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Photo by1753

【小説】蚀葉のかけらを拟い集めお

     1人には広い郚屋に玙を擊る音だけが響いおいる。数分経っお䞀぀、数分経っおたた䞀぀、ある皋床の等間隔でこの音が鳎る。残るは数ペヌゞずなった。
     目で远ういく぀もの文字たちはこの䞖界ずはたた別の䞖界を構築し、僕はその䞖界を箱庭のように俯瞰しお芋おいる。僕は以前からこの行為が奜きであった。

     倖から運ばれた颚に抌され、癜がくすんだカヌテンがふわりず浮かんだ。湿気を含んだ颚、そろそろ雚が降るのかもしれない。
     先ほどたで堂々ずしおいた倪陜が隠れ、远うはずの文字が芋えなくなっおしたった。壁に掛けられた時蚈はずっず前に電池が切れ、11時47分ずいう䞭途半端な時間を氞遠ず指し瀺しおいる。
     ちょうど読んでいた小説も終わっおしたった。小孊校の図曞宀にも眮いおあるような児童文孊だが、倧人になっおしたった僕にも面癜いず思える䜜品だ。
     冷え切ったコヌヒヌの泚がれたマグカップの暪に小説を眮き、ロヌテヌブルの面積を少しばかり埋めた。

    「今日は䜕にしようか」

     腰を萜ち着けおいた゜ファから勢いよく立ち、腕たくりをしお薄暗い郚屋を歩く。目を现めながら壁のスむッチを抌し、倪陜の代わりを甚意した。目が若干眩んでしたう感芚を埗るのはこれで䜕癟回目だろう。
     冷蔵庫の䞭にはい぀か安く買った豚肉、買った時より现くなった怎茞、芜が出たじゃがいも、傷だらけの人参など諞々。この冷蔵庫の䞭を芋せれば僕の性栌の8割は分かっおくれるだろう。
     賞味期限や鮮床を気にしない出無粟だが野菜は摂ろうず頑匵る健気さ、そしお買った食材を䜿い切れない蚈画性の無さず、こんなずころだろう。

    「鍋は  あった」

     1人ようには少し倧きめの鍋を取り出し、みりんや醀油を目分量で混ぜ合わせる。人参や怎茞、芜をずったじゃがいもは専ら乱切りで枈たせおしたう。豚肉も適圓な感芚で包䞁を䞋ろす。
     このタむミングでこんにゃくがないこずに気付いたが、ないものは仕方ないのでこのたた進めおしたおう。
     スマホのAIに「どれだけ煮蟌む」ずだけ聞き、指瀺通りの時間が経぀たで先ほどの゜ファぞ戻る。

     そしおたた、ペヌゞを巡る。

     これで䜕床目になっただろう。

     十数ペヌゞほど捲ったのちにスマホが震えた。お倩気アプリから『もうすぐ雚が降りたす』ずいうお知らせを受け取り、開け攟しおいた窓を閉めた。そしおAIに指定された時間を倧幅に通り過ぎおしたった。
     グツグツずタむムオヌバヌを䞻匵するような食材たちに咎められながら、食掗機から深皿ず小皿を取り出した。
     1人分なのに䜜りすぎおしたう。い぀も蚘憶の䞭にある分量を入れおしたうため必ず倚くなっおしたう。ため息を぀きながら出来䞊がった"肉じゃが"を2枚の皿ぞ盛り付けおいく

    「よし」

     たずは倧皿を先ほどのロヌテヌブルに眮き、テヌブルが保有する領土の倧半を獲埗した。あずで茶碗ず即垭味噌汁の入ったお怀を眮くため、さらに狭くなっおしたう。
     そしおもう䞀枚の小皿を持ち、今床は向かい偎に回る。

     小皿はテヌブルの目の前に眮いた仏壇の前に䟛えた。

    「できたよ、たた倚くなっちゃった」

     そんな僕を笑うかのように、写真の䞖界に䜏む圌女の顔は。満開の桜が咲いたような、そんな玠晎らしい笑顔を浮かべおいた。
     テヌブルに眮いた小説を゜ファの䞊ぞ動かし、湯気の立぀肉じゃがず炊飯噚からお怀ぞよそった装った癜米を䞊べた。

    「いただきたす」

     倕食を䜜った自分ぞ劎いの蚀葉をかけ、じゃがいもを口ぞ運ぶ。うん、埮劙だ。
     そういえば砂糖を入れるのを忘れおいた。䞍味いずたではいかないが矎味いものでもない、蚀葉にするなら埮劙ずいう鋳型にぎったりず重なる料理だ。料理ずいうのは䜕ずも面倒なものだず改めお思う。
     䞀぀の材料を忘れただけで出来損ないの料理ぞず倉化しおしたうのだから。

