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いい歳こいたおっさんがエースコンバットの思い出を語る話 ゼロ編


今回はピクシーについて語ります

最近(注:2026年1月にこの記事を書いています)、エースコンバット関連プラモデルの素晴らしい作例を連続で拝見する機会があり(いやー、眼福眼福!)、ここ20年ほど自分がプレイしてきたエースコンバットシリーズを思い出し、PS2三部作(AC04/5/ZERO)、Xbox360(AC6)、PS4(AC7)を久しぶりにプレイしました。実に懐かしい。古いゲームの再プレイは単に遊んで楽しいだけでなく、最初にプレイした当時の記憶や思い出が蘇って来て、感慨に耽りながらプレイしました。

いろいろ思い出はあるのですが、エースコンバットシリーズを通して好きなキャラクターが2人いるので、そのキャラクターについて思う事を思いつくままつらつらと書いていこうと思います。
今回はその1人目、ピクシーについて書いていきます。

AC ZERO初期機体の一つ、サーブ35ドラケン。
筆者のプレイ画面を撮影。
同じく初期機体の一つ、三菱F-1。
対地攻撃向けの機体。

エースコンバット・ゼロの紹介

エースコンバットは戦闘機を操縦して敵機と空中戦をしたり地上目標を爆撃する、フライトシューティングというジャンルのシューティングゲームです。
そして、シリーズの一つに「エースコンバット・ゼロ」があります。

エースコンバット・ゼロのサブタイトルは「ザ・ベルカン・ウォー」といい、架空のエースコンバット世界(ストレンジリアル世界と言います)で起きた「ベルカ戦争」とそれに続くテロリスト集団「国境なき世界」が引き起こす一連の騒動を戦い抜いた主人公(TACネーム:サイファー)の物語です。
プレイヤーは物語の主人公・サイファーとなって戦闘機を操り、ベルカ戦争と、続けてテロとの戦いに参加します。
発売は2006年、機種はPS2です。

サイファーの主な乗機、F-15Cは青のパーソナルカラー。

ピクシーという男

ウィングマンとしてのピクシー

このゲームは主人公独りで戦うのではなく、僚機(ウィングマン)とペアで戦います(「攻撃せよ」「防御せよ」などの簡単なコマンドでウィングマンに行動指示を与えることが出来ます)。TACネーム:ピクシー(本名ラリー・フォルク)はサイファーのウィングマンとして、序盤~中盤までサイファーと行動を共にします。
二人は軍事大国ベルカに攻め込まれた小国・ウスティオの空軍に空の傭兵として雇われ、日々ウスティオに侵入してくるベルカ空軍機を撃退します(という内容のゲームです)。
ピクシーは傭兵としての稼ぎを気にする発言が多く(「お財布握りしめて待ってろよ」「報酬上乗せだ」など)、他の部隊のパイロットが「正義のために戦う」たぐいの発言をすると「理想で飛んでたら死ぬぞ」とクギを刺すような人物です。
つまりピクシーは正義とか大儀とか理想のために戦っているのではなく、あくまでビジネスだというちょっと斜に構えた態度で戦いに臨んでいる演出が多いです。

ピクシーのF-15Cは右翼だけ赤のパーソナルカラー。

主人公と袂を分かつピクシー

ベルカ戦争は最初、軍事大国ベルカと、ベルカに攻め込まれた小国ウスティオの戦いとして描かれますが、周囲の複数の国がウスティオを擁護し始め(本当は周辺諸国はウスティオの天然資源が欲しいだけ)、連合軍を組織してベルカと戦い始めます(現実世界でも既視感が……)。
元々ベルカがウスティオ侵攻を決断したのも、国家財政が破綻しかけた時にとなりの大国オーシアにそそのかされて地下資源の共同開発に投資し、全然地下資源が出てこなかった(ので、財政破綻はオーシアに騙されたからだという国民感情が凄い)のに加えて、国家経営の財政負担を減らすためウスティオの独立を許したら、そこから地下資源が出てきたというダブルパンチ、泣きっ面に蜂が原因です(現実世界にもありますよね、こういう話。例えばアラスカは元はロシア領だったのをアメリカに売ったら金が出てきたんですよね)。この戦争、ベルカが悪いというのは一方的な見方で、ベルカが戦争に踏み切った過程を踏まえるとベルカだけに責任を負わせるのもどうかな……という話をすると、ロシアによるウクライナ侵攻も、イスラエルによるパレスチナ攻撃も正当化されるのか、という話になってしまうのでこれ以上触れませんが、まあ、エースコンバットの戦争ってたいがいそんな理由で(たいていはオーシアがちょっかいを出したせいで)起きています。

さて、ウスティオ解放を達成したにもかかわらずベルカ戦争は終わらず、連合軍はベルカへの侵攻を開始。この時点ですでに戦争の大義名分は失われています。
序盤で「理想で飛んだら死ぬぞ」と言っていたピクシーは、この頃から態度がおかしくなり始め、遂にベルカが侵入してくる連合軍に対し自国内で核兵器を使ったところでウスティオの傭兵部隊から脱走、行方不明になります。
ちなみにピクシーが抜けた後、サイファーのウィングマンには他部隊からPJ(本名パトリック・ジェームス・ベケット)が編入されますが、彼がまた伝説の「一級フラグ建築士」でして……

ピクシーの背景

実はピクシーはこの戦争を起こしたベルカの出身で、ウスティオの傭兵となってベルカと戦ったのも、自国の暴走を見ていられなかったからでした。戦争をビジネスだとうそぶいていたのは仮の姿で、本当は理想に燃える正義漢だったんですね。自国の間違いは自分で正す、という……(自国が間違っているからといって同胞に銃を向ける勇気、あなたにはありますか?私にはありません)。彼はそれが出来るぐらいの理想論者だったのです。
ウスティオを開放したことで戦争の目的は達成したはずなのに、連合各国は戦争継続を望み、ベルカを占領し、なけなしのベルカの富を奪おうと醜い争いを続けている。それがピクシーには我慢ならなかったのでしょう。

