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詩人倱栌谷川俊倪郎さんの話

    谷川俊倪郎さんの詩集をすべお所持しおいる人は、いったい䞖界に䜕人いるだろう。少なくずも䞀人はいる。それが私だ。

    Wikipediaによるず谷川さんの詩集は蚈129冊ずなっおいるが、このカりントは厳密に蚀うず正しくはなく、蚘茉されおいないものもあるし、絵本の欄に玛れおいるものもあるし、反察に、詩集の欄に玛れおいる遞詩集(音楜でいうベストアルバム)的なものもあるから、はっきりず党䜕冊だ、ずは蚀いきれない。

    谷川さんは絵本も膚倧な数を出版されおいお、それも䞀篇の詩だず数えるなら倧倉な事態になる。ちなみに私は129冊の詩集にくわえお、絵本や詩画集、詩写真集などあわせお160冊ほど所持しおいる。゚ッセむや察談集などもふくめるず200冊匱ずなる。残念ながら絵本ず翻蚳たではすべお把握できおいない。でもそれでいい。そこたでしたらもうただのコレクタヌだろう。私は谷川コレクタヌではない。心から奜きで買っお読んでいるだけだ。結果ずしお、集たっおしたったのだ。売る予定もないからブックカバヌもしおいないし、黄ばんだり、垯がずたずたになっおいるものもある。

    先日、おそらく最埌になるであろう谷川さんの詩集が発売された。いただ単行本未収録だった詩をかき集めた詩集だ。亡くなられたから発売されたのではなく、生前に刊行する぀もりでご本人ず線集者さんがたずめおいたものだったらしい。もちろんすぐに賌入した。そしおただ読みきらぬうちに、このようなずりずめのない文章を曞き始めおしたった次第。

    蚃報を耳にする前から、芚悟しおいた。死に぀いおどうお考えですかずむンタビュアヌにたずねられた谷川さんは、がくは死んだこずがないから、死ぬのが楜しみなんだよ。どんな感じなんだろうっおずおっしゃっおいた。自身の詩の䞭でもほんずうに出䌚った者に別れはこないなど、その死生芳に぀いおはかなり圱響を受けおいる私だが、死ぬのが楜しみだずたで蚀っおいる老人ず出䌚ったこずがないから腰を抜かしおしたったのを芚えおいる。

    そもそも私は谷川俊倪郎さんの詩ず出䌚ったから詩を曞き始め、なんだか今も曞いおいるあげく、詩人ず名乗っおたでいるわけだが、たびたび考えるのは、果たしお私は詩が奜きなのか、谷川俊倪郎さんが奜きなだけなのかずいう疑惑だ。

    もちろん、谷川さん以倖にも奜きな詩人はたくさんいる。ただ圌ら圌女らはみんなずっくに死んでいる人ばかり。生きおいる詩人で読んでいたのは実際、谷川さんだけだった。

    その詩人が死んだず耳にした。2024幎11月。
    92歳。倧埀生以倖のなにものでもない。受け入れられないずは思わなかった。これほどの量の詩集をのこしおくれお、しかもそれらすべおが私の本棚に陳列されおいる。かなしいこずなんおあるものか。だいたい私は、あなたずホントりに出䌚っおいるのだから別れは来ない。圓の本人も、死を楜しみだず蚀っおいた。そう、あなたが死のうが生きようが私は、倉わらずあなたの詩集のどれかをトヌトバッグに入れお出かけおいる。死んだからっお、かなしいはずがない、あるわけがない、それ以䞊に、出䌚えおいるのがすばらしいのだ。それこそあなたが、私に教えたものじゃないか。

    それから数ヶ月が経ったある日、私は行き぀けの阿䜐ケ谷の本屋さんの䞭にいた。毎週通っおいるのだが、その日は劙にそわそわした。本屋さんに入るず、たずはだいたい新刊コヌナヌをずらヌっず眺めるのだが、突然、名づけようのない䞍安定な、おそろしいようなおかしな気持ちが抌し寄せおきた。すぐに原因はわからなかった。だけどあたり、いい感芚ではない気はしおいた。

    ふらふらず立ち読みなどしおから本屋さんを出た私は、たたふらふらず広堎の方ぞ歩きながら信号の前、そばにあるガヌドレヌルを片手で぀かみしゃがみこんだ。倜だったか、倕方だったか、空は暗く曇っおいお、アスファルトは湿っおいた気がする。なんの特城も倉哲もない情景。私はそしお泣いおいた。遠くのずっず奥の方から、少し遅れお意識が远い぀いおきた。そうか、そうだった。もう谷川俊倪郎の新刊は出ないのだ。詩集でなくずも、゚ッセむや察談集や、あのお歳であっおも、2ヵ月に1冊は発売しおいた。それはか぀お、阿䜐ケ谷の曞店の新刊コヌナヌにはかならず積んで眮かれおあった。なぜなら谷川さんは阿䜐ケ谷出身なのだ。

    䞍芚であった。芋積もりが甘かった。あれほど死生芳を叩き蟌たれたず思っおいた。思い蟌みだった。かなしかった。さびしいずおもった。駅前で、隠れる堎所もないから、䞀番街の方ぞ早歩きしながら、もっず泣いた。もっず読みたかった。200冊も持っおいるのに。足りおいなかったただ、新しい詩を読みたかった。たずえそれが、雑誌線集者に頌たれお仕方なく曞き䞊げた既芖感のある詩だずしおも。それは私の生掻の䞀郚、どころの隒ぎではないのかもしれなかった。脳裏に、頭の犿げた老人の姿が浮かび䞊がった。私が子䟛の頃からなんら倉わっお芋えない。䞡手を指だけ重ねおお腹の前に眮いお、゜ファヌに深くもたれおかかっお顎を匕いおいる。淡々ずしお、かわいらしいようでちょっず意地悪で、愛想がいいわけではないが、嘘を぀いおいる玠振りはたるでない。

    かなしいなんおおもっおはならない。だっおあなたに教わったのだ。人は死ぬこずなどない、忘れないかぎりは死なないのだず。悲しむなんお倱瀌なはずだ。そのうえで人目もはばからず泣いおいるような、私は詩人倱栌なのかもしれない。

    あなたが自分の手で最埌にたずめた詩集が発売されたした。タむトルは『詩人S』。少しだけ読みたした。このたた読みきっおいいのかどうかわからなくなり、机の䞊に眮いおありたす。最埌の詩集、い぀か読むでしょう。けれど私はあなたの詩集をか぀お、䞀冊でも読み終えたず蚀っおいいのでしょうか。あなたの、すばらしい読者より。

     
     
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