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私がアルパカになったきっかけ 後編 (大学2年のころ)

    あの冬、私は大学2年で、駅前のコンビニで夜勤バイトをしていた。
    レジの「ピッ」という音が、友達の声よりも近かったあの頃。
    ある晩、スーツ姿の女性が入店して、まっすぐトイレに向かい、そのまま1時間以上出てこなかった。
    心配になって声をかけると、「ちょっと寝ちゃってて……」と、真っ青な顔で出てきた。
    その人が、サオリさんだった。

    最初はただの常連さん。でもその日から、ふたりの間に少しずつ言葉が行き交うようになった。
    私の天然パーマを見て、彼女が勝手につけたあだ名は「もじゃくん」。
    「このコンビニに来ると元気が出るの」と笑うその姿に、私はちょっとだけ誇らしかった。

    クリスマスには、アルパカの刺繍がついた白いタオルをくれた。
    年が明けて、バレンタインには、チョコとアルパカのTシャツ。
    「これ、もじゃくんに似てない?」と、笑うサオリさんの目は、どこか優しかった。

    でも2月に入るころから、彼女の顔色は少しずつ曇りはじめる。
    レジ越しに「何かあったんですか」と声をかけると、ぽたぽたと涙を落として彼女は言った。
    三年かけた仕事の成果を、理不尽な一言で取り上げられたこと。
    「女は使えない。お前は色気もないし」——そんな言葉を、笑いながら浴びせられたこと。

    何も言えずにいた私の口から、なぜかぽろっと出たのは、
    「……俺、バイセクシャルなんですよ」という言葉だった。
    閉店後、デニーズの前で待っていた彼女に、私はこれまでのことを話した。
    男でも女でも割り切れない、そんな気持ちを抱えて生きてきたこと。
    その夜、彼女を抱きしめながら、私ははじめて、人と心がぴたりと重なる瞬間を知った。

    一週間後。サオリさんはワインの瓶を手に、「会社に辞表を出してきた」と笑って現れた。その顔が、冬の曇り空を突き抜けるように明るかった——

    前編はこちらから ↓


    「生き方は一つじゃない」と伝えられたこと

    それから2ヶ月後。
    サオリさんは退職と同時に、実家に引っ越すことになった。

    最終出勤の夜。
    いつものレジで「これ、もじゃくんに」と紙袋を差し出してきた。

    その場で開けようとしたら「家に帰ってから開けてね」と、すこし恥ずかしそうに笑っていた。

    家に帰って、袋を開けると、
    中には細長い箱と、一通の手紙。

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    封を開けて、読む。

    「もじゃくんへ」

    実家に帰って、地元で就職すること。
    いつの間にか、もじゃくんのことが好きになっていたこと。
    年の差が気になって、伝えられなかったこと。

    ――あの夜。
    真っ暗なデニーズの前で、抱きしめてもらって、すごく嬉しかったこと。
    その抱きしめ方が、私の背中を押してくれたこと。

    箱の中には、
    アルパカのチャームがついた、シルバーのネックレスが入っていた。

    それを手に取った瞬間、胸の奥にぽかりと空いた穴に、
    そっと、やさしい重みが乗った気がした。


    サオリさんの実家は、飛行機じゃないと行けないような遠いところだった。
    だから、なんだかひとりだけ置いていかれるような寂しさがあって、
    「もうコンビニには来ないんだ」って思っただけで、心がズーンと沈んだ。

    でも、手紙の言葉は本当にうれしかった。
    “好きだった”と、言ってくれたことも。
    “抱きしめられてうれしかった”と、思ってくれていたことも。

    告白も、交際も、キスすらなかったけれど。
    それでも、気持ちはちゃんと通っていた。
    一方通行じゃなかったんだって思えることが、
    あんなに温かくて、うれしいなんて知らなかった。

    私はサオリさんのことが、好きでよかった。
    あの日、あの花壇の横で、言葉を交わして、抱きしめて、
    「生き方は一つじゃない」と伝えられて、ほんとうによかった。

    アルパカのネックレスは、今も大切に手元にある。

    ときどき、占いの鑑定のときに、こっそり手元に置いていることもある。

    「自分の言葉が、どれだけの力を持って、
    誰かの人生を変えることがあるのか?」

    その初心に立ち返るために。
    あの日の、あの人の涙を、忘れないために。


    「言いづらいこと」を、はじめて言える場所

    もし、あの冬にサオリさんと出会っていなかったら、
    自分がバイセクシャルであることを、
    交際や恋愛以外の文脈で、誰かに話すなんてこと、きっとなかったと思う。

    こうしてnoteに書くこともなかった。
    占い師として、「言葉」に向き合う生き方を選んだ自分にも、出会えていなかったかもしれない。

    大きなことは、できない。
    セクシャルマイノリティの権利を掲げて、社会を大きく動かすような、
    そんな勇ましいことは、たぶん私にはできない。

    でも、
    身近な誰かの心を、ほんの少し軽くしたり、
    明日をちょっとだけ生きやすくするお手伝いなら、できる気がする。

    「誰にも言いづらいこと」って、たぶん誰にでもある。
    その“言いづらいこと”に、光を当てるのは、
    決して大声を張り上げることじゃなくて、
    静かに、ただ「聴くこと」なのかもしれない。

    だから私は、いま占い師として、ここにいる。
    どんなに些細なことでも、
    言いづらいことを、言ってくれていい場所でありたいと思ってる。

    最初の一歩って、とても怖いけど、
    その一歩目に、私のような占い師が立ち会えたなら――
    こんなにうれしいことはない。

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    (サオリさんと会えなくなって、その後の話はこちら ↓ )



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