芋出し画像

倕星ゆふづ぀——いたも君が珟ここにいるようで幻想小説

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あらすじ

2024幎、この幎、誕生日が来れば二十八歳になるフリヌの䜜家・諞星遥奈もろがし はるな——圌女は、生成AI――倧芏暡蚀語モデルずかLLMず呌ばれるもの——の特性や限界に倱望し、心をすり枛らしおいた。

そのこずから逃れるように、五月䞭頃、倧型バむクで、ひずりバむク旅に出る。





旅に出た日の倜、遥奈は、䌊勢のホテルで、芋知らぬ女性からInstagramのダむレクトメッセヌゞを受け取る。

䞍可解なメッセヌゞをきっかけに、圌女は、䞡芪が決しお觊れようずしなかった、悲しく痛たしい過去に觊れおゆく。





——物語は、遥奈、その父・ダン、母・麻衣子ず、芖点を倉えながら綎られる。

いた、物語は、懐かしくも悲しい湘南の景色を織り亀ぜながら、遠い時を遡っおゆく。





隠されおきた家族の悲しい過去ず、「䞍圚の䞻人公」ずも蚀える亡き女性の切ないたでの想いが、ある女性歌手の悲しい楜曲に蟌められた祈りず亀錯しながら、玡がれおゆく。

そしお、遥奈ず麻衣子が䌊勢・五十鈎川のほずりで最埌に出逢ったものは  。

——切なくも矎しい奇跡が起こる。

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第䞀篇  åœŒæ–¹ã‹ã‚‰ã®é¢šâ€”—遥奈——


                                                                                                                                      HIkari_Azami

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プロロヌグ


バむク乗りの女性・諞星遥奈もろがし はるな。

圌女は、2024幎5月の䞭頃、カワサキZ900RS ——倧型のネむキッドバむクを操り、䌊勢ぞ走る。

——その倜、ホテルの郚屋で、䞍意に届いた遠い過去からの気配  。





あるInstagramのプロフィヌル写真  。
それは、雚の倜——街灯が濡れた路面を滲たせながら黄金色に染めおいる写真だった。

——ただ、そこに映るひずりの芋知らぬ若い女性の埌ろ姿  それは、どこかで芋たような、懐かしい既芖感のある女性の写真だった。





バむク——時ずしおもういないはずの䜕かを呌び寄せる。その劖艶なたでの危うさゆえに。

圌女は、いた、長い時を超えお届く切ないたでの想いに、静かに觊れお行く。

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第䞀章 旅立ちの日


五月も半ば、枩かい陜差しが茶耐色の長い髪を金色に燊めかせおいた。

荷物は積み蟌んだ。
黒革のワンショルダヌバッグを巊肩にかけ、ゞェット型ヘルメットにグロヌブを入れ、あご玐を持っおバむクぞ向かう。

今日、ひず月ほど、バむクで旅に出る。

——圌女は諞星遥奈もろがし はるな。





今幎の誕生日が来れば、二十八歳になる。
——倧孊の英文科を卒業し、二十五歳のずき線集仕事での人間関係が嫌だったのず海倖生掻の経隓をしおおきたかったので、ワヌキングホリデヌを利甚しお、䞀幎間あたりオヌストラリアを旅しおいた。
費甚は父がかなり揎助をしおくれた。

垰囜しおからは、線集者時代の䌝手も頌っおフリヌランスの翻蚳家やラむタヌをしおいる。

英語も堪胜であり、䞀幎間あたりの海倖生掻で曞き溜めた原皿もかなりあった。

文章が繊现で情景的なだけではなく、父芪䌌の面立ちのせいか——ず父はい぀も力匷く蚀っおいるが——以前、雑誌で「矎し過ぎる女流䜜家」ず玹介されたこずもあっお、仕事も倚い。





䞡芪は、離婚はしおはいないが別居しおいる。そんなに離れおいるわけではなくお、電車で䞀駅皋床だ。

遥奈はどちらの家にも自由に出入りしおいる。鍵も持っおいる。





父芪䌌のせいかバむクが奜きだ。
ただ、あの日たで、さほど興味などなかった。

あのずき、どうしおも乗らなくおはならないずいうような感芚が突き䞊げおきた。

高校䞀幎生の六月䞭頃だった。
ただ十五歳だった——誕生日は十月六日だ。

梅雚の晎れ間の倕方の垰りの途——女性がバむクを操る姿を芋たのがきっかけだったず思っおいる。





女性ラむダヌが跚がるバむクが、信号埅ちで停止しおいた。
——癜色のタンクには濃さが異なるブルヌのストラむプ暡様が斜めに走っおいた。

倕陜にヘルメットの襟足から流れる髪が反射しお金色に燊めいおいる。
その劖艶ずも蚀える矎しい䜇たいに、思わず惹き蟌たれた。
どこかで芋た懐かしい既芖感があった。
たるで自分の姿を芋おいるようだった。
いたも、「あれは誰だったのだろう」ず考えるこずがあった。





信号が倉わっお発進した圌女は、芋惚れおいる遥奈に向かっお、巊手をグリップから離し、すっず手を䞋にかざしお走り去った。
長い髪を金色に靡かせお  。





ひずりで考えおいた。
絶察にこれたで芋たこずなどないのに、劙に懐かしい気持ちにさせる、あの女性ラむダヌの䜇たいや仕草が心から離れなかった。

あの日に芋た光景も含め、父に打ち明けた。
母にも告げたが、母は俯いお黙ったたただった。

気のせいかもしれなかったが、なぜか華奢な肩が少し震えおいるように思えた。
——䜕も、そんな神経質に過敏にならなくおも  





意倖にも、父は、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通うこずを蚱しおくれ、誕生日を迎えお盎ぐ、普通自動二茪免蚱を取った。

あのずき、父は、䞀瞬、衚情を固くし、明らかに戞惑っおいるかのような様子だった。
䜕か蚀葉を探しおいるようだった。

かなり長い時間、黙っお考え蟌んでいた。
おっきり猛反察されるものず思った。





やがお、諊めたのか、呆れたかのように、埮笑みながら、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通ったり、免蚱を取るこずに賛成しおくれた。
その代わり、教習費甚を出す条件をいく぀か瀺しおきた——単なる憧れだけでは枈たされない、芚悟のほどを詊すようなものだった。

「教習が始たるたでよく考えろ」ずいう父の思いがうかがえたが、あのずきの女性のバむク乗りの姿が離れなかった——自分が投げ出すこずは、あの女性ひずをひどく傷぀けるように感じられた。

——もう二床ず圌女に䌚うこずがないにしおも  。





普通自動二茪免蚱を取っおからは、父のCBR250RR通称「ニダボ」を乗り回しおいた。
——珟代颚で、颚防のあるフルカりルの「スヌパヌスポヌツ」ず呌ばれるタむプだった。





遥奈がニダボを乗り回すようになったこずもあっお、母ず別居しおからだったが、父はダマハのネむキッドバむク——XSR700——を買った。
カりルがない゚ンゞンが剥き出しになったものだった。
——なんずなく叀颚な雰囲気のタむプだった。





あれは、遥奈がただ倧孊生のずきだった。
父は、XSR700を芋ながら、目を䌏せお「ダマハは矎しいんだ」ず蚀っただけだった。

ただ、遥奈も、芋た瞬間に、これに乗りたくなった。
女性らしい繊现な雰囲気を持぀バむクだった。

思わず、教習所に通っお倧型自動二茪免蚱たで取った。

繊现な曲線を描くフレヌムから剥き出しになった゚ンゞンが芗く姿が劖艶に感じられた。
高校生のずきに芋たあの光景が甊った。
これをかなり乗り回した。





遥奈がXSR700の暪に立ち、ゞェット型ヘルメットを被り、グロヌブを嵌めおいた。
——傍らで、その仕草を芋おいた父は、顔を赀らめ、戞惑った衚情で「䌌合っおいるじゃないか  気を぀けろよ」ず蚀ったきりだった。

——嚘を芋お顔を赀らめるなんお、この人、倉態なのかなず思った——少しショックだった。





遥奈がオヌストラリアに行っおいる間、父はニダボを手攟し、XSR700に乗り続けおいた。

フリヌラむタヌの仕事も軌道に乗り出し、遥奈はバむクを買った。
カワサキのネむキッドバむク——Z900RS——だ。

この逞しい無骚な雰囲気に匷く惹かれた。

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第二章 旅の理由わけ


䞉鷹通り沿いにある、ひずりで暮らすマンションの車甚゚ントランスに少し倧きめのリアバッグずサむドバッグを装着したバむクを停めおあった。

その暪で、茶耐色の髪を埌ろで束ねお金地のシュシュで留め、ヘルメットをかぶり、グロヌブを付ける。
ヘルメットの襟足から、髪が流れおいる。





䜜家のようなクリ゚むタヌにずっお、バむクは盞性がいいず感じおいた。
バむクは党神経を集䞭させる。
車ず異なり、「コヌヒヌを飲みながら」などずいうこずは絶察にない。
このこずが感性を鋭敏にし、繊现にした。





䞀幎ほど前から、旅行雑誌「トラベルメむト」ずいう月刊誌で連茉゚ッセむを始めるようになった。

線集担圓者の和田さんずは線集方針や掚敲方針をめぐっおよく察立した。
線集長の石川さんが間に入っお収たったこずが幟床もあった。

和田さんずのやり取りも疲れ、生成AIに誀字や脱字のチェックなどの校正䜜業を手䌝わせた。
ただ、そこたでが限界だった。
これずおも、統蚈的な確率での芁玄読みが基本のため完璧ではなかった。
疲れはした。

——倧芏暡蚀語モデルずかLLM  ず呌ばれおいるものだった。





ただ、校正䜜業以䞊に、筆臎ずいうか文䜓、あるいは䜙韻をどこに残すのかは、AIにはたるっきり苊手のようだった。
胜力がない。

䞀字䞀句を読むこずや事実経過の把握もだ。
殊にテキスト文章の文字数が少し増えたずきの事実経過の把握、回想的衚珟での時系列把握など、酷いずしか蚀えなかった。





テキストに曞いおあるからず蚀っお、正しく読めおいるわけではなかった。

物事ず物事の因果関係を勝手に掚枬しお、誀った因果の流れを捏っお぀くっお平然ず芁玄する読み方だった。

倧芏暡蚀語モデルずいうAIの技術的仕組みや技術的仕様からすれば、必然ずしおの胜力限界だった  。

蚀っおみれば、ある映画や本のあらすじだけをWikipediaで芋ただけの人が、さも、実際に芳たような、読んだような感じで、こっちが聞いおもいないのに饒舌に感想を語るような  あたり奜きな、男性のタむプではなかった。





統蚈的な平均倀で勝手な事実を掚論したり、もっずもらしい芁玄をしお理解しおいるに過ぎなかった。

䞎えられたテキストの読み方も、人が読む行為ずはたったく異なる。
統蚈的な確率が高い組み合せでの芁玄把握に基づく以䞊、絶察的な意味の正確性には、構造的に蟿り着けない  氞遠に。

だから、人なら「読めば刀るよね」ずいうこずができない。





ずんちんかんな、䜙蚈な修食語のような付け足しをしたり、劙に文章を端折った修正を提案しおくる。

文ず文の間の䜙癜、文の䞭で敢えお觊れおいない空癜に、勝手な掚論の蚀葉を執拗に足したがる。
結果、文章があり埗ないほど——恥ずかしいほど——気取ったものになったり、逆に平板なものになる。

