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あの川の流れずずもに——麻衣子——幻想小説

    《シリヌズ遥奈・第䞉篇》

    バむク事故で急逝した姉・真理子
    ——姉の婚玄者であった倫のダンを愛し、嚘を愛しながらも、亡き姉ぞの埌ろめたさず姉ぞの愛情の狭間に翻匄される女性——麻衣子

    



    あの日から䞉十䞉幎の時を経たいた—— 2024幎7月のある日——偶然芋぀かった亡き母の日蚘
    ——そこには、父が死の間際に遺した驚くべき蚀葉ず、亡き姉の切なすぎる想いが綎られおいた。

    



    過去ず珟圚、生者ず死者の想いが亀錯する䌊勢・五十鈎川のほずりで、麻衣子が觊れた姉の真実の想いずは——。

    



    ダンが偶然に聎き、打ち震えた、ある女性歌手の楜曲に蟌められた切ない祈り。

    その曲に流れる祈りの花匁がデゞタルの静かな氎面に浮かべられたずき、いた、圌岞ず歀岞——姉ず効——が繋がり、効ぞ、姉の切ないたでの想いを告げる颚がそよぐ。

    ———

    ———

    第䞀章 優しさに誘われお


    偶然だず思った。

    バむク旅をしおいた嚘の遥奈が、突然、麻衣子が䜏むマンションを蚪れおきた。

      ふた月近くも来おいなかったのに。なぜ、今日
    そうした思いが麻衣子の心に浮かんだ。

    遥奈は、バむクでツヌリング旅行をしおいたらしかった。
    五月十五日に出発し、䌊勢ぞ向かったずいう。

    そこから先は、遥奈が口にする地名が、麻衣子の頭の䞭で地図になっお広がっおいった。
    フェリヌで埳島ぞ枡り、束山ぞ行き、「したなみ海道」を枡っお束江や出雲ぞ。
    岡山にも立ち寄り、沌接たで回っお、六月十二日頃に垰っおきたらしい。

    



    麻衣子には䜕も䌝えないたた、そんな距離をひずりで走っおいた。

    たったく、幎ごろの女の子なのに。倧型のバむクたで乗り回しお  

    倫であり遥奈の父であるダンが、バむクをやめなかったからだず麻衣子は思いたかったが、それが理由ではないこずにも気づいおいた。

    



    ツヌリングのため手荷物を増やせないらしく、方々で買った土産代わりの名産品を、その郜床、宅急䟿で送り぀けおきた。

    麻衣子が、遥奈が旅に出おいるこずを知ったのは、「赀犏ぜんざい」が送られおきたこずからだった。
    思わず、嚘ぞLINEで連絡を入れた。

    半ば呆れながらも、なぜか腹立たしくも思った。

    倫ずふたりで決めた遥奈ずいう名——䞊品な颚のように自由にどこたでも生きおほしいずいう願いだった——麻衣子には手に負えない颚のようだった。

    



    あれは、遥奈が高校䞀幎生になった六月だった。

    圌女は、突然、バむクの免蚱を取りたいず打ち明けおきた。

    六月、倕方の孊校垰りの道で出䌚った女性ラむダヌに惹かれたらしかった。

    ——遥奈は「癜いタンクに青い線が入ったバむクだった」ずたで蚀っおいた。

    感性が豊かで思慮深い子であったが、その口調からは、ずお぀もない決意のような匷固な意思が感じられた。

    



    麻衣子には、たるで、姉が心から愛した男性ず結婚したばかりか、のうのうず幞せな圢を築こうずする自分ぞの呪いずさえ思われた。

    たずえ、遥奈ぞ反察であるこずを䌝えおも、思いは固く、今、䞀時的に遅らせるこずができおも、い぀か必ず乗っおしたうだろうず感じられた。

    麻衣子ず同様に激しく動揺しおいるであろう、そしお遥奈を愛しお止たない倫の考えや盎感を、信じるしか術はなかった。

    ——あのずき、倫は、遥奈が十六歳になる誕生日前から教習所に通うこずを蚱し、その費甚を出す厳しいずも蚀える条件を瀺したが、遥奈はめげずにやり遂げおしたった。

    



    遥奈は宀内に入っおくるなり、少しバツの悪そうな衚情で
    「送ったお土産がどれも届いたみたいで良かったわ」
    ず口にした。

    麻衣子は、
    「ありがずう、赀犏ぜんざい。矎味しかったわよ」
    「束江の若草も  色々、ありがずう  」
    「倉なカレンダヌも  可笑しくお、声出しお笑っちゃったわ  」
    ず蚀いながら、
    「どうだったの、ツヌリングは」
    ず続けた。

    



    遥奈は、
    「昔、みんなで䌊勢に行ったでしょう。行きたくなっちゃっお」
    「䌊賀の組み玐のストラップを買っおきたの」
    「盎接、ママに枡したかったから」
    「お父さんにも、来週あたりに、枡しに行く぀もり」
    ず口にしながら、仏壇のある和宀に入っおいった。

    



    遥奈は、ろうそくに火をずもし、線銙に火を぀け、銙炉の灰に挿した。
    癜い䞉筋みすじの煙が、たっすぐ立ちのがっおいた。

    遥奈は、じっず仏壇に祀られおいる䜍牌を芋぀めおいた。

    しばらくしお、手を合わせお目を閉じ、口元が小さく動き、
    「ただいた」
    ずいう呟きがした。

    颚もないのに、䞉筋の煙が暪に靡いた。

    



    あの子が仏壇に手を合わせるなんお  

    䞀緒に暮らしおいたころには、目にしたこずもない光景だった。

    麻衣子は、心の底を芋透かされたような思いにかられた。

    仏壇には
    『慧光院芳玔真理倧姉』
    ず曞かれた、姉・真理子の䜍牌もあった。

    ——姉の祥月呜日だった。

    



    遥奈は埮笑みながら居間のテヌブルに戻り、麻衣子が淹れた緑茶を口にしながら旅の話を続けおいた。

    遥奈は、ひず぀の堎所に数日滞圚しおは、気になったずころに出向いおいたようだった。
    奥出雲や亀嵩かめだけにも行ったらしい。

    読曞や映画が奜きな麻衣子が、高校生だった遥奈に勧めた『砂の噚』の圱響のようだった。

    



    遥奈が高校生のずき、倏䌑みの宿題で読曞感想文か映画感想文を曞く課題があり、䜕にしようか悩んでいたので、麻衣子が勧めたのだった。
    自分に䌌たのか、本や映画が奜きな子だった。

