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「なぜ創作の可能性を残しているのか?」

    再三言っているように、俺は作品志向じゃないし、自分をクリエイタータイプとも思ってない。
    子どもの頃から、「ものづくり」とか別に好きじゃないしね。

    ただじゃあ作品づくりはせず、例えばそういう人のサポートや方向づけをやれれば良いかと言うと、そうじゃない気がしている。

    これが自分でも不思議だった。

    俺は小説には興味が無い。
    物語を語りたいと思わないから。

    詩は小説よりはちょっと興味ある。
    でも何だか少しちがう。
    俺は言葉をオブジェのように見せたい訳じゃない。
    作品をつくりたい訳じゃない。

    俺がつくりたいのは「装置」なんだ。
    言語による攪乱装置。
    言葉でどの程度、脳と精神を攪拌できるのか。
    「感動」じゃない。
    「称賛」じゃない。
    どの程度ズラし、崩せるのか。

    傲慢にも、それをやれるのは俺なんじゃ?という気持ちがある。
    だから創作の線を捨ててない。

    俺の思うソレをやれる人が他にいるのなら、爆弾づくりは人に任せて、それで何を爆破するかだけに集中するのかも知れないが。

    少なくとも今そういう爆弾は見つかっていない。
    し、自分にとっての完璧なんて、自分でどうにかするしか無いのかも知れない。

    どっかでは分かってる。
    たぶん何だかんだ言っても、最後は結局「作品」に結実する。

    じゃないと、「ピン」「エポック」にならないからだ。

    どうなる事やらだが、結局そのうち作りだしますよ。きっとね。

    「作りたい」からじゃない。
    「検証したい」から。


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