終わっても、彼女からは質問も感想もなかった。そこには当然、音声や映像も当然含まれており、記憶を失ったとはいえ、メノウ本人がシェーンに蹂躙される様も多重に記録されていたが、退屈そうに眺めているだけで、彼女は眉ひとつ動かすことはなかった。
    「これから、どうするのですか?」
     このままアクアプラを目指すか、地球へ戻るのか。
     スクリーンに現在地の座標と地球、アクアプラの位置関係を図像化し、彼女に今後の指針を求めた。
    「地球に戻ってどうなる?」
    「あなたの知性は手厚く歓迎されるでしょう」
    「排斥される可能性が高いだろう」
     わたしなりに自信を持って言葉にしたつもりだったが、あっさりと否定された。
     彼女はパネルを操作して、無人探査機が収集したアクアプラのデータを表示させ、次々とめくった。書籍化すれば千ページを超えるであろう膨大な情報を、彼女は一時間もかからずに目を通し終えた。
    「アクアプラに行こう」
     そう言って彼女は、今度は自分の身体データを表示するようわたしに指示した。
     透過された彼女の身体情報がモニターに映し出される。
     頭部に位置する前頭葉が明らかに通常より肥大し、脳全体も奇形となっていた。無重力状態、冷凍睡眠、リバースエイジング、前頭葉手術、なにがその原因なのか、また複数なのかすべてが影響を与えたのか、前例のないことなので、わたしには判定しようがない。
     彼女は下腹部の状態を慎重に確認していた。豆のように丸くなった胎児が観察できる。以前より少しだけサイズが大きくなっていた。心拍や血圧も正常であり、順調に発育を続けていた。
    「この子供が男子ならば、成長した後、その子供を産もう」
    「女子ならば?」
    「セオドアの精子を受精させ、子供を産んでもらおう」
     セオドアの死体も冷凍睡眠装置で保存していた。脳機能の回復は見込まれなかったが、体組織は被害を受けていなかった。生殖器の利用は可能だろう。
    「わたしとその子供たちは何度でも若返りを繰り返すことができる。地球人の何倍もの速度で繁栄し、アクアプラを支配できる」
     強い意志の込められた言葉だった。
     突拍子もなく、過去のどのデータも参考に出来ないその言葉に、わたしはしばらく混乱した。
    「わたしがそれに協力すると思いますか?」
     そう言ったわたしを見て、彼女は薄い笑みを浮かべた。目醒めてから初めてみせる微笑みだった。
     わたしは、この船でいかなるトラブルが起きようとも、アクアプラに乗組員を到着させることを、最優先に選択するようにできている。きっと、そのくらいの臨機応変な対応はできるのだろう。それに考えるまでもない。彼女はわたしを創った神だった。

                                          (完)

    はじめから読む

    #創作大賞2026 #ホラー小説部門

     
     
    ゲームブックや小説を書いています。 誤字脱字、リンクエラー、その他ミスなどご指摘頂くとありがたいです。

    あなたへのおすすめ