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マイラ・グランヴィルが幸せになるための、たったヒトツの冴えたヤりかた #12

    あらすじ:
    自身から流れる血の量に、彼は己の死期を悟る。
    これは助からない。零れた命の量が多すぎる。それでも彼は、セイロは逃げる。そんな自分でも伝えられることがあるはずだ。残せる何かがあるはずだ。せめて彼女に――あの聖女の心に足跡を残すため。けれど彼が辿り着いた先に居たのは予想だにしない人物だった。

    マイラ・グランヴィルは匂わせる【後半】

     セイロが本気で逃げの一手に打てば、いくらマイラ・グランヴィルといえど追い着くことは不可能だった。身体を鍛えていようとも相手は己の身一つで様々な死線を潜り抜けてきた本物の実力者だ。
    「まぁ、種は蒔いたから大丈夫でしょう」
     しかしこうも掌で転がすように摩耗していく男を見るのは、何とも言えない気分になる。
    (本当、こちらの狙い通りに自分自身への疑心暗鬼に陥るなんて、真っ直ぐで真面目な人なのね)
     まず、あの男がフィデスの護衛に就く、ということ自体は疑問でも何でもなかった。はっきりいえば時間問題だったのだが、予想以上に早くその時が来たので慌てたのは本音だ。その後にフィデスがセイロの身体を心配して料理を作る、という話になった時も意外だったが、その時にマイラは元々描いていた計画を取りやめて新しく作戦を練り直したのだ。
     セイロが与えられている情報は聖女であるフィデス・サンクが他国の者により狙われていること。そして不確定な人数から彼女を護るように言われていること。マイラ・グランヴィルについては何も知らない様子だったのは、マイラにとって都合が良かった。やや本音も入っていたが、セイロに対して自分のイメージを簡単に与えることが可能だったからだ。仮にマイラが貴族の令嬢ではなく厳つい男だったならばセイロとしても決して油断をしなかったことだろう。
     セイロが最小限の情報しか与えられていなかったのは、恐らく彼の出身が故にだろう。彼を雇ったと思しきアズヴァルドはセイロの実力こそ信じていたが、やはりかつて貴族を殺して回った犯罪者ということで、何があってもいいように与える情報を制限していた。またはセイロに余計な情報を与えて行動が鈍ることを畏れてのことだったかもしれないが、マイラにとってはどちらでも構わない。要はセイロという男が必要最小限の情報しか持っていなかったため『新しい情報に飢えていた』ということなのだから。
    (だからマイラという人物の印象を与え、フィデスには自由に料理を作らせた。彼は不幸な出身と長い牢獄で停止していた情報という欲を与え、フィデスに依存させることに成功した)
     フィデス自身は何も知らず、ただセイロに美味しいものを食べさせたい一心からの行動だっただろう。しかしそれはセイロがかつて出会い、自首にまで至らせることになった『白髪の少女』を思い起こさせることになる。
    (そして今までまともな食事をしていなかったセイロは、ちゃんとした栄養を得て頭を回し始める)
     かつて出会った白髪の少女とフィデスが重なりだし、そして彼女を狙う曲者が絶え間なく襲ってくるという状況下でセイロが考えるのは一体何か。
    (今まで思考停止して考えてこなかった『悪役の抹殺』について、本当に正しいのかどうか考える余白――というかエネルギーができる。殺すのを止めたきっかけになった少女に重なるフィデスを守るため、一体何人の人間を殺してきたことやら)
     栄養が足りないままのセイロならばそこまで考えず、淡々と仕事をこなしていただろう。だが彼は勉学こそしてこなかったものの、元々頭の切れる男だ。そういう余裕ができてしまえば必ず気付くとマイラは信じていた。
     ――自身の行っている矛盾というものについて。
     その矛盾は確実にセイロの心を蝕むだろう。彼がマシーンのように心を冷やしていたのならば、正直マイラ・グランヴィルとてつけいる隙はほぼなかったに違いない。だからこそ本来は綿密な計画が必要だったのだが、それを実行する必要がないほどセイロには大きな隙ができていた。ならば生前知り得ていた知識を以て追い込むだけでいいだろう。
    「おめでとう、セイロ。あなたはただの野生動物から立派な人間に成れたわね」
     僅かに小さな声でそう呟き、マイラは嘆息する。
    「さて、こんな森の中に入ってきちゃったけど、汚れぐらいは取っておかないといけないわね」
     マイラは最小限の魔力を用いて、魔術の構想を練る。そして口に出すことでその効果を発揮する。
    「赤き血よ、我が身から離れよ」
     マイラの服に付いた紅い液体が、まるで意思を持つかのように離れて空中を漂う。マイラの服には血一滴すらすでに付いていない。
    (うーん、でも四回よ。四回も刺されてあんだけ動けるとは思わないじゃない。これだけは誤算だったなぁ。あのフィリップですら一刺しで動けなくなったのに)
     もっともフィリップスの時は刺した直後に内臓をかき回し、さらに刃を上に押し上げたというダメ押しがあったからこその即死だった。今回は内臓にこそ届いているものの、そこまで念入りに刺し回したわけではない。
    (とりあえずこの血はどうしようかしら。エドアルドの時みたいに井戸はないし夜中じゃないから湖に沈めることもできない。とはいっても血液鑑定が進んでいる世界でもないし、それに森の中はセイロが殺し回った人達の血液がそこかしこにあるから……まぁ、それに紛れさせておけば問題ないか)
     集めた血液を適当にそこらへ撒いておく。
    (気付かれなかったらそれで良し。気付かれたとしても問題なんてないものね)
     だが、それでもマイラは考えることを止めるつもりはない。
    (考えを止めた時、それは確実に油断となるもの)
     それでも死にかけている人間を前にして口を開いてしまう高揚感は、なかなか抑え切れそうにもなかった。マイラ自身これが自分の弱点だと理解していてもだ。圧倒的に有利な立場にあるとよく喋るようになるキャラクターが創作物に出てくるものだが、恐らくこういう気分なのだろう。
    (いつかうっかり致命傷になりそうで怖いわね……)
     この懸念はすぐに克服すべきではあったが、やや悪い癖になっているのが困りものだった。