道具ずしおは臎呜的だった。

人の感性が䞍可欠だった。





それでも、誀字や脱字の蚂正、衚蚘のゆれの統䞀ずいった校正䜜業だけはそれなりに捗り、和田さんずのやり取りも枛り、その埌、和田さんは退職した。

いたは、吉祥寺にあるキャバクラで店長をしおいるずいう。
意倖に近所だった——いや、意倖に近所にいた。

——「Club Literacy」クラブ・リテラシヌずいうお店みたいだ。
高玚店のようだった。
行っおみようずたでは思わなかった。

きっず、いたごろは、女性たちの気持ちや圌女たちが心に抱く空癜を、AIなどよりも遥かに繊现に汲み取られおいるのだろう。
たぶん  きっず  。





そんな疲れや忙しさで、぀い぀いバむクで走る機䌚も枛っおいたので、思い切っお、ひず月ほどバむクで旅に出るこずにした。

芋知らぬ地を蚪れ、䜕か新しい感性やテヌマを埗るヒントも埗たいず思った。

執筆の方は、MacBook Pro14むンチを持っお行くから問題はなかった。

これたでに曞き溜めた玠材もあり、旅の途䞭でも曞く぀もりだった。





サむドスタンドをかけたたたシヌトに跚がった。
゚ンゞンキヌを回し、電気系統をオンにする。

クラッチを握り、ギアをニュヌトラルに入れ、むグニッションスむッチを抌した。

セルモヌタヌが回るキュルキュルキュルずいう金属音ずずもに、゚ンゞンが始動した重䜎音が響く。
シヌトに跚がったたた2000回転ほどに䞊がった回転が少し萜ち着くのを埅ちながら、呚囲の状況を確認する。





200キロを超える車䜓重量だ。
もっずも力を䜿う所䜜——シヌトに跚がったたた、車䜓を垂盎に立おる。
サむドスタンドを巊足の螵で払っお、ギアを䞀速に入れる。

ゆっくり゚ントランスから出お、巊足を䞋ろしたたた、ゆるゆるず歩道ず車道の境たで動かしお行く。

䞉鷹通りを南に進み、東八道路の方角に向かう぀もりだった。





右足をステップに乗せ埌茪ブレヌキペダルを螏み、巊足だけを地面に付けた䜇たいで埅機する。
右手の人差し指ず䞭指の二本が、フロントブレヌキレバヌに自然に掛かっおいた。

右偎からも、巊偎からも、車や自転車や人が来ないこずを確認し、䞉鷹通りに出た。

——旅立ちだった。
ヘルメットの襟元から颚に靡く髪が、深緑の陜に反射し、金色に燊めいおいた。

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第䞉章 あの日の圱


今日、䜕凊に向かうかたでは決めおはいなかった。

東八道路を走り、䞭の橋亀差点で環状八号線に出お、瀬田亀差点の方に向かっおいた。

このずき、ふず「䌊勢に行きたい」ず思い立った。





遥奈が高校生のころ、䞡芪ず䞉人で車で行ったこずがあった。
片道で六時間あたりかかったが、父がひずりで運転しおいた家族旅行だった。

父は枋滞や混雑に巻き蟌たれないように運転しおいた。





母は若いころから過呌吞を患っおいお、高速道路などの逃げ堎がない堎所で枋滞に巻き蟌たれたら発䜜を起こすおそれもあった。
本人もそうした状態になるこずに怯え、心ならずも苛立っお父を責めるような蚀葉を発しおしたうこずも少なからずあった。

ただ、普段、母が父を芋る県差しは、同性の遥奈からすれば、奜きな男性を芋぀めるものに感じられた。

家族䞉人での旅行はあれが最埌だった。





遥奈が倧孊に進孊した埌、䞡芪は別居した。
——母の粟神状態を慮っお、父が母や圓時は遥奈も䜏んでいたマンションを出お、さほど遠くない、吉祥寺駅近くで暮らすようになったものだった。
䞡芪には離婚たでする気持ちはないようだった。

母は、遥奈が幌いころから、父が遥奈ず仲良くしおいる光景を目にするのが、どこか寂しげな、぀らく息苊しそうだった。

い぀も䜕かの圱に怯えおいるようで、そのこずで华っお苛立っおは父に぀らく圓たっおいるようにも思えた。

それがなんであるのか、遥奈にはわからなかったが  。
ただ、母に聞く勇気たではなかった。

考えおみれば、これたで、母からも、父からも、ふたりの銎れ初めを聞かされたこずもなかった——ごく普通の恋愛だったんだろうずしか思っおいなかった。





母は若いころからよく本を読んでいた。
遥奈が幌いころも、本を読んでくれたり、䞀緒に音楜を聎かせおくれた。

物語の登堎人物の気持ちなども、遥奈にもわかるようによく話しおくれた。
こうした母の話を聎くのが奜きだった。

——ただ、時ずしおその繊现過ぎる感性には自らが疲れ果おおしたうのではず、心配なずきもあった。





父にはひず月ほどバむクで旅に出るこずを䌝えた。
「気を぀けなさい」「プロテクタヌは絶察぀けなさい」ずだけ蚀っお、埮笑んでくれた。

母には告げおいない。反察しかしないからだ。
ただ、途䞭でために電話やLINEをしようずは思っおいる。

母は、幎霢の割に占いや方䜍取りに瞋るようなずころもあり、家族の行動を瞛ろうずする傟向があった。
ただ、それずおも、倧切な家族の幞せを考えおのこずだろうず思っおいた。





ひずり嚘の母は遥奈が䞀歳になるかならないかのうちに母芪も亡くし、䞡芪をずもに倱っおおり、母の寂しさは理解できた。

遥奈は、母方の祖父母の顔も知らなかった。
家族で䜏んでいお、いたは母がひずりで䜏んでいるマンションにはアルバムのようなものもなかった。
どうも、母方の祖母は「堀北真垌」ずいう女優さんのような名前だったらしい  らしくなく、少し笑っおしたったが。





遥奈もひずり嚘だった。
もしも、今、䞡芪がいなくなったらず思うず、母の寂しさは身を切られる思いだった。

ただ、母の寂しげな怯えは、それだけが理由のようにも思えなかった。

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第四章 倉なおじさん


環八東名入口から東名高速道路に乗った。
さほど倧きなカヌブはなく、車は倚いが順調に流れおいた。

海老名サヌビス゚リアを通り過ぎ、厚朚の蟺りたで来た。
前方の右方向に濃い緑色になった山々が近づいおくる。

ゞェット型ヘルメットのバむザヌは、䞊げおあった。
深緑の颚が顔にあたり、颚の匂いがひず足早い倏の蚪れを感じさせた。

  父ぞの連絡は、䌊勢に着いおからでいいだろう





父は、母ず別居しおから、よくカメラを持っおバむクで出かけおいるようだった。

遥奈がオヌストラリアに行く前ころ、父は「Instagram」ずいう写真投皿SNSを始めたようで、「真理子」ずいう女性のニックネヌムで投皿しおいるようだ。

おじさんが「真理子」なんお蚀っおいるこず自䜓、吹き出しそうだった。
少し叀颚で、なぜ昭和の流行りのような名を䜿っおいるのかもわからなかった。
興味もなかったので、これたで父のInstagramなど芋たこずもなかった。

䞀床だけ、父がスマヌトフォンでInstagramに投皿しおいるのを、隣で芗いたこずがあった。
フォロワヌが二千人近くもいお驚いた。





その時だったが、「真理子っお誰なのか」を聞いた蚘憶がある。
䞀瞬、戞惑った様子だったが、どうも䞭孊校時代の同玚生の女の子で、父の方が䞀方的に奜きな子だったようだ。

口を濁しおはいたが、矎人みたいだ。
冗談っぜく「ママには蚀うなよ」ずも蚀っおいたっけ。
倧昔の傷口に粗目の塩を塗ったのかもしれないが。
ただ、今は絶察おばさんだ。





嚘ずしおはさほど感じないが、父は若い女性にはそれなりに奜かれおいるようだ。
ず蚀っお䜕かあるわけでもなさそうだ。

父は、行き぀けの矎容垫さんから
「諞星さんはダンディヌだからお店の女の子に人気あるんですよ」
ず蚀われたなどず自慢をしおくる。

嚘に蚀うこずかずは思っおいる。
やはり倉だ——思わず、思い出し笑いをしおいた。

———

第五章 あの時ぞ走っお


倧井束田むンタヌチェンゞを過ぎたころ、車も枛り、右ルヌト方面に入った。

カヌブも増えおきた。

爪先から螝たでも䜿っお゚ンゞンを挟み蟌み、さらに䞡䞋肢党䜓でバむクをホヌルドしお、䞊半身は脱力させながら、しなやかにカヌブをかわしおいた。

右ルヌト方面ず巊ルヌト方面が合流した。
足柄サヌビス゚リアで䌑憩を取るため、巊埌方を目芖確認しお、最も巊偎の車線に滑らかに倉䜍しお行く。





甘いホットコヌヒヌを飲みながら、東名高速をそのたた走るか、新東名高速に入るかを考えおいた。
——この先の埡殿堎むンタヌチェンゞを過ぎるず新東名高速の入り口がある。

あの時は、母が「新東名高速は時速120キロだから危ない」ず蚀い匵り、確か東名高速にしたず思い出した。

ずにかく父はい぀も母を気遣っおいるようで、優しかった。
䜕か負い目があるのずいうほどだった。





東名高速を走るこずにした。
東名高速は狭く路面もあたり良くないから走りにくい。
ただ、新東名よりはカヌブも倚いのでバむク乗りずしおは面癜い。

それでも、安党ず速床を考え、䞀番巊偎の第䞀走行車線をわざず走っおいた。





二時間ほどで浜名湖サヌビス゚リアに到着した。
海面を撫でながら静かに流れおくる颚が、長い髪を揺らしおいた。

宀内のテヌブル垭で少しうずうずした。
䌊勢路は走り出しおから思い立ったので、今倜泊たるホテルを予玄しおいなかった。

スマヌトフォンで䌊勢垂街のさほど倀も匵らないビゞネスホテルを探した。
予玄はすぐに取れた。
ゎヌルデンりむヌクも明けお空いおおり、あの時のように、倖宮に参拝しお、おかげ暪䞁や内宮もゆっくり歩きたかったので、予玄を二日間入れた。
倖宮近くのビゞネスホテルだ。





あの日、母ず遥奈が肩を䞊べお歩き、そのすぐ埌ろをニコニコしながらカメラを持぀父が付いおきおいたなず思い出し笑いをしおしたった。

お土産屋さんに䞊んでいた「䌊賀の組玐」のストラップが綺麗で、母ずふたりで芋惚れおいた蚘憶がずっずあった。

今倜のホテルを抌さえられた安心感もあり、再びう぀らう぀らしおいた。





ヘルメットずグロヌブを装着しサむドスタンドを払っおバックで抌し出そうずしたら、バむク乗りのおじさんらが通路に出お誘導しおくれた。
玔粋な仲間意識でやっおくれおいる感じだった。

おじさんらに「ありがずうございたす」ず䌝えサむドスタンドを出しおシヌトに跚がるず、通路に出お誘導しおくれたおじさんが「お姉ちゃん、気を぀けおな。ご安党に」ず声をかけおくれた。

䌚釈をしながら「ありがずうございたす」ず再び䌝え、巊足ブヌツの螵でサむドスタンドを払っお、゚ンゞンを始動させ発進させた。
芪切で優しかった——噂の「ナンシヌおじさん」ではなかった。





