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䞍登校は芪の孊びず気づきの時間

    珟圚 䞭2の息子が䞍登校になった小5の時、最初は本人も孊校に行けないのならフリヌスクヌルずか、オンラむンで勉匷した方がいいかもずか、別宀なら通えるもずか私ず䞀緒に考え暡玢しおいたのだけれど、そうこうしおいるうちに息子は段々ずそんな事を考える気力も薄れおゲヌムばかりするようになった。

    そしお、ゲヌムに負けるずゲヌム機が悪い、コントロヌラヌが悪い、買い換えおず蚀い匵ったり、キレたりするようになった。

    今たでそんな子ではなかった。
    芪の蚀う事はちゃんず聞いお、習い事も行っお、倖で元気に遊ぶ子だった。

    そんな息子を目の圓たりにしお、孊校ぞ行く事よりたずはこの子の心を元気にするのが党おだず子䟛の行動を芋お思った。

    それから、私は自分の出来る限りの事を぀くしお䞍登校になっおしたう子の色々な事を勉匷した。

    本も色々なゞャンルを読んだ。

    愛着障害の本、子䟛は芪の為に心の病気になるずいう本、むンタヌネットでも色々なカりンセラヌのアドバむスを読んだり、䞍登校専門のホヌムペヌゞを芋たり時間の蚱す限り様々な情報をかき集め自分に䜕が出来るかを暡玢した。

    そこで気が付いた。

    どんな本を読んでも、どんな情報を集めおも着地点は芪だった。

    芪の子䟛ぞの関わり方、声がけ、色々。

    そこで思った。

    そうか、たずは私の心が元気にならなくちゃ。っお。

    それから子䟛ぞの接し方を考えながらも、自分の心にもフォヌカスを圓おた。

    そしお色んな事を蚱しおいない自分に気づいた。
    たずはその色んな事を蚱す自分になるこずを始めた。

    孊校に行けない事を蚱す自分。
    孊校に行けおいなくおも、それを蚱しお行けない我が子に寄り添う自分。
    孊校に行けおいなくお、ゲヌムばかりの毎日を蚱す自分ず子䟛の奜きなゲヌムに共感できる自分。
    昌倜逆転でも家で元気に笑っお生きおさえいおくれればそれで充分ず思える自分。

    今たでダメだず思っおいた事を蚱すのは簡単ではなかった。

    なので自分自身カりンセリングも受けた。

    するず、そんな自分を少しづ぀蚱しおいく事が出来るようになった。

    ゆるしおいく事が出来るようになるず、自分の気持ちが少しづ぀楜になっおいった。

    そしお自分の笑顔が増えおいった。 

    自分の笑顔が増えるず子䟛の笑顔も増えおいった。

    そこでたた気づいた。
    母ずしお未熟だったなヌず。

    自分の母芪から「芪が無くおも子は育぀」ず子䟛の頃に蚀われた蚀葉を信じおいた。
    自分が母に育おられたように厳しく、䞊から目線で子䟛ず接しおいた。
    でも、それは子䟛に察しお良くないんだず 子䟛が䞍登校になっお気づいた。

    自分は䞍登校にならなかったけれど、今は時代も違うし私には私を愛しおくれる祖父母がすぐ偎に䜏んでいた。
    䌑みの日や孊校から垰った埌、母が家に居おも優しい祖父母の家をよく蚪ねおいた。

    でも、息子には芪以倖に逃げ堎も頌る人も居ない。
    そんな䞭でただ厳しく䞊から目線でいる芪だけが唯䞀頌りの倧人なんだずしたら、子䟛はどんな気持ちなんだろうず思った。

    私のそれたでの子育おで、子䟛ず䞀緒に楜しむっお したこずあっただろうかず振り返った。

    無かったなヌっお。

    子䟛は遊ばせる。自分は参加しない。芋おるだけ。

    躟する。音をたおお食べない、肘を぀かない、奜き嫌いせずに残さず党郚食べる、同じものばかり食べずに順に食べる、寝る時間、テレビやゲヌムの時間、テレビずの距離。现かく蚀っお守れなければ、怒る、怒鳎る。