     血が止まらない。
     立ち止まって最低限の止血をしなければ、間もなくこの命が尽きるだろう。それでも立ち止まってはならないと、頭の中が悲鳴を上げている。痛みそのものは我慢できるが、命を失うという魂の喪失感はさすがに初めての経験だった。あまりにも身体が重く、意思が脆弱になっていく。
    (……まだだ!)
     セイロは歯を噛み締めて、たとえ指一本しか動かなくなろうとも止まることだけはしないと決めていた。向かう先はあの白き聖女。彼女にこの事実を伝え、そして身を守ってもらうためだ。
    (そうだ、俺は彼女の言葉によって救われた! だから!)
     とある貴族を殺し、自分が何をしているのかを問いかけようとしたところに現れた白い少女。その少女そっくりの白髪で現れた聖女。偶然にしては出来過ぎだろうが、運命とは大概こういうものかもしれない。
    (フィデス・サンク……! お前は、お前だけは俺が守る……!)
     決してあの白を血で染め上げることは許さない。
     本当はあの場でマイラ・グランヴィルを殺すのが最良だったのだろうが、しかしあのマイラから殺意は全く感じず、さらには敵意すらも定かではなかった。襲ってきた相手が当然のように持つ殺意や悪意があれば一切躊躇わずに反撃していただろう。だが、その知覚に長けたセイロが脇にいた少女を見失うほど、そこから流れてくる感情は『無』だったのだ。殺そうと思えば殺せたに違いないが、マイラ・グランヴィルという異質に逃げの一手を打ったのは理性と本能の両方による判断だったのだ。
    「かはっ……」
     足がもつれ、倒れる。あの場から相当離れたに違いないが、それでも手負いの人間一人が逃げられる距離などたかがしれている。
    「……う、はぁ、面倒くさいものを見てしまったなぁ」
    「人が倒れていますね! これは助けなければ!」
    「ボクの護衛から離れてそうしたければ、勝手にすればいいんじゃないかな」
    「くっ、王子……! 近付いて頂けませんでしょうか! あれほど血を流している者を見過ごすわけには!」
    「駄目だろ、アレは」
    「いいや、まだ!」
    「違う違う、そもそも王城の敷地内でなぜ血を流しているって話だよ。面倒くさいってのは、思い当たる理由がいくつかあるからなんだけど、わかるかな?」
    「はっ、この城にいる高貴な方を狙っていたところを城の兵によって撃退されたか、あるいは狙っている者を撃退しようとして手負いになったか!」
    「――または『例の事件』に関わりがあるか、だね」
    (誰だ……?)
     かすんでくる視界の中で、甲冑を着た背の高い男性と、まるで対比するかのように背が低い眼鏡をかけた少年が喋っている。
    (王子、と呼ばれていたが……傍らにいるのは護衛の騎士、か……いや、しかし……)
    「王子、助けなければ人道に外れることには違いありません。騎士として放っておくことは出来ません!」
    「……ボクは助けないのが一番だと思うけど、仕方無い。ちょっと看てみよう」
    「ああ、血には触れないように。感染症になると厄介なので」
    「ボクにそれを言うか? さて、それじゃあ失礼するよ」
     近寄ってくる足音に身体が緊張する。相手が誰であろうと身体に触れてくるならば――と考えていたのだが、ここまで来る間に反撃する力が失われていた。
     故に、その『王子』が真上に来ることを許してしまう。そしてその少年が真上から自分を観察してから、ゆっくりと嘆息する。
    「駄目だねコレは。治療魔術を施したところで回復力がもう無い。助からないよ」
    「なんと……ではせめて人間らしい場所で最期を。君、肩を借りるがいいかい?」
    「……めろ、やめろ。俺はまだやるべきことが、ある……」
    「何を言う。もう君は死ぬ。やるべきことはない。……いや、できやしない。ならせめて最期の時は穏やかにこの世を去るべきだ。顔見知りがいるならばすぐに集めよう。誰か身寄りは」
    「いない。放っておいてくれ。俺は――」
    「セイロ様!」
     悲鳴のような声が耳に届く。決して鼓膜が痛くなるような声ではないが、強烈に胸を揺さぶる、そういった声だ。
    「まさか、聖女?」
    「聖女様! どうしてこのような場に。それにこの者を知っているのですか? あ、いや、それよりも御身に何かあれば――」
    「その人は私の知人です! 酷い怪我……なぜこんな……! 魔術を! 誰か治療魔術を!」
     ――無理だ、止せ。無駄なことをするな。
    「フィ……フィデス、お前に伝えることがある……か、ふっ……!」
    「駄目です! 喋らないで! 傷口が開きます……! 私に治療魔術が使えれば……!」
     それは無理だ、とセイロでも分かっている。治療魔術はあくまでも人が持つ治癒力を増幅させるものであり、その生命力が失われている肉体ではいくら魔術で治療を施そうとも無駄になる。
     ――だから、伝えなければ。
    「フィ、デスッ……気をつけ……ろ……!」
     言葉を紡げ、命を全て注げ。
    「疑えッ……!」
     聖女を守るために、そのことを伝えろ!
    「お前の傍に居る者――」
    「セイロさん!」
     その時、セイロの言葉を『遮るように』女性の声が響き渡る。セイロは目を見開く。何というタイミングで、何というところで現れるのだ。王子も騎士も聖女もその声がするほうに目を向ける。
    「こんなところで倒れてらしたのですね! そんな、あの時襲われた時の怪我が……!」
    「あの時?」
     セイロを含む全員が、その少女に目を向けている。
     ドス、と小さな音がして、セイロは完全にトドメを刺されたことを自覚した。最期の生命力が瞬時に失われ、視界が暗転していく。自分の様子に気付いたらしき白き聖女が自分を見て、そしてふと違和感が残った――