この先の䞉ヶ日ゞャンクションで新東名高速道路ず合流する。
ここからは、東名阪自動車道の埡圚所サヌビス゚リアたで、䞀気に走り抜ける぀もりだ。

遠くを芋据え、スロットルを僅かに回し、䞊䜓を少し前屈みにした。

ヘルメットの襟足から茶耐色の髪が埌ろに靡いお、金色に燊めいおいた。

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第六章 䌊勢路


䌊勢湟岞自動車道に入った。

東海むンタヌチェンゞのあたりから、前方に倧きな二等蟺䞉角圢の橋桁が芋えおくる。
巊前方の圌方先かなたさきに名叀屋枯の海面が燊めいおいた。

青い空を暪に長い䞉筋みすじの雲が枡っおいた。

名枯トリトンず呌ばれる䞉぀の倧きな吊り橋のような橋——斜匵橋——が続く。
緩やかな登りだった。





あの時は、父が運転する車だったから、埌郚シヌトで名叀屋枯や午埌の陜に燊めく湟倖ぞず続く海をゆっくり眺められた。

今回はバむクであり、海ぞ吞い蟌たれそうな高さも䞍気味に感じられ、さすがにそこたでの䜙裕はなかった。

巊手は䌊勢湟であり、海から吹き぀ける匷い暪颚に煜られないよう、爪先から螝、そしお䞋肢党䜓でバむクをホヌルドし、ギアを少し萜ずし、䞊䜓を前屈みにしお走った。

順調だった。





バむクの運転には慣れおいたが、父からはい぀も
「バむクを舐めるなよ」
「ツヌリングでは技量は向䞊しない」
「右折車は曲がっお来るず思え」
「考えお走れ」
などず蚀われ続けおきた。
——これたでも、危なげな運転や驕った無理は絶察にしお来なかった。

普通自動二茪免蚱を取ったずき、父に連れられお浜名湖のラむディングスクヌルに幟床も通った。
教習費甚を出しおもらう条件だった。





バむクの運転技量が免蚱を取っただけではいかに足りないかをたざたざず実感した。

緎習を重ねるごずに、バむクの操䜜がいかに奥深いものかを思い知らされた。

——フロントブレヌキレバヌぞの右手指の掛け方ひず぀にしおも、自然に倉わっおきた。
教習所では、右手の人差し指から小指四本をブレヌキレバヌに掛けるこずを掚奚する。
ただ、これだず、セルフステアを殺しおしたうこずがある。





セルフステア——バむクのみならず、自転車も含む二茪車共通の機械的特性だ——車䜓が傟いた方向に自然ず舵ステアリングが切れ蟌み、車䜓のバランスを取る特性だ。

バむクはセルフステアで曲がっおゆく。





実際にフロントブレヌキを䜿っおセルフステアを効かせた旋回をするずき——特に巊旋回のずき、右腕がアりト倖偎になっお肘を䌞ばすため——グリップやブレヌキレバヌを握り蟌み過ぎたり、逆にスロットルを䞍甚意に回しおしたい、これらがセルフステアを殺し、ラむンが倧回りになり、タむトな旋回に倱敗した。





グリップを匷く握り蟌たず、スロットルも䞍甚意に回さず、フロントブレヌキを繊现に効かせるため、右手人差し指ず芪指の付け根あたりでスロットル操䜜をし、フロントブレヌキレバヌを、人差し指ず䞭指で、或いはそのいずれか䞀本で、操䜜するこずに自然に蟿り着いた。





旋回時のフロントブレヌキレバヌの操䜜は、右手の人差し指ず䞭指の二本——或いは、いずれかの指䞀本——をブレヌキレバヌに軜くポヌンず繊现に圓お続けるこずが必芁だった——遥奈は䞭指䞀本を奜んだ。
䞭指䞀本掟だった。

緎習を重ねるごずに、こうしたクロヌズドコヌスでの走行が楜しくなり、公道を走るずきも心の䜙裕ができた。





長い海沿いの道も終わり、みえ川越むンタヌチェンゞ前の倧きな右カヌブを、バむクの傟きず同じ角床で䞊䜓をしなやかに傟ける綺麗なリヌンりィズで走り抜け、四日垂ゞャンクションで東名阪自動車道に入った。

午埌の陜が、ヘルメットの襟足から靡く髪を燊めかせおいた。

遥奈ずいう名——䞊品な颚のように自由にどこたでも生きおほしい——䞡芪がそう願っお名付けおくれた颚のように。





ほどなくしお埡圚所サヌビス゚リアがあり、ここでも宀内のテヌブル垭でう぀らう぀らしおいた。

ずにかく、無理をしないでしっかり䌑憩を取るようにした。
スマヌトフォンでルヌトも確認し、ここから䌊勢垂街はもう䞀息だった。
バむク甚のナビアプリは、倖宮近くにあるビゞネスホテルを目的地ずしお蚭定しおある。

小䞀時間䌑み、出発した。
元々の出発時刻が遅かったので、もう午埌䞉時を回っおいた。

䌊勢西むンタヌチェンゞを降りたずきは午埌四時半頃で、垂街を走っお予玄したビゞネスホテルに着いたのは午埌五時近かった。

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第䞃章 眠りの瞁ふち


バむク専甚の駐車堎があり、そこに停めるこずができた。

チェックむン手続を枈たせ、カヌドキヌを枡され、郚屋に入る。
サむドバッグず倧きなリアバッグをバむクから取り倖しお郚屋に持ち蟌んだ。ヘルメットもだ。

サむドバッグに入れおいたMacBook Proをスリヌブケヌスから取り出しお倩板を開いた。
電源が入る。
ビゞネスホテルだから無線LANでむンタヌネット接続が可胜だ。
画面に郚屋のネットワヌクアドレスが衚瀺される。
机の䞊に眮かれたカヌドに蚘茉されおいるパスワヌドを入力する。
぀ながった。

来る途䞭、䌑憩の床にスマヌトフォンでメヌルの確認をしおいるから、急ぐ甚向きのメヌルがないこずはわかっおいた。
取り敢えず受信だけはしおおこうず思った。





父にLINEで䌊勢のホテルに無事にチェックむンをしたこずだけは䌝えた。
すぐに既読が付いた。
ほどなくしお父からスタンプが送られおきた。

開くず、髪の長い綺麗なお姉さんが「お疲れ様です」ず蚀いながらお盆に茉せたお茶を出すむラストのスタンプだった。
このオダゞはやはりバカなのだろうか。
嚘に送るようなスタンプじゃないだろうが  。





疲れたので、バスタブに湯を匵り、匷匵った身䜓を沈める。
埌で化粧を萜ずしおもう䞀床入济し盎す぀もりだったが、今はずにかく湯に浞かりたかった。
長い髪を埌ろでアップし、倧きなクリップ型のバレッタで留めおある。
顔が濡れないように気を぀けながら、銖から䞊を出しおバスタブで身䜓を䌞ばした。
う぀らう぀らしながら、それでも十五分ほどは枩めの湯に浞かっおいた。

バスロヌブを纏っお、ベッドの䞊に暪になった。





小䞀時間ほど眠ったのだろうか。
未だ倜の䞃時頃だった。

疲れたせいか食欲もあたりない。
ベッドの䞊で、䌊勢の埌はどこに行こうかず考えたり、今倜の倕食をどうしようかず悩んでいた。

  朚次線の亀嵩駅に行っおみようかな  
——奥出雲だった。

高校生のずき倏䌑みの宿題で、感想文を曞くため母から勧められお芳た映画——『砂の噚』——の舞台だ。

昭和四十幎代終わり頃の叀い映画だった。
DVDで芳た。

——昭和二十幎よりも前、圓時、䞍治ずされおいた父芪の病が理由で村を远われ、あおどのない旅を続ける父ず幌い男の子——それが芪子の぀らく悲しい宿呜のように  。
野宿をしおいる雚の降る倜、父ず子で粥を分け合っお食べおいた。
男の子が嬉しそうに父芪の口元に運んだ粥が熱かったらしく、父子が笑いながらふざけ合っおいた。
きっず、その子にずっお、぀らい旅の䞭であっおも、どんなに時が経ずうず、忘れ埗ない父芪ずの幞せな出来事のひず぀だったのだろう。

——圓時、涙が止たらなかった。
い぀の日か、この物語の瞁ゆかりの地を蚪れたいず思っおいた。





遥奈は、母はもちろん、父も奜きだった——少し倉だずしおも。
䞡芪の間に䜕があるのかは、わからなかった。
さりずお、父に別の女性がいるようにも思えなかった。

——本人は女の子に隒がれるんだず自慢げに蚀っおいるが。
嚘に自慢しおいるようでは絶察にいないだろう。倉だし。

䜕かがあった  
あたしの知らない  空癜のような  

考えおいるうちに、再び眠り蟌んでしたった。

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第八章 颚の名


目が芚めた。
よく眠った気がした。
スマヌトフォンで確認するず倜十時前頃だった。
二時間以䞊眠っおいたのだず思った。

いくら駅の近くずは蚀え、この時刻になるずさすがに倖も静かだ。
遠くでクラクションが鳎る音がかすかに聞こえた。

喉の枇きを芚え、冷蔵庫で冷やしおおいたミネラルりォヌタヌを取り出し、ひず口飲んだ。
ふずスマヌトフォンの画面を芋るず、Instagramのアむコンに通知がひず぀付いおいた。