    ——䞍治ずされおいた病に眹った父芪が村を远われ、幌い息子ずふたりで攟浪しおいたが、病状が悪化し、奥出雲の亀嵩ずいう村で保護され、父ず子が匕き離される。

    物語は、そこから二十幎あたりの時を経お起きた出来事を描いおいた。

    遥奈は小説も読んでいたが、映画にひどく感動したらしかった。

    ——亀嵩の村で、隔離療逊斜蚭ぞ向かうため、父芪が暪たわる倧八車が駐圚所の前を通る。
    巡査の配慮で倧八車が停たる。

    駐圚所で保護されおいた幌い息子が、涙をこらえながら固い衚情で父芪を芋぀めおいる。
    息子に気づいた父芪が半身を起こし、息子を芋぀める。

    倧八車が去った埌、息子が意を決したように駐圚所を飛び出し、父芪の埌を远いかける。
    朚次線・亀嵩駅のホヌムで列車を埅぀父芪が、遠く線路䞊を走っおくる息子に気づく。

    父芪は病んだ身䜓を抌しお、よろめくように息子に駆け寄り、抱き合う。
    それが最期だった。

    



    遥奈は、こうした堎面を䞭心に、成長しおからも子にずっおは、芪を慕う気持ちの原颚景がかけがえのなく残り続けるこずを曞いおいた——それが、぀らい旅の䞭でのものであっおも  。

    高校生には思えない感性だった。

    



    遥奈が曞いた感想文は孊内コンクヌルで優勝し、その幎の文化祭でも掲瀺されおいた。

    遥奈が䜜家を志したのは、おそらくそのこずがきっかけだろうず麻衣子は感じおいた。

    麻衣子には、遥奈の䞡芪ぞの思慕の想いに觊れたようで、感想文を涙を抑えられず読んだ蚘憶があった。

    ただ、遥奈はバむクも奜きで、これには
    ——危ないのに。たったく、もう  
    ずいう思いだった。

    



    沌接では柿田川湧氎も蚪れたようだ。
    遥奈が䞭孊生のころ、倏に家族で蚪れた堎所だった。

    枟々ず湧き出る氎が涌しげで、悠久の富士の恵みを感じさせ、喉の枇きを癒やすようだった。ダンず遥奈がふざけ合いながら少し先を歩き、麻衣子が埮笑みながら芋守っおいた。

    家族䞉人で蚪れたずころばかりに行っお  

    思わず目頭が熱くなった。
    遥奈に぀らい思いをさせおいる埌ろめたさがあった。

    



    遥奈が蚀った。
    「ママ、䜓調はどう」
    「お父さん、い぀もママの䜓調を気にしおいるわよ」

    麻衣子は、別れお暮らす倫の気遣いを嬉しく思いながらも、衚情を厩さぬようにしお、
    「この頃は発䜜もなくお萜ち着いおいるわ」
    「ごめんね、あなたにたで心配させちゃっお」
    ず答えた。

    



    遥奈は、ひずしきりツヌリングの話をした埌、
    「倕食を食べおいきなさいよ」
    ず匕き留める麻衣子に構わず、

    「旅の原皿をいたのうちに自分の蚀葉で曞いおおきたいの」

    「生成AI ——倧芏暡蚀語モデルっお蚀われおいるんだけど——ほんずうに無理なのよ。倧事なずころは人の感性ね。駄目ね、アレは」
    「  なんでもわかっおいるような党知党胜の神様みたいな蚀い方しお  」

    「特に字数が倚い長文、たかだか3000文字皋床を読たせおも、ひどいものよ  呆れるほどね  」

    「統蚈的な確率でそれっぜく芁玄しおるだけだから、実際は、曞かれおいるこずさえ、正確に読めおいないのよ」

    「誀字や脱字の発芋も、限界があるわね  」

    「たあ、壁打ち盞手にもならないわ  それに、あの勝手に創りたがるクセっお、醜いほど  」

    「AIによる誀った情報の䜜成っお——気取っおハルシネヌションっお蚀うんだけど——あれっお単に蚭蚈䞊や仕様䞊の必然の欠陥なのよね  」

    「原理を考えれば、わりず容易に気づけるんだけど  バグずいうより、䞍可避の特性ね  」

    「  軌道修正したりする孊習胜力もないのよね  」

    「ただ、あたしも少し䌌おたのかも  芋えおるこずだけで考えお  お父さんに  無神経なこずを蚀っおた  」
    ず静かに呟いお垰っおいった。

    



    麻衣子も自身のスマヌトフォンに生成AIアプリを入れおおり、料理のレシピずか簡単な謝瀌文䜜成のためには䜿っおいた——ただ、麻衣子も、遥奈の蚀うこずにはなんずなく頷けた。

    ——実際、䌚話ずいうか、遣り取りが噛み合わないこずや、こちらの質問を文字通り読めおいないのではないかずか、質問を掚論的な思い蟌みで捉えおいるず感じられるこずは、よくあった。

    旅の途䞭で、䜕かがあった  の  
    ずも感じられた。

    



    「ママ、具合が悪くなったら、あたし倜䞭でもすぐ来るから。ちゃんず連絡ちょうだいね」
    ず蚀い残しお。

    麻衣子を䞍意に襲う過呌吞発䜜を気遣っおのこずだった。

    嚘が無事に垰っおきた安堵感が蟌み䞊げ、い぀の間にか腹立たしさも消えおいた。

    



    遥奈が走り去るバむクの゚ンゞン音が、䜎く静かに遠ざかっおいった。

    テヌブルに眮かれた、黒地に金色の现いストラむプ暡様の組み玐が、涙で滲んでいた。
    暪には、「鳥取・島根の自虐カレンダヌ」が静かに眮かれおいた。

    ———

    第二章 あの時の秘密


    遥奈が蚪れおきた日の倜、い぀もず異なり、穏やかな気持ちだった。

    明け方、倢を芋た。
    姉の真理子が埮笑みながら「麻衣子」ず声をかけおきた。
    懐かしさでいっぱいになり、「お姉ちゃん」ず声をかけようずしたが、声を出すこずができなかった。

    目が芚めた。

    



    幌いころから仲の良い姉効だった。
    姉はい぀も麻衣子に優しく、なんでも話しおくれた。

    䞭孊生だった姉からよく聞かされたのは、同じクラスに気になる男の子がいるずいう話だった。

    二぀幎䞋の麻衣子にずっお、䞡芪に内緒で姉の恋話を聞くのは楜しいこずだったし、自分も早くそんなふうになりたいずいう憧れも抱いた。

    



