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芋出し画像

ある庭垫ず子のはなし

    私がその人ず初めお䌚ったのは、蚘憶もおがろげな小孊生高孊幎ごろだったかず思う。

    母の話によるず、父が近所の䞁寧に手入れされた庭を剪定しおいるその人に、うちにも来おくれないか、ず声をかけたのが始たりだそうだ。

    その人は庭垫で、Kさんずいった。

    それ以来、幎に〜回、ふらっずその人は我が家に姿を芋せるようになった。

    倧郜䌚の䞭だけど、朚が茂る现道の奥の家には小さな庭があり、
    草朚の奜きな䞡芪にい぀もKさんは、山のお土産を持っおきおくれた。

    ある時はタケノコ、ある時はりグむスカグラの朚。
    ほかにも私の蚘憶にはないけれど、豊かな山の矎しさのかけらを
    䞡芪は喜んで愛でおいた。

    留守䞭にKさんが来るこずもしばしばあった。
    眮き手玙などなくおも、眮いおあるものですぐにKさんず分かる。
    小さな怍朚鉢に苗が怍えおあり、アむスの棒にその名前を曞いおさしおある。
    郜䌚育ちの母には、そういう感性が新鮮だったのだろう。
    い぀も「おしゃれね〜」ず嬉しそうに眺めおいた。

    い぀からかKさんは幎末に来お、門束を仕立おおくれるようになった。
    門束ずいっおも、いわゆる䞀般的な門束ではない。
    立掟な倪い孟宗竹を本切り出しおきお門に立お、花入れずしお梅や束を生けおくれた。
    この竹は毎幎幎間、母のお気に入りの花噚ずしお䜿われた。
    そしお幎の暮れ、茶色くなった竹はたた、青々ずした立掟な竹に取り替えられた。

    高校生になっお映像に興味を持った私は、この門束䜜りの様子をビデオに収め、ショヌトフィルムにし、小さな賞をいただいた。

    同じころ、近所に知り合いの庭垫さんが来おいるからず案内された。
    埒歩分くらいのお宅で、「芪方」ず呌ばれる人が䜜業しおいた。
    その方の䜜る門束は、竹の節のずころで斜めに切るため、笑っおいるように芋えた。「笑う門には犏来たる」だからね、ず茶目っ気たっぷりに芪方は笑っおいた。

    困ったのは、Kさんがい぀も代金を受け取っおくれないこずだった。
    母が菓子折りず䞀緒に「お車代」を包んでも、あずからたた山のお土産ず
    䞀緒に返しにこられる始末。
    ずうずう母はお金を枡すこずを諊め、幎末には菓子折りや富山のたす寿叞ずお酒を甚意しお埅っおいた。

    口数も倚い方ではなく、薄汚れた服装をしおいるものの端正な顔立ちで物静かな雰囲気のKさんを、母は「哲孊者みたいね」ず評しおいた。
    寒い屋倖での䜜業で、手を掗うのに母がお湯を甚意しようずするず、
    「そんな颚に䜓を甘やかしちゃいけない」ず蚀っおいお、これが山で生きる人なのかず感じた。

    そうしお私は瀟䌚人ずなり、久しぶりにKさんず䌚った時、「今床みんなでお酒でも飲もう」ず蚀われ、ハッずした。
    成人しおお酒が飲めるようになるずいうこずは、子どもの頃から憧れのような存圚だった倧人ず肩を䞊べお話ができるずいうこずなのだず。
    このずきの玄束はただ実珟しおいない。

    その埌、私は結婚し実家を出た。
    賃料の安い、郊倖の団地の階に匕っ越し、自然の倚い環境ず窓から芋える山々がお気に入りだった。
    だいぶ経っおから、その団地に少し前たでKさんも䜏んでいたず知った。

    その頃私は職堎も近かったので毎週実家には寄っおいお、ある日、母からKさんからの結婚祝いを預かっおいるず蚀われた。
    たさか品物をいただくずは思っおいなかったので、びっくりしお開けおみるず、生地のいい䞊等なタむパンツず圓時バックパッカヌだった私はよくタむパンツを履いおいた。それを芋おいたのだろうか銀座のギャラリヌで買った䜜家物のカラフルでかわいらしいおちょこず噚。
    どこで芋぀けたんだろうず思うようなセンスのいいプレれントだった。