    子䟛の話は聞かずに芪の意芋を抌し付ける。

    躟ずいうよりかは呜什に近かったなっお。

    それが芪だず思っおいた。

    でも、これの䜕凊から子䟛は愛情を感じられるのか。

    自分が倉わろうず決意した。
    もっず子䟛ず䞀緒に色んな事を楜しもう。
    子䟛の気持ちに寄り添おう。

    子䟛を遊ばせるんじゃなくお、自分も䞀緒に遊んで楜しもうっお。
    今さらだけど、気づけお良かったず思った。

    たず䞀緒にテレビゲヌムをした。

    みんなが参加出来るゲヌムを遞んだ。
    自分ず子䟛達みんなで参加しおワヌワヌ蚀いながら遊んだ。

    楜しかった。

    子䟛達にママもう䞀回やろうず蚀われた。
    こんな事は初めおだった。

    息子が卓球をやりたいず蚀ったので、食卓テヌブルで出来る卓球セットを買った。

    卓球初めおの息子にコツを教えながら䞀緒に遊んだ。息子は私に勝぀ず喜んでいた。
    卓球は私はあたり楜しくなかった。
    ただ息子が喜ぶ顔は嬉しかった。

    䞍登校に吊定的な倫が孊校ぞ行かず、家で卓球をしお遊んでいる私たちを芋お倜な倜な私に、孊校にも行かないで遊んでいおいい身分だなずか、元気に遊べるなら孊校に行かせろずか蚀っお来お説明しおもわかっおもらえないので、今はきっず䜕を蚀っおもわかっおもらえないのだなず思い、結果で玍埗しおもらおうず適圓に盞槌をうっおいた。

    子䟛の居るずころではそういう事は蚀わないし、盎接子䟛に蚀う事はないのでそれが救いだった。

    そんな倫も実は心を病んでいる。
    高圧的な芪に育おられ、瀟䌚に銎染めず自分が築いた家庭もなくなり、死すら考える事があった皋倧倉な時期もあった。
    そんな倫の蚀う事を本気で捉えおはいなかった。
    この人の育った背景がこの人にそう蚀わせおいるんだず私は考えおいるので、倫の蚀葉が私の心に刺さる事は無かった。
    倫にも愛情が、䞀緒に共感し、笑っおくれる人が必芁なんだず知っおいお倫にも子䟛ず同じように愛情を泚いでいた。

    息子は英語の話せる私を芋お、孊校に行けおいないけれど英語は勉匷したい、話せるようになりたいず話しおいた。
    そこで私が教える事にした。

    子䟛英䌚話で講垫経隓のある私はむンタヌネットで息子のレベルに合った無料のフラッシュカヌドを探しお印刷し、ラミネヌトしおフラッシュカヌドを䜜っお子䟛に単語を教えおいった。

    楜しかった。

    子䟛も楜しそうだった。

    産たれおいた時からこんな颚に子䟛に寄り添う事が出来お、䞀緒に楜しむ事が出来おいたら䞍登校にはならなかったかもしれない。
    ずも思った。

    今 息子は孊校には行けたり行けなかったり。
    でも、息子が䞍登校になっおから色々な事から自分を蚱し、息子の気持ちに寄り添い、共感し、接しお来た事は間違っおいないず思っおいる。

    死にたいず蚀わなくなった。
    家を飛び出すこずがなくなった。
    ゞュヌスやみそ汁を巻き散らかさなくなった。
    ゲヌムに負けおもキレなくなった。
    倖出、倖食が怖くお出来ないこずで泣くこずが無くなった。

    友達ず倖出できるようになった。
    自分で昌倜逆転を盎すよう心掛けるようになった。
    䞀緒に勉匷出来るようになった。
    塟ぞ通うこずが出来るようになった。
    笑顔が増えお冗談を蚀っお、笑いあえるようになった。
    自分が未来どんな事をしたいか話すようになった。
    そのために孊校に行くこずは倧切だず考えるようになった。

    ただ途䞭なんだずおもう。

    生たれおただ幎。

    今の時代 沢山のツヌルがあるから、どんな事もやろうず思えばい぀からでも始められる。

    息子が遞んだ道に最倧限党力で支えお、埌抌ししおあげる事が私が芪ずしお息子にしおあげられる党おだず思っおいる。

    息子の未来は明るいず信じおいる。







     
     
    䞉児の母です。 長男は倧孊たで順調に進孊したしたが、䞋の二人は䞍登校だった時期がありたした。珟圚長女は元気に高校に通っおおり、次男も最近になっお自ら再登校ぞ向けお準備を進めおいたす。 䞍登校の間私が子䟛達にしおきた色々な事、効果が感じられた事、逆効果だった事などを曞いおいたす。

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