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【第5話】『再生するサラリーマン』──不正送金事件から始まる、会社再建ミステリー

    第5話|隠された罠

    橋本課長の名が浮上したことで、事態は静かに、しかし確実に転がり始めた。
    神谷浩一は経営企画部のドアをノックすると、控えめな声で「どうぞ」と返ってきた。

    ドアを開けると、橋本は窓際で書類をめくっていた。
    痩身で四角いフレームの眼鏡をかけたその男は、神谷の姿を見ると小さくうなずき、イスに腰を落ち着けた。

    「神谷課長。珍しいですね、こちらに来られるとは」

    「少し話をしたくてな」

    部屋の空気はどこか乾いていた。冬の冷気よりも、張り詰めた緊張が肌を刺す。
    神谷は椅子に腰掛け、橋本の目をまっすぐに見た。

    「送金ログについて、少し気になることがあってな」

    橋本は眼鏡を押し上げた。
    「……ああ、経理の高橋さんの件ですね。私も噂で少し聞いています。まさか、内部から操作があったとは」

    「そうや。ただ、その“内部”のログインに、君の端末が関与していた」

    橋本の動きが一瞬止まった。

    「……私の?」

    「佐々木のIDが使われた端末のIPアドレスが、経営企画部のPCと一致したんや」

    「なるほど。だが、うちの部署には共用PCもありますし、他の社員も……」

    「そのPC、君が三日前に使用していた時間帯と一致しとる」

    橋本の表情に、わずかな緊張が走った。神谷はそれを見逃さなかった。

    「単刀直入に聞く。君は、この件に関わってるんか?」

    「……証拠はあるんですか?」

    返された問いは、否定ではなかった。
    神谷は立ち上がった。

    「まだや。けど、証拠を集める準備は進めてる。協力してくれるなら、話は変わる」

    橋本は静かに立ち上がり、カーテンを閉めてから机に戻った。
    その動きのひとつひとつが、何かを決断した者のようだった。

    「……神谷さん、実は私も脅されていました」

    「脅されてた?」

    「はい。ある“データ”を握られていて……もし従わなければ、それを会社にばらすと」

    「どんなデータや?」

    橋本はしばらく沈黙した後、口を開いた。

    「数年前、私はある外部企業との不適切な契約を処理したことがあります。厳密には違法ではありませんが、社内規定には違反していた。そのログを何者かに握られていたんです」

    「誰がその情報を握っていた?」

    「わかりません。メールはすべて匿名で、発信元も追えないようにされていた」

    神谷は橋本の机の上に置かれたUSBメモリに目をとめた。

    「それには何が入ってる?」

    橋本は躊躇なくUSBを差し出した。
    「証拠です。私が関与した作業記録。これを出せば、私が完全に無関係じゃないことは分かるでしょう。でも……私だけじゃありません」

    「どういうことや?」

    橋本は、ゆっくりと告げた。

    「この計画には、もっと上の人間が関わっている可能性があるんです。常務の瀬川──彼が全体を動かしていたとしたら……」

    神谷の中で、点と点がつながる音がした。
    橋本が単なる実行犯で、真の首謀者が瀬川常務。
    その仮説は、これまでの不自然な資金の流れ、情報の封鎖、佐々木や高橋への工作の数々──すべてに説明を与えられる。

    「協力してくれるんやな?」

    「はい。ただし、私の身の保証も……」

    「それは考える。……けどまずは、この件を明らかにせんことにはな」

    神谷はUSBを受け取り、部屋を出た。

    廊下に出ると、冬の冷たい空気が一層鋭く肌を刺した。だが、神谷の胸の中に燃える闘志は、それをものともせず燃え盛っていた。

    エレベーターで降りながら、神谷はこれまでの流れを整理する。

    佐々木のIDが使われ、不正送金が行われた。
    高橋は脅され、行動を制限されていた。
    橋本もまた、脅迫によって操られていた。

    ──すべての線が、瀬川常務に繋がっている。

    だが、確定的な証拠はまだない。
    これまでの証言やログデータだけでは、瀬川を追い詰めるには不十分だ。

    「……やるしかないな」

    神谷は小さく呟いた。

    まずは、橋本の提供したUSBの中身を確認し、さらに証拠を積み重ねる。

    そして、必要なら──次は自ら、瀬川に罠を仕掛ける覚悟もできていた。

    一度オフィスに戻ると、佐々木と藤田が待っていた。

    「課長、どうでしたか?」

    「橋本は協力する気や。しかも、常務が関わってる可能性が出てきた」

    佐々木は目を見開いた。

    「そんな……あの瀬川常務が?」

    「ああ。けど、驚いてるヒマはない。これからは慎重に動くぞ。相手は一枚も二枚も上手や」

    藤田が静かに頷いた。

    「私もできる限りバックアップします」

    神谷は深く頷き、USBをパソコンに差し込んだ。
    画面に次々と表示されるデータ──契約書、内部メール、送金依頼書のコピー──
    その中には、決定的な文書が紛れていた。

    『○○商事 株価操作計画 進行表(極秘)』

    そこには、橋本だけでなく、瀬川常務の名前も記載されていた。

    「……これで、瀬川を追い詰める材料が揃う」

    神谷は画面を見つめながら、静かに拳を握った。

    次のターゲットは──瀬川常務本人だった。

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
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