
本が本を連れてくる、ってほんとうだ。ー読むだけ研究者の昨日•今日•明日お
共感ってなんだろう、と考え続けたい。この前、書いた後に思い出した。
共感と同感は、違うんだ。同感は、答えに対して同じように思うこと。共感は、問いに対して同じように思うこと。ん、だれが、書いたのだっけ。
絵本『きんつぎ』(作=イッサ•ワタナベ、詩訳=柴田元幸)についてはなしたい。
表紙は、主人公は、色あり、他の水棲生物は、白黒。裏表紙の水棲生物は、カラーだ。これは、はじめとおわりのちがいかな。
いつものお茶の時間。主人公のパートナーのようすが、いつもと違う。お茶を飲もうとしない。うなだれると、絵の色がモノクロになり、カップが割れる。ことばのない絵本だ。パートナーは、飛び去り、すべてはぐちゃぐちゃになる。主人公は、やっぱり追いかけるよね。食虫植物の森にも。水の中でさえ。靴がぬげてもおかまいなし。うつむきもどるしかなった。ひとりの時間。どれだけ続いただろう。主人公は、部屋を整え、割れた自分のカップとパートナーのカップをくっつけて、植物を育てる。
傷のあるカップ。本の題名を〝きんつぎ“としたのがうれしい。傷を消すのではなく、いいようにめだたせる。
この絵本、子どもの本のコーナーではなく、ヤングアダルトのコーナーにあった。図書館の人も考えている。
とんちんかんかも、しれないけれど、絵本『ねずみ女房』(ルーマー•ゴッデン作、ウィリアム・ベーヌ•デュボア絵、福音館書店)を思い出した。
あるところに、一ぴきの小さな女房ねずみがいて、そのねずみは、ほかのねずみとちがいました。
それにこたえたのがこの物語です。見かけは、ほかのねずみと少しも変わらない。生まれくる赤ん坊たちのための巣づくりも。えさあつめも、ほかのねずみと夜中に屋根裏で遊ぶことも。
でも、めすねずみは何かが足りないと感じている。
ねずみは、かごの中のはとに出会う。まどの外のことを、毎日毎日聞かせてもらうんだね。草や葉の上の露のこと。家々の屋根や木々梢のこと。吹き渡る風のこと。
やがてねずみは、子どもを産みます。やがて年寄りねずみになります。ちょっとちがった年寄りねずみに。
ふたつの物語は、全然違う物語だけれど、合わせて読むと、それでも‥と思う。
『ねずみ女房』についての考察は、清水真砂子『そして、ねずみ女房は星を見た』(テン•ブックス)に詳しい。
本は、おもしろい。いくつもの本がむすびつく。