    䞭孊生のころからバドミントンなどのスポヌツに汗を流す姉ずは察照的に、スポヌツは苊手ではなかったが、麻衣子は読曞や映画を芳たり、音楜を聎いたりするこずを奜んだ。

    高校は、姉が通っおいるのず同じ県立高校だった。
    姉が䞉幎生のずき、麻衣子が䞀幎生だった。

    ふたりは双子かず思うほど䌌おおり、高校でも矎人姉効ず噂され、麻衣子を真理子ず誀解しお声をかけおくる䞉幎生の男子もちらほらいた。

    



    高校生のころも、倧孊ぞ進孊しおからも、姉がよく麻衣子に蚀っおいたのは、
    「なかなか、いいなず思う男の子がいなくお」
    ずいう、恋話ずいうよりも愚痎に近い話だった。

    ただ、麻衣子にずっおは奇劙な芪近感ずいうか、安心感があった。

    姉は、倧孊生になっおからも、䞭孊二幎生のずきに同玚生だった、ある男の子を忘れられないようだった。

    



    そんな姉だったが、倧孊二幎が始たった春ごろだった。

    姉が麻衣子にずおも嬉しそうに打ち明けおきたこずがあった。
    ——䞭孊校時代の同玚生で、奜きだった男の子ず、倧孊で偶然再䌚したずいうものだった。

    姉は理由たでは分からなかったようだが、その男の子は県内でも有名な——五本の指に入るくらい——䞍良高校に進孊したらしく、高校生のころ、姉はずっず
    「なんで」
    「もう䌚えない」
    「頭、いいはずなのに  」
    ず、ずっず嘆いお萜ち蟌んでいた。

    本気で萜ち蟌んでいた。
    どうしおも、忘れるこずができなかったようだった。

    



    姉がその男の子ず初めおデヌトをしたずいう日の倜、麻衣子にそっず打ち明けおきた。

    ——「あのね  お母さんずかには絶察に秘密よ」
    「城ヶ島に行っお来たの  」
    「癜い灯台の灯りがずもりだすころ、西の空に䞀番星が茝いおた  倕方の海  綺麗だった  」
    「圌、手を握っおくれたの」
    「諊めなくお、良かった  」
    ず嬉しそうに語っおいた。

    高校生のころには決しお芋たこずがない、ようやく心から奜きな男性にめぐり逢えた女性の、倧人びた幞せそうな衚情だった。

    ——ダンだった。

    ———

    第䞉章    悲しみはただ幟重にも


    梅雚が明けたかのような蒞し暑い日だった。

    過呌吞やパニック障害のため、自宅近くにある心療内科クリニックに定期的に通っおおり、その受蚺日だった。
    ひずりで電車に乗るのは、ひず駅でも自信がなかった。

    ——自分自身の䜓調さえも腹立たしく感じられ、そのこずたでもが苛立ちの原因のひず぀のように思えた。

    クリニックは予玄制だったが、少し混み合っおいた。
    埅合宀の゜ファヌに座っお蚺察の順番を埅っおいた。
    適床に調敎された空調が心地よく、うずうずしおいた。

    



    姉の真理子が、バむクに跚っおいる。
    ヘルメットの襟足から流れる長い髪が陜に照らされ、金色に燊めいおいた。
    ——幟床も目にした光景だった。

    バむクにはたったく興味がなかった麻衣子にずっおも、姉がバむクに跚っおいる姿は栌奜いいず感じられた。
    劖艶な矎しさだず思った。
    麻衣子には詳しいこずはわからなかったが、癜いタンクに青いストラむプがあった。

    自分には怖くお、そこたでの勇気はなかった。

    



    ただ、姉がバむクでどこかぞ行っおきたずいう話は、麻衣子にずっおも新鮮で、楜しいこずだった。

    姉効ふたりきりのずき、姉はダンのこずもよく話しおくれた。
    恋愛や亀際は、文字どおり姉が先茩だった。
    麻衣子もわくわくしながら聞き、憧れや、すこしの矚たしさもあった。

    



    姉が初めおダンを䞡芪や麻衣子に玹介した日、麻衣子も初めおダンず蚀葉を亀わした。
    麻衣子は二十四歳だった。

    ふたりは「結婚したい」ずいうこずで、ダンが䞡芪に挚拶に来たのだった。

    ずおも感じの良い、姉ず同い歳の男性だった。
    姉が奜きになったのも自然だろうず思えた。

    



    姉は屈蚗なく玹介した。
    「麻衣子、い぀も話しおるダヌちゃん」
    「ダヌちゃん、効の麻衣子」

    ダンは、姉効があたりに䌌おいるこずに少し戞惑った様子だったが、すぐに打ち解けお話しかけおくれた。

    ——ダンは埮笑みながら、
    「い぀も、お姉さんからお話を䌺っおいたす」
    ず䞁寧に蚀っおくれた。
    姉は嬉しそうにダンを芋぀めおいた。

    その蚀葉さえ嬉しかった。

    



    麻衣子も、姉を慈しむ繊现な感性を持ちながら、バむクずいう危ういものを自圚に操るダンに、無意識のうちに惹かれおいた。

    このずきから、ダンは麻衣子にずっおも特別な存圚になっおいった。
    姉から聞くふたりの話が、劙に具䜓的な生々しい珟実を䌎った出来事ずしお受け止められおいく自分がいた。

    䞡芪にふたりの結婚を吊む理由などなく、ダンを気に入り、ずおも喜んでいた。

    麻衣子も、ダンを自然に「お矩兄さん」ず呌ぶこずができた。
    ずおも嬉しく、そしお誇らしかった。

    い぀かはダンのような男性ず  
    そう思っおいる自分がいた。

    ただ、そのころは、
    早くダンのような玠敵な男性が珟れたら  
    ずいう思いだった。

    



    ——「諞星さん、諞星さん」

    クリニックの職員が、蚺察の順番が来たこずを告げおいた。

    い぀も芋る倢だった。
    姉の倢だった。
    あのころの幞せそうな姉が、いたもすぐ傍にいるような倢だった。

    そしお、倢の䞭で、姉はい぀も優しく麻衣子に呌びかけおくれおいた。

    そんな倢だったせいか、麻衣子は問蚺をする医垫に答えながらも、心には別の光景が浮かび䞊がっおいた。

    姉の事故があった日のこずだった。
    今でも鮮明に芚えおいる。

    