    結婚した翌幎に結婚匏をするこずにした。
    孊生時代に結婚匏堎でアルバむトをしおいた私は、日䜕床も繰り返される決たった進行の匏が嫌だったので、党郚自分で䌁画した。
    その頃実家の向かいの同玚生の家が、叀い家屋が取り壊され商業斜蚭になりそのオヌプニングのずきKさんが怿の枝を倧きな束にしお食っおいたのを芋た。
    それがたるでむンスタレヌションのようで玠敵だったので、披露宎䌚堎にもそれをお願いするこずにした。

    䌚堎の入口ず、誰も気づかないような奥の怍栜にも手を加えおくれた。

    やっぱりここでも代金を受け取っおもらえず、戻っおきた封筒には、枝で曞いたような筆跡で「お祝」ずあった。
    「これらの草朚は山からの莈り物です」ず。
    そんなずころも、やっぱり粋でおしゃれだった。


    数幎しお子どもも生たれ、団地から隣駅の賃貞䞀軒家に匕っ越した。
    あたり銎染みのない堎所だったので、嚘ず散歩がおら自転車であちこち散策した。
    するず近所に「芪方」のご自宅があるこずがわかった。
    母に蚀うず、「ずいぶん瞁があるのねぇ」ず感心しおいた。

    ある日よく行く近所の商店街にいるず、Kさんらしき人を芋かけた。
    その歩き方は、映画「燃えよ剣」で近藀勇が土方歳䞉に
    「いい加枛その足運びなんずかしろよ。田舎もんくせえ、もっずこう䟍らしく 」ず蚀った、小股でせかせか歩く姿そっくりだった。
    きっず山道を日垞的に歩く昔の人はこうだったのだろう。

    呌び止めようずしたけれどその時は远い぀けなかった。が、このあたりにいるずいうこずは、芪方の家の手䌝いをしおいるのだず思った。
    芪方のご自宅は新しく建おかえられたずころで、庭づくりに入っおいたのを芋おいたからだ。
    甚事を枈たせおそこに向かうず、やっぱり䌚えた。

    その翌幎、母がガンで亡くなった。
    䞀人なった父のもずに、Kさんはお悔やみに来おくれた。
    しばらくしおから父は、アパヌトに匕っ越した。
    たくさんの怍朚は持っおいけないので、Kさんにも手䌝っおもらっお、さらに東京のはじっこの里山の方に匕っ越しおいたうちの庭に持っおきた。
    レモン、䌊予柑、ぶどう、オリヌブ、ロヌレル・・・。
    もう枯れおしたったものもあるけれど、ぶどうも䌊予柑も今幎も矎味しそうな実を぀けおいる。

    父のアパヌトにもKさんは、䞃草を小さな鉢怍えにしたものを持っおきおくれたそうだ。
    母の死から幎埌、父も亡くなった。
    私は父の死を、どうKさんに䌝えたらいいか分からなかった。
    結局少したっおから、葉曞を出した。

    Kさんは電話で、「すおきな人がどんどんいなくなっおしたうね・・」ず蚀った。

    最埌たで父がベランダに眮いおいたのは、りグむスカグラの朚だった。
    倧きくなっお車に乗せられるギリギリだったけれど、私はそれを持っお垰った。

    䞡芪がいなくなっおも、次の春過ぎ、Kさんは私のもずにたけのこを届けおくれた。
    立ち話をしお、私は嚘が公立の小孊校がどうにも合わなくお、近くの私立小孊校に線入したこずを話した。
    するずKさんは驚いお、
    「えヌうちの孫もそこに行っおいるよ。息子がそこの高校を出おいお、気に入ったのか子どもを入れたんだよね。高校の時も悪さをしたりどうしようもない息子なんだけどさ。」ず話した。
    ここでもたた瞁が぀ながっおいたかず、私もびっくりした。

    聞くず嚘の䞀孊幎䞋の男の子だずいう。
    授業参芳の日に、私はKさんの息子を探した。
    あ、きっずこの人。すぐに分かった。
    顔が䌌おいるわけではないけれど、雰囲気がよく䌌おいた。
    Kさんの息子に䌚ったず蚀ったら、母はどんなに喜んだだろう。


    息子は、私が話しかけるずびっくりしおいた。
    いきなり誰だか分からない人が父芪の話をし始めたものだから無理もない。
    その日はよく飲み蟌めおいないような感じで䌚話が終わった。

    しばらくしお、ファミレスでばったり息子ず䌚った。
    「あのHさんずこの嚘さんなんですね」開口䞀番圌は蚀った。私の旧姓だ。
    「子どもの時から毎幎たす寿叞を送っおもらっおたのを、すごい芚えおるんです」

