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過去読み

    占いとか、予言とか、嫌いだ。
    未来のことを知ってても意味が無いと思う。
    例えば「今日、あなたは転びます」って言われて、実際転んだらムカつくし。
    「じゃあ、転ばないように気をつけよう」って思って、転ばずにいたら「当たらなかった!」って思う。

    占いって誰にでも当てはまりそうなことしか言わない。
    誰にでも当てはまるって「あなたモブですよ」って言われてるみたいで、なんかムカつく。
    そんな未来、知りたくない。

    その日、易者を見つけた。
    テレビで見たことある、あれ。
    「黙って座れば、ピタリと当たる」的なやつ。
    そんなのフィクションの中にしかいないと思ったけど、ホントに居た。

    小っちゃい机に黒い布かけて、その奥におじさんが座ってる。
    格好は普通。
    どれくらい普通かっていうと、そのまま立ち上がってコンビニ行っても、誰も気に留めないくらいの普通さ。

    いかにも“ザ・占い師”じゃないし、すれ違っても全然印象に残らない。
    5分後に「どんな顔だった?」って言われても、「おじさん」としか答えられない。
    そんな感じ。

    引っかかったっていうか、目についたのは机の上の地図。
    なんで地図?
    結構な厚さのある日本の地図帳、たぶん。ページの端が反り返ってるから、かなり使ってる。
    その下に折りたたんだ世界地図。
    他には小さい行灯が1つ乗ってるだけ。

    地図占いってあったっけ?
    私が知らないだけで流行ってるの?
    ここに行けば、なにかわかるとか?
    昔、平安時代だったかの行き先決めるの、そんな感じって聞いた気がする。

    それで向かいに、いまおじさんがいる。
    正確に言うと、私がおじさんの向かいに座ってる。
    易者の椅子に私が座ってる。

    なぜ?なんでだろう。
    ちょっと気になったから。
    易者のおじさんが気になったからじゃなくて、机の上の行灯に書いてあったことが気になった。

    【過去を見ます】

    “未来を見ます”とか、“占います”は見たことある。
    でも【過去を見ます】は初めて見た。
    ますますフィクションじみてる。
    だいたい過去を見るって、なに?
    この、おじさんに私の過去を、あけすけに語るの?教える気もないし、この人知ってどうするの?
    で、その地図なに?

    場所は駅前。
    いつも降りるとこじゃなくて、休みの日で少し歩きたかったから、2つ前の駅で降りた。
    ちょうど日も延びてきたし、暑くもなく、寒くもなくで、少し歩くには良いかなって。
    日が短いなら歩かないけど、暗くなる前に家に着けそう。
    そこで易者を見つけた。

    いつもならスルーだけど変な言葉につられて、普通すぎるおじさんの向かいに座ってる。
    まだ明るいし、それなりに人通りがあるから、背中越しに人の足音が聞こえる。

    立ち止まったり、歩くスピード落としてみたり、きっと私を見てるんだろうな。
    背中越しでもわかる、っていうか視線を感じる。
    そりゃ気になるよね。
    私だって逆の立場なら見ちゃう。
    易者が珍しいと思ったのに、お客さんなんてもっと珍しい。

    おじさんはというと、相変わらず普通。
    普通っていうか「いらっしゃい」とか、「こんにちは」とか言わないの?
    向かいに座った人に「どうぞ」って、それだけ?
    表情もあんまり変わらない。
    無愛想っていうのとは違うけど、にっこり笑ってくれるわけでもない。
    口の端が少し上がったかも?くらい。

    妙な好奇心で向かいに座ったりするんじゃなかった。
    「表情筋を動かすのに慣れていなくて」おじさんは唐突に口を開いた。
    「表情・・・なに?」
    ひょうじょうきん?
    聞こえているのかいないのか、おじさんは何も答えてくれない。
    変な独り言みたいになっちゃった。

    そのまましばらく私の顔を見つめていたおじさんは、また唐突に口を開いた。
    「わかりました」
    なにがわかったの?
    さっき私が言ったことの答え?ずっと考えてたってこと?

