
“家事とお仕事ありがとう”に、胸が痛くなった母の日
母の日
子どもから手作りの花束と
お手紙をもらった。
とってもとっても嬉しかった。
嬉しかったけど
ほんのりチクリと痛い部分がある。
長女からのお手紙に
「かじとおしごとしてくれて
ありがとう」
と書かれているからだ。
嬉しい、嬉しいんだけど
家事と仕事ではなくて
もっと遊んでほしいよね
もっと関わる時間の方がほしいよね
家事と仕事に追われちゃってる
母で、ごめんね。。。。。
って思っちゃう。
夕方の「一緒に遊んで〜」に
「食器洗ってるから
お風呂掃除したいから」
と断ってしまう私。
子どもの気持ち、子どものやりたいを
断る原因
「家事」
それなのに「ありがとう」とされることに
申し訳なく思い
胸がチクリと痛む。
本当は
「いつも遊んでくれてありがとう」
と書かれる母が在るべき姿なのでは
ないのだろうか?
と。
でもね、その時々一生懸命にやってる。
遊ぶ時間を作る日もある。
そして、ここに母として存在している。
存在しているだけでも
子どもにとってありがとうって
思ってもらえるかな。
私もそう。
親、家族がいてくれるだけで
よかった。
今も子どもたちが
存在してくれるだけで
本当に本当に「ありがとう」。
わざわざ自分で
遊ぶ母が在るべき姿で
私はできていないと
責めるのは
ただただ自分をおとしめているだけ。
分かってても
つい今までのクセでやっちゃうんだけど。
でも気づいて修正していきたい。
子どもがいるだけでいいよ。
だから、私もいるだけでいいんだよ。
いるだけで皆ありがとうだよ。
これを読んでいるあなたも。