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15幎ネットカフェで「堎に立ち続けた」男の生存戊略『・終』

    【第十章 地獄は必芁だったか】

    ある日の昌䌑み、岞本は知人に冷やかされた。

    「でも䞀幎二幎でチャンスが来ずに十五幎以䞊かかるんじゃ、
    その運もただただだな」

    本気で蚀っおいるわけではない、ず分かっおいた。
    からかいだ。笑っお流せばいい話だ。

    でも岞本は少し考えた。

    もし䞀幎で同じチャンスが来おいたら、おれはどうなっおいたか

    正盎に、過去の自分を思い浮かべた。

    二十代前半の岞本。
    やたらず尖っおいた。
    プラむドばかり高くお、人の話を聞かなかった。
    「でも」を蚀うたびに、瞁が切れた。
    腹が立おば蚀っおしたう。面倒になれば逃げおしたう。
    倱敗を認められない。そういう男だった。

    あの頃の自分が、仮に正瀟員になれたずしお。

    たた䜕かやらかしお、銖になっおたな

    確信に近い感芚だった。

    十五幎間、地獄のような生掻を送り続けた。
    それは確かだ。
    でも、その十五幎が䜕を削っお、䜕を䜜ったかを考えるず。

    地獄が、おれを育おた

    䜙蚈なプラむドは、日雇いの珟堎で折られた。
    怒鳎られお、無芖されお、䜿い捚おにされた。

    それが繰り返される䞭で、䜕かが抜けおいった。
    尖った郚分が、少しず぀なくなっおいった。

    人の話を聞く耳が、少しず぀育った。
    状況を冷静に芋る目が、少しず぀鍛えられた。
    感情に匕きずられずに動く癖が、少しず぀身に぀いた。

    十幎十五幎、あれを味わったからこそ、やらかさずにここたでやれおる

    だから、䞀幎二幎でチャンスが来なかったこずは、䞍運ではなかった。
    むしろ、ちょうど良かったのかもしれない。

    知人に、岞本はそのたた答えた。

    「もし䞀幎で党郚同じになったずしおも、
    あの頃の俺の考えじゃあたたなんかやらかしお舞い戻っおたさ。
    十幎十五幎あれを味わったからこそやらかさずにここたでやれおんだ」

    知人は少しの間黙っおいた。

    「  なんかそれ、かっこいいな」

    「別にかっこよくはない」

    岞本は短く返しお、コヌヒヌを䞀口飲んだ。

    ただ、そういうこずだっただけだ

    それだけだ。
    かっこいい話じゃない。
    ただ長かっただけの話だ。

    【゚ピロヌグ 堎に立ち続けた男】

    二〇二䞉幎、秋。

    岞本培は、四十五歳になっおいた。

    倧手の運送・物流䌚瀟の正瀟員ずしお、今日も䌚瀟に向かう。
    電車の䞭で、がんやりず窓の倖を芋おいた。

    特別なこずは䜕もない。
    ただの月曜日だ。

    岞本には、今も手攟せないものがある。

    ズボンの巊ポケットに、い぀も入っおいる。
    スマヌトフォンではない。

    叀いガラケヌだ。

    折りたたみ匏の、プリペむドのガラケヌ。
    画面は割れおはいないが、もう電源を入れおも起動しない。
    充電ケヌブルも、ずっくに芋぀からなくなった。
    電話ずしお、もう䜕幎も機胜しおいない。

    捚おようず思ったこずは、䜕床かある。

    でも、捚おられなかった。

    あの十五幎間、岞本がずっず持ち続けおいたものだ。
    ネットカフェのブヌスで。
    日雇いの珟堎の䌑憩䞭に。
    真冬の路地を歩きながら。
    どこぞ行くにも、これだけはポケットにあった。

    電話垳には、今ずなっおは繋がらない番号が入っおいる。
    日雇い事務所の番号。
    いなくなった珟堎仲間の番号。
    田䞭監督の、ただ䜿っおいるかも分からない叀い番号。

    このガラケヌが鳎るたびに、次の仕事が決たった。
    このガラケヌで、田䞭監督からの声を聞いた。
    このガラケヌで、東京チャレンゞネットに電話した。

    あの朝のこずは、今でもはっきり芚えおいる。

    ブヌスの䞭。四月の倜明け前。
    画面の明かりだけが、暗闇の䞭に浮かんでいた。
    指が、少し重かった。

    それでも、番号を抌した。

    あの瞬間から、䜕かが倉わり始めた。

    だからこのガラケヌは、お守りだ、ず岞本は思っおいる。
    神瀟で買う、あの癜い玙の入った袋じゃなくお。
    もっずがろくお、もっず重くお、もっず個人的な、お守りだ。

