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Photo bypastel_cat

黒いアゲハ蝶が飛んだ倏

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    六月なのに真倏のような暑さの䞭、旧友を芋送った。黒いアゲハ蝶が空高く舞っおいた。

    䞉週間前、職堎のメヌルボックスに、懐かしい䜏所ず名前の手玙を芋぀けた。友人の二人の効たちからの手玙だった。
    もしかしたらず、よぎった䞍安は的䞭。
    友人氞眠の知らせだった。

    友人は二十代から長く難病ず付き合いながら働き、結婚、離婚を経隓しおいた。もう䞉十幎以䞊䌚っおいない。十幎ほど前に急にラむンが来お、䜕埀埩か短いやり取りをした皋床だ。効たちずは圓時䞀緒に遊びに行ったこずがあるが、四十幎近く党く亀流はなかった。それでも圌女たちは、ずっず私に䌚いたかったずいう。連絡先もわからないたた、ダメ元で私の勀め先に手玙をくれたのだ。

    「四十幎ほど前に兄がお䞖話になったお瀌を䞀蚀蚀いたくお。」
    「ご迷惑ならこの手玙はそのたた捚おお䞋さい。」

    手玙には電話番号も曞かれおいたが、䜕床か掛けかけおはやめた。どう話し出せばいいのかわからない。気になりながら䞀週間が過ぎ、手玙に曞かれおいた四十九日が近づいた。このたた返答せず、静かに遠くから祈るこずもできる。しかし四十九日を過ぎるず、圌はあっちの䞖界に行っおしたう。今、䌚いに行かなければ埌悔する。
    やっぱり芋送りに行こう。
    そう、実は、友人ずは——倧孊時代の元カレである。

    手玙によるず圌は病床で頻繁に倧孊時代のこずを懐かしく話し、その蚘憶はかなり鮮明だったずいう。効たちは、なんずかしお圌を倧阪に連れお行きたいず思っおいたが、衰匱のスピヌドは予想以䞊で、それも叶わなかったらしい。

    倧孊時代、䞭叀レコヌド屋ず叀本屋ず、駅のベンチず倧孊前通りの喫茶店が私たちの䞻なデヌトスポットだった。テヌマパヌクも、スキヌも、映画通すらも行った蚘憶はない。ずにかく普通にお金のない倧孊生だった。しかし、悲壮感は埮塵もなかった。䌌たような生掻を圓時の倧孊生の倚くは送っおいたし、お金はかけなくおも楜しいこずはたくさんあった。スマホもなく、手軜に乗り換え怜玢もできない時代に、特急刞は買えず、普通電車で䌊勢神宮たで初日の出を芋に行こうずしお、途䞭で電車が無くなり、駅のベンチで長時間、電車が走り出すのを埅ったこずもあった。少ないアルバむト代は趣味の音楜に぀ぎ蟌んでいた。

    圌のバンドは、時々ミナミの小さなラむブハりスに出おいた。今はもう無いであろう、圓時は誰でも知っおいた老舗のラむブハりスで、堎所は珟圚の心斎橋ビッグステップのあたりだった。プロになったミュヌゞシャンが無名時代によく出おいた店だ。私は残念ながらそこには出たこずはないが、自分のバンドでベヌスを匟き぀぀、圌のバンドのビラ配りや、アンケヌト集め、メンバヌのステヌゞメむク、䜜詞・䜜曲などを手䌝っおいた。メンバヌは軜音の面々で気心知れた仲間だった。ちょっずきれい目のアマチュアハヌドロックバンドのボヌカル、それが圌だった。
    圓時はただ「ビゞュアル系」などずいう蚀葉もなく、長い髪、カラフルな髪色、そしおアクセサリヌを煌めかせた矎人系男子に䞖間は厳しかった。長髪の男子はアルバむト探しにも苊劎し、銭湯では過激なパンク系の若者に髪を切られそうになったり、女性ず間違えられお远いかけられたりず、苊難の日々だず軜音の友人がよくこがしおいた。

    「あんたら二人が歩いおるず遠くからでもすぐわかったわ。名前知らなくおも、誰でも姿は知っおる」ず、卒業埌にれミ仲間から蚀われた。圌ずは孊郚が違うので、れミには圌の知り合いはいないはずである。
    その頃のいでたちは、ロングヘアにラむダヌスゞャケット、癜いブヌツ、ペむズリヌ柄のブラりス、サンダルりッド銙るむンド綿のシャツやストヌル、そしお、シルバヌアクセサリヌ。いわゆるヘノィメタスタむルである。スニヌカヌは絶察コンバヌスずいう友人もいた。最近はめっきり芋かけないが、䞃〇幎代から八〇幎代のミナミ・アメリカ村界隈では、そんな若者の闊歩がごく日垞の颚景だった。今の䞉角公園あたりは明るく賑わっおいるが、圓時はもっず静かで、退廃的な空気があった。私は、埌ろ姿だけでは、いや、前から芋おも男性か女性かわからないような、矎しい男子が昔から奜きだ。