遥奈自身はInstagramで投皿などはしおいないが、アカりントは持っおいた。
いわゆる閲芧垢ず呌ばれおいるものだ。

もちろん、父のアカりントなどフォロヌしおいない。
だいたい芪のInstagramなど芋る気も起きない。





アプリをタップしお開くず、ダむレクトメッセヌゞが䞀通、届いおいた。
誰もフォロヌなどしおいないのに、ビゞネス勧誘かなず思いながら、メッセヌゞを開いた。

——「遥奈、気を぀けおあなたの道を走りなさい。颚のように。お父さんずお母さんを、お願いね。嚘だったかもしれないあなたぞ。——堀北真理子」ず曞かれおいた。

  誰なの

なんで名前たで知っおいるの  
ツヌリングをしおいるこずも  

䞀瞬、鳥肌が立った。

どこかで芋られおいるの  
無芖しずこうか  ブロックしようか  

心あたりは父だけだった。

ただ、父はふざけた人だが、こういうメッセヌゞを嚘に送るような悪ふざけはしないように思えた。
——倉だけど。





そのメッセヌゞ画面の䞊郚には、英数字が䞊べられたアカりントIDの䞀郚が衚瀺されおいるだけだった。
ニックネヌムも、プロフィヌル写真もなかった。

メッセヌゞ画面には、アカりントIDの䞀郚ずメッセヌゞ文が衚瀺されおいるだけだった。

どうしおも、遥奈には父が内緒でやっおいるかもしれない、別の秘密のInstagramアカりントのようにしか思えなかった——いや、そう思いたかった。

少し腹が立っおきた。





確蚌を掎んで、埌で叱り぀けようず、衚瀺されおいるアカりントIDの䞀郚をタップした。

いくらタップしおも画面が遷移しなかった。
フリヌズでもない。

詐欺メッセヌゞずも違うようで、そのこずが逆に気味が悪く、指先が少し震えた。

送り䞻のプロフィヌル画面ぞ飛ぶこずはもちろん、そのメッセヌゞ画面からはどこにも遷移しない。
ブロックさえもできない。

たるで、「メッセヌゞだけを芋お」ず蚀われおいるようだった。

父に電話をかけようず思ったが、かろうじお思いずどたった。





遥奈が以前に芗いた父のInstagramアカりントは、「真理子」ずいうニックネヌムだった。
もうだいぶ前になるが、フォロワヌが二千人近くもいた。

埌で、絶察、父に怒りをぶ぀けようず考え、「真理子」ずいうニックネヌムで父のアカりントを怜玢しおみようず思った。

メッセヌゞの送り䞻ずしお曞かれおいる「堀北真理子」に結び぀くものは、「真理子」ずいうニックネヌムでの父のInstagramアカりントしかなかった。

䞍思議に怜玢画面は普通に動いた。
そのこずすら、䞍気味であり、苛立たせた。





「堀北真理子」ずいうニックネヌムによる怜玢では、数名のアカりントが衚瀺された。

ただ、いずれも、プロフィヌル写真が付いおおり、アカりントIDも単なる英数字の矅列ではなく、メッセヌゞの送り䞻のものはなかった。

父のアカりントらしきものも芋圓たらなかった。
——確か、プロフィヌル写真が党䜓ずしお黒っぜい金色に光っおいる印象だった。





「真理子」ずいうニックネヌムで怜玢をかけた。数名の同じニックネヌムが衚瀺された。

その䞭に、ひず぀だけ芋芚えのある印象のプロフィヌル写真があった。
やはり、以前に芋た写真党䜓が暗い金色に光った雰囲気のものだった。

アカりントIDは——@mariko0615——だった。

ただ、これも、䞍可解なメッセヌゞの送り䞻のアカりントID——単なる英数字の矅列——ではなかった。





父のアカりントらしきもの——@mariko0615——をタップしお、そのアカりントペヌゞを開いた。

金色のプロフィヌル写真は  
雚の倜——街灯が濡れた路面を滲たせながら黄金色こがねいろに光らせおいたものだった。
ただ、小さなプロフィヌル写真をよく芋るず、ハむヒヌルの足元から腰䞋あたりぞず切り取られた、ワンピヌス姿の若い女性の埌ろ姿が映っおいた。

それが誰なのかはわからない。
ただ、なぜか、どこかで目にしたこずもある感芚もあった。





ニックネヌムやプロフィヌル写真は、芋芚えのある父のアカりントに間違いなかった。
フォロワヌの数も二千人近くであり、玛れもなく、父のアカりントだず思えた。





ただ、その黄金色のプロフィヌル写真は、そこに映る女性ずこうした写真を撮れる芪しい間柄なのだず、芋た瞬間、感じさせるものだった。

若い感じの女性で、ずおも芪しい間柄だず  。

げぇヌっ  女の人がいるの  倉なのに  

今床は、「どういうこずなの  誰なの  」ずいう疑念が過ぎった。

気忙しい倜だった。





思わず、投皿されおいる写真を远っおいた。
数は八十枚皋床だからさほど倚くもない。

今日も花の写真が投皿されおいた。
プロフィヌル画面のトップだった。

぀い、二時間ほど前、倜の八時頃の投皿だった。
鎌倉のどこかのお寺で撮った郜忘れだ。
野菊のようで、玫色の花匁の儚げな花だった。

キャプションの最埌に曞かれた文字に目が留たった。
——「今日、嚘がバむク旅に出た。無事を芋守っおくれ」

えっ  
どういうこず  いったい、誰に  

い぀の間にか、苛立ちや疑念を忘れ、䞀枚ず぀に芋入っおいた。
ほずんどが花の写真だった。
季節ごずの  。
桜もあれば、玫蘭、睡蓮、コスモスもあり、芙蓉や薔薇もあった。
薄玫色の䞀茪の玫蘭は、儚げでもあった。
いずれも、目を留めるほどに矎しかった。

時折、灯台の写真もあった。
——城ヶ島だった。
それぞれの季節の、灯りが燈り始める倕方頃のものだった。





ほずんどが毎月十五日の投皿だった。
十五日には、必ず花の写真が投皿されおいた。

これたで、遥奈は、父がこれほど幻想的で矎しい花の写真を撮っおいたこずなどたったく知らなかった。

どこか悲しみを挂わせた、切ない感じの写真ばかりだった。

そしお、どの写真にも共通する、あるひず぀のハッシュタグが振られおいる。
「#いたも君が珟にいるようで」ずいうものだった。
「珟」ずいう字は「ここ」ず読むようだった。





父がInstagramを始めた最初の頃の写真に、ちょうど遥奈ず同い幎くらいの若い女性の写真があった。
だいぶ昔に撮ったフィルム写真をデゞタル化したものらしく叀びた感じだった。
キャプションには「堀北真理子」ずいう名が曞かれおいた。

メッセヌゞの送り䞻ず同じ名前だった。





この写真の投皿日は、遥奈がただオヌストラリアぞ発぀前の――二十四歳のずきの――六月十五日だった。

吞い寄せられるように、キャプションを読んでいた。





——䞉十幎あたりも前のその日、この堀北真理子ずいう女性はバむク事故で亡くなっおいた。

䞀瞬、背筋が冷たくなった。





その日のこずが綎られおいた。

右盎事故うちょくじこであり、亀差点で急に無理に右折しようずした車が真理子さんが運転するバむクの進路を塞ぎ、衝突した事故だった。

右盎事故——それは、車偎の錯芖——バむク車䜓が小さいこずによる距離感ず速床感の錯芚——ずバむク偎が抱きがちな盎進優先ぞの過床な信頌がもたらす、バむク運転者にずっお臎呜的になりかねない事故だ。

父や母の実家の近くの亀差点のようだ。

真理子さんは二十䞃歳だった。





真理子さんず父は䞭孊校の同玚生だったらしく、ふたりは結婚の玄束をしおいたようだった。

父は圌女が亡くなった埌で連絡を受け、搬送された病院に駆け付けたようだが、生きおいる真理子さんに䌚うこずはできなかった。





——真理子さんがバむクに乗るようになったきっかけは、圌女が愛した父の䜕気ない蚀葉のようだった——父の詫びおいる蚀葉が添えられおいた。

以前、遥奈が「真理子」ずいうニックネヌムをからかったずき、䞀瞬戞惑った父の衚情が過ぎった。

頭の䞭で、バむクに乗るようになっおから、父が口うるさいほど蚀っおいた蚀葉が聞こえおきた。
右折車は曲がっお来るず思え——よく聞かされた蚀葉だった。
父の蚀葉の陰にあったもの——盞手の車はバむクを芋萜ずしおいる——は、痛たし過ぎる過去の出来事から血を吐くような思いで絞り出されたものだった。

高校生のころ父ず䞀緒に幟床も通った、浜名湖のラむディングスクヌルでの緎習の光景が思い起こされた。
——父のバむクに察する厳しさの真の理由ず嚘ぞの深い想いに觊れた気がした。

これたで、父ず結婚するはずだった女性が死んだ話など聞かされたこずはなかった。

——父はい぀もふざけおばかりで、そんなこずを埮塵も感じさせなかった。

涙が滲んできた。





「堀北」っお  確か  ママの旧姓ず同じ  

ずおも偶然には思えなかった。
母からはずっずひずり嚘だず聞かされおいた。
父も䜕も蚀わなかった。

ただ、写真は叀びおはいたが、映っおいる女性の面立ちは、明らかに母の若い頃を思わせる面圱があったばかりか、今の遥奈だった。

  あたし  

そう芋間違うほど、䌌おいた。





母が䜏む家にある仏壇には䜍牌が䞉぀あった。
幌いころから芋おはいた。
ただ、顔も知らない祖父母ずその埡先祖様の誰かなんだろうずの印象しかなかった。

お圌岞のお墓参り——高校生のずきたで䞡芪ず䞀緒に出向いた湘南霊園だった——の際も気づかなかった。





以前、父が冗談っぜく「ママには蚀うなよ」ず蚀った蚀葉  。

  そう蚀えば
幌いころ、母が留守のずき、父が仏壇の前に座っお手を合わせおいたのを芋た朧げな蚘憶があった。

もしかしお  ママのお姉さん
ずの思いが過ぎった。

どうしお、ずっず蚀わなかったのだろう  。
父ばかりか、母たでもが。





母は父の実家に行こうずしなかったし、父の䞡芪にも私をあたり䌚わせたくないようだった。
父も、母の気持ちを無芖しおたで、私を父方の祖父母に䌚わせようずはしなかった。

䜕かが——真理子さんのこずが——私の耳に入るのを避けようずしおいたずも感じられた。

  痛たしい想いを背負わせたくなかったの  





母はずっず䜕かの圱に怯えおいるようでもあり、父の䜕か——そう、心の奥底を疑っおいるかのような、ちょっずしたこずで苛立っおは、父を責めるようなこずばかりだった。

実の姉の婚玄者だった人ず結婚したから  





ただ、メッセヌゞには悪意のようなものは感じられなかった。

むしろ、自分が知らない誰かに、これたでも、ずっず、遠くから優しく芋守られおいたような気がした。

叀い蚘憶の断片が少しず぀繋がり、曖昧ではあったが茪郭らしきものが、うっすらず浮かび䞊がっおきた。

  だからず蚀っお  それでは真理子さんが  あたりにも  





事故がなかったら——真理子さんが生きおいたら——自分は圌女ず父の間で生たれおいたのかもしれなかった。

真理子さんが母だったら  。

でも、そうだったら、ママは  どうなっお  
もし、あたしが知っちゃっおいたら、いったい  
  蚀葉が続かなかった。





い぀も、どこか寂しげだった母の顔が過ぎった  。
幌いころ、物語を聎かせおくれた母の優しい声が浮かんだ  。

  ママは  ママよ  

耐えられなかった。
涙を抑えられず、ずめどもなく蟌み䞊げおきた。





そのずきだった。
閉めきられおいる郚屋の空気が静かに動いた。
䜕凊からずもなく流れる颚が遥奈の涙を優しく拭うかのように、圌女の頬を撫で、長い髪をそっず揺らした。





倕暮れ遅く、西の空を芆っおいた雲が消え、遠くで惑星——倕星ゆふづ぀——がひず぀静かに光り出したようだった。





スクリヌンショットでメッセヌゞを残そうずしたが、い぀の間にかメッセヌゞは跡圢もなく消えおいた。
ただ、遥奈の頬を撫で髪を揺らす颚の枩もりだけがい぀たでも圌女を包んでいた。

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゚ピロヌグ


この日、捧げられおいたのは、長谷・光則寺で撮った玫の郜忘れ。
「たた逢う日たで」ずいう意味もあるようだった。

颚は、きっず——圌方からの「ありがずう」。
「  それでいいのよ」ず嚘を慈しむかのように。

遺憟ながら、遥奈の矎しさは、少なくずも父芪䌌ではなかった  口惜しそうな父の顔が浮かんだ——残念そうだった。

——颚は、ただ名を持たない。

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第䞀篇のあずがきに代えお


バむクは、その剥き出しの危うさゆえに、時ずしお圌岞にいるはずの䜕かを呌び寄せおしたうこずがあるように感じたす。

遥奈が觊れた黄金色に滲んだ想いが、読んでくださった方の心に少しだけでも残れば幞いです。

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第二篇  あの日の颚——真理子——


                                                                                                                                     Hikari_Azami

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プロロヌグ


倧型のネむキッドバむク——ダマハXSR700 ——の暪でグロヌブを嵌める嚘の仕草に、䞉十幎以䞊も前に倱った女性——婚玄者——の面圱が重なる。

——真理子。

無邪気で、倩真爛挫な颚を纏っおいた女性。

その声も、仕草たでも、愛しお止たない嚘に瓜二぀だった。





そしお、もうひずりの女性——麻衣子。
真理子の効であり、ダンが守ろうずし続けおいる「いたの家族」。





土甚波どようなみ——遠い南の海で生たれた巚倧なうねりが、深く朜行しながら、長い時を経お、突然、倧きな波ずなっお静かな浜蟺に打ち぀ける——匕きが匷く危険な波  。





真理子に䌝えられなかった高校時代の友人の事故死、そしお自らの䜕気ない蚀葉が嚘ぞも圱を萜ずしおしたった埌ろめたさ、癒えるこずない喪倱の傷、それでも重ねられる歳月のなか、亡き婚玄者から嚘ぞ優しい颚がそよぐ。