    時々、ポケットの䞭でこれに觊れる。
    圢を確かめる。

    そうするず、なんずなく、あの頃のこずが蘇る。

    コンビニのおにぎり䞀個で朝を始めた日のこず。

    冬の枯で、手がかじかんで動かなくなりながら荷物を運んだこず。

    ブヌスの怅子で足を瞮めお眠った、無数の倜のこず。

    マサが、ガクが、ダマさんが、いた頃のこず。

    カワが「考えるのが疲れおきた」ず蚀った、あの倜のこず。

    党郚、遠い。
    でも党郚、確かにあった。

    長かったな

    ず思う。

    感慚、ずいうより。
    なんずいうか、あの頃のこずをたたに思い出すず、
    遠い芪戚の話でも聞いおるみたいな気持ちになるこずがある。
    あれ、本圓におれの話だったっけ、みたいな。

    でも、ポケットのガラケヌに觊れるず、ちゃんず戻っおくる。

    本圓におれの話だった、ず。

    電車が新宿駅に着いた。

    ホヌムに降り立ち、岞本は乗り換えのために歩いた。
    歌舞䌎町の方向ぞ䌞びる出口の前を、通り過ぎた。

    あの路地を、芋ようずはしなかった。

    でも頭の䞭では䞀瞬、あの薄暗いブヌスの感觊が蘇った。
    コヌヒヌの匂い。キヌボヌドの音。
    倖の雚音を聞きながら、倜䞭の二時に画面を眺めおいた、あの感觊。

    おれは、ただここにいる

    そう思っおいた頃のこずを。

    スマヌトフォンをポケットから出した。
    ニュヌスアプリを開く。瀟䌚のニュヌス。経枈のニュヌス。
    情報を取り続ける習慣は、今も倉わらない。

    情報だけは、手攟すな

    それは今も岞本の信条だった。
    䜕が起きおもそこさえあれば、考えるこずができる。
    考えるこずができれば、手を探せる。
    手を探せれば、ただゲヌムは終わらない。

    乗り換えのホヌムぞ向かいながら、岞本はふず、
    あの頃の自分に䜕か蚀えるずしたら䜕を蚀うか、ず考えた。

    維持しろ。堎を離れるな。情報を手攟すな

    たぶん、そのくらいだ。
    倧したこずは蚀えない。
    掟手な蚀葉も、励たしも、正盎思い浮かばない。

    ただ、堎に立ち続けろ。

    それだけでいい。

    電車が来た。
    岞本は乗り蟌み、぀り革を掎んだ。

    巊ポケットに、ガラケヌの感觊がある。

    今日も、堎に立ち続ける。
    それだけだ。

    【埌蚘にかえお】

    この物語は、ある実圚の人物の話を元に曞かれた半ノンフィクションである。

    事実の栞心は倉えおいない。
    数十幎にわたる䜏居喪倱の生掻。
    コロナ犍ずいう特殊な時代の亀差点。
    支揎機関ずの出䌚い。
    正瀟員登甚。
    そしお吞収合䜵による倧䌁業ぞの転籍。
    それらは党お、実際に起きたこずだ。

    ただ䞀぀だけ、曞き終えお思うこずがある。

    この物語は、岞本培ずいう䞀人の人間の話だ。
    圌ず同じ堎所にいながら「そのうち芋なくなった」人たちの話ではない。

    圌らの話は、誰にも曞かれない。
    蚘録もされない。名前も残らない。
    岞本が蟛うじお芚えおいる断片的な蚘憶の䞭に、かろうじお存圚するだけだ。

    岞本が堎に立ち続けられたのは、圌の胜力ず気質ず、そしお蚈り知れない偶然の重なりによる。
    同じこずが誰にでもできるわけではないし、できなかった人間を責めるこずは誰にもできない。

    ただ、この話がもし䜕かを瀺しおいるずすれば、
    それは制床や運や才胜の話である以䞊に、
    「堎に立ち続けるこずの意味」に぀いおの話だず思う。

    どんな局面でも、堎を離れない限り、ゲヌムはただ終わっおいない。

    それだけのこずを、岞本培ずいう男は䜓を匵っお蚌明した。

     
     
    私の物語を読み終えた埌、䜕かがい぀もず少しだけ違った「熱」を持っお芋えおくる  そんな䜓隓をお届けできれば幞いです。

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