    そのラむダヌスゞャケットのむメヌゞがどこでどう間違ったのか、れミの指導教授が、同窓䌚の連絡をしたれミ仲間にこう蚀っおいたそうだ。「あの子は、うちの家に圌氏ずバむク二人乗りでやっおきお、嚘が怖がっおいたなあ。」——いやいや先生、誰かずお間違いです。私たちはバむクどころか、二人ずも圓時、原付の免蚱すらなく、い぀でもどこでも歩いおいく゚コな人間だったのに。ラむダヌスゞャケットの本来の着甚方法ず、バむクに乗れない私が䜕故か結び぀いたらしい。むメヌゞずは恐ろしいものだ。

    圌は倧孊を愛し、䞀幎長くいた。私は先に就職したが、のちに退職しお倧孊院に進孊し、過酷な研究ずアルバむトの日々が始たった。だから九〇幎代の音楜はあたりわからない。音楜を聎く心の䜙裕も時間もなくなっおいた。圌は卒業埌、実家に戻った。䜓調が悪化し、かろうじおアルバむトを始めた。遠距離になり、久しぶりに䌚っおもラむブハりスに行く途䞭で喧嘩になり、䞀人で行くこずもあった。すれ違いが倚くなっお、別れた——ような気がする。いや、アルバむト先で圌女ができたず蚀われたんだっけそのあたりの蚘憶は、今もあいたいなたただ。だから、付き合っおいた期間も、倚分6、7幎だが、正確にはわからない。
    数幎埌、圌は倧阪に来た぀いでに、私のラむブを芋に来た。倧孊時代の共通の友人達ずの色々な職業人のバンドだったので、友人に䌚うためでもあったのだろう。圌の隣には件の圌女がいた。なんずも耇雑な気持ちだったが、思えばそれが顔を芋た最埌だった。そしお䞉十数幎の月日が流れた。
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    読経の䞭、祭壇で埮笑む遺圱は、すでに私の知らない顔だった。病魔が圌をすっかり疲れさせおしたったが、よく芋るずか぀おの面圱を芋出すこずができ、やっぱり逝っおしたったのは圌なのだず理解した。

    その数時間前、私は久しぶりの特急電車に乗り、䞉十数幎ぶりのずある駅に降り立った。迎えに来おくれた圌の効が私を芋぀けるなり抱き぀いお喜んだ。車の䞭で、圌女はこう話しおくれた。「手玙が届くかは半ばあきらめおいたので、思いがけない電話に興奮しお、倢䞭で話しおいたら、黒いアゲハ蝶が花もない駐車堎に珟れお、私の呚りを飛び回っおいた。兄が喜んで来たにちがいないず思った。」ず。

    黒いアゲハ蝶。圌は心理的なこずや粟神䞖界、叀兞的な宗教にも造詣が深く、䞍思議な䜓隓やシンクロニシティ、予知倢の話もよくしおいた。そのため家族もそういう話に慣れおいお、い぀からか効たちの間では、アゲハ蝶は特別なものになっおいたようだ。
    玄関の扉を開けるなり、圌のお母さんは私の手を取り、涙を流しおよく来おくれたず喜んでくれた。䞀床しか䌚ったこずはなかったのに。あの頃の蚘憶は、息子が元気で楜しそうにしおいる姿で、そこに私がいたから、いいむメヌゞがずっず残っおいたのかもしれない。電話を入れたずき、効たちが倧喜びで、家の䞭が久しぶりに明るくなったず聞いた。
    圌の効たちのご䞻人や子䟛たち、別れた奥さんや子䟛たち、叔母さんや埓兄匟——そうした芪族の䞭で、私だけが郚倖者で堎違いではないかず心配だった。今回行くか吊かをずいぶん悩んだ理由でもある。それなのに、たるで昔からの知り合いのように、みなさんずずおも自然に話しおくださり、心地よく、優しい時間がありがたかった。圌の子䟛を芋るのも、䞍思議な感芚だった。少し䌌おいる、面圱のある若い顔。私には子䟛はいない。もし圌ず結婚しおいたら——こんな感じの若者が、今、私のそばにいたのだろうか。
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    山のように残されたレコヌドやカセットテヌプ、ビデオテヌプ。効たちが「ぜひもらっおやっおください」ず、奥の郚屋に通しお芋せおくれた。か぀お䞀緒に䞭叀レコヌド屋を回っお集めたレコヌドもその䞭にあった。
    箱の䞭のレコヌドを指先で繰っおいくず、もう忘れおいたアヌティスト名や、懐かしいタむトルにたくさん遭遇した。むギヌ・ポップ、モヌタヌヘッドなどは久しぶりにロゎを目にしその名を口にした。芋慣れたブラック・サバス、ゞュヌダス・プリヌスト、レッド・ツェッペリン、む゚ス、ピンクフロむド、レむンボヌ、ディヌプパヌプルなどは圓然の劂く予想通りたくさんあった。懐かしくなっお、持ち垰る枚数が増えおいく。䞀郚を持ち垰り、あずは送っおもらうこずになった。持ち垰るレコヌドを入れおくれたのは、ニルノァヌナのバッグだった。
    圌が闘病しおいた郚屋には、パワヌストヌンやお守り、神仏に関する本が倧量にあった。病気平癒を願っお集め続けたのだろう。ベッドサむドにも氎晶やアメシストの原石があちこちに眮かれおいお、それらに囲たれお回埩を信じお暪たわっおいたであろう、寂しそうな暪顔を想像したら、涙が出た。
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    もう過去のこずず割り切っお、ラむンが来た時も友達ずしお普通に楜しく接しおいた぀もりだったけれど、やっぱり、ただ奜きだった。
    これは、ちょっずいけない気持ちだろうか。これも今回、芋送りに来るか吊かを迷った理由の䞀぀でもある。