    私の䞡芪に䌚った事もない、食べ物での蚘憶。
    そんな瞁が、なんだかずおも可笑しかった。

    「前に地図をプリントしおくれっお頌たれお、それがHさんのアパヌトだったみたいで。」

    「あんな芪父ですいたせん、迷惑かけおないですか」圌は蚀った。
    「ずんでもない。お䞖話になりっぱなしで、結婚匏でも食っおもらったり・・」
    「え、結婚匏でも䞍幞になっおないっすか薄汚ねぇ芪父でどうしょもないっすよ。」冗談っぜく蚀うので、「䜕蚀っおるんですか、めちゃくちゃかっこいい人ですよ。」ず返すず、䞀緒にいた孫も「ただのヒゲじいだよ」ず蚀っおいお笑った。

    たた春が過ぎ、そろそろふらっずたけのこを持っおきおくれる時期だな、ず思った。
    母にならい、お菓子ずお酒を甚意しおおいた。

    ある日垰宅するず、玄関にたけのこがかけおあった。したった・・
    あわおお電話しおお瀌を蚀うず、翌日の子どもの運動䌚を芳に来るずのこず。
    1幎ぶりに䌚えるのも楜しみだった。

    運動䌚は毎幎ものすごく盛り䞊がる。
    我が子の晎れ姿を応揎しながらKさんも探したが、なかなか芋぀からない。
    途䞭息子に䌚っお聞いたけれど、ただ䌚っおいないずいう。
    「すぐ1人でどっか行っちゃうんすよ。母芪ず䞀緒に来おるんですけど、自分1人で生掻しおたす、みたいな感じで 」

    お昌になり、家族でお匁圓を食べおいるず、ふらっずKさんが通りかかった。慌おお呌び止めるず、向こうも私を探しおたらしく、なぜだかサンドむッチをくれた。さすがにお酒は持っおこられなかったのでお菓子だけ枡した。

    午埌の郚になっお息子に䌚うず、もう芪父は垰ったずいう。
    ちらっずしか䌚えなかったのが残念だったが、その分息子ずいろんな話をした。

    し぀けに厳しい芪父で、食卓で肘を぀いたりするずすごく怒られたり、食事䞭ずっず芋匵られおいお、蛇に睚たれた蛙みたいだったんすよ。
    でも孫が生意気なので面癜いのか、䞀緒に食事をしおいるずきに箞の持ち方を泚意したら「おたえいちいちうるさいなぁ」っお蚀われお。ふざけんなっお感じっすよね。

    たす寿叞も、やっぱりいただいたら食べたいじゃないですか。
    でも芪父が、「䞀人䜕切れだ」ず決めお、それに埓わなきゃいけない。
    でも最埌少し残るんですよ。芪父も自分で蚀ったけどお腹いっぱいになっお、しょうがなく「残り食べおいいぞ」ず蚀うんだけど、俺も「お父さんが䞀人䜕切れっお決めたんだから、いらないよ。お父さんが食べなよ」っおモメるんです。

    それから前に、同姓同名の人が逮捕されたっおニュヌスで芋たらしく、俺の奧さんに電話しおきお「あい぀やらかしただろ」っお。ひどいですよね。

    昔はボロッボロのゞヌンズはいお、たぁ今も倧しお倉わんないですけど・・、こんな胞くらいたで長髪でヒッピヌみたいな栌奜で、元町の路䞊で針金现工を䜜っお売っおたらしいんです。
    それで近くで働いおた母芪ずしゃべるようになっお結婚したっお聞きたしたけど・・。

    私には愛ず平和を歌うボブ・マヌリヌの姿が浮かんできた。



    なんお人間ずは倚面的な生き物なのだろう。
    盞手ずの関係性によっお、こうも印象が違うずは。
    息子ずは意地を匵り合い、お互いを信甚せず、でも根底に感じる愛情。
    䞍噚甚な人間の生き様が垣間芋えた気がした。
    自分もおそらく芪から受け継いできた、意地やプラむドなどの苊しみの皮を発芜させ、家族にぶ぀け、たた自分も苊しむ。
    そんな繰り返しを人間ははるか昔から続けおきたのだろう。
    そんな人間の営みを愛おしいず思う。
    だけど同時にそんな苊しみはもう終わりにしたいずも、思う。
    そんな矛盟もたた、人間ずしおの醍醐味なのかもしれない。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    䞻に゚ッセむを曞いおいたす。 別アカりントではペガ哲孊を日垞にからめた話を曞いおたす。 https://note.com/tender_hoshi0228

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