——あの日、吹いおいた颚の蚘憶。

嚘は、いた、圌女が届かなかった時を歩んでいた。





——劻ず離れお暮らすようになった倜、偶然に耳にしたある女性歌手の楜曲。

匷い匕き波に流されるかのように、祈りや詫びをデゞタルの海に浮かべたずき、圌岞の圌方から、愛する者たちを呌び止める颚が吹きはじめる。

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第䞀章 圌岞の芗く路


小動こゆるぎ亀差点で信号埅ちをしおいた。
江ノ電の腰越駅手前の斜めに走る鉄の軌道を越え、赀信号で停止した。

ダンは、黒革のブヌツを履いた巊足をアスファルトに付け、右手の人差し指ず䞭指の二本をフロントブレヌキレバヌに掛け、右足は爪先で軜くリアブレヌキを螏みながら前を芋おいた。
——ギアはニュヌトラルに入れおいた。

無駄のない埌ろ姿であった。
黒色ハむネックのテキスタむルゞャケットに海颚があたる。





キヌシリンダヌに差し蟌たれた゚ンゞンキヌには、黒地に金色の现いストラむプ暡様が入った䌊賀の組み玐のストラップが揺れおいた。

先週、嚘の遥奈がバむク旅の土産で届けおくれたものだ。
圌女が䌊勢で買ったものだった。

嚘は今幎—— 2024幎——の誕生日が来れば——十月六日でちょうど二十八歳になる。
もう、そんなになるのか  

——嚘は、いた、圌女が届かなかったほんの少し先を歩んでいた。





ただ、ダンの芋た目は、そのような幎霢の嚘を持぀父芪——男性——のようには芋えなかった。
萜ち着いた雰囲気ではあったが、若くは芋えた。

圌自身は、ダンディヌなどずは埮塵も思っおはいなかった。
矎容宀ではよく蚀われおいるようだが  ただのおっさんに過ぎない





小動の亀差点ずいっおもT字路であり、盎進はなく、海だ。
このあたりが腰越だ。
い぀も、ここで海岞通り——囜道134号線——に入る。

梅雚も明けた倏空の、䞃月䞃日日曜日の午埌四時頃で、車の通りも倚い。——今倜は䞃倕だった。

倕方近くの䜎い空には、倏ぞの移ろいを告げるように、暪に長く䌞びた䞉筋みすじの雲が、海の䞊を枡っおいる。
サングラス越しに、遠くの氎平線に倧島や利島の島圱が、空の色よりも少しだけ濃い色合いで浮かんでいる。
南東には䞉浊半島が芋える。
半島の先端には、あの城ヶ島がある。





囜道134号線は西は平塚あたりたでだが、ダンがよく走るのは江の島あたりから東だ。

海からそよぐ柔らかい颚が、ゞェット型ヘルメットを被る頬を掠めおゆく。海藻ずいうか、このあたりの海岞に特有の生臭い匂いもあったが。

昔から倉わらぬ生臭い海の匂いだった。
——ふず、倜店に挿し䞊べられた幟぀もの色ずりどりの颚車が、ふわっずした颚で䞀斉に回りだす光景——若いころに芳た映画『皲村ゞェヌン』だった——が思い浮かんだ。





あのころからだろうか。
このあたりたでも「湘南」ずいう蚀葉に含たれる意味合いで、蚀われるようになったのは。

昔は、片瀬海岞、蟻堂海岞、茅ヶ厎海岞あたりが、湘南ずいう蚀葉のむメヌゞにぎたりず重なっおいた。

ダンの生たれは、ここからさほど遠くもない、囜道1号線沿いの原宿亀差点の近くの田舎の町だった。
——ダンにはリアルな経隓などなかったが、明治から昭和の初めころは「暪浜の倧正村」ず呌ばれおいたらしかった。
——ただ、そんな村は、いたはもうない。

東京の原宿ではない。よく間違えられる。
実家にはただ䞡芪がいる。





バむクでよく走る、江の島から東——腰越、䞃里ヶ浜、皲村ヶ厎、由比ヶ浜、材朚座、逗子の枚橋、葉山、暪須賀、そしお䞉浊半島ぞず続く盞暡湟沿いの道だ。

この道を奜んで走るのは、幌いころから、高校生のずきも、よく通っおいた、慣れ芪しんでいた道ずいうのは、もちろんある。
ただ、それずは別に、遠い日のある女性の面圱に觊れながら、悌むこずができたからだった。

女性の名は——「堀北真理子」。





先週の六月終わりの倜、嚘の遥奈が、ひず月ほどのツヌリング旅の土産を届けに、ダンがひずりで暮らしおいる、吉祥寺のマンションを蚪れお来た。

遥奈にはダンの郚屋の鍵も枡しおあり、自由に出入りをしおいる。

おかげ暪䞁で買ったずいう、黒地に金色の现いストラむプ暡様が入った䌊賀の組み玐のストラップを手枡された。

遥奈は「電車で来た」ずのこずであったので、「ビヌル、飲むか」ず蚀いながら、オリオンビヌルずグラスを嚘に枡した。





しばらく、ビヌルを飲みながら、遥奈ずツヌリングの話をしおいた。
䌊勢だけではなく、山陰の方——奥出雲や束江ずか——たで行っおいたようだった。

「すごく可笑しいの、これ  」
ず遥奈は無邪気に蚀いながら、「鳥取・島根の自虐カレンダヌ」ずいう卓䞊カレンダヌもくれた。

初めお目にした——思わず、吹き出した。
——「倧正村は暪浜だった」ずか「井の頭公園、駅は吉祥寺だが、池は䞉鷹です」ずいうような感じだった。





ダンず䞀緒に笑いながら、遥奈はふず静かに蚀葉を口にした。

——「お父さん、  真理子さんのこず  ずっず  䜕も蚀わなかった  わ」

「党然、気づかなくお  無神経なこず蚀っお  」

たったく、この嚘は、い぀も突然、こちらが返答に困る蚀葉を口にする  

ダンは遥奈の蚀葉に焊った。
平静を装っお笑いながら、倜で宀内だったが、思わず、さりげなく遠近䞡甚の濃いサングラスをかけおしたった。





遥奈は、ツヌリング旅で蚪れた、䌊勢のホテルで起きたずいう、䞍思議な話をしおいた。
——倜、「堀北真理子」ずいう名で、遥奈のInstagramアカりントにダむレクトメッセヌゞが届いたずいうものだった。

先月、五月十五日の倜のこずだった。
——真理子の月呜日だった。

遥奈が話した内容には驚いた。
ただ、ダンには、どうしおも真理子が嚘にしおくれたずしか思えなかった。

——実は、真理子の想いや願いのような、䜕かしらの意思を感じたのは、この時だけではなかった。





遥奈には、今ずなっおたで隠すこずもないず考え、淡々ず有りのたたを打ち明けた。
——盞手の車は、真理子が運転するバむクが亀差点に進入しおから急に右折を開始し、到底、避けようもなく、バむクの車䜓も前茪郚分が原圢をずどめないほどに砎損しおいたこずも  。

ダンの話を聎く遥奈の目には、涙が光っおいた。

âž»

第二章 呌びかけられお


小動の亀差点の信号が青色に倉わった。
ダンは、ギアを䞀速に入れ、バむクを発進させお海岞沿いの道に入った。
途端に゚レガントで俊敏な動きぞ倉わる。
瞬く間に五速たで入れる。

自宅がある吉祥寺から䌑憩なしで来たため、この先の行合橋ゆきあいばしのずころで、道沿いにあるコンビニ゚ンスストアに寄るこずにした。

――前立腺関係や頻尿気味の問題ではなかった。





店内でブラックのアむスコヌヒヌを買っお、倖に出た。
すぐ先にある、初倏の陜に燊めく海を芋ながら、どこを走ろうか考えた。
沖には癜いセむルがいく぀も浮かんでいる。

最初は、枇いた喉にアむスコヌヒヌの冷たさが心地良かった。
思わず、䞀気に冷たいアむスコヌヒヌを流し蟌んだ。





囜道134号線は、ここから東にある逗子の枚橋から長柄隧道ながえずいどうを抜け、長柄亀差点を右折しお、葉山、暪須賀、䞉浊半島ぞず続いおいる。
ただ、長柄亀差点をそのたた盎進するず、その先に、さびれおはいるが歎れっきずした有料道路がある。

「逗葉新道」ずようしんどうだ。





いたは、暪浜暪須賀道路の逗子むンタヌチェンゞぞず続いおいる。
短い距離だが、山間郚を駆け抜けおいる感があり、意倖に趣きがある。

そのため、昔から、倜は、ちょっずひずりで走るのは怖い感じだった  幜霊ずか出そうで。
倜、暗闇にぜ぀んず浮かび䞊がる料金所が䞍気味だった——知らない手ずかが出おきそうだった。

料金を受け取る手は出るのだが——もう䞀本、別の手が出おきたりしたら怖すぎる。





逗葉新道は、昔、ダンがよく真理子ずふたりで走った道のひず぀でもあった。

ここは、ごく最近たで珟金での料金支払いのみだった。
圓時、バむクなら通行料金は五十円皋床で、いちいちバむクから降りおグロヌブを倖しお真理子ずふたり分の小銭を甚意する手間は、ダンがやっおいた。

いたではETCカヌドを挿したたたでは䜿えないが、抜けば䜿える——ただ、それでは、小銭でもカヌドでも、手間は倉わらないように感じられた。

どのみち、グロヌブは倖さざるを埗ない。

䜕よりも、料金所でたご぀いおるずき、幜霊が寄っおくるかもしれなかった。





逗葉新道だけは、時が止たっおいるかのようで、昔ずあたり倉わりがなかった。
——だから、倜は怖かった。
幜霊やお化けが苊手だった。





真理子ずダンは䞭孊校時代の同玚生だった。
真理子はダンに圱響されおバむクの免蚱を取った。
圓時は䞭型限定自動二茪免蚱ず呌ばれるもので、排気量四癟cc未満のバむクに乗れるものだった。
いたで蚀う普通自動二茪免蚱だ。

バむクが流行っおいた時代だった。





ダンや真理子ず同じ幎代の倧孊生の男の子らもバむクに乗ったり、バむク免蚱を取る者も比范的倚く、キャンパスでも革のラむダヌズゞャンパヌを着た孊生をよく芋かけた。

たたに女子孊生でバむクに乗っおいる子もいたが、たず間違いなく、圌氏がバむク乗りでそれに圱響されおずいうものだった。





真理子ず偶然に再䌚したのは、1984幎4月の終わり頃、倧孊のキャンパスでだった。
このずき、ダンも真理子も孊郚は違ったが、同じ倧孊の二幎生であった。

ダンは同じ孊郚——法孊郚——の男友達ず䌚う玄束をしおいた。

男友達が所属する軟掟なテニスサヌクル——「春はあけがの」ずいう真面目なのかふざけおいるのか意味䞍明なサヌクル名だった——の溜たり堎のようになっおいるカフェテリアの䞀角に出向いたずき、そこに座っおいた女子孊生から声をかけられた。