    そんな私の疑問と戸惑いは無視して、おじさんはページの反り返った日本の地図帳を私の前に置いた。
    私が見やすいように地図の南側を、こちらに向けて。
    これから過去を見るのが本番ってわけ!このおじさん何を言うんだろう。
    地図帳もちゃんと使うみたい。
    お手並み拝見といこうじゃない。
    面白くなかったら、文句言って帰ろう。

    おじさんは黙ってページを開いて、そのページの一部を指さした。
    地図帳は少し古かったけど、わりと詳細に描かれてた。
    目次を見るでもなく、迷いなく開いたページは、私の出身地。
    おじさんの指さしている場所は、私の実家のある地区だった。

    「ここですね」

    おじさんは自分の指先を見つめて言った。
    その姿が不気味で、急に心臓が大きな音を立てた。

    「あなたが産まれたのは、ここですね」

    おじさんが言葉を重ねた。
    言葉がうまく出なくて、首だけを軽く動かした。
    縦に、ゆっくり。
    呼吸も浅くなってきてる。

    おじさんは私の方は見ないで、ぎこちない動きだけ感じ取ったのか、また別のページを開いて、同じようにある場所を指さした。
    そこは私が高校を卒業して、初めて一人暮らしをした場所。
    ざっくりとはしてたけど、その地区だった。
    そして、おじさんは、また言った。

    「ここですね」

    このおじさん、何者?ひょっとしてストーカー?
    でも、こんな人見た覚えない。
    いくら印象に残らなくても、ずっと家の近くにいたら気づく。
    知らない間に私、探られてた?

    突然、私の頭の中に警報が鳴り響いて、一面真っ赤になる。
    そして頭に突如として司令部が立ち上がる。

    ヤバい!
    なんだかわからないけど、このおじさんはヤバい!
    会ったこともない人間の身辺調査を勝手にしてるなんて、まともじゃない。過去を“見る”とかじゃなくて、調べ上げてたんだ。

    急にあたりが静かになった。
    さっきまで賑やかだった足音や、人の声も雑踏の音も消えてる。
    まるでテレビの電源ボタンを押したみたいに音が消えた。

    どうして?
    いきなり人通りが途絶えた?
    違う。
    私の耳が周りの音をキャンセルしていた。
    驚きと恐怖で。

    瞬間、おじさんの声だけが耳に届いた。

    「間違いないですね」

    周りの音が無くなって気づいたけど、この人のしゃべり方、何か変だ。
    少し古いスマホの音声アシスタントみたいな、変なアクセントでしゃべってる。
    外国語を使う人のアクセントじゃない。
    それとは明らかに違う。

    さっき気づかなかったのは音のせいだけじゃない。
    口にする言葉が、短いせいだ。
    なんでだろう?
    そういえば、さっきから短い言葉が多い。
    変なアクセントに気づかれないため?

    違う、違う、違う!
    今はそんなのどうでもいい。
    ここから逃げるんだ!
    絶対、このおじさんヤバい!!

    今日、走れる格好だったっけ?
    ぎりぎり走れる靴だけど、パンツの裾が広い。
    これじゃ、走っても追いつかれるかもしれない。
    でも、ここにいちゃ、いけない。

    「逃げろ」
    私の頭の司令部から、その指示を持った伝令が飛び出した。
    両足に向かって伝令が一直線に向かおうとした、その時おじさんが口を開く。

    「宇宙人なんですよ」

    突如「?」が空中に浮かび、明滅しながらうごめく。
    まるで透明なクラゲの群れみたいな「?」の大群が、伝令の前に立ちはだかる。
    「?」の大群に飲まれて、伝令はそのまま姿を消した。
    指令を高々と掲げたまま。

    司令部からの指示を失った身体は、ただポカンと椅子に腰掛けたままだ。
    おじさんをマジマジと見つめることしかできない。
    やがて「?」の大群の中から伝令が抜け出てきた。
    でもその伝令は両足じゃなく唇にやって来て、こんな指示を与えた。

    「なに・・・人?」
    我ながらマヌケな質問。
    宇宙人との初対面って、こんなので良いんだっけ?

    「宇宙人」

    おじさんは、さっきより少しゆっくり発音した。
    相変わらずアクセントがおかしい。
    あぁ、宇宙人。
    別にどこか外国の地名が浮かんだわけじゃないんだけど、急に“宇宙人”なんてワード出されても。
    大抵の人は「は?」てなるよね。

    それに、こういうのなんて言うんだっけ?
    ファースト・コンタクト?そういうのって、もっと劇的じゃないの?少し落ち着きを取り戻した私の頭の司令部は、整列して感動的な宇宙人との初対面のシーンをスクリーンで観てる。

    私も一緒になって観る。
    ほら『E.T.』とか。
    指先が触れたらわかる、みたいなの。
    それなのに、今の状況なに?

