
網戸越しの恋
ただいま、私は絶賛別居中だ。
同居人である、ネコのミーさんと。
私が一目惚れしてお迎えしたミー。
ペットショップにいた頃は、一番、店員さんに懐いていた子猫だった。店内でケージから出してもらい、娘のひざにちょこんと乗ったときも、とてもかわいかった。
人懐っこいこのコなら、きっと私にも同じくらいの特別をくれる。そう信じて疑わなかった。
それなのに、ミーがこの家でいちばん恋焦がれているのは、よりによって私の夫なのだ。
毎晩、夫が湯上がりの湯気と一緒にお風呂から上がってくると、部屋の空気が一変する。
ミーは待ってましたとばかりに真っ先に駆け寄り、喉をゴロゴロと鳴らし、夫の口元をペロペロとなめ、身体をすり寄せフミフミの嵐。
夫の手の中で、この世のすべての幸福を知っているかのように、気持ち良さそうにおとなしく撫でられている。
キッチンでその光景を見ている私を、夫はチラチラと盗み見ながら、「困ったなぁ、離れないよ」なんて、ちっとも困っていない顔で嬉しそうに言う。
私はいつも、心の中で(そのまま毛だらけになっちゃえ!)と、ささやかな呪文を唱える。
本当に純粋に疑問なのだ。夫のどこがそんなにいいんだろう。もうミーに夫をあげちゃおうかな、と思ってしまうくらい、毎晩二人はこれ見よがしにイチャついている。
そんな風に、部屋の中では私を完全に無視するミーなのに、私の姿が少しでも見えなくなると、途端に世界の終わりみたいに不安そうな声をあげる。
私がニ階で洗濯物を干しているときや、庭で花に水をやっているとき。
外にいても、家の網戸越しから、それはもう切なくてか細い「にゃぁぉ」という声が聞こえてくる。
その声を聞くたびに、私の胸の奥はきゅんとして、つい嬉しくなって急いで用事を済ませてしまう。
足早に家に入り、ミーの側で「ただいま」と声をかける。
けれどその瞬間、魔法は解けてしまう。
ミーは「なんだ、帰ってきたの」と言わんばかりの冷めた目で私を見て、くるりと背を向ける。
そしてまた、私たちの静かな家庭内別居が始まる。
ときどき、私がまだちゃんと生きているかどうかを確かめるみたいに、ふらっと「生存確認」には来るけれど。
いつだって私は、両手を広げて、ミーとの熱烈なイチャつきを大歓迎する準備ができている。
けれど、この関係はちっとも思い通りにならない。私を嫌ってはいないと思うけど。
人の気持ちよりもずっと、ネコの心はわかりにくいものなのかもしれない。
私はただ、もっと仲良くなりたいだけなんだけどな。