星を編む、月の上のふわりちゃん
夜が、
いちばん静かになるころ。
空のどこかに、
小さな仕事場がひらきます。
昼のあいだにこぼれた光を拾い、
細い糸へつないでいく場所。
これは、
いつの間にか過ぎてしまった
一日の終わりに、
めがねちゃんが
空を見上げた夜のお話です。

その夜、
めがねちゃんは、
雲の丘に
ひとりで座っていました。
草の先を、
夜の風がそっと揺らします。
かさり。
めがねちゃんは、
膝の上で両手を重ねました。
今日のことを思い返しても、
胸の中には、
うすい雲が
残ったまま。
空を見上げる気にもなれず、
足もとの小さな花を、
ぼんやりと
眺めていました。

そのときです。
雲の向こうから、
細い光が降りてきました。
一本。
また、一本。
めがねちゃんが顔を上げると、
夜空には白い三日月。
その上に、
小さなふわりちゃんが、
ちょこんと
座っていました。
ふわりちゃんの前足には、
金色の細い糸。
その先で、
星の粒が揺れています。
くるり。
星のとなりに、
小さな花。
くるり。
花のとなりに、
光る葉っぱ。
そのあいだへ、
四葉のクローバーも。
ふわりちゃんは、
ひとつひとつ、
ていねいに
編み込んでいきました。

「なにをしているの?」
ふわりちゃんは、
糸をひとつ結びました。
「今日の光を、つないでるの」
「今日の?」
「うん」
ふわりちゃんの前足が、
また静かに動きます。
めがねちゃんは、
編まれていく光を見つめました。
「わたしの今日は、
そんなに光っていなかったよ」
ふわりちゃんは、
ちらりとめがねちゃんを見ました。
けれど、
何も言いませんでした。
ただ、
糸の端を
そっと持ち上げます。
すると、
編まれた光の中に、
小さな景色が
ひとつ、またひとつと
浮かびました。
ひとつの星には、
カーテンの隙間から差しこんだ朝の光。
小さな花には、
道ばたで風に揺れていた花。
もうひとつの光には、
あたたかいお茶の湯気。
細い葉のそばには、
帰り道で聞いた
誰かの「おつかれさま」。
どれも、
ほんの少しのことでした。
思い出そうとしなければ、
そのまま夜の中へ、
消えてしまいそうなこと
ばかりでした。

めがねちゃんは、
メガネの奥で、
ゆっくり
まばたきをしました。
「わたしの今日も、
光っていたんだね」
ふわりちゃんは、
糸を結びながら、
小さく笑いました。
そのとき、
編みかけの星がひとつ、
糸から
こぼれました。
ことり。
星は、
めがねちゃんの膝の上に落ちました。
そっと両手で包むと、
冷たいはずの星は、
手のひらの中で
ゆっくりとぬくもっていきました。
めがねちゃんは、
しばらくその星を見つめていました。

やがて、
長くつながった糸の途中に、
何も編まれていない場所を
見つけました。
「ふわりちゃん。
ここ、あいているよ」
「うん」
ふわりちゃんは、
それだけ言いました。
そして、
空いたところに前足を添えます。
細い隙間の向こうで、
遠くの星がひとつ、
静かに
瞬きました。
めがねちゃんも、
その星を見つめました。
夜の風が、
髪をそっと持ち上げます。
ふたりのあいだを、
何もない時間が、
静かに
通り過ぎていきました。

しばらくすると、
三日月の端が、
少しずつ明るくなりました。
雲の向こうで、
朝が支度を始めています。
めがねちゃんは立ち上がり、
スカートについた草をはらいました。
「そろそろ、帰るね」
ふわりちゃんはうなずいて、
糸の先を少しだけ引き寄せました。
すると、
小さな星がひとつ、
めがねちゃんの袖に
結ばれました。
「これは?」
ふわりちゃんは、
星の糸を両手に持ったまま、
首をかしげました。
めがねちゃんも、
少しだけ首をかしげます。
それから、
ふたりは笑いました。
雲の道には、
夜の青が
まだ少し残っていました。
けれど、
めがねちゃんが一歩進むたび、
袖の星が、
小さく揺れました。
もう一歩。
また、
小さく揺れました。
めがねちゃんは、
その光に手を添えながら、
ゆっくり
歩いていきました。
振り返ると、
三日月の上では、
ふわりちゃんが
まだ星を編んでいました。
くるり。
くるり。
めがねちゃんの姿が、
雲の道の向こうへ
見えなくなっても、
ふわりちゃんは
星を編みつづけていました。
光と光のあいだには、
小さな隙間がひとつ。
その向こうで、
次の星が
そっと瞬きました。
おわり
あとがき
ただ過ぎてしまったような今日にも、
小さな幸せは
そっと残っています。
朝の光。
あたたかい飲みもの。
誰かのやさしい声。
今日、気づけなかったものは、
星の隙間に置いたままで。
いつかふと、
見つけられるかもしれません
今夜は、
見つけられた幸せをひとつを
そっと抱いて眠れますように。
ーりえ