    普通のおじさんがやってる占いだと思ったら、そもそも占いじゃないし。
    おじさんだと思ったら“宇宙人”。
    占いじゃないのは、まぁ良かったけど。
    好きじゃないし。

    でも少し落ち着いてきたら、急に違うことが気になってきた。
    え、ちょっと待って。
    宇宙人が地球に来るって、侵略しにくるのが、お約束だよね!
    おじさん1人で侵略・・・は、まぁ無いか。

    ってことは誘拐!!
    あ、そうか、誰も気にしないような易者(実際、違うけど)に引っかかる人間1人、ここからいなくなっても、誰も気づかないか。
    司令部では宇宙人が攻めてくる映画だとか、子供の頃に見たUFO特番だとかのワンシーンが、次々に再生されて、またにわかに慌ただしくなる。

    絶望。
    あー、地球に帰ってこられるかな-。
    帰ってこられても変な機械とか埋め込まれちゃうのかなー。
    記憶だって消されちゃうかもしれない。

    せめて今日、宇宙人に会う日だってわかってたらな。

    朝の情報番組で「今日は宇宙人に会う予感!ラッキーカラーは黄色!」とか教えてくれたら良かったのに。
    いつもは、そこまで見ないで消しちゃうけど、今日限定で占い信じたのに。
    そんなことを考えたら、知らない間に司令部から、また唇に伝令が来てた。

    「私、誘拐されるんでしょ」半分、投げやり。
    でも、このパターンは新しいかも。
    子供の頃に見たやつだと、気を失って気づいたらUFOの中とかだった。
    さらわれる前に、ちゃんと確認できた。

    おじさんは、やっぱり短く返した。

    「誘拐」

    やっぱり!
    私、誘拐されるんだ。
    さよなら地球。

    「“誘拐”というのは、ここではない場所へ連れ去るという意味ですね。いいえ」
    ちょっと変な言い方だけど、おじさんはきっぱりと言い切った。
    あんまりハッキリ言うから、逆に気に入らない。

    「じゃあ、地球を攻めに来たんでしょ?」
    「いいえ。しかし、知っています。あなた方がそういったことを、エンターテインメントとして、許容していることは」

    え?エンタメ?
    地球を攻めに来るとか、さらわれちゃうのが?
    まぁ、そうか。
    映画とかはエンタメだもんね。

    「でも、なんでそんなこと知ってるの?」
    思わず口に出てた。
    やりきった感の伝令。
    司令部からの伝令も、ここでいったん休止。

    「我々の目的・・・あなた方の言葉を借りるなら」
    おじさんはそこで言葉を切って、少し考えてるように見えた。

    「“観測”です」

    あ、観測。
    見てたの。
    なら知ってるよね。
    私の実家も、最初に一人暮らしした場所も。

    その時、少しずつ周りが賑やかになってきたのに気づいた。
    そうじゃない、私の耳が音を受け入れられるようになってきたんだ。
    そのことに私はちょっとだけホッとする。
    良かった、誰もいなくなっちゃったんじゃないかと思った。
    頭の中の司令部も、だいぶ静けさを取り戻してる。

    でも頭の中には、メモが1枚残ってた。

    「ナンデ知ッテルノ?」

    そりゃ知ってるでしょ、観測して・・・。
    やっぱり、おかしい!
    映画とかエンタメを知ってるのは良くても、なんで私の個人情報知ってるの!?
    さっき逃げようとしたところから、なんにも状況変わってない!
    「宇宙人」って言葉がパワーワード過ぎたんだ。

    いつの間にか、おじさんを“宇宙人”って疑問も持たずに受け入れてた。
    どう見ても、ただのおじさんなのに。
    もし、このおじさんが、ただの変な人だったら逃げよう。
    全力で逃げれば、きっとなんとかなる。

    もし本当に宇宙人だったら?
    いま私が地球代表ってことだよね!
    そうだ、ファースト・コンタクトだったんだ。
    ヤバい!
    別の意味でヤバい!

    私が地球を背負って立ってるんだ。
    変なこと言って、地球のメンツをつぶしちゃいけない。
    さぁ、なんでも聞いて!