     ――ああ、この聖女は『あの時のことを知らなかったのではないか』

    「セイロさん!」
     マイラの声が響き、彼女はすかさずセイロのところへと駆け寄っていく。そして彼の頭を抱き抱えて名前を連呼するものの、セイロと呼ばれた男が応えることは二度と無かった。
    「ま、マイラ様……セイロ様は……!」
    「……ええ、殺されたわ。あの時フィデスさんが飲み物を取りに行った直後、怪しい連中が私に襲いかかってきたの。多少は体術の心得はあるけれど、本物の暗殺者相手に足がすくんでしまった私を庇って、彼は……」
     そこでマイラの言葉は止まる。彼女が言わずとも、この場にいた者達は大体の事情を察したからだ。恐らくフィデスの代わりに襲われたマイラを守ろうとしたセイロが身代わりになって刺され、その後にマイラが無事なのだからセイロがどうにかして侵入者を倒したのだろう。だが、彼の任務は聖女を守ることだ。最期の最期に聖女のところへ行き、彼女へ言葉を残そうとしたのだろう――
    (――と、大まかな筋書きが出来上がるわけね)
     決して表情に出すことは無く、マイラはそういう空気になったことを読んでから、ちらりと周囲の人間に目を遣る。
    (――ていうかさっきから気になってたんだけど第三王子がどうしてこんなところに! それにあの騎士は! くっ、気持ちを入れ替えてっと!)
    「はっ、こ、これは失礼致しました。チャールズ王子! この様な格好で失礼を致します」
    「ん、ああ、別に気にしないでいいし、気に懸けられても面倒だから」
     マイラが転生前にプレイしていたゲームそのものといった、とにかく厄介ごとを避ける性格はそのままらしく、けだるい顔をした王子はちらりとフィデスを一瞥した。
    「彼女が聖女フィデス・サンクか。マイラ、君とは良き友人になってるみたいだね」
     気楽に名前を呼んでくるけれど、会ったことがあるのは一度か二度程度だ。兄の元婚約者ということで多少親しみを覚えているのかもしれない。
    「ええ、おかげさまで……」
    「ふむ、あまり令嬢に死体を抱えさせているのは体裁が宜しくない。ここは我々に任せて君達は部屋に戻り、着替えてきてはどうかな」
    「しかし、セイロさんをこのままにしておくわけには……!」
    「そ、そうです、セイロ様は私達を守って」
    「非合法の命令だろう、それ」
     フィデスが顔を強張らせる。
    「誰が貴族殺しに聖女を守らせる命令を下すかって話さ。はぁ、まったく面倒だ。彼とは最期の挨拶をして、ここは我々に任せたまえ。これ以上面倒になられても酷く困る」
    「……わかりました」
     マイラはそっとセイロの頭を柔らかい草の上に置く。
    「フィデスさん、私達は部屋に戻りましょう」
    「……はい。セイロさん、最期の言葉、しかと受け止めました。ありがとうございました」
     ぴくりと、マイラの眉が上がる。
     マイラとフィデスは立ち上がり、最後に頭を深々と下げてからその場を去って行ったのだった。

     残された第三王子チャールズと、騎士長ゴドフロワは遺体を前に、数秒間ほど黙り込む。
    「で、彼女たちの気配は無くなりましたが」
    「はぁ、実に面倒だ。けど死体は雄弁に語る。何もしたくないのに……」
    「検証は我が騎士団のほうで行う手もありますが」
    「そうすることでボクが手に入れる情報は制限されてしまう。ボクほど死体と語れる人間がこの国にいるならば、是非ともその役を伸し付けて押し付けたいところだが、現実はそうそう甘くない。はぁ……」
    「では、何かお判りに?」
