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はじめての彼氏と「はじめて」の話 前編(中学2年のころ)

    中学2年のとき「彼氏」ができた

    ……といっても、制服のボタンをもらったとか、手をつないで帰ったとか、そういう「ふつう」の恋人っぽいことは、たぶん一度もなかった。

    相手はアキラという、私と同じ学習塾に通っていた男子だった。

    その塾では、毎月のテストの点数で座る場所が決まった。
    教室の一番前、左から順に1番、2番、3番、4番。
    2列目の左からは5番、6番……と続いていく。

    成績がいい人は前に、そうでない人は後ろに。
    黙っていても、学力で並ばされるような仕組みだった。

    私はというと、最後列の席にいた。アキラも、だいたい同じあたりにいた。
    それが「出会い」だった。

    どちらも1年生の途中から入った転入組で、塾のスピードに追いつくのに必死だった。
    私たちは、よく隣同士になった。けれど、初めのうちは、ほとんど言葉を交わさなかった。

    アキラは、声が小さくて、人の輪に入るのがちょっと苦手そうな子だった。
    私も、どちらかといえば内向きで、塾では話し相手がいなかった。

    だけど、気がつくと、彼と席が近いときには、なぜだかホッとしている自分がいた。


    当時の部活はバドミントン部だった。

    男子よりも女子が多い部で、そこではわりと明るくしていたし、ノリのいい女友達たちに囲まれていた。
    でも、塾となると話は別で、あの頃の私は「ただ、そこにいるだけ」の存在だった。

    成績が落ちたことで親に塾をすすめられて、仕方なく通い始めた場所。

    最初はほんとうに、しんどかった。
    だからこそ、学校での居場所は大切だったし、部活のあとに女友だちと笑い合える時間は、息継ぎのようだった。

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    サッカー部の〇〇くん、野球部の△△くん。
    「かっこいいよね!」と話題に出る男子はいたけれど、恋をするほどじゃなかった。

    ただ、「かっこいい」と思う男子の前では、なぜか緊張してしまって、目を合わせることもできなかった。

    声をかけるなんて、もっと無理だった。
    同性なのに……って、自分でもちょっと戸惑ってた。


    勉強よりも「教え方」を学んだ日々

    塾で出会ったアキラは、無口な男子だった。
    いつもひとりでいるタイプで、まっすぐ目を合わせるのが少し苦手そうだった。

    顔立ちはきれいだった。だけど、その表情には、なにか言いかけて飲み込んだ言葉がずっと残っているような、そんな陰りがあった。

    私も塾ではあまりしゃべらないほうだった。
    たぶんお互いに、何かをがんばって演じたり、取り繕ったりするのが苦手で、でも黙っていても気まずくない、そういう波長があったんだと思う。

    成績はというと、私は理数が得意で、英語がとことんダメだった。
    アキラはその逆で、英文法や単語の覚え方をすらすら話すのに、数式の説明になると首をかしげていた。

    それがちょうどよくて、自然と教え合うようになった。

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    アキラは、とにかく教え方が上手だった。
    例え話がうまくて、「たとえばね…」から始まる説明が、先生たちのどんな板書よりもしっくりきた。

    それまで英語の授業で「わからん…」しか感想がなかったのに、彼に教えてもらってからは、ほんの少しずつ好きになっていった。

    「ひなたって、教えるのうまいね」
    アキラがそう言ってくれた日があった。
    私は嬉しくてたまらなくて、理数の説明をするときは、どうしたらもっと彼に伝わるだろうと一生懸命考えるようになった。


    今思えば、あれは「最高の学習パートナー」ってやつだった。

    誰かに何かを教えるには、自分がちゃんと理解していないとできない。
    だから、自分の得意な科目もさらに深く学ぶようになったし、アキラが教えてくれる英語は「せっかく教えてくれるんだから、ちゃんと頑張ろう」と思えた。

    おたがいの存在が、それぞれの勉強のモチベーションになっていた。
    それが、なによりすごいことだった。
    大人になってから新人研修担当を任されたのは、このときの「教えることを学んだ」体験が原点になっているのだと思う。

    私が英語の問題を間違っても、アキラはけっして否定したり、笑ったりしなかった。
    「その答えも面白いけど……」と、いつも少しだけ笑って、やさしく正解に導いてくれた。

    その「面白いけど……」が、すごくよかった。
    間違っても大丈夫、って思えた。
    どんな自分でもここにいていいと思えた。

    それで、私はある日の帰り道に、小学5年のときにカミングアウトしていじめられたことを、アキラに話した。

    それまで誰にも言っていなかったことだった。
    ……家族でもなく、部活の友だちでもなく、なんというか、自分のことをまるごと見せても大丈夫だと思ったのは、アキラがはじめてだった。


    「好きなんだよね」の、あと

    ある休みの日、私は朝からアキラの家にいた。
    いつもみたいに、ノートを広げて、おたがいに教え合って。
    勉強しているはずなのに、時間はあっという間に過ぎていった。

    気がついたら、部屋の隙間から夕方の光が差し込んでいて、
    「あ、そろそろ帰らなきゃ」と言った私に、アキラは「バス停まで送るよ」と言った。

    玄関で「じゃあね」と手をふるのがいつもの終わり方だったのに、その日はちょっとだけ特別だった。

    バス停までは、まっすぐ一本道。
    でも、なぜかふたりとも、ちょっとだけ距離をあけて歩いていた。

    その途中で、ぽつりと、アキラが言った。

    「俺、ひなたのことが好きなんだよね」

    たぶん、目は合わせてなかったと思う。
    声も、ちょっとだけうわずっていた。

    私は少し笑って、「俺もアキラのこと、好きだわ」と返した。

    でも、それっきりだった。
    「じゃあ付き合おう」とか、「今度デートしよう」とか、そんな言葉は出てこなかった。

    ふたりとも、それ以上なにも言わずに、私は来たバスに乗って、
    アキラはバス停に立ったまま、少しだけ手をふった。

    バスの窓越しに見た夕陽が、やけにまぶしくて、目を細めた。
    あの西日の強さだけ、いまだにやけに覚えている。

    アキラの「好き」が、友達としての好きなのか、それとも違う意味なのか。
    そのときは、はっきりとはわからなかった。

    でも、たぶん、いや、きっと
    恋愛の「好き」だったんだと思う。

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    翌日、塾で再会したとき、ふたりともあくまでも「普通」にふるまった。
    いつも通り、授業を受けて、ノートをとって、ちょっとだけ目が合った。

    でも、その次の休みの日。
    またアキラの家で並んで勉強していると、彼が私の手を、そっと握ってきた。

    恐る恐る、迷いながら、ほんの少しだけ触れるように。

    私は、その手を、ぎゅっと握り返した。

    言葉じゃないのに、すごくはっきりと伝わってきた。
    たぶん、アキラも同じだったと思う。

    ああ、私たちは、いま「つきあってる」んだ。そう思えた瞬間だった。


    「後編」に続きます。
    後編では、はじめてのキス、初体験……そして別れまでをお伝えします。



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