
君が好きなのは、僕じゃない
最初の一通も、僕は自分で書いていない。
「蒼:……なんて返せばいいんだ」
蒼はスマホの画面を見つめたまま固まっていた。
通知には、美咲からのメッセージが表示されている。
――マッチありがとう!話してみたいなって思ってた
嬉しいはずなのに、指が動かない。
軽すぎてもだめな気がするし、気合いを入れすぎても引かれそうだ。
既読をつける前に、もう三分も悩んでいる。
「蒼:……無理だろ」
小さく呟いて、スマホを持ち替える。
そして、アプリを開いた。
「蒼:マッチングアプリで、最初の返信どうすればいい?」
数秒後、答えが表示される。
――マッチありがとう!こちらこそ気になってました。よかったら色々話したいです
「蒼:……すご」
自然で、感じがいい。
少し迷ってから、そのままコピーして送る。
すぐに既読がついた。
――うれしい!じゃあまず、何してる人?
胸の奥が、少し軽くなる。
「蒼:……いけた」
それが、始まりだった。
それから蒼は、ほとんどすべてをAIに任せるようになった。
「蒼:趣味聞かれたときの自然な答え
会話を広げる質問
相手が喜ぶリアクション」
AIは、いつも正解をくれた。
ユーモア、距離感、気遣い。
すべてがちょうどいい。
――蒼って、話しやすいね
――返信のテンポも好き
そんな言葉をもらうたびに、胸が熱くなる。
同時に思う。
――これ、全部俺じゃない。
やり取りは、アプリからメッセージアプリへ移った。
毎日のように続く会話。
そのすべてに、AIが関わっていた。
ある日。
――蒼って、言葉の選び方すごく素敵だよね
指が止まる。
「蒼:……俺じゃないのに」
返さなきゃいけないのに、何も浮かばない。
「蒼:褒められたときの返し」
AIに聞く。
すぐに、完璧な文章が出てくる。
優しくて、自然で、温度のある言葉。
でも――
「蒼:……これ、誰だよ」
それでも、送る。
――そんなふうに言ってもらえて嬉しいよ。美咲と話してると自然に言葉が出てくるんだ
本当は、一文字も出てきていないのに。
気づけば、AIなしでは何もできなくなっていた。
自分で考えようとすると、頭が真っ白になる。
間違えるのが怖い。
つまらないと思われるのが怖い。
――蒼って、ほんと優しいよね
その言葉が刺さる。
優しいのは、僕じゃない。
――僕じゃない。
ある夜。
――そろそろさ、直接会ってみない?
蒼は固まる。
「蒼:……会う?」
すぐにAIを開く。
「蒼:デートの誘いに対する前向きな返答」
答えは出る。
でも、送れない。
会ったら終わる。
現実の自分は違う。
話せない。言葉が出てこない。
沈黙が怖い。
――君が好きなのは、僕じゃない。
ある日、蒼はAIに尋ねた。
「蒼:本当の自分を出したら、嫌われるかな」
少しの間のあと、答えが返る。
――可能性はあります。ただし、本当の自分を隠し続けることは、長期的にあなた自身を苦しめる要因になります
「蒼:……知ってる」
数日後。
――ねえ、蒼ってさ
――本当はどんな人なの?
心臓が強く跳ねる。
誤魔化せない。
求められているのは、正解じゃない。
――僕自身だ。
「蒼:……このままの方が、きついだろ」
AIを閉じる。
震える指で、言葉を打つ。
――正直に言うと、今までの俺、あんまり俺じゃなかった
――うまく話せなくて、怖くて、AIに頼ってた
――だから、言葉もほとんど借り物で
――それでも、美咲と話したいって思ったのは本当
――ちゃんと自分の言葉で話したい
――もしよかったら、会ってほしい
送信。
終わったかもしれないと思った。
既読がつく。
――そっか
胸が締めつけられる。
でも。
――なんか安心した
「蒼:……え?」
――ちょっと完璧すぎて、逆に不思議だったんだよね
――でも、今の蒼の方がちゃんと人っぽい
――会おうよ
――今度はちゃんと、蒼と話したい
待ち合わせの日。
「蒼:やばい……」
緊張で頭が真っ白になる。
「美咲:蒼!」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「蒼:あ……どうも」
「美咲:ふふ、ぎこちないね」
沈黙。
「蒼:……俺、ほんとに話すの下手で」
「美咲:うん、知ってる」
「蒼:え?」
「美咲:今めっちゃ緊張してるでしょ」
「蒼:まあ……バレてるか」
「美咲:うん。でも、その方がいい」
まっすぐな目。
「美咲:今の蒼の方が、好きだよ」
言葉が詰まる。
「蒼:……ありがとう」
完璧じゃなくていい。
不格好でも、自分の言葉で。
その方が、ちゃんと届く。
君が好きなのは、僕じゃない。
そう思っていた。
でも、きっとこれからは違う。
少しずつでいい。
本当の自分で、好きになってもらえるように。
そして、自分も。
ちゃんと、自分で恋をしていくために。