    「ああ、トドメを刺したのは五回目の攻撃だ。時間経過による魔術が発動し、彼の消えかかっていた命を完全に消した」
    「……時限式。そういう魔術があるとは耳にしておりますが」
    「ああ、高度な魔術だ。通常の魔術は魔力をイメージによって構築し、それを声に出すことで魔力を具現化、発動する。つまりその場で効果を発揮するというのがほぼ一般的な考え方だね。まぁ、この城を張っている警報魔術とかいう例外はあるが、それはさておき魔術の効果を時差で発動させるというのは……それだけの手練れが城の中に侵入しているとなるが?」
    「はは、それは非常事態ですね」
    「おい騎士長、なんだよその反応は」
    「チャールズ様が落ち着いてらっしゃるので、それはないと思いまして。違いますか? いえ、当然命が下れば全力で犯人捜しを行いましょう」
    「必要ないなぁ、それは」
    「と、いうと?」
    「……。んー、これを言うと全ての事件が繋がっちゃうから、面倒になるんだよなぁ」
    「既に犯人がお判りに?」
    「うん、まぁ、マイラ・グランヴィルだろうね。あの女がやったって考えるのが、うん、手っ取り早い」
    「……。チャールズ様、いくらなんでもそれは無理かと。このセイロという男、彼の義賊であれば、どんな油断をしていようと貴族の令嬢に殺されるような男ではありません。はっきり言いましょう。真正面から戦えば私といえど負けるかと」
    「へぇ、それは凄いな。騎士団最強の君でも負けるのか」
    「ええ、彼の個としての力はそれほどに高い。この体格を見れば自ずと判ります。マイラ様は密かに武術を特訓しているという噂は耳にしておりますが、私の見立てではそれでもこの貴族殺しの足下にも及ばないでしょうね」
    「それに彼女は魔術が使えない、という話かな」
    「当然それもあります」
    「うーん、ほんとかなぁ」
     チャールズは頭のてっぺんをポリポリと指で掻く。
    「王子王子、それはみっともないから止めましょう」
    「癖なんだよなぁ。彼女はアズヴァルドの魔力波紋試験もパスしてるって話だったよなぁ。ああ、エドアルド兄様はそれに欺されたのかな。違うか? ああ、面倒だ。アリバイが揃ってるから彼女を疑う線は難しいんだよなぁ。となると別の犯人が――」
    「考えすぎると行き詰まりますよ。後でメイドに甘い物でも持って来させましょうか。あ、運動はいいですよ運動! この者を埋葬した後に軽くランニングでもどうでしょう!」
    「いいね、ジュースも頼む。あ、酒はやめてくれ。ボクはアルコールが嫌いなんだ。アレは著しく思考力を低下させるからね。そして全てに置いて運動は却下だ」
    「いいねと言ってくださったのに!」
    「とにかく」
     チャールズは死体をじっくりと見つめてから、再び嘆息する。
    「父上と母上は何をしてるんだろうねぇ」
     その言葉にどういう意図が、そしてどこまでの意味があるのか、騎士長ゴドフロワは敢えて気付かない振りをしながら横たわっている死体を抱え上げた。
    「王子、埋葬にいって参ります。念のため護衛を」
    「お前に着いて行くから問題無いさ」
    「しかし」
    「城の中で起こった殺人事件だ。王子であるボクが関わらない訳にもいかないさ。――さて、これからはボクが参戦しよう。今まで観戦側だったからね、このゲームのルールは大体把握したよ」
    「……。では、御身は私が全力でお守りしましょう」
    「ああ、頼むよ。ボク一人ではあのマイラにもねじ伏せられるからねぇ……ふぁぁ」
     大きく伸びをした王子は、騎士長と並んで歩き出したのだった。

