主人公になりたい
「主人公になりたい」と思う。
では私が思う主人公はどんなものなのか。それは不幸な要素があるところだ。いわゆる悲劇のヒロインだとかそういうの。ドラマの見過ぎで私の中 では主人公は不幸な要素をもっている。
大抵主人公は大切な人を亡くしたり、いじめられたり、貧しかったり、片親だったり、大病を患ったり、あらぬ疑いをかけられたりしている。その障害を持ちながらも強く生きる姿、上手くいかずに悶々とする姿になってみたいと思ったりする。
自分はこのような障害はなく生きてきて、大成功でもないし、失敗でもないし、全体的に平均点な生活を送っている。親のおかげで満足して健康に生きている。これでは自分の思う主人公になれない。何か人生で挫折とか起きて、苦労人でないと。
しかし、こんな状況を自ら望むものではない。自分の主人公像がマジョリティだとは思わないし、想像だけだからそんなこと思えるんだとも思う。ここまで生きてきて、ここから人生のくだり坂が来て欲しいなんてことも全く思わない。むしろごめんだ。
でも、雨の中泣きながら歩いてみたいだとか、少し不利な状況に置かれてみたいとやっぱり思う。
なんでこんなふうに思うのか、1つ理由を考えてみた。
それは、自分が苦しい状況にいても、世の中にはもっと苦しい人がいると思ったら、苦しいなんて思えない、消化不良な気持ちが関係していると考える。自分が本当は声に出して「辛い」だの「苦しい」だの言いたくて、悲劇のヒロインになりたいときがあって、「今自分は辛いんです」というところに当てるスポットライトが欲しいのかもしれない。
充分な生活を送れていることは幸せなのに、それに満足しているのに。ほんの少しの辛いと思っている自分を無視している故の欲望?
自分の「主人公になりたい」はその手段であって目的ではなかったのか?