    倜、自宅の電話のベルが鳎った。
    電話に出たのは麻衣子だった。
    電話の呌び出し音は、今でも苊手だった。
    ——胞が締め぀けられる。

    電話は戞塚譊察眲からだった——姉が運転するバむクがどこかの亀差点で車ず衝突し、姉が倧船の総合病院に救急搬送されたずいう。
    意識がなく危険な状態であるずも。

    父が運転する車で、䞡芪ず䞉人で病院ぞ駆け付けた。
    忘れたくずも、離れおいかない光景だった。

    



    凊眮宀の前には、制服姿の譊察官がいた。

    既に医垫はひずずおりの手を尜くしおくれおいたようで、党身打撲でずおも危険な状態であるず説明しおいたが、頭には入っおこなかった。

    凊眮宀に入った。

    倧奜きな姉であり、麻衣子を誰よりも信頌し、理解しおくれおいた。
    家族を明るくしおいた姉が、静かに暪たわっおいた。

    䞡芪が声をかけおいた。

    麻衣子も泣きながら、
    「お姉ちゃん  」
    ず声をかけた。
    涙が止たらなかった。

    姉の口が「ダヌちゃん」ず動いたように芋えた。

    医垫が凊眮宀の倖ぞ出るよう促した。

    医垫から、姉が亡くなったこずを告げられた。

    珟実を芋おいる感芚がなかった。
    悪い倢であっおほしいず思った。

    父は気䞈に振る舞っおはいたが、ダンに公衆電話から連絡を入れた盎埌、その堎で泣き厩れおいた。

    ———

    第四章 鏡の迷路のように


    家の䞭は、たるで火が消えたようだった。
    䞡芪はテレビすら぀けようずはしなかった。
    䞡芪も麻衣子も、口数が少なかった。

    䜕かを蚀葉にすれば姉の話になっおしたう。
    そのこずが华っお鋭い刃ずなっお、傷を抉り出すように感じられた。

    ただ、毎月、姉の呜日になるず、ダンが自宅を蚪れおきおくれた。

    



    ダンは姉を忘れられない様子だった。
    だが、䞡芪や麻衣子にずっおも、ダンず接するこずは、どこか姉の面圱に觊れられる思いでもあった。

    呜日だけではなかった。
    新盆はもちろん、圌岞の墓参り——湘南霊園だった——にも䞀緒に出向いおくれた。

    䞀緒にいおくれるこずに、どれほど力づけられおいたのかわからない。

    



    母などは、居もしない長男でも芋おいるかのような県差しだった。

    そんな母の姿を芋おいる父も、嬉しそうだった。

    䞡芪も、自分も、あのころ、ダンの行動にどれほど心が救われたかわからない

    姉が遞んだ倧切な男性ずいうこずが、䞡芪や自分自身にずっお、誰よりも身近な存圚ずなり、もっずも匷い支えになっおいた。

    



    䞀方で、姉の圱に匕き寄せられるように、ダンに惹かれおいっおしたう自分もいた。
    「姉は死んだ  」ずいう酷い思いが心に浮かんだこずがないず蚀えば、嘘になる。

    ダンは自分に姉を重ねおいるかもしれない。
    そう思った。
    その芚悟はあった。

    



    倜、父が自宅で吐血しお倒れた。

    思わず、ダンの家に電話を入れおしたった。
    泣きながら、お矩母さんに、父が近くの囜立病院ぞ救急搬送され入院したこずを䌝えた。

    お矩母さんは、「ダンを盎ぐに行かせる」ず優しく声をかけおくれた。

    ダンが父の運ばれた囜立病院ぞ来た。
    ここは実家の近くにあり、元は海軍病院だったが、戊埌は囜立病院ずしお高床医療を担う地域の基幹病院ずなっおいた。

    



    ダンの姿を芋るや、廊䞋で思わず駆け寄り、しがみ぀いおいた。

    ダンは家から走っお駆け付けおくれたようだった。
    ――激しく脈打぀錓動を感じた。

    このずき、麻衣子は初めお自身の思いの深さに気づいた。

    父が亡くなった埌も、姉の呜日になるず、ダンは母や麻衣子を気遣っお蚪ねおきおくれた。

    ダンは、私のこずも芋おくれおいる

    そう感じられた。

    



    ダンず麻衣子は互いに惹かれ合い、結婚した。
    ただ、自分だけが恵たれお本圓にいいのかずいう埌ろめたさがあった。
    眪の意識ず蚀い換えおも、蚀い過ぎではなかった気がする。

    かずいっお、ダンから遠ざかるなど、ずおもできなかった。

    ——姉が誰よりも愛した、姉の婚玄者だった男性ず。

    どこかで、姉の死を望んでいたのではないかずいう眪悪感さえあった。

    



    ダンず結婚し、遥奈が生たれた。

    母は手攟しの喜びようだった。
    ——「幌いころの真理子によく䌌おいる」ず、い぀も蚀っおいた。
    性栌も、掻発な行動傟向も。

    



    そんな母も、遥奈が䞀歳になった幎の冬、突然の脳梗塞で倒れ、亡くなっおしたった。

    自宅で倒れおいたのを、近所の仲の良い方が回芧板を届けに来お発芋したのだった。

    



    遥奈はだんだんず成長し、幌いころから真理子の生き写しのように映った。
    ——姉効が幌かったころの景色を芋おいるようでもあった。

    ダンが遥奈を可愛がる様子を芋るず、「姉ずダン」を芋おいるような思いがした。
    胞が苊しくなった。

    ——姉から「あざずい女」「もっず苊しみなさい」ず蚀われ続けおいる気がした。

    違う。そんなこずではなかった  
      互いに、惹かれ合っお  

    そう信じおいた。

    ただ、幌い嚘に察しおさえ、嫉劬に䌌た感情や埌ろめたさを抱くようになっおいた。

    



    最初は、倜、息苊しさや冷や汗に襲われ、「死ぬかもしれない」ず思った。
    筋肉が硬盎し、動けなくなった。

    思わず救急車を呌んでもらい、ダンも幌い遥奈を連れお䞀緒に救急車に乗り蟌んだ。

    ——過呌吞の発䜜だった。

    



    䞭孊生や高校生になった遥奈は、人目を惹く嚘ぞず成長した。
    母芪ずしおは誇らしかったが、その姿は、あのころの姉ず重なった。

    ダンの蚀動のすべおに姉を重ねおしたう自分がいた。
    姉の事故の日の光景が離れず、気持ちを苛んだ。

    幞せであればあるほど心が苛たれ、苛立ち、ダンにも匷い口調で圓たっおしたった。
    そのような光景を目のあたりにしおいる遥奈にも぀らい思いをさせおいた。

    もう二床ず倧切な家族を喪くしたくないずいう思いが、麻衣子を占いや方䜍取りに瞋らせた。
    遥奈には姉の悲劇を知るこずなく生きおほしいず願った。

    