    「“観測”はー」

    私があれこれ考えてる間も、おじさんの話は続いてた。
    そうそう、なにが目的で地球を観測してたの?

    「我々にとって“目的”ではありません」

    「うそ・・・」思わず口をついて言葉が出る。
    私、いま地球代表なんですけど?
    目的が無いって、どういうこと?
    なんなら全宇宙規模で、地球を背負ってたんだよ。

    「嘘ではありません。あなた方の言葉で近いのは“使命”です」
    「あ、うそって、そういうことじゃなくて-」
    言えない。
    仮にも私は地球代表なのに「肩透かし食って拍子抜けしました」とか。
    あー、やっぱり朝の占いチェックすべきだったかな。

    もしかしたら「今日は人生の転機が訪れる日!ラッキーカラーは赤!」とか言ってたかも。
    ・・・うん、見ないや。
    もし見ても「人生の転機が“地球代表で宇宙人と会見”」だなんて思わない。
    もし、そう思ってたとしたら、私このおじさんより変な人だ。

    使命か・・・私そこまでのことってあるかな?
    いまは地球代表で宇宙人と会見してるけど、逆の立場は嫌だな。
    このおじさんの星に行って、地球代表で来ましたって言えるかな?
    無理な気がする。

    あ、でもおじさんも「星の代表で来た」とは言ってなかった気がする。
    むしろ、どうやってきたの?
    やっぱりUFO。
    さらわれるのは嫌だけど、乗せてもらうくらいは良いかも。
    UFOに乗った最初の人類。

    きっと新聞に載るだろうな。
    月に行ったって伝記になったり、映画になったりするんだもん。
    おじさんの星って、月よりずっと遠いもんね。
    たまたまいつもより手前の駅で降りて、UFOに乗った最初の人類って!
    すごいドラマチック!

    どんな俳優が私の役やるんだろう。
    なんかワクワクしてきた。
    これは早く確認しとかなきゃ。

    「ねえ、おじさん。どうやって、ここまで来たの?やっぱりUFO?遠くない?」
    「来ていません」

    来てない?いるじゃん、今。
    私の目の前に。
    それとも、あれ。
    乗り移られた的な。

    「私は、あなた方にわかりやすく表現するなら、ドローンです」
    ドローンって、あの不細工なヘリコプターみたいなやつ?
    人型でもドローンっていうの?

    私は、ふと空を見上げる。
    もしかしたら、おじさんを操ってるドローンがいるかもしれないと思ったから。
    でもドローンもいなければ、UFOもいなかった。
    鳥が1羽、空を横切って、それだけだった。
    グッバイ、私の映画。

    「私は地球で作られました」
    また、おじさんは唐突に口を開く。
    いつも唐突だな、このおじさん。
    あ、いや、おじさんじゃなくて、ドローンなんだっけ。
    だからしゃべり方も、ちょっと変なのかも。

    私は視線を戻して、おじさんを見た。
    本当に特徴のないおじさんにしか見えない。
    やっぱり5分後に印象を聞かれても「おじさん」としか答えられない。
    工場で大量生産される、おじさん。

    『ターミネーター』みたいに、この無個性なおじさんが作られているのは、なんだかシュールで笑えてくる。
    このおじさんが、たくさん集まってたら怖いけど、いろんな場所にバラバラにいても印象に残らないから、ちょうど良いんだろうな。
    宇宙人も、ちゃんと考えてるんだ。

    あれ、ちょっと待って、このおじさんドローン(みたいなもの)って、さっき「地球で作られた」って言ったよね?

    「おじさん、宇宙人じゃないよね!」
    「厳密には違います」

    私のファースト・コンタクトの話、どうなっちゃうの!
    これじゃファースト・コンタクトじゃなくて、ワースト・コンタクトだよ!“おじさん型ドローンと駅前で会いました”
    全然ドラマチックじゃないし、一気にコメディになっちゃう。
    私、あなたの製造元のいる星まで行って、伝記が子供の本棚に置かれるはずだったんだよ。
    ねぇ、PL法って知ってる?
    地球じゃ、作った側に責任があるんだよ。

    「厳密には違いますが、私の収集した情報は母星に送られます」
    わざわざ説明ありがとう。
    ついでに私の映画と、子供向けの伝記の情報送って、地球に送り返してくれないかな。
    さっき怖い思いしたから、それくらい迷惑料でやってくれても良い気がする。

    「ねぇ、なんでそこまでして観測する必要があるの」
    「説明することはできます。ですが、それは貨幣の無い世界で、貨幣の価値を説明することに似ています」
    私はお金の無い世界を想像してみる。
    物々交換か、それは面倒だな。
    お財布持ち歩かなくていいのは楽だけど。
    えっと、つまり?

