
【第6話】『再生するサラリーマン』──不正送金事件から始まる、会社再建ミステリー
第6話|浮かび上がる黒幕
神谷浩一は、瀬川常務の名が記された極秘文書を何度も読み返した。
冷静を装っていたが、心の中では怒りが静かに燃え盛っていた。
──会社を、仲間を、金儲けの道具にした。
許すわけにはいかない。
USBに保存されたデータは確かに強力だが、これだけでは不十分だった。なぜなら瀬川の関与を直接裏付ける「動かぬ証拠」がまだ足りないからだ。
藤田が言った。
「この文書、内部向けのメモに見えますが、瀬川常務の指示を示す決定的なサイン──たとえば直筆のサインやメール原本がないと、訴追は難しいでしょう」
「……やっぱりそうか」
神谷は深く頷いた。
「なら、引きずり出すしかない。自ら手を動かさせるように仕向けるんや」
佐々木が不安げに尋ねた。
「でも、どうやって……?」
神谷は机に肘をつきながら、視線を上げた。
「次の一手は、“疑似リーク情報”や」
「疑似リーク?」
「ああ。『○○商事に続く、新たな仕手案件が社内で進行中』って噂を、内部に流す。瀬川がそれに反応して動いたら、その瞬間を捉える」
藤田が眉をひそめた。
「かなり危険な賭けですね……相手は常務。動きがバレたら、こちらが潰される可能性もある」
「せやけど、もう後戻りできへんやろ」
神谷は静かに言った。
彼自身もわかっていた。もし失敗すれば、社内の信用を完全に失い、左遷、いや最悪の場合、会社そのものが沈没しかねないことを。
それでも、進むしかなかった。
その夜、神谷は佐々木と協力して、匿名の投資掲示板に投稿を仕掛けた。
『次はZXY電子。大口の仕込みが始まっている──内部リーク情報』
──もちろん、デマだ。
だが、これを信じた人間が動けば、誰が仕掛け人かが浮かび上がるはずだ。
投稿後、神谷たちは社内の空気の変化を鋭く探った。普段なら静かなはずの経営企画部で、耳打ちや密談が頻発しているのを確認する。
翌朝、藤田が小走りでやってきた。
「課長、管理部の田島さんが、妙な動きをしていました!」
「田島?」
「はい。ZXY電子の調査レポートを密かに引っ張り出してました。普段なら扱わないようなデータです」
神谷は手応えを感じた。
──情報は確実に社内に波及している。
一方、瀬川常務の動きは表向きには変わらなかった。だが、重役フロアの廊下に漂う異様な緊張感──あれは、嵐の前触れだった。
三日目の午後──
藤田から緊急連絡が入った。
「課長!動きました!」
「誰や!」
「瀬川常務です。さっき、経営企画部の橋本課長経由で、新たな資金移動指示が出されました!」
神谷の心拍数が上がる。
「金額と宛先は?」
「300万円を、ZXY電子関連のコンサル会社に送金するよう指示が──」
「引っかかったな……!」
神谷はすぐに社内監査部に連絡を入れ、資金移動を一時凍結させた。
そして、藤田と協力して、送金指示メールとシステムログを速やかにバックアップ。
そこには、しっかりと瀬川常務のアカウントから発信された、明確な指示文が記録されていた。
──これで決定的だ。
その夜。
神谷は社外の金融監査機関にも密かにデータを提供した。
万一、社内で隠蔽工作が図られても、外部監査の力で抑え込む布石だった。
水面下で、包囲網は着実に狭まっていく。
◆
数日後、社内に激震が走った。
経営陣の緊急会議が開かれ、瀬川常務への内部調査が正式に発表されたのだ。
新聞社や業界誌もざわつき始め、会社の株価は急落した。
社内では動揺が走り、社員たちは廊下や食堂で小声で噂を交わしていた。
「マジで? 瀬川常務って、そんなこと……」
「もうこの会社、ヤバいんちゃうか……」
「誰が次に吊るされるかわからんぞ」
冷たい噂が飛び交い、空気は張り詰めていた。
重たい空気が、社内を支配していた。
かつて繁忙期でも活気を失わなかったオフィスが、今や沈黙と不安に満ちている。
神谷たちは静かに成り行きを見守った。
藤田がぽつりとつぶやいた。
「……会社、もつんでしょうか」
神谷はしばらく黙っていたが、やがて答えた。
「……わからん。ただな、腐ったまま延命しても意味ないやろ」
佐々木がうなずいた。
「課長……俺、こうして闘えたこと、後悔してません」
「俺もや」
神谷は目を細めた。
──たとえ、このまま会社が倒れても。
真実を突き止めたことだけは、誇れるはずだ。
彼らの胸には、確かな誇りと、覚悟が宿っていた。
そして、神谷は心に決めた。
この戦いが終わったら、俺はもう一度、自分の道を選び直そう。
──組織に依存せず、自分の足で立つ道を。
だがその前に──
まだ片付けるべき最後の決着が待っていた。