    遥奈が高校生のずき——ダンず遥奈が浜名湖のラむディングスクヌルでの緎習を終え、その近くにあるずいう、日垰り枩泉に寄っお、倜遅く垰宅する。

    ふたりが仲良くバむク緎習の話をしおいる。
    埌茪の荷重をどうするずか、セルフステアがどうずか、手はステアリングに添える皋床だずか  。
    ——䜕を蚀っおいるのか、意味はわからなかった。ただ、矚たしくもあり、その楜しげな様子には嫉劬もあった。

    だいたい、バむクのステアリング——ハンドル——っお、䞡手で力匷く、しっかり握り蟌むんじゃないの  でないず危ないじゃないの  ずさえ思った。
    ——ふたりは、䞊䜓や腕は脱力させ、力を入れない自然䜓が倧切なんだ  バむクの動きに委ねるのが  ず教えおはくれたが  。

    そんな嫉劬のような思いを抱く自分を責めたり、苛立ったりさえもした。

    姉ずよく䌌おいる自分の姿さえ、芋るのが苊しかった。
    ——どこに目を向けおも、そこに姉がいるような、四方を鏡で囲たれた郚屋に迷い蟌んだようでさえあった。

    



    遥奈がツヌリングでひずり蚪れおいた堎所は、遥奈にずっお、芪子䞉人が揃っおいたもっずも幞せな日々なのだろう。

    たずえ、自分が苛立ちからダンを責める堎面があったずしおも。

      遥奈には、ずっず䞍憫な思いをさせおいる

    映画『砂の噚』で、父の病が原因で村を远われたずはいえ、名前すら倉え過去を捚おた和賀英良が、䜕十幎経っおも父ずの旅の䞭での觊れ合いをかけがえのないものずしお抱え続けおいたように  。

    自分は䜕をしおいるんだろう  

    麻衣子は、そう思い始めおいた。

    ———

    第五章 思い眮き忘れたたた


    倏も本栌的になっおきた䞃月の䞭頃だった。
    別れお暮らしおいる倫から、LINEが入っおいた。

    倫であるダンは、䞀、二カ月に䞀床は実家がある暪浜の倖れたで、幎老いた䞡芪の様子を芋に出向いおいた。

    その折、今は空き家ずなっおいる麻衣子の実家を蚪れおは、宀内の空気を入れ替え、掃陀たでしおくれおいた。

    圌は、䞀緒に暮らしおいたずきも、さり気ない気づかいが倚く、自分がしおいるこずを倚く語るタむプの男性ではなかった。

    LINEには、こう曞かれおいた。

    「お矩母さんが倧切にしおいたず思われる、千代玙で化粧された箱がありたす」
    「写真やアルバムが入っおいるようです」
    「差し支えなければ送りたすが」

    あっさりずした文面だった。

    



    以前から実家の母の郚屋にあったものだ。
    ——母が写真やアルバムを入れおいた矎しい箱だった。

    母が生きおいるころから知っおはいたが、ダンず結婚しおからは倚摩で暮らし、遥奈の子育おにも远われ、い぀の間にか意識の倖にいっおいた。
    眮き忘れおいたものだった。

    麻衣子は、短く返した。

    「連絡を入れおくれおありがずうございたす。送っおいただけたらず思いたす。お手間をかけたすが、お願いしたす」

    



    ダンからLINEがあった倜、姉の倢を芋た。

    姉が䞭孊二幎生で、麻衣子が小孊校六幎生の倏䌑みだった。
    父が運転する車で、家族で䞋田ぞ行った。
    癜い砂ず゚メラルドグリヌンに茝く海が印象的な海氎济堎だった。
    倧勢の人で混み合っおはいたが  。

    倜、旅通で、垃団が敷かれた郚屋で姉ず枕を䞊べお暪になっおいた。
    姉は気になる男の子——ダン——の話を、嬉しそうにしおいた。
    ——「倏䌑みで、ダヌちゃんに䌚えないのが寂しいな  」

    䞭孊生っお倧人なんだなっお思った。
    麻衣子は、単玔に、倏䌑みっお長いほど楜しいじゃない  っお思った。

    



    遥奈がツヌリング旅から垰っお来おから、これたでになく姉の倢をよく芋る  

    たるで、姉が䜕かを䌝えようずしおいるようにも思えた。

    そう感じられた。
    ただ、昔から、倢で逢う姉は、なぜかい぀も優しかった。

    



    数日埌、アルバムが入っおいる矎しい拵えの化粧箱が届いた。
    䞁寧に梱包されおいた。
    ダンがしおくれたのだろう。

    その倜、
      䞋田ぞの家族旅行の写真もあるかしら  あの癜い砂浜の  
    ず思いながら、麻衣子は千代玙で食られた箱を開けた。

    厚手のアルバムに挟たれお、浅葱色あさぎいろの柔らかい合皮補のファスナヌ付きノヌトケヌスがあった。
    ケヌスの䞭には、二冊の倧孊ノヌトが入っおいた。

    



    亡き母の日蚘だった。
    浅葱色——母が若いころから奜きだった色だ。

    䜕幎も経っおいるはずなのに、色耪せた感じがしなかった。
    たるで、い぀か、麻衣子に枡せるように母が甚意しおいたもののように思えた。

    



    姉の事故をきっかけに、母が曞き始めたものだった。
    ——幌いころからい぀も目にしおいた、懐かしい、母の達筆な文字が䞊んでいた。

    父や麻衣子の様子、ダンが蚪ねお来おくれおいるこずが綎られおいた。

    父が吐血しお入院しおから、母は、毎日倕方、病院ぞ通っおいた。
    入院は、ひず月にも満たなかった。

    



    父が亡くなる数日前の日のこずだった。
    芋舞いに蚪れた母に、父が語った蚀葉だった。

    ——「このごろ、真理子が倢に出おきおは蚀うんだ」
    「ふたりは私のせいでお互いの気持ちを閉ざしおいるの。お父さん、麻衣子ずダンを幞せにしおあげお、ず蚀われた  」

    



    父は、残された嚘・麻衣子、そしお劻を、倢の話などには䞀切觊れず、自らの蚀葉だけでダンに蚗し、安堵しお逝ったようだった。
    ——あの頃、ダンず麻衣子のふたりの様子から、父なりに感じおいたものがあったのだろう。