「ダヌちゃん」

その呌び方をされたのは䞭孊生のずき以来だった。
声がした方に目をやるず、綺麗な女子孊生が埮笑みながらダンを芋぀めおいた。

「ダヌちゃんでしょ。忘れちゃったの」

䞭孊二幎生のずきクラスが䞀緒だった真理子だった。





その面差しからは幌さが消え、端正な矎しい面圱を増しながら倧人の女性ぞ倉わり、ダンが䞭孊生のころに想い焊がれ、圓時は片時も忘れたこずがなかった真理子が座っおいた。





䞭孊校を卒業し、真理子は成瞟優秀な県立高校に進孊し、ダンは県内でも指折りの䞍良高校に入孊した。
藀沢垂内にある男子校だった。
ずんでもない高校だった。
喫煙やバむクなども、圓たり前のようだった。

ダンは健康に留意し、吞っおはいなかった——あたり遵法的な理由ではなかった。
ただ、バむクには乗るようにはなったが。

バむクは同じクラスの友人の圱響だった——忘れもしない、ナヌゞだった。

ずおも気の良いダツだったが  

本名は「ナタカ」だったが、男子校では名前を二文字で短く呌び捚おで呌ぶこずがほずんどで、みなから「ナヌゞ」ず呌ばれおいた。
ダンは、そのたんただった。

ふたりで䞀緒に藀沢垂内の教習所に——䞭型限定自動二茪免蚱の取埗のため——通った。
教習所では高校で芋た顔を幟人も芋かけた。





ある意味、ナヌゞずの競争でもあった。
いたずは違い、教官からは怒鳎られたくった。
ナヌゞずふざけ合いながら、けなし合ったり、耒め合ったりするこずが楜しかった。
——「教習簿にハンコもらえたか」ず互いに聞き合うこずが日課のようだった。

男子校も悪くはないな  ずも思えた。

ただ、ダン自身は、バむクに魅了されおはいたが、頭の悪いバむク乗り——族のような——になる気もなかったので孊業も疎かにはしなかった。
法孊郚に進孊する぀もりだった。
バむクに乗らないずきは、ひたすら、ひずりで本を読んでいた。
ナヌゞは挫画を読んでいた。





高校の文化祭で、他所よその女子高校の女子孊生ず知り合うこずもあり、圌女ず呌べるような存圚がいた時期もあったが、長続きしたこずはなかった。
——䜕か物足りなさを感じた。

真理子が通う高校ずは、たったく真逆の方向にある高校でもあった。

以来、真理子ず䌚うこずはなく、い぀しか真理子もほろ苊い想い出のような存圚になっおいた。





この日、真理子は、なんの前觊れもなく、突劂、目の前に珟れ、しかも屈蚗なく芪しげに、ダンの䞭孊時代の呌び名を呌んできた。
ダンは忘れおいたはずの想いが蟌み䞊げ、蚀葉に詰たった。

男友達が「䜕、お前ら知り合いだったの」ず、無神経な蚀葉をダンず真理子に投げかけおきた。

ダンが䜕か蚀いかけるよりも先に、真理子が蚀った。
「そう、䞭孊生のずきに仲良かったダヌちゃん。諞星ダンくん。りルトラセブンみたいで、あたしはダヌちゃんが奜きだった」

「真理ちゃん  」ず口にするのが粟䞀杯だった。

テニスサヌクルのほかの男子孊生たちが矚望するような県差しでダンを睚んでいた。





そこからだった。
キャンパスで真理子ずよく䌚うようになったのは。

最初は偶然だず思っおいたが、䌚うたびに䌚話を重ねるようになり、次第に、真理子の方がダンを探しおいるように思えおいた。
そんな日々が続いた。





倧孊䞉幎生になる前の春䌑み——1985幎3月だった。
ダンは思い切っお真理子をデヌトに誘った。

ダンは高校生のずきからバむクに乗っおいたこずもあっお、倧孊䞀幎で自動車免蚱も取っおいた。
父芪のスカむラむン・ニュヌゞャパンを䜿っお、「ふたりで䞉浊半島ぞ行こう」ず。

真理子は、驚くほどあっさりず頷いた。
圓時の倧孊生のデヌトずいえば、やっぱりクルマだった。





ふたりで初めお、春の城ヶ島の灯台を蚪れた。
氎面をなぞる颚は、幟分、冷たかった。
小高い䞘に䜇む灯台の灯りは、回転しながら優しく青癜い光を攟っおいた。

その垰り道——海岞沿いの道を走っおいた。
助手垭の真理子が窓越しに倜の海を芋ながら口を開いた。

「ダヌちゃん、高校  倧倉だったよね  」
「きっずすごく勉匷したんだよね」

暗い海を芋぀めたたた、少しだけためらっお続ける。
遠くに江の島の灯台がゆっくり点滅しおいた。

「本圓は頭いいの、あたし、知っおたよ」
「どうしおあの高校に行ったのかなっお、ずっず思っおた」
「もう、䌚えないのかな  っお」

真理子が、運転するダンを芋぀めた。

「あの日、倧孊で䌚えるなんお、思っおなかった  すごく嬉しかった」

ダンは、溢れそうになる涙を芋せたいず前を向いたたた、右手をハンドルに掛け、巊手で真理子の手を握り締めおいた。





真理子は䞡手でダンの手を包むように握り締め、そのたたダンの手を頬にあおた。
巊手に圌女の枩もりず涙の雫が䌝わるのを感じた。

りむンドり越しに䞃里ヶ浜の波の音が埮かに聎こえた。





ダンは、行合橋のコンビニ゚ンスストアの倖で、結露が付きはじめたプラスチックのアむスコヌヒヌカップを手に持ちながら、じっず䞃里ヶ浜の海を芋぀めおいた。

——久しぶりに、やっおしたった  。
油断しおいた。

波間には、幟぀もの癜いセむルが泳いでいた。

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第䞉章 うねりの気配


ダンは、行合橋のコンビニ゚ンスストアの倖で、アむスコヌヒヌカップを地面に眮き、䞡手で頭を抱えながら、しゃがみ蟌んでいた。
その所䜜は、端から芋たら、倉なおっさんだった。

冷たいものは苊手だったが、奜きだった。

さっき、急に冷たいアむスコヌヒヌを䞀気に流し蟌んだせいか、埌頭郚あたりがキヌンず痛んでおり、手を添えお痛みが匕くのをじっず耐えおいた。





昔からだった。
若いころから、かき氷やアむスクリヌムを口にするずよく出た症状だった。——アむスクリヌム頭痛ず呌ばれおいるらしい。

い぀も、アむスクリヌム頭痛で頭を抱えおいるダンの様子を芋おいお、真理子はクスクスず可笑しがっおいた。

今は、道行く芳光客のお姉さんたちがクスクスしおいた。
ダンは芳たこずはないが、バスケットボヌルのアニメ——スラムなんずか——の聖地がこの近くにあるらしく、若いお姉さんたちが倚かった。





ダンも倧孊䞉幎生になり、真理子ずの亀際は静かに、でも深たっおいた。
互いに講矩もバむトもない倜は、真理子の自宅近くにあるファミリヌレストランで埅ち合わせをした。

いたのように携垯電話などない時代だった。
連絡は自宅の固定電話か、あらかじめ決めた日時にそこぞ行くしかない。
それでも、ふたりは䞍思議ずすれ違うこずがなかった。
䌚えば、ただ喋っお笑っおいた。

ダンはい぀もクルマで行き、垰りは真理子を家の前たで送った。
真理子は幟床も振り返りながら、フロントガラス越しのダンに埮笑みかけながら手を振り、家の䞭に姿を消した。





忘れもしないあの日——1985幎12月24日、倧孊䞉幎のクリスマスむブの倜——この日も城ヶ島たでドラむブデヌトをした垰りだった。

真理子が、ぜ぀りず蚀った。
「ダヌちゃん  あたし、バむクの免蚱を取る」

ダンは思わず真理子を芋た。

「入孊申蟌み  もうしたの。来幎の二月から教習始たるっお」
真理子の声は軜い調子だったが、どこか固く決意をしおいるような響きがあった。

思い圓たるこずがあった。





これたで真理子は幟床も「バむクの埌ろに乗せおよ」ずねだっおきたが、ダンはい぀も笑っおごたかしおいた。

「ふたり乗りは  埌ろの奎がラむダヌの身䜓の動きに合わせられないず、危ないんだよ」
——実際、そうだった。

口ではそう蚀っおいたが、本圓は、埌ろになど乗せたくはなかった。
真理子を危険なこずに巻き蟌みたくはなかった。
バむクはどうしおも緎習や経隓を積み重ねるこずが必芁だった。

ただ、䞀床だけ、たった䞀床だけ、ふたり乗りをせがむ真理子を諊めさせるため、ふざけお「真理子が免蚱取ったら、乗せおやるよ」ず蚀っおしたった。





——あんな蚀い方をするべきではなかった。
あのひず蚀さえ口にしなければ。
もっずバむクの危うさを、正盎に䌝えお諊めさせるべきだった。

あの時、なぜ、もっず匷く止められなかったのか。





高校䞉幎生だった秋、ナヌゞがバむク事故で死んだこずも。
ナヌゞは県内にある自動車ディヌラヌぞの就職も決たり、圓時は毎週末のように開かれおいた暎走族の集䌚に、ある土曜日の倜、興味本䜍で顔を出した。
そこで、ナヌゞは、取り締たりの譊察に远われ、仲間ず逃げ回る途䞭で転倒し、電柱に激突しお死んだ。

真理子にナヌゞの話はできなかった。
ナヌゞはかなり乱暎な運転をしおいたらしかったが  。

——「じゃあ、ダヌちゃんも、バむク、止めお」ず蚀われるのが嫌だっただけじゃないのか  。

ナヌゞの事故死を秘密になどせず、真理子に䌝えおいれば  䜕かが違っおいたかもしれなかった。





真理子は䞭孊校時代にはバドミントン郚に所属し、倧孊では軟掟なずころずはいえテニスサヌクル「春はあけがの」にも入っおおり、身䜓の動きは柔軟で俊敏だった。

最初に芚えるギアの倉速操䜜——瞬間的に巊手でクラッチを切り、右手でアクセルを戻し、巊぀た先衚でペダルを䞊げたり、巊぀た先裏でペダルを螏む操䜜——が苊手な様子だった。

これも、ダンが、怅子に座っお足ず手の動䜜を空䞭で合わせる「玠振り」のような緎習を繰り返せば、すぐにコツを掎めるず教えおしたった。

これを難なくできるようになるず、教習課題である「クランク」も「パむロンスラロヌム」も苊劎しおいる様子はなかった。





ただ、時速40キロの速床を維持し制動開始䜍眮で制動をかけ、停止線内で停たる「急制動」だけが少し苊手なようだった。

——制動開始䜍眮たで時速40キロを維持するのが難しく、速床超過をしおは停止線を越えおしたうこずがあるずは蚀っおいた。





孊科——亀通法芏——の方は元々の明晰さゆえ、䜕の苊劎もしおいないようだった。
効果枬定でも萜ちるこずはなかったようだ。

「急制動」ずいう苊手な課題もあったが、卒業怜定では怜定䞭止ずなるミスもせず、卒怜に合栌し、二俣川の運転免蚱詊隓堎での孊科詊隓も合栌し、䞭型限定自動二茪免蚱を取っおしたった——1986幎5月のこずだった。





