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Photo bytender_cosmos574

命は、まだ見えないのに、私の人生を変えてしまった。

    命とは、不思議な存在だ。

    目には見えない。

    触れることもできない。

    声も聞こえない。

    それなのに、まだ会ったこともない小さな命は、一人の人間の人生を、こんなにも大きく変えてしまう。

    私は長い間、「妊活とは、赤ちゃんを迎えるための時間」だと思っていた。

    病院へ行くこと。

    薬を飲むこと。

    検査を受けること。

    体を整えること。

    そのすべては、未来にいる赤ちゃんへ向かう準備なのだと信じていた。

    でも違った。

    何万人もの願いに寄り添い、数え切れない涙を見届けてきた今なら、はっきりと言える。

    妊活とは、命を迎える準備ではない。

    一人の人間が、「生きる」ということを学び直す時間だった。

    人は、思い通りにならない現実に出会ったとき、自分という人間を初めて知る。

    「どうして私だけ。」

    「何がいけなかったの。」

    「あと何年待てばいいの。」

    誰にも言えない問いが、夜になると静かに胸を締めつける。

    朝になれば笑顔をつくる。

    職場ではいつも通り働く。

    友人には「大丈夫だよ」と返事をする。

    でも、その「大丈夫」は、本当の大丈夫ではない。

    心は毎日、小さく悲鳴をあげている。

    私は、その悲鳴を何度も聞いてきた。

    ある人は、スーパーで赤ちゃんの泣き声を聞いて涙が止まらなくなった。

    ある人は、友人の妊娠報告を見てスマートフォンを閉じ、そのまま何時間も動けなかった。

    ある人は、「おめでとう」と送信したあと、一人で声を殺して泣いた。

    誰も悪くない。

    赤ちゃんも悪くない。

    友人も悪くない。

    それでも苦しい。

    だから、自分を責める。

    「私は心の狭い人間なんだ。」

    違う。

    私は何万人もの人生を見つめてきたから、迷わず言える。

    それは、心が狭いからではない。

    それほど深く命を愛しているからだ。

    人は、本当に大切なものの前では弱くなる。

    本当に守りたいものの前では泣く。

    それは人間として、とても自然なことだ。

    私は妊活を通して、たくさんの「喪失」を見てきた。

    時間を失った人。

    自信を失った人。

    笑顔を失った人。

    未来を信じる力を失った人。

    でも、その方々は同時に、目には見えないものも手にしていた。

    人の痛みが分かる優しさ。

    夫婦で本音を話す勇気。

    親への感謝。

    今日という一日を大切に思う心。

    何気ない「おはよう」が、こんなにも温かいのだと知る感性。

    苦しみは、人生から何かを奪う。

    でも苦しみは、人にしか育てられないものも残していく。

    私は、お空の上の小さな命を思うことがある。

    もし本当に見守っているなら、その命は「まだ会えない」と悲しんでいるのではない。

    「今日もママは生きた。」

    「今日もママは誰かに優しくできた。」

    「今日もママは希望を捨てなかった。」

    そんな毎日を、静かに誇らしく見つめているのではないだろうか。

    だから私は思う。

    命は、お腹に宿る前に、人の生き方を変える。

    まだ姿も見えない。

    まだ声も聞こえない。

    それでも、その存在は、人を優しくし、人を強くし、人を深くする。

    私はこれまで、多くの「おめでとう」を見届けてきた。

    でも同じくらい、多くの「ありがとう」を見届けてきた。

    「先生、主人と笑えるようになりました。」

    「先生、自分を少し好きになれました。」

    「先生、あの頃の私を抱きしめてあげたいです。」

    その言葉を聞くたびに思う。

    奇跡とは、陽性判定の日だけに起こるものではない。

    絶望の中で、もう一度人を信じられた日。

    自分を責めることをやめられた日。

    生きていてよかったと思えた日。

    それもまた、人生の大きな奇跡なのだ。

    だから私は、妊活を「命を待つ時間」とは呼ばない。

    それは、一人の女性が、人として深くなり、愛することの意味を知り、自分自身の人生をもう一度信じられるようになるまでの旅だ。

    もし今日、この文章を読んでくださったあなたが、今も何かを待っているのなら、どうか忘れないでほしい。

    待つ時間は、空白ではない。

    あなたが流した涙も、眠れなかった夜も、誰にも見せなかった笑顔も、そのすべてが、未来のあなたをつくっている。

    そして、いつか振り返ったとき、あなたは気づくはずだ。

    「あの時間は、命を待っていた時間ではなかった。」

    「あの時間は、人を愛し、自分を愛し、生きることを学んだ時間だった。」

    その物語は、誰とも比べることのできない、あなただけの人生である。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

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