    「説明しても、しょうがないってこと?」
    「はい。“我々”と“あなた方”では、全く価値観が異なります」
    まぁ、それもそうか、外国だってわからないことあるし。
    外国どころか、外星?
    あ、他の星でいいか。
    星が違ったらわかんないよね、そりゃ。
    私の国の言葉で話せるだけ、ラッキーなのかも。


    そういえば、これだけは聞いとかなくちゃ!
    「過去読みますって、なんなの?」
    私はそれが気になって、ここに座ったんだった。

    占いでもなさそうだし、観測と関係あるの?
    これを価値観の違いで片付けられたら、たまらない。
    答えを聞くまで居座ってやる!

    「“観測”には誤差が生じます。誤差の修正を行う必要があります」

    ん、おじさん壊れた?
    ドローンとか言ってたし。
    質問と回答が噛み合ってない。
    “誤差は修正しなくちゃね!”で納得するほど、私ものわかりよくないよ。

    「あのさ」
    私が口を開くと、おじさんが言葉を重ねてきた。
    「観測の誤差の修正。及び誤差の確認のためにサンプル調査の必要があります」

    うーん。
    おじさんの製造元の宇宙人さ、もうちょっと私たちの会話のペースってものを学習させた方が良いよ。
    ホントに、おじさんはいつもタイミング悪い。
    おかげで、ただの変な人なのかも?って疑いが晴れない。
    地球のAIの方が賢いよ。
    それも観測したら?

    私の言葉を遮ったのを気にせず、おじさんは話を続ける。
    「サンプル対象の選抜に、この形式が効率的と判断しました」
    え、選抜?
    選抜ってことは、やっぱり私、地球代表で選ばれたの!
    私の観測結果が、宇宙人の記録に残る、これって相当スゴい。
    やっぱり今日は特別な1日なんだ!

    「私を地球代表に選んでくれたんなら、協力してあげないでもないよ。その、サンプル調査?」
    もしかしたらUFOに乗るより、すごいことかも!
    映画になっても地球の記録に残るだけだけど、どこかの星に私の記録に残ってるって、そっちの方がスゴくない?

    おじさん、しばらく沈黙。

    「いいえ」

    は?なにが?どれに対して、いいえ?
    そして今の沈黙、なに?

    「我々の調査対象は全てです、この星の」
    うん、それとあなたの「いいえ」の繋がりは。
    「サンプル対象はランダムに選ばれます。ここに来た現地人は“観測”との照合が行われます」
    「よくわかんないんだけど、私を地球代表のサンプルに選んだんでしょ?」「いいえ」
    「それって私じゃなくても良いってこと?」
    「はい」

    またしても答えは簡潔。

    「うそ」

    今度のは、本気で「うそ」が出た。
    いまは“おじさんが壊れた”であって欲しい。
    地球代表に選ばれたんじゃないの、私?
    誰でもいいけど、たまたま私ってこと?

    「嘘ではありません」

    それ、さっきも聞いた。
    でも、これはさすがに堪えた。
    怖い思いまでして、地球代表に選ばれたはずだったのに。
    これじゃ、その他大勢のモブキャラじゃん。

    「過去を見るは、あなた方に合わせました。観測結果は常に過去です。過去との照合を行います」
    だから私の記録を知ってて、私を観測した結果と答え合わせしてたってこと?
    そういえば地球の全部を“観測”してるって言ってたっけ。

    誰ともしれない私のことまで“観測”してるって、逆に効率悪くない?
    天体観測って、そんなことまでしないよね。
    でも、そっか、離れたところから観測してるから、間違ってたりすることもあるのか。
    遠くから見てたら、いろいろ食い違いもあるのかな。

    じゃあ、地球代表として。
    じゃなかった、モブだったんだ。
    もういいや、モブで。
    モブキャラ代表として聞きます。
    「地球に来て答え合わせしなくちゃいけないほど、間違いあるの?」
    「はい。あなた方の尺度で10世紀に1つ程度」

    え、10世紀って・・・1000年?
    1000年に1つって、どんだけ細かいの。
    それよりそんなに長く観測してたの。

    「例として、あなたの出生地が違う場合があります」
    それは合ってた。
    初対面のおじさんが、そんなこと知ってるのが、めっちゃくちゃ怖かった。モブキャラの産まれたところが間違ってるとか、そんなに大事?