    きっず、父の願いのような思いだったのだろう。
    ただ、そのころはたったく知らなかった、父の優しい思いやりに觊れ、涙が溢れおきた。

    



    しかし、そんな麻衣子の思いは、根底から芆されるこずになる。

    日蚘は続いおいた。
    ——目で远っおいる母の文字が、涙で滲んでいた。

    それは、母が亡くなる数日前に綎った文字を目にしたずきだった。

    



    麻衣子は、父が芋たずいう倢が、ただの倢を語っおいたのではないこずを知り、心が震えた。
    ——日蚘の最埌に綎られおいた文章だった。

    母が死ぬ数日前に、そしお明らかに麻衣子に向けお遺した蚀葉だった。

    母が、亡くなる盎前になっお、意味も䜕も知らぬたた、日蚘に綎っおいた蚀葉を目にした時だった。

    ——嘘でしょ  どうしお、父が  
    こんなこずっお  
    ずいう思いずずもに、姉がずうっず、圌方から父を通じお、麻衣子に声をかけ続けおいたこずを知り、涙がずめどもなく溢れおきた。

    もはや、涙は止たるこずを知らなかった  。

    



    そのずきだった。
    ——「やっず、気が぀いおくれたのね  あの人のこず  救っおくれたの  あなたよ」

    仏壇のある和宀から、姉の懐かしい優しい声が聎こえ、麻衣子の涙を拭うように、どこからずもなく颚がそよいだ。

    ———

    第六章 远憶の欠片かけら


    麻衣子は遥奈を、䌊勢神宮ぞの旅に誘った——ふたりで出掛けようず。
    なぜか、あそこなら、姉や、そしお母にも、觊れられるように感じられた。
    ——遥奈が高校生のずき  家族䞉人で蚪れたずきもそうだった。

    



    母ずふたりで旅行に出向く機䌚は、぀いに持おなかった。
    母には申し蚳ないこずをしたず、ずっず感じおいた。

    それは、遥奈に察しおも同じだった。

    



    麻衣子は、亡き母が遺しおくれた浅葱色のノヌトケヌスに入った日蚘を持っお来おいた。
    ——ふたりの嚘を持ちながら、母を、女䞉人での旅行にすら連れお行けなかった。
    姉も、自分も、母には䜕もしおあげられなかった——ずんだ芪䞍孝だず思った。

    遥奈はふたりで旅に出るこずを、驚きながらもずおも喜んでくれた。
    ——嬉しそうだった。

    



    広堎恐怖症ずいっお、人混みに限らず、飛行機や列車のような閉ざされた空間だず䞍安になり、過呌吞の発䜜を起こしやすい。
    ただ、近くに信頌しおいる芪しい人がいるず、幟分ではあるが発䜜を起こしにくいず感じおいた。
    麻衣子にずっお、それは遥奈か、ダンであった。

    遥奈がいおくれるなら、䌊勢たで行ける——そんな自信も出おきた。

    



    八月の初旬も過ぎたころ、麻衣子は、遥奈ずふたりで、䌊勢ぞ出掛けた。
    ——東海道新幹線で名叀屋たで行き、近鉄線の圚来線に乗り換え、䌊勢垂駅に行く。

    䌊勢垂駅に着いおからは、遥奈が運転するレンタカヌで移動した。

    前日の午埌には到着し、遥奈ずふたりで倖宮に参拝した。

    倜は、あの日、家族で泊たった「斎王の宮」ホテルに宿を取った。

    母ず嚘のふたりきりで、初めおの旅の倜だった。

    



    翌日の午埌、お盆も近く、芳光客で混み合う「おかげ暪䞁」を遥奈ず肩を䞊べおゆっくり散策しながら、倖偎の鳥居ぞ向かった。

    ずころどころの土産物店の店先に、華やかな䌊賀の組玐が䞊べられおいる。
    そのきらびやかな色圩が、麻衣子にもあの日を思い出させた。

    鳥居の前で䞀瀌し、端を歩いお宇治橋を枡る。

    五十鈎川——埡裳濯川みもすそがわずも呌ばれ、内宮の西の端を流れ、䌊勢の海に泚いでいる。

    橋の䞭ほどで立ち止たり、欄干から䞋を流れる川面を芋た。
    湧氎のように柄んだ氎だった。

    



    昚晩、ホテルの郚屋で、遥奈から思いがけず告げられた話が思い出された。

    この䞃月、遥奈はひずりで「暪浜のお矩母さん」を蚪ねたずいう。

    バむクなら、囜道1号線を南䞋し、原宿の亀差点を巊折しお、少し先で南東ぞ入る。しばらく走ったあたりだ。
    麻衣子の実家も近くにあり、遥奈が走った道はおおよそ芋圓が぀いた。

    その原宿の亀差点から続く道の先に——玄2キロほど先に——姉があの事故で呜を萜ずした田谷の亀差点があった。

    䜕の倉哲もない田舎町の亀差点だったが——麻衣子には、あの日以来、そしお倚摩で暮らすようになっお離れおからは䞀局、近づくこずすらできなかった。

    ダンの実家は、田谷の亀差点から盎線距離で玄1キロほど離れた凊だった。

    遥奈の行動力は、どう芋おも「姉譲り」だった。

    



    倕方、玄関ベルを鳎らすず、お矩母さんが出おきた。
    遥奈ずは二十幎近く䌚っおいなかった。

    ひず目芋るなり、
    「遥奈かえ」
    ず涙ぐみ、すぐ家に招じ入れた。

    遥奈が「おばあちゃん  」ず呌ぶず、
    「䜕も蚀わんでええ」
    ず蚀いながら、ただただ
    「お母さんの加枛はどうじゃ」
    ず麻衣子の䜓調を気づかっおくれおいたずいう。

    



    家にはお矩父さんもいた。
    お矩母さんが遥奈の話し盞手になり、お矩父さんがお茶を淹れおくれる。
    ダンの実家では、昔からよく目にしおいた光景だった。

    遥奈は、お矩母さんず姉・真理子の話もした。
    あの事故の倜、お矩母さんずお矩父さんもダンず䞀緒に病院に駆け぀けたこずも——。

    あのずきの麻衣子さんずご䞡芪には、慰める蚀葉さえ芋぀からなかった  ず。

    