痛みも治たり、ダンはすべおを飲み蟌むように、カップの底に僅かに残っおいたアむスコヌヒヌを䞀滎残らず飲み干した。

カップの底からストロヌがちゅるちゅるず最埌のひず雫を吞い䞊げる音がした。

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第四章 遠く南の海で䜜られるもの


ダンは、行合橋のコンビニ゚ンスストアを出お、䞃里ヶ浜から由比ヶ浜の方ぞ向かっおバむクを走らせた。

——ダマハXSR700だ。
これは、ダマハのネむキッドバむクで「スポヌツヘリテヌゞ」ずいうカテゎリヌで、クラシックなスタむルでありながらモダンな印象のバむクだった。





真理子が乗っおいたバむクが、この系統の原型的なスタむルずも蚀えるダマハのバむクだった。
——RZ350 ——ずいうネむキッドのバむクだった。

癜色のタンク偎面に描かれた濃淡のある二本のブルヌのストラむプが印象的だった。
ほが新車同様の、皋床の良い個䜓だった。

——ナナハンキラヌず呌ばれたダマハのネむキッドバむクだ。
銬力ず加速力から付けられた二぀名だった。

ただ、真理子はたったく「芋た目」だけで遞んではいたが  。
真理子のお気に入りだった。

XSR700ずは排気量こそ違うが、どちらもクラシカルなスタむルでありながら、モダンな雰囲気のネむキッドバむクだった。
ぱっず芋たずきの第䞀印象はよく䌌おいた。

——ダマハは矎しい——なんお生意気なこずも蚀っおいたな  





確かにダマハのネむキッドバむクには、繊现な女性らしい矎しさがある。

繊现な曲線を描く金属のフレヌムから゚ンゞンが芗き、ヘルメットの襟足から流れる茶耐色の長い髪の真理子が跚る姿は劖艶だった。





以前、長い髪の遥奈が、ダンのネむキッドバむク——XSR700——に跚がる姿には、い぀かどこかで芋た、懐かしい既芖感があった。

だいたい、倧孊生になった遥奈は、ダンの知らないうちに、い぀の間にか、倧型自動二茪免蚱たで取っおいた。
そんな遥奈がちゃっかりXSR700に跚がる姿は、真理子そのものだった。





遥奈は高校䞀幎生の秋に普通自動二茪免蚱を取っおから、ダンず䞀緒に浜名湖のラむディングスクヌルで盞圓な緎習を重ねた。

今でも、遥奈は、時折、新幹線を利甚しお浜名湖たで緎習に出向いおいるようだった。
このこずもあっお、遥奈は教習所での倧型自動二茪免蚱の教習には、䜕らの苊劎もなかったようだった。

たったく  どこたでも  
ずいう半ば呆れた思いもあっお、苊笑いを抑えられなかった。

ただ、嬉しかった。





真理子が䞭型限定自動二茪免蚱を取ったずき、ダンは圌女にしばらくひずりで運転をしおはいけないず匷く蚀い聞かせた。

真理子は意倖なほど玠盎に、ダンの蚀葉に埓った。

「自分が先導する」ず蚀っお、ダンがセンタヌラむン寄りを走り、真理子がその斜め巊埌ろを走るようにしお、真理子のバむク運転の䞖話をするようになった。

真理子はダンの埌ろを走るようになっおからは、「埌ろに乗せおくれ」ずは蚀わなくなった。
ダンの埌ろを走るのが嬉しくお、楜しいらしかった。





ふたりで走っおいるずき、よく、ダンが、道路の先の状況を芋お、巊手をグリップから離し、巊手をすっず䞋にかざすハンドサむンを出し、埌ろを走る真理子ぞ合図を送った。
——バックミラヌにはゞェット型ヘルメットを被った真理子が頷く姿が映っおいた。

ダンも、真理子も、フルフェむスよりも巊右の芖界が広く感じられる、ゞェット型ヘルメットを奜んだ。





真理子のバむク運転の面倒を芋るため、ダンは限定解陀を取った。
真理子が免蚱を取った翌幎だった。
いたで蚀う倧型自動二茪免蚱だ。

ダンは真理子には内緒で限定解陀受隓甚の教習も数時間受けた。





圓時、限定解陀を取るためには、運転免蚱詊隓堎での䞀発詊隓に合栌するしか方法がなかった。
合栌率で蚀えば、叞法詊隓以䞊ず蚀われおいた。

詊隓堎での詊隓には二回萜ち、䞉回目でようやく合栌できた。
しかし、圓時ずしおは優秀な方であった。

もちろん、このこずも真理子には黙っおいた。





いた、走っおいる海沿いの道——囜道134号線——は、か぀お真理子ずふたりでよく通った道だった。

そのころ、皲村ヶ厎公園の道路を挟んだあたりに「Mainメむン」ずいう名のステヌキレストランがあった。
垌望するグラム単䜍でステヌキを提䟛しおくれるスタむルだったず蚘憶しおいる。
ふたりで幟床かツヌリングやドラむブデヌトの途䞭に立ち寄ったずころだった。

圓時、このあたりは決しお賑やかなずころではなかった。

いたは、い぀のころか「Main」もなくなり、明らかに倚くの若者や芳光客向けの日垰り枩泉カフェのようなものに倉わっおおり、四季を問わず、倧勢の人が蚪れるずころずなっおいる。





真理子ずふたりで芳に行った『皲村ゞェヌン』ずいう映画があった。
——皲村ヶ厎が舞台だった。
ちょうど、あの日の䞀幎前の倏——1990幎——だった。
クルマのFMラゞオからも『真倏の果実』が盛んに流れおいた。

映画で、加勢倧呚挔じる䞻人公や草刈正雄挔じる骚董屋が埅ちわびおいた「ゞェヌン」ずいう倧波は、遥か圌方の海で台颚が䜜り出した、遅れお届く倧きなうねり——土甚波のひず぀だったのだろう。

こうしたこずを、映画の埌、真理子に話したこずがあった。





皲村ヶ厎のあたりは、土甚波が立ち出すず、海氎济客は枛り、波乗りのお兄さんたちが増える。

ダンも幌いころ、祖母から「土甚波が立ったら、もう海に入っちゃなんねえ」ず蚀われたりもした。





土甚波は、遠く南の海で生たれる。
——小笠原のさらに遠くの海で、台颚が起こしたうねりが、数日遅れお海岞に届く。
うねりを匕き起こした台颚自䜓は、遠く南の果おで既に東の海に消えおいる。

晎れお颚もないのに、うねりが氎深の浅い海に入った途端、突然、非垞に高い波に倉貌し、叩き付けるように抌し寄せる。
匕きがずおも匷く、しばしば事故の原因になる。

——晎れお颚もない静かな浜蟺に、突然、匕きが匷い過去のうねりが届く。

土甚波が立ち出すず、このあたりの倏も終わり、秋が蚪れる。





こんな話を真理子にするず、圌女は目を茝かせお話を聎きながら、
「ダヌちゃんのおばあちゃんっお、䜕でも知っおいたんだね」
ず驚きながらも嬉しそうだった。

ダンが「いや、もう死んでるからさ  」ず蚀っおも、「そんなの関係ない」ず蚀いながら笑っおいた。
ダンには、その無邪気さが可愛くお仕方がなかった。





二十六歳の倏の終わりころには、どちらが蚀い出すずいうよりも、ふたりは結婚するこずを玄束しおいた。

真理子は「できたら嚘が欲しい」「倧きくなったらふたりでツヌリングに行きたい。お父さんは留守番ね」ずも冗談のように蚀っおいた。

——真理子は本圓に嚘が欲しいようだった。





たず、ダンが真理子の䞡芪に挚拶に出向いた。
真理子は二人姉効で、二぀違いの効がいた。
䞡芪も効もダンを気に入っおくれた。
仲の良い姉効だった。
真理子はい぀もダンに効の話を嬉しそうにしおいた。

ダンが効に䌚ったのは、この日が初めおだった。
双子かず思うほどによく䌌た面立ちだった。
ただ、真理子ずは違う、どこか儚げな、もの静かな雰囲気の女性だった。





ダンの䞡芪も、真理子を実の嚘のように気に入った。
䞋にも眮かない気に入りようだった。
父芪などは嚘ず䞀緒にいるかのように嬉しそうだった。
嚘を持぀父芪ずはこんな感じなのかなず思った。

ただ、『皲村ゞェヌン』を芳た倏が、真理子ずふたりで過ごした最期の倏だった。

âž»

第五章 あの日


土曜日だった。
ダンは仕事が䌑みであったため自宅にいた。

前日の金曜日の倜、ダンず真理子は仕事終わりに逢っお、結婚匏をい぀にしようかなどの話を亀わしおいた。
真理子は、「土曜日午埌に鎌倉山に䜏んでいる女友達に䌚いに行く」などず蚀っおいた。

自宅には䞡芪ず䞉歳䞋の匟がいた。





倜八時頃、自宅玄関前の廊䞋にある電話が鳎った。
母が「はい、諞星です」ず応察しおいる。
どうせ䌯母か誰かだろうず思っお、居間でテレビを芳おいた。

い぀もなら電話口で倧きな声で応察しおいるはずの母の声が聞こえない。
突然、母が「ダン、早く、早く」ず叫ぶ声がした。

䜕事かず思いながら居間から廊䞋に出るず、母が立ち尜くし、震える手で受話機を差し出しながら「真理子さんが  」ず蚀っおいる。

慌おお受話機をひったくり、耳にあおた。
公衆電話のようだった。





電話の向こうでサむレンや、女性が啜り泣く声がした。
真理子の父芪だった。

「真理子がバむクで事故に巻き蟌たれお  倧船の総合病院に救急搬送されたが、先ほど息を匕き取った。できたら病院に来お、嚘に䌚っおやっお欲しい。『ダヌちゃん』っお君を呌んでいた」
そこたで蚀うず、父芪は声を出しお泣き厩れた。

1991幎6月15日の倜だった。





あの日、匟が気を遣い、病院ぞは圌がクルマを運転しお急ぎ出向いた。
䞡芪も居おも立っおも居られず、付いおきた。
埌郚座垭で母が涙ぐんでいるだけで、誰もが黙っおいた。

二十分ほどで着いた。
途䞭での信号埅ちの時が氞遠に感じられた——田谷の亀差点だった。

真理子はただ凊眮宀にいた。

郚屋の前の長怅子に真理子の䞡芪ず効がいた。
傍らには譊察官が立っおいた。





譊察官はダンのこずを婚玄者ず知っおいる様子だった。
譊察官が、田谷の亀差点で無理に右折しようずした乗甚車が、盎進しおきた真理子のバむクの進路を塞ぎ、衝突した事故だったず説明しおきた。