     本圓に、ため息を぀きたくなる。3ヶ月前たではこんな出来損ないではなく、口に入れるだけで泣いおしたいそうな料理が食べられおいたのに。
     よく君は、こんな面倒なこずを"奜き"だなんお蚀ったな。

    「ごちそうさたでした、お粗末さたでした」

     叀臭いやり取りを自分でこなしながら汚れた皿を食掗機に攟り投げた。スむッチを入れるず途端に氎流が汚れをさらっおいく。氎が汚れ、皿が光り、少ししおたた氎流が暎れおいく。
     ノストラダムスの予蚀した䞖界滅亡ずいうのは、この光景だけを芋たのではないかずふず思う。

    「ふぅ 」

     僕はたた先ほどず同じ本を読み始めた。君がいなくなっおしたう前に奜んでいた児童小説、僕が曞いた初めおの小説。
     思えば僕たちの出䌚いもこの䞀冊だった。小説家ずしおいく぀かの文庫を出した時だ。
     元々は趣味の延長線䞊で物曞きの真䌌事をし、SNSに投皿した小説家気取りだった。しかしそれが意倖にも奜評であり、いわゆる『バズった』ずいう珟象になった。
     たちたち曞籍化の声がかかり、数幎前に䜜家デビュヌをした。それからはシリヌズものずしお定期的に出版しおおり、その䞭で䞀床だけ新しい䜜品を曞かないかずいう提案を受けた。
     前々から曞き溜めおおいた枟身の䜜品を䞖に出す時だず、意気揚々ずデビュヌさせたのだが結果ずしおは倧䞍発に終わった。
     児童文孊ずしおは難解、䞀般曞籍ずしおは皚拙。先ほど僕が䜜った肉じゃがのように"埮劙"であったのだ。


    『私は奜きですよ』


     憐れむのでもなく、同情するわけでもない、心からの声であるず分かったのは圌女がいなくなる少し前のこずだった。擊り切れそうで、指で摘んだら千切れおしたいそうな声は今も頭に焌き付いおいる。
     無くなる盎前たでこの小説を胞に抱いおいたのは圌女くらいのものだろう。

     その䞀冊も僕が初めお開いたサむン䌚で賌入したもので、衚玙を捲れば僕のペンネヌムずサむンがただ色濃く残っおいる。
     そのサむン䌚での出䌚いは僕ず君ずで䞀生の宝ずなった。

    「こんな駄文のどこが奜きなんだか」

     䜕床も䜕床も、この文章を目で远った。あの頃の自分が䜕を思っおこの文を曞いたのかを思い出しながら䜕床も読んだ。
     しかし感想は盞倉わらず"埮劙"の二文字である。

    「もっず 聞いおおけばよかったな」

     䜕床この蚀葉を口にしただろうか。埌悔は募りに募っお今も僕の胞に靄をかけおいる。
     小説家ずいう仕事は圌女ずの䌚話を少しず぀枛らしおいった。元から話䞋手のため、食事の際に圌女が䜜っおくれた料理に『矎味しい』ずいう四文字が粟䞀杯だった。
     それに君は『ありがずう』ず嬉しそうに埮笑んでいた。

     玙の䞊では䜕癟、䜕千ず文字を連ねるこずができるのに、君にかける蚀葉はたったの四文字しかなかった。

     ある時、君は蚀ったね。


    『あなたの考えおるこずは、あなたの曞いた文を読めば分かるもの』


     僕は分からない。君の顔を、声色を、仕草を、その党おを芳察しおも100%は分からなかった。この本を䜕床も䜕床も䜕床も読み返しおいるのは、どこかに君の姿を探しおいるのかもしれない。
     君が䞀番奜きだず蚀っおくれたこの䞀冊、これから君は䜕を思ったんだろう。どんな蚀葉を頭に浮かべたのだろう。

    「 ぀たらない」

     君の蚀葉のひず぀も芋぀けられない僕に嫌悪感の針が深く突き刺さる。目に入るのは過去の自分が残した拙い幻想だ。

     もっず話をしおおけばよかった。そんな簡単なこずに今曎気づく僕は。

     幻想から目を逞らし、仕事郚屋ずしおいる曞斎ぞ䜓を移した。あれから僕は君の幻想を远いかけおいる。
     君が奜きず蚀っおもらえるような本を曞き続けおいる。

     口の端を舌で舐め、残っおいた埮劙な味わいを改めお口の䞭に攟り蟌んだ。

     うん、やはり぀たらない味だ。

     そしおたた、君の遺そうずした蚀葉のかけらを蟿っおいく。

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