    「ねぇ、どこの誰とも知らない人の産まれたところって、そんなに大事?」「“使命”に誤差は必要とされません」
    ああ、使命。
    そうだった、このおじさん(っていうか、その向こうの宇宙人)は使命で観測してるんだった。
    使命感でやってれば、そうなるのかな。
    んー、価値観の違いか、やっぱり。

    もっと『E.T.』みたいに指先が触れたらわかる、みたいのだったら楽なのに。
    そしたらなにか言うたび「いいえ」で、ヘコまなくて良かった気がする。
    逆に色々想像と違ってて、立ち直れなかったかも。
    生まれてすみません、くらい。
    結構、立ち直りの速さには定評があるんだけどな。

    「あのさ」
    もう一回、私は口にしてみた。
    さっきおじさんに遮られちゃったから。

    「こんな占いみたいなことより、もっとスマートな方法無いの?」
    「占いは古くからおこなわれており、あなた方のどの文化でも適応可能です」
    そういうところはわかってるんだ。
    それなら会話のペースも覚えてから来て。

    まだおじさんの話は続く。
    ここに来て初の長文。
    「占いはあなた方の興味を引きやすい。我々がサンプルを選定する必要がなくなります」
    要するに向こうから来てくれるし、引っかかりやすいってこと。
    私も引っかかった口だしね。
    納得。


    飛んで火に入る夏の虫。
    よく悪役が言うやつ。
    この場合、ちょっと違うか。
    それじゃ、こういうこと?

    「そこまでして調べるってことは、おじさんたちにとって、地球ってそんなに特別なんだね」
    「いいえ」
    即答。

    えぇー!!
    特別じゃないのに、そこまでするの?
    いくら使命感でも理解できない。
    価値観違うどころの騒ぎじゃないよ、それ。
    もう私の頭じゃ追いつかない。

    「我々の認識可能な天体は全て、“観測”の対象になります。あなた方の言う“価値”の上下はない」
    上下はない。
    優劣はない、ってことか。
    そういえばおじさんは、ずっとフラットだった。
    “地球が遅れてる”みたいなマウントとってきたりしなかったし。
    表情もフラットだったけど。

    ーでも、それより。
    おじさんたちから見たら、地球もモブ扱いなわけ!
    私だけじゃなくて、地球もモブなの?
    っていうか、おじさんたちが見てる星、全部モブキャラなの?

    そりゃあ、私なんかモブもモブのモブキャラだ。
    逆に安心。
    でもモブキャラに、そこまで熱意を注げるって、どれだけの熱量なの。
    やっぱり宇宙人は、私には理解不能みたい。

    「完了しました」

    ふいにおじさんが言った。
    なにが?
    ほんっとに、このおじさんは、いちいち唐突。
    完了しましたって、なにが完了したの?

    「調査が完了しました」

    私の表情を読んだからなのか、おじさんは言い直した。
    きっと誰が相手でも、こうなんだろうな。
    唐突に「完了しました」って。
    みんなキョトンとするから、言い直すことにしたのかもしれない。

    「まだ2つしか、答えてない気がするけど?」
    「あなたが座った時点で、大半は完了しました。今、照合も完了しました」もしかして私が座ったときに、見つめられたのって情報の答え合わせしてたの?
    データのダウンロードとか、そんなの。

    「じゃあ、私もう行くね。本当に、いいんだよね?」
    なんだか名残惜しい人みたいだ。
    まだ「残りがあります」とか言われても、たまらないし。
    でも黙って立ち去るってのも、なんだかだし。

    「ありがとうございました」

    そう言って、おじさんは深々頭を下げた。
    武士?って思うくらい、お手本みたいなお辞儀だった。
    それだけ丁寧に頭を下げるなら、最初もっと何かあってよかったんじゃないかと思うけど。
    おじさんが頭下げたままだから、私はそれ以上、何も言わずにそこから立ち去った。
    振り向かずに。