    「あの事故があった田谷の亀差点は  ここからほんの先なんじゃよ  わたしらも、倜、倧船の総合病院に駆け付けるずき、䜕も知らずに車で通っおしたった凊なんじゃ  」

    「この蟺りから倧船の総合病院ぞ向かうには、あの亀差点を通るしかなかったんじゃ  」

    「麻衣子さんや、ご䞡芪も、そうだったず思うぞ  」

    「埌で、わかったずきは、口惜しいやら、酷いこずをしおしたったやらず、ずうず思うおお  」

    「麻衣子さんがこっちの方ぞ来れん気持ちはようわかる  ほんに仲のよい姉効じゃったから  」

    お矩母さんは、涙ぐみながら、そう告げたずいう。

    



    父が倒れ救急搬送された倜のこず——お矩母さんは少し埮笑みながら蚀ったそうだ。

    麻衣子が思わず、ダンの実家に電話をかけおしたった倜のこずだった。

    ——「あの倜、ダンのダツは狌狜えおのお  。『麻衣ちゃんの傍そばにいおあげなければ  』っお蚀いながら家を飛び出しおいきよったんじゃよお  颚呂から䞊がったばかりでパンツも履かずに  あっ、服は着おた  はずだぞ  たぶん  」

    



    それから䞀幎ほど経ったころ、ダンが
    「麻衣子さんず結婚しようず思う」
    ず䌝えおきたずきは、本圓に安堵したず語った。

    ——「あれも、あのころから麻衣子さんに惹かれおたんじゃな  」

    



    さらに、お矩母さんは続けた。

    「あい぀は  高校䞉幎生だった秋  仲の良かった友達がバむク事故で死んでおな  そのこずを真理子さんに蚀えなくお  䌝えおいたら、䜕かが違ったはずだった  ずい぀も蚀っおおった  」

    「ずっずえらく責めおお  い぀死んでもおかしくないような  そんな息子を救っおくれただけでなく、こんなに綺麗な孫たで授けおくれお  。麻衣子さんには感謝しきれないんじゃ  」

    



    「  麻衣子さんにも、亡くなった真理子さんにも、よう䌌おいる  」

    ——「あい぀が真理子さんず結婚するこずになっおから、真理子さんず䞀緒によく麻衣子さんもここに遊びに来おいたんじゃ。仲が良くお楜しそうだった。いっぺんに綺麗な嚘がふたりもできた気持ちじゃった  」

    「そこにいる祖父さたも、そうじゃ」

    お矩父さんは、ただ静かに孫嚘の湯呑みにお茶を぀ぎ足しおくれおいた。

    ———

    第䞃章 いたも君が珟ここにいるようで

    宇治橋の䞭ほどに䜇みながら、欄干から䞊んで川面を芋぀める麻衣子ず遥奈の長い髪が、午埌の陜に反射しお金色に燊めいおいた。

    ふたりは欄干から離れ、内偎の鳥居に向かっお、ゆっくりずした歩みを進める。

    参拝を終え、橋ですれ違う参拝客らはどの人も、橋を枡る、ずおも矎しい、よく䌌た女性の姿に、はっずしお芋惚れるかのような衚情だった。

    そしお、みな、すれ違っお振り返った埌、銖を傟げおいた。

    



    亡き母の日蚘で——最埌に綎られおいた蚀葉が、ふず麻衣子の心に蘇った。

    母が亡くなる数日前に曞いたものだった。

    ——「麻衣子ぞ。あなたがこれを読んでいるずき、私はもうお父さんや真理子のずころだず思いたす」

    そう曞き出されおいた。
    そしお続いた。

    ——「あれは、お父さんが亡くなる日の倕方でした。最初は、お父さんのただの倢だず思っおいたした。でも、今は、そうではなかったず思っおいたす」

    入院䞭の父が亡くなる日の倕方、芋舞いに蚪れた母に語った話だった。

    ダンが父を芋舞った埌、父が最期に芋お、母だけに語った倢だった。
    その倜、父は亡くなった。

    



    ——倏の倕暮れ時  
    土産物店が䞊ぶ现い通りを、父が真理子ず䞊んで歩いおいた。

    最初、父にはどこなのかはわからなかった。

    ただ、现い通りを進んで右に折れるず、小高い䞘ぞず続く階段があった。

    ふたりで昇るず、すぐ癜い灯台が珟れた。
    目の前には海が広がっおいた。
    遠く西には、日没盎埌の䜙光で浮き䞊がった䌊豆半島や富士の島圱が芋えたずいう。

    父はそこが䞉浊半島の先端にある城ヶ島だずわかったようだった。

    灯台の灯りが青癜く燈り始め、西の空の䜎い䜍眮で、惑星がひず぀、瞬かず静かに光り始めた。

    ——宵の明星だった。

    



    父は真理子ずふたりで肩を䞊べ、南の倪平掋、そしお西に広がる盞暡湟の海を芋おいた。

    真理子がそっず父に告げた。

    ——「お父さん、ごめんなさい。あんなこずになっおしたっお  」

    「ここはね、ダヌちゃんずふたりで初めお来たずころなのよ」

    「  宵の明星ね  もう西の空に沈むわ  」

    「先に逝っおいるわね  でもね  倜の季節ずきを超えお、明けの明星になっおひずきわ明るく茝くわ——きっずハルナずいう名で」

    「その子はね  私を超えお、届かなかった遥か先を自由に歩んで行くわ  麻衣子から受け継ぐ矎しい感性ず䞀緒にね  」

    「埅っおいるわね  お父さん  」

    



    母が最期に綎った蚀葉があった。

    ——「遥奈が生たれ、あなたたちがふたりで決めた名を聞いたずき  私は耳を疑いたした」

    「あの日、お父さんは、はっきり『ハルナ』ずいう蚀葉を口にしおいたの  」

    「今倜、真理子のずころぞ逝くずも  」

    「  どうしおも、真理子がお父さんに頌んだずしか思えないの。だから、あの子ができなかったこず、あなたがしおあげなさい」

    



      父が、ただ芋ぬ孫の名を口にしおいた  そしお  

    ——母が、最期の最期に、懐かしい文字で曞き残しおくれた蚀葉  。

    なんずも蚀えない䞍思議さず、母の優しさが、胞の奥に静かに広がった。

    



    姉がダンず初めお蚪れたのは、城ヶ島の灯台だった。
    あの日、ふたりは、宵の明星が茝く倕空の䞋、灯台がある䞘から海を芋おいた。
    ——遠い日、姉効の秘密の話ずしお姉から告げられた蚘憶があった  父や母が知るはずもないこずだった。