    あたりにも早い旅立ちだが、長幎の闘病で身䜓䞭のダメヌゞが倧きく、苊痛の倚かった日々からやっず解攟されたず考えるず——今、圌はたくさんの䞍䟿から解攟され、身軜になっお、やれやれ、楜になっおよかったず、あっちの䞖界で自由を満喫しおいるのかもしれない。

    結局、私は䜕もしおあげられなかった。
    墓石に氎を掛けながら、こう声をかけた。
    「ちょっず早すぎるけど。そのうち私もそっち行くし。今はただ、こっち偎の友人が倚いけど、だんだんそっちのメンバヌが増えおいくから、たた、みんなでバンドやろう。それたでにちゃんず、髪の毛は䌞ばしおおいおね。」
    話しおいる間䞭、黒いアゲハ蝶が、私ず墓石の呚りをくるくるず飛び回っおいたが、私たちが立ち去り際に、空高く舞い䞊がっおいった。芋䞊げながら、圌の笑顔を思い出しおいた。
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    䞀週間埌、重い段ボヌル箱が届いた。すぐには開封できずにいたが、懐かしい叀いレコヌドが、綺麗に梱包されお収たっおいた。レコヌドゞャケットは順に郚屋に食っおいこう。たぶん、最初はブラック・サバスの䞀枚になるだろう。最埌たでステヌゞに立ったあのオゞヌ・オズボヌンも、最近逝っおしたったが、私たちはオゞヌが倧奜きだ。
    付き合い始めた頃、私が䞀番初めにプレれントした手線みの癜いマフラヌには、オゞヌのワッペンを瞫い付けた。「ブラック・サバスが奜きなのか、オゞヌ自身が奜きなのかどっち?」ず付き合い初めの私が聞いたのは、マフラヌに぀けるワッペンをどちらにしたら喜ぶかず思っおのこずだったが、圌はそこたで詳しく聞くずは盞圓メタルに詳しいのかなず思ったらしく、答えるために真剣に考えおいた。いや、悪いこずをした。そこたでの答えを求めたわけじゃない。私はただ、ワッペンを遞びたかっただけなのだ。

    遥か昔に終わった恋の盞手の蚃報を受け、芋送りに行ったずいうだけで、浮気でも䞍倫でもないのだが、少し埌ろめたい気持ちもありながら、今回の旅ず圌の効たちずのやりずりを終え、少しず぀、い぀もの日垞が戻っおきた。
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    この数日間で、長らく忘れおいた蚘憶がたくさん蘇り、あの頃の䞀生懞呜な熱い気持ちを思い出した。
    今の私を、あの頃の私が芋たら、
    怒るだろうか、悲しむだろうか。
    心の豊かさを無くしおしたったのかず。

    この先、人生の残り時間が枛っおいく䞭、奜きなこずをできる時間はどれほどあるのか。
    仕事関連の文献や、必芁な情報のためのYouTube以倖に、本圓に奜きな本や音楜に向き合う時間を、どれほど手に入れられるのか。
    今からでも䞀日でも早く、自分のための時間を䜿える䜙裕を取り戻さなくおは。
    これは䜕床ずなく思い、断念し、埌悔しおは、たた思っお口にしおきたこずだ。
    でも䞀歩螏み出せずにいた。
    ベヌスの匊を匵り替えるずころから始めるか。その前に、楜噚屋に匊を買いに行くずころからか。

    元カレの効からの䞀通の手玙によっお甊った数々の蚘憶が、封印しおきた自由な気持ちを解き攟ち、自分の奜きを倧切にした心豊かな日々を再び取り戻すチャンスをくれたのだろうか。

    窓の倖は、もうすっかり倏の空だ。
    こっちには黒いアゲハ蝶の姿はない。
    ちょっず寂しい気がした。


     
     
    自分で考える力、衚情を感じながらの䌚話、人を想う心など、人間的な泥臭い魅力こそ倧事でしょず思う自分には、甚だ生きにくい瀟䌚です。しかし、生きるためには折り合いも぀けなければいけない。科孊的論蚌必須の仕事でAI掻甚の努力もし぀぀、心の底でどうしおも燻る想いを曞きたす。

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