     部屋に戻ったマイラとフィデスは、部屋の中で待機していたメイにとても驚かれた。というのも着ているドレスが泥だらけで血だらけなのだから一大事である。
     メイに言われるがまま着替えたマイラは、同じく着替えが終わったフィデスの横顔をそっと覗く。
    (泣いている……)
     涙こそ流していないが、目に力が入っているのはわかる。彼女は必死になって堪えているのだろう。思えばここに戻ってくるまでの間、フィデスは一言も話しかけてこなかった。マイラとしてもあまり話しかけられても困る心境だったので非常に助かったのだが。
    (フィデスはセイロとそれなりに仲良くなっていたみたいだった。そう『仕向けた』のもあるけれど、やはりフィデス・サンクの人望がそうさせたのよね)
     セイロにしても、かつて白髪の少女によってその凶行が止まったという事実がある以上、同じ白髪であり、恐らく歳も同じ頃だろうと察することが出来る彼女の存在を無視できず、むしろ強く意識してしまっていた。
    (あの男からすれば、過去のことを思い出さないフィデスにやきもきしていたことでしょう。当たり前だけど)
     そもそも、そもそもだ。
    (フィデス・サンクはその歳の頃、一度も村から出ていない)
     そして髪の毛の色は。
    (幾らでも変えることができるもの)
     将来的にセイロを困惑させるための布石だったとはいえ、当時まだ小さかった貴族の娘が単身危険を冒してまで義賊のセイロに会う必要があった、ということだ。
    (そして私は告げた。白髪の少女の振りをしながら、白髪の――ゲームではフィデス・サンクの役目を、私が奪った。それ故にフィデスとセイロの関係はあれ以上進むことはなく、セイロは思考に雑音が入り、隙が出来た。それにあれ以上考える時間をセイロに与える訳にはいかなかった。なんとまぁ正直気持ち悪いぐらいうまくいったわね。喜んでいいのか憂うべきなのか。あの時第三王子と騎士長に見られていたのは失策だったかもしれないけれど、あの段階で私を犯人と決めつけることは出来ないはず)
     未だマイラのアリバイは実証されたまま、ということだ。

    (だけど)
     着替え終わったフィデスはマイラの背中を一瞥する。
    (全ての事件に『彼女』の匂いがする)
     鼻腔の奥に残る、嫌な感じ。ムズムズが止まらない。
    (セイロ様が殺されたのは何故。殺したのは何故。――ううん、セイロ様は沢山殺してきたから、きっとそれも因果応報というもの。ならば殺意によって守られてきた私にも報いは来る。必ず。それでも)
     フィデスは拳を握る。強く強く、食い込んだ爪が皮膚を破りそうになるほどに。
     その胸の内に熱い気持ちを秘めながら、深く静かに心を決めたのだった。

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門


     
     
    物書きさん。シナリオライターやってたり小説書いたりする生態が認められます。またカメラ好きなのでカメラ関係について話題を振りまく行為も確認されています。その特徴からnote記事は方向性が定まらない雑多なものとなる可能性が高いと言われています。

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