
母がママのお店にやってきた 4/4 (大学3年のころ)
春。
大学3年生になった私は、新宿二丁目のゲイバーで働いていた。
「ママは、人生で一番の恩人」
そう語る常連たち。
ママに救われ、今では社長になったという人もいる。
私は、ママのそばで料理を学び「本日の一品」を作るようになった。
豚汁、煮びたし、焼きおにぎり……
包丁の跡には、心がにじんでいた。
ある晩、ふらりと入ってきた若い女性客の何気ない一言が、店の空気を凍らせた。
「兄弟とか、自分の子どもがゲイだったら、気持ち悪くない?」
その場の誰もが言葉を失う中、ママは、静かにこう言った。
「飲ませすぎちゃったみたいね。今日はこれぐらいにしておきなさい」
怒らず、押し返さず、ただ穏やかに、場の空気ごと包み込むように。
あの夜の味は、少しだけ苦かった。
それでも、やっぱり、ママの店にいてよかったと思えた。
そして、月日は流れ
ある晩、突然、お店の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、私の“母”だった。
「こんなところで、何やってるのよ!」
驚きと怒りを抱えた母に向かって、ママは深々と頭を下げる。
「こんなところで働かせてしまい、申し訳ありません」
母と私のあいだに流れる、ことばにならない硬直した時間。
それをやさしく切り開いたのは
「これ、息子さんが一人で作ったんですよ」
ママが差し出した、たけのこご飯のおにぎりと、玉ねぎのお味噌汁だった。
母は、黙って、でも確かに、それを食べてくれた。
「……あなた、家で料理なんて、一度もしたことないじゃない」
そう言いながら、母の目には涙があった。
その夜、私はママから、5つのおにぎりが入った紙袋を手渡された。
家族の人数分だった。
静かにお辞儀を交わし、私は母を連れて店を出た。
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泣いてる横顔まで、まるで一緒
帰り道、地下鉄に乗って、乗り継いで、
電車の中で、ぽつぽつと話した。
ママと出会ったのは、コンビニだったこと。
接客や料理のいろはを、しっかり叩き込まれたこと。
常連さんにかわいがってもらっていること。
この店で、いかがわしいことなんて一度もなかったこと。
母は、ときどき頷きながら、黙って聞いていた。

いろいろ話し合った結果──
大学を卒業するまでは、店にいてもいいこと。
でも、卒業したら夜の仕事は辞めて、
昼の仕事に就職すること。
そう約束を交わした。
翌日、いつもどおり、私は店に出た。
ママに昨日のことを謝ると、
「あなたたち、ほんとそっくりね」って笑われた。
「泣いてる横顔まで、まるで一緒。
やっぱり親子だわねぇ」
──そういえば、昔からよく言われてたな。
母親に似てるって。
結局、私は卒業までこの店にいて、
約束どおり、大学を出たあとは一般企業に就職した。
それから先は、夜の街では働いていない。
でも、あのとき作った5つのおにぎりの重みと、
ママが下げた頭と、母が流した涙のあたたかさは、
ずっと、今の私を支えている。
こういうのはスピードが大事なのよ
ゲイバーで働いていた頃、
よく不思議に思っていたことがある。
お酒なんて、コンビニで買って、家で飲んだほうが安いのに──
なんで、みんな、わざわざ店に足を運ぶんだろう?と。
でも、あるとき気がついた。
きっと、お酒が飲みたいんじゃない。
話したいんだ。誰かに、聞いてほしいんだ。
うれしかったこと、悔しかったこと、
誰にも言えないこと、何度も言いたいこと。
いろんな「話したい」を背負って、
それを少し肩から下ろすために、この店に来るんだと思う。
それに気づいてから、
私は「人の話を聞く」という時間が、けっこう好きだなと思うようになった。
ママも、お客さんも、
いろんな話をしてくれた。
仕事の話、恋の話、むかしの話。
なかには難しい話もあったけれど、わからないと言えば、
「じゃあこういうふうに考えるといいよ」って教えてくれた。
それはのちに就職したIT企業で、大いに役に立った。
「わからない」をちゃんと伝えること、
それを喜んで教えてくれる人がいるということを、
あのカウンター越しに、たくさん学んだ。
感情があふれて、泣き出す人もいた。
最初は「うわぁ…めんどくさいな」なんて思っていたけれど、
人には、いろんな過去があって、
痛みがあって、支えがあって、逃れられないものがある。
そういうものがあるからこそ、
吐き出さずにはいられない夜が、きっとある。
だったら、ここで全部吐き出してラクになってくれたらいい。
私はそう思うようになった。
──たぶん、
今の私が「占い師」として大事にしているスタンスの、原点はここにある。
それに、
この店にはママがいた。
営業中はママも酔っていたけれど、
なにが起きても、一度も動じたところを見たことがなかった。
いつも、穏やかで、落ち着いていて、
でも、迷い猫のように困っている人が店に来ると、
すぐにごはんを作って出して、
知り合いに電話をかけて、手を差し伸べていた。
「こういうのはスピードが大事なのよ」
そう言って、さっと動いてしまう人だった。

その背中を見ていて、
私は何度も「強さ」ってなんだろうと考えた。
「優しさ」って、どういうことなんだろうと、考えた。
社会人になって、占い師になって、
トラブルやハプニングに出くわすたびに、
誰かのSOSに気づいたとき、
私はよく考えるようになった。
──ママだったら、どうするだろう?って。
それが今も私の背中を押してくれている。
(その後、昼の仕事に就職したきっかけを書いています ↓ )
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