    お姉ちゃん  
    麻衣子は涙ぐみながら歩き出した。

    姉は、遠いあの日から——远憶の圌方から——、ダンに惹かれおしたい、たるで出口が芋぀からない迷路に入り蟌んで立ち尜くし、自らを責め続けおいる麻衣子を、ずっず呌び止めおくれおいた。

    



    橋を枡り終え、内偎の鳥居の前で立ち止たる。
    遥奈が嬉しそうに暪に䞊んだ。
    ふたりで静かに頭を䞋げる。

    内宮の参拝の前に埡手掗堎みたらしで身を枅めるため、川原ぞ降りた。

    間近で芋るず、流れは思ったより速い。

    



    麻衣子は川蟺にしゃがみ、手を氎に差し入れた。

    冷たい氎が指先を抌し返し、手のひらに絡みながら流れおいく。
    その冷たさが胞の奥たで䌝わる。

    透きずおる氎が、淀んでいた心の柱を静かに匕き剥がし、掗い流しおくれるようだった。

    午埌の陜を受けた川面は、姉が「自信を持ちなさい」ず励たしおいるかのように力匷く流れおいる。

    長い間抱え続けおいた思いを、川の流れの先で䞡芪や姉が受け止めおくれおいる——そんな気がした。

    



    涙で霞む芖界の䞭、燊めく氎面から、姉が「麻衣子」ず埮笑んでいた。

    麻衣子は姉を芋぀めながら静かに立ち䞊がった。
    金色の燊めきの䞭で、姉は麻衣子を芋぀めながら優しく頷いおいた。

    ——姉は、自らが愛した人の未来を救い、長いぬばたたの倜の季節ずきを䞀緒に生きおくれた効ぞの、感謝を䌝えおいた。

    



    内宮の正宮に向かう参道を、遥奈ず肩を䞊べお歩いおいた。

    すれ違う参拝客らは、前から歩いお来る、ずおも矎しい、よく䌌た、母嚘のようでもあり、幎の差のある姉効のようにも芋える、四人連れの女性の姿に目を奪われおいた。

    そしお、誰もが、すれ違った埌、思わず振り返っおいた。
    ただ、そこには、倏の午埌の朚挏れ日に髪を金色に燊めかせ、肩を䞊べお楜しげに歩く、ふたり連れの女性の埌ろ姿が芋えるだけだった。

    ——誰もが、芋間違いだったのかず思い盎しおいた。

    



    麻衣子は、隣にいる愛嚘を芋お、蚀った。

    ——「今晩、䜕を食べようか」

    手にしおいる浅葱色のノヌトケヌスに付けられた䌊賀の組み玐——黒地に金色の现いストラむプが入った暡様だった——が静かに揺れおいた。

      あの人  あたしが病院で抱き぀いたずき、パンツ、履いおなかったのね  

    ———

    ゚ピロヌグ


    ——埡手掗堎でのこずだった。
    雲が陜差しをかすかに遮り、川の燊めきがふず陰る。

    川蟺を離れようずした麻衣子が、埌ろ髪を匕かれる思いで振り返るず、流れのすぐそばに、真理子があのころの姿のたた䜇み、埮笑みながら麻衣子ず遥奈を芋぀めおいる。

    隣で、遥奈がほんの少し幎䞋の䌯母に向かっお静かに䌚釈をしおいた。

    享幎二十䞃歳。

    ——「麻衣子  」
    「あんた、歳、ずったわね」
    ず、しみじみ。

    「  うるさいわよ」
    涙声で、麻衣子は答え、続けた。

    「あんたにだけは蚀われたくないわよ  」
    「だいたい、あんたがバむクをぶっ飛ばしお、勝手に死ぬから  あずが倧倉で  」
    涙で声が震え、蚀葉が続かなかった。

    「ごめん  この間、お母さんからも叱られた  『遥奈を怖がらせるような出方をするんじゃないわよ』っお  」
    ず真理子  。

    



    ひずり嚘の遥奈には、母ず䌯母の軜口のやりずりが矚たしかった。

    遥奈はふず思った。
    ——今倜、ホテルから父に「明日の倕方、東京駅たで車で迎えに来おほしい」ずLINEを入れようず——麻衣子の䜓調を慮っおのこずだった。

    ——父は喜んで来おくれる。
    たぶん、パンツも履いおくるだろう——束江のお土産で枡した卓䞊カレンダヌを芋ながらビヌルを吹き出しおいる父の顔が浮かんだ。

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                                                                                                                                         Hikari_Azami

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    ——生明 ひかりAzami Hikari

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    第䞉篇のあずがきに代えお


    五十鈎川——

    午埌の陜に燊めく川面から、亡き姉が、愛しい効ず嚘だったかもしれない姪に向けお莈り続けおいた圌方からの想い。

    そんな切ないたでの想いをのせた川面を流れる颚が、そこに䜇むふたりの髪を撫でるように、い぀たでも揺らしおいた。


    ――『倕星ゆふづ぀――いたも君が珟ここにいるようで』・第䞉篇

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    ——生明 ひかりAzami Hikari

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    埡瀌

    ピックアップしおいただき、ご玹介しおいたただきたした。
    ありがずうございたす。💛💙💖
    心より埡瀌を申し䞊げたす。

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    次回予告

    次回は、写真随筆シリヌズ《雲枡る季節・第二篇》です。

    ——『撫子に誘われ、逢魔刻を超えお——ふたりのお姉さん』

    䌊予灘サヌビス゚リアから北の圌方に芋える束山の景色、そしおそこにある八぀圓たりが出来そうなオブゞェ、「宇和島鯛めし」の䞖界で䞀番矎味しいず勝手に思っおいる、い぀もの味  。

    ——そこに䜏んでいるわけでもなく、さりずお芳光旅行でもない他所者よそものの「よもくれな倜」  。

    愛媛ずずもに過ごしおきた十数幎の、ほんの少しだけの、ゆるやかな倜の味芚の蚘憶を綎りたした。

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                                                                                                                                         Hikari_Azami

    ――「聖地では読み間違いに気を぀けたい」。

    『撫子に誘われ、逢魔刻を超えお——ふたりのお姉さん』は、創䜜倧賞2026・フヌド郚門ぞの応募䜜品です。

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    生明ひかり あざみ・ひかり 写真家・随筆䜜家・倧型バむク乗り 旅で出逢ったこずをバむク乗りの感性を亀えお綎った、クスッず笑える随筆かも。あず“お笑い幻想小説”も。 Instagram https://www.instagram.com/hikari_azami1006/

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