    思い直して電車に乗ろうかと思ったけど、おじさんが頭下げた姿勢のまま固まってるかもしれない。
    その前を通り過ぎることになるかも、って頭をよぎったから、まっすぐに家まで歩いた。
    電車から降りたときの「ちょっと歩こうかな」の気分は、とっくに消えてた。

    その日は意味不明な展開に引っ張られて、ボンヤリして過ごした。
    観測、答え合わせ、おじさん、ドローン、宇宙人。
    どれも意味不明。
    考えるのが面倒くさくなる。

    次の日、いつもの駅で降りて、いつも通り家に帰った。
    1日経って、少し気分が落ち着いて、頭も冷静さを取り戻した。
    お帰り、日常。

    日常が帰って来たら、今度はあれが現実だったのか気になってきた。
    だって普段通り生活してて、宇宙人に出くわすなんて、普通じゃない。
    これじゃ、日常に戻れない。

    ふと思いたってSNSを開いてみた。
    あんなところに易者がいるってだけで珍しい。
    もしかしたら誰か投稿してるかもしれない。
    いくつかキーワードを入れて、検索してみると、それはすぐ見つかった。

    投稿者は全然知らない人だったけど、あの小さい机と端の反り返った地図、過去を読みますの行灯、それにおじさん。
    少し離れた場所から撮られた1枚の写真に、全て収まってた。
    相変わらず印象に残らない、おじさん。
    着てる物も昨日と同じか、思い出せない。
    でも、おじさんはそこにいた。

    投稿の日付は今日。
    ホッとした。
    私が写ってなかったことに。
    そんなところに座ってる写真を撮られてたら、もう外を歩けない。
    「占いなんて、嫌い」って言っても、誰も信じてくれなくなるだろう。
    どう見ても占い大好きの、ちょっと痛い人だ。

    それと同時に「居たんだ」って、言葉が口から出てきた。
    ほとんど意識せずに。
    おじさんがそこに居ることに、ホッとしたのとは違う。
    昨日の出来事が、私の幻覚とか妄想じゃなかったのを、見知らぬ第三者の写真が証明してくれた。
    宇宙人のマインドコントロールとかでもなかった。

    投稿のコメントは短く「めちゃくちゃ当たる!」。
    そりゃ、当たるよ。
    全部、観測してるんだもん。
    投稿した人は“過去読み”を占いだと思ったのかな?
    どっちでもいいや。
    私が変な宇宙人とファースト・コンタクトしたのを、ちゃんと証明してくれたんだから。

    “過去を読みます”って、占いみたいなことをしてる変な宇宙人に会った。
    宇宙人の“観測”の答え合わせに付き合った。
    それが私の事実。
    UFOにも乗れなかったし、誘拐されたり、侵略を防いだわけじゃないけど。

    私には遠くの星まで行って答え合わせしなくちゃいけない、そんなヘンテコな使命なんてない。
    でも宇宙のどこかに、そういう使命感を持ってる変わった宇宙人がいることを、私は知ってる。
    その変な宇宙人の使命に関わって、私はただのモブじゃなくなった。

    どこかの星で、私の情報が【地球の現地人 サンプルNo.○○○】みたいな扱いをされてても、別に良い。
    私の情報が、地球じゃないところで、ちゃんと保管されてる。
    それだけで特別って思える。

    もしかしたら、ここからは見えない星でも、私の情報がそこにある。
    ずっと残り続ける。
    そう思ったら、青空でも夜空でも、ワクワクして見上げちゃう。

    世界で一人、私だけ。
    私しか知らない秘密って感じがして、少しニヤける
    抱えてて辛い秘密と、嬉しい秘密があるとしたら、絶対嬉しい秘密の方。
    きっと誰にも言わない。

    ※※※

    やっぱり占いとか、予言とか、好きじゃない。
    未来のことを知ってても意味が無いと思う。
    「今日、宇宙人に会います」って言われてもピンと来ないし、本当に会ったらどうしていいかわからない。
    会わなかったら「ほら、やっぱり!」って思う。

    ―でも。
    「今日はちょっと面白いかも」って思える気はする。
    特別な1日じゃなくても。
    今日1日に少しだけ期待してみる、そういうのも悪くないと思う。

    《了》

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