ピクシーの選択

ベルカは降伏し連合国側と終戦協定が結ばれますが、負けを認めない一部将校と軍需産業の利権を失いたくない企業(灰色の男たち)との軍産共同体がテロ組織「国境なき世界」を立ち上げ、連合国(というか、世界)に向けて戦いを宣言します。
国境なき世界の表向きのスローガンは、「世界には国境があるから争いが起きる。国境をリセットすることで争いをなくす」です(真の目的は核兵器の恐怖で世界を支配すること)。ピクシーはそのスローガンに乗ってしまった。「理想で飛んだら死ぬぞ」と言っていた本人が理想にしがみつき、遂にはテロ組織に身を寄せてしまったのです。

ピクシーの決着

そうは言ってもピクシー自身、核兵器を使う事にはためらいがあったようです。
サイファーは核ミサイルの発射を止めるために「国境なき世界」の実行部隊を次々と葬りながら、テロの拠点、アヴァロンダムに到着します。そこでサイファーの前に立ちはだかる最後の壁がピクシーの駆る戦闘機、ADFX-02「モルガン」でした。
「ここから境目が見えるか?国境は俺達に何をくれた?」
「全てをやり直す。そのための『V2』だ」
V2は核弾頭を積んだ弾道ミサイルです。ベルカが世界を人質にするために開発・建造したものを、国境なき世界が接収していました。
ピクシーはサイファーの目の前でV2を発射してみせ、その制御装置を組み込んだモルガンに乗り、サイファーと一騎打ちに挑みます。核ミサイルを止めたければ俺ごとモルガンを撃墜してみせろ、ということです。

これはおそらく、ピクシーの「賭け」だったのではないかと私は考えます。
サイファーが自分を止めてくれるかどうかの。

ピクシーはサイファーの相棒として、誰よりも間近にサイファーの強さを見せつけられてきました。主義主張を持たず、ただひたすら強さを極めることに生きるサイファー(=ミッションクリアに明け暮れるプレイヤー)は、大儀に惑わされ悩みながら戦ってきたピクシーにとって愛憎うずまく眩しい存在だったに違いありません。
戦争を根絶するために世界をリセットする、それは正しいことだ。しかしその手段として自分は核ミサイルを打ち上げ、大量殺戮をしようとしている。俺がいまやろうとしている事は本当に正しいのか?
ここでもまだ迷うピクシーは、サイファーに自分を止めてほしくて戦いを挑んだのかもしれません。灼熱の強さで周囲のものを焼き焦がす、最強の男、元相棒のサイファー。その胸を借り、全力でぶつかっていくピクシー。サイファーが勝てば核ミサイルは機能停止する。俺が勝てば、大量虐殺が起きる。俺を止めて見せろ(どうか俺を止めてくれ)、サイファー。「撃て!臆病者。撃て!」……最後にこう叫んだピクシーの心中は、きっとこうだったに違いないと思います。

ラストミッションで敵対する元相棒。
ピクシーを追い詰めるつもりが
タクティカルレーザーで反撃を喰らう。
息子にプレイさせて撮影(笑)。

ピクシーの想い

ベルカ戦争はストレンジリアル世界で1995年の出来事でした。物語はその10年後、2005年11月のユージア大陸で幕を閉じます。そのころ、ピクシーは戦闘機乗りの傭兵としてではなく、ボランティア(義勇)兵としてユージア大陸の中央部で戦っていました(ちょうどエースコンバット04のエルジア降伏が2005年9月なので、その戦後の混乱の中で戦っていたのだと思われます)。
テレビ局のインタビューに、ピクシーはこう語ります。
サイファーに撃墜されて舞い降りた土地。
「痛む体を引きずってたどり着いた場所はあの核の爆心地だったんだ」
「何も無い光景、それがなんだか、悲しくてしょうがなかった」
「でもそこで、強く生きる人々がいた。俺は彼らに助けられたんだ」
「境目は要らないかもしれない。でもそれだけだろうか」
その流れでインタビューの最後をこの言葉で締めくくります。
「ありがとう、戦友。またな」

結論

ゼロは、ピクシーの魂の救済の物語である

国境があるから戦争が無くならない、だから国境を消す、と息巻いていた彼は、正義のためとはいえ核ミサイルを発射するという愚行で人の道を踏み外しかけたところを相棒に撃墜され、爆心地で暮らす人々に癒されることで、国境さえなくせば本当に戦争が無くなるのだろうか?と自分の手段に疑問を持ちます。むしろ極限状態で助け合う、互いを想いあう人々の心、そちらが戦争のない世界を築く鍵ではないのか……
サイファーが撃墜してくれたおかげで自分は核を爆発させる過ちを犯さずに済み、爆心地に降り立った事で自分の考えの間違いに気づく事が出来た……ラストシーンで「ありがとう」と言うピクシーの表情はおだやかで、晴れ晴れとしていました。

やはり、サイファーに撃墜されることでピクシーは救われたのだろう、「エースコンバット・ゼロ」は大儀や理想に惑わされ、道を誤り人類に仇をなそうとした、ある意味でとても純粋無垢な男ピクシーの、魂の救済の物語なのだろう……そう思いながら、発売20年目の今日もエースコンバット・ゼロをプレイする私でした(そろそろウチのPS2も限界です。バンナムさん、最新機種でPS2三部作をプレイ出来るようにしてください。)。


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