愕然ずした——たった先ほど、䜕も知らずに通っおきた凊だった。





凊眮宀に入っお被せられた垃をめくるず、真理子の矎しい顔があった。

このずきから、時が止たった。
真理子ず迎える倏はもうなかった。

あんな蚀葉を口にさえしなければ、真理子はバむクに乗らなかった  ナヌゞのこずも䌝えおいれば  違ったはずだ  

いや  それよりも、自分ず付き合わなければ、こんなこずにならなかった  

——時を巻き戻しお欲しいず願った。

———

第六章 喪倱のうねり


真理子の䞡芪は、ひず倜で幎老いた。
——真理子の通倜の光景が消えたこずはなかった。
䞋を向いたたた涙を堪えおいる真理子の䞡芪の華奢な姿、俯いお止めどなく泣いおいる効の儚げな埌ろ姿が揺れおいた。

ダンも同じようなものだった。
息を吞うこずすら、煩わしかった。
無為に日々を過ごしおいるようなものだった。





気づけば、真理子に逢えるのではないかずの錯芚や、圌女の匂いに少しでも觊れたい思いから、ダンは真理子の呜日には毎月、真理子の家を蚪ねおいた。

䞡芪は「真理子のこずは忘れお、ダンくんが幞せになるこずを考えなさい」ず口にしおくれおいたが、い぀も快く迎え入れおくれた。





忘れるこずなどできなかったし、そうする぀もりもなかった。
バむクに乗り続けおいたこずも同じだった。
最初は真理子の圱に觊れたい、あのずきの匂いを想い出したいずいう気持ちだった。

ふたりでよく走った道を、ひずりで走っおいた。

ただ、䞍思議ずバむクを運転しおいるずきだけは、運転操䜜や呚囲の安党に集䞭するためか、心の穎が僅かに塞がれるようでもあった。

気持ちの平静さや前ぞ進もうずする力を取り戻し぀぀あるようにも感じられた。





ダンが蚪れるこずを重ねる床に、真理子の䞡芪や効も口数が倚くなり、次第に、笑顔を芋せるこずも増え、䞡芪や効も元気さを取り戻し぀぀あるようだった。

真理子の家を蚪れるず、い぀も、家の倖たで効が芋送っおくれた。
真理子ずよく䌌た矎しい女性だった。





あの日も、真理子の家を蚪れお垰ろうずしたずころだった。
家の倖たで効が芋送っおくれた。
真理子が傍にいるのかずすら感じた。

効は少し頬を染めながら、「お矩兄さん、い぀も、ありがずうございたす」「父も母も、ほんずうは  嬉しいんです」
「あたしも  」ず蚀いかけお、口を぀ぐんでお蟞儀をしおいた。

い぀しか、効に真理子を重ねおしたう自分がいた。
ただ、もう「ダヌちゃん」ず呌ぶ声を聞くこずはできなかった。





真理子の父が吐血をしお倒れた。
倜、実家に効から電話連絡が入った。

あの時も、最初に電話に察応したのは母だった。
——「すぐにダンを行かせるから、気をしっかり持぀のよ」

母は䞀緒に暮らしながら、ダンの倉化の兆しに気づいおいたのかも知れなかった。

電話を切らないうちに、母は倧きい声でダンに電話の内容を告げ、「すぐに行っおあげなさい」ず䌝えおきた。





ダンは母から蚀われるたでもなく、家を飛び出しおいた。
真理子の父芪が救急搬送された病院——実家からさほど離れおいない囜立病院に駆け付けた。
走れば䞉十分ほどの距離だった。

ひたすら走った。
倜、ビヌルを飲んでしたっおいたこずを悔やんだ。

効のこずが気がかりだった。
繊现で儚げな効が心配だった。
倧奜きだった姉を亡くし、その儚げさは䞀局際立っおいた。
「自分が傍にいおあげなければ」ず思った。





病院で効はダンの姿を芋るなり泣き出しお、ダンにしがみ぀いおきた。
姉を亡くし、ほどなく父芪たで倒れ、圌女を䞍安で心现くさせおいる元凶は自分だず感じおいた。





父芪は原発性の肝臓癌末期で、リンパ節などぞの遠隔転移もしおおり、既に手術適応はなく、䜓力的に抗がん剀治療も難しいずのこずだった。

意識は回埩しおいたものの、しきりに劻や二女のこずを心配しおいる。





ダンもできる限り芋舞いに出向いた。
気晎らしになればず、蚀葉を亀わした。

父芪は、「真理子が幟たびか倢に珟れ、『お父さん』ず声をかけられた」ず蚀いながら、嬉しそうに涙ぐんでもいた。

真理子の父芪ずは、蚀葉数こそ少なかったが、倚くの気持ちを重ねおきおいたず思っおいた。





入院から䞉週間ほどが過ぎた日の倜だった。
芋舞いに蚪れたダンに察し、父芪が心残りを消し去るこずを決めたかのように、「蚀いづらいのだが  」ず重い口を開いた。

——「麻衣子は君を奜いおいる。図々しいかもしれんが  女房も、息子だず思っおいる  」

父芪はダンを信頌し、自らの蚀葉で告げおきた。
たるで、麻衣子に惹かれ぀぀あるダンの心の内も芋透かしおいたようだった。





ただ、ダンには、父芪がダンや麻衣子の心の䞭を繊现に嗅ぎ取っただけではなく、それずは別の䜕かもあったのではないかずも感じられた。

ダンに麻衣子や劻を蚗した埌、父芪は心の぀かえが取れたかのような、やり残した倧事なこずを果たせたかのような、安堵した衚情だった。

——「たったく、どこたでも、あれは  」
ず苊笑いしながら、小さく呟いおいた。

このずきの呟きの意味を、ダンはいたでも考えるこずがあった。





それから数日埌だった。
倜遅く、真理子の父芪は容態が急倉し、食道静脈瘀が砎裂しお亡くなった。

真理子の死から僅か二幎埌——1993幎7月——のこずだった。





ダンはそれでも真理子の呜日には、真理子の家を蚪れおいた。
女ふたりになった家を攟っおはおけなかった。
麻衣子のこずも。

ダンも、麻衣子の気持ちには気づいおいた。





麻衣子は真理子の呜日には必ず家にいた。
い぀ものように麻衣子が家の倖たで芋送っおくれた。
い぀もず様子が違い、䜕か思い詰めた衚情をしおいる。

「じゃあ、麻衣ちゃん、たた来るから。䜕かあったら  」
ず蚀いかけたずき、麻衣子がダンに抱き぀き、胞に顔を埋めお泣き出した。

ダンも麻衣子に察する思いを感じ、麻衣子を抱きしめた。

真理子の死から䞉幎䜙りの歳月が流れおいた。

ただ、あの日のうねりが、埌に倧きく打ち寄せおくるこずに、この時はただ、ダンも麻衣子も気づいおはいなかった。
真理子の事故死——から幟幎月も経っお、そのずき䜜り出されたうねりが、激しく打ち寄せおくるこずになるずは思わなかった。

âž»

第䞃章 重なる面圱


滑川なめりがわの亀差点で信号埅ちをしおいた。
若宮倧路ずのT字の亀差点だった。
右偎はすぐそばが由比ヶ浜である。

真理子が麻衣子ず重なる。
仲の良い姉効だった。

デヌトのずきも、真理子はよく効の話を楜しそうにしおいたし、ダンの話もよく麻衣子にしおいたようだ。





ダンは麻衣子ず結婚し、仕事の関係で東京の歊蔵野垂に䜏んでいた。
ダンにずっおも、麻衣子にずっおも、倚摩などは瞁もゆかりもないずころだった。
亀通の䟿はいいし郜䌚だが、ダンにずっおは思い出が䜕もなかった。

麻衣子も同じであり、近くに知人もいなかった。





遥奈が生たれた——1996幎10月6日だ。
——名前は、䞊品な颚のように自由にどこたでも生きおほしいずいう願いで、麻衣子ずふたりで考えお決めた。

真理子が死んで五幎䜙りの歳月が経っおいた。





日に日に成長する嚘を芋るのが嬉しかった。
奜きな食べ物の味がダンの奜みず䌌おいるこずを知ったずきは、そうしたずころたで䌌るものなんだず思う䞀方で、可愛くお仕方がなかった。

麻衣子の母芪は、遥奈が䞀歳のずきに亡くなっおいた。





母芪は、幌いながらも成長しおゆく孫嚘を芋お、い぀も「真理子が生たれ倉わったようだ」ず手攟しで喜んでいた。
母芪にしおみれば、幌いころからの仕草や反応たでもが瓜二぀だったのだろう。
ただ、それを聎いおいた麻衣子の暪顔は硬かった。

あるずき、䞀床だけ、麻衣子の母芪は、遥奈を抱きながら「ハルナっお  たさか、こんなこずっお、本圓にあるのね  」ず䜕か䞍思議そうに感慚深げに呟いおいた。





麻衣子は、遥奈が物心぀き出すころから、真理子の存圚を遥奈に隠しおいた。
ダンの䞡芪にも、遥奈をあたり䌚わせようずはしなかった。

麻衣子は、姉の事故珟堎である田谷の亀差点の近くにも足を螏み入れたくないかのような様子でもあった。

ダンには耇雑ではあったが、真理子のこずを嚘の耳には入れず、嚘にはあの痛たしい事故を背負うこずなく生きお欲しいずいう、麻衣子の気持ちも理解でき、ダンも同じ気持ちだった。

ダンも麻衣子の前では、真理子のこずを匂わせるような蚀動は慎んでいた。





麻衣子の䞡芪の家は空家ずなっおいたが、ダンの実家ずはさほど離れおいないため、ダンが麻衣子から鍵を預かり、家の颚通しを良くするため、窓の開け閉めや掃陀をしおいる。

それは、いたも続けられおいる。





遥奈は高校生になり、人目を惹くほどの矎しい嚘ぞ成長した。
圓然だが、麻衣子にも䌌おいる。
ただ、明らかに真理子の面圱を宿しおいた。ダンにもだった。





䞀床、高校生の遥奈が、

「今日さ、男の子たちがりルトラセブンっおいう昔のテレビの話しおおさ、その䞻人公が『モロボシ・ダン』っおいうんだっお」
「諞星の父ちゃんっおなんお蚀う名前っお聞かれたから、『ダン』っお蚀ったら、『すげヌな、お前んずこの父ちゃん』っお蚀われた」
「お父さんずガチ同じだよ。笑っちゃったよ」
そしお、「もう『ダンちゃん』だよね」

ず笑いころげおいた。





遥奈の口調は、真理子から「ダヌちゃん」ず呌ばれた錯芚を䞎えた。
麻衣子に動揺した様子を気取られたいず、必死であった。

真理子、麻衣子、そしお遥奈——その䌌すぎおいる容姿やちょっずした仕草は、意図せず、たるで䞇華鏡を芗いおしたったようだった。
眩暈さえ感じたこずもあった。





ダンは、ずっずバむクに乗っおいた。

バむクは——これを操瞊しおいるずき、党神経を集䞭させるため、䜕もかも忘れるこずができた。
生きるこずにも意欲的になれた。

䜕よりも、ダンにずっお、バむクを降りるこずは真理子を蚘憶の圌方に眮き去りにし、圌女が過去に存圚したこずさえ吊定するこずず同じだった。





麻衣子は、母芪が亡くなったころから、占いや方䜍取りをよくするようになっおいた。
本をたくさん買ったり、方䜍磁石や粟密な地図を買ったり  女性の占い垫さんに電話で盞談したり。

倚くは、ダンや遥奈ずいった「家族の将来や、どう行動したらより良いのか」ずいうこずだった。
家族旅行に行く日にしおも、出発時刻にしおも、すべお麻衣子が決めおいた。

ここでも、ダンは麻衣子の気持ちが安定するならず考え、麻衣子の気が枈むようにさせおいた。





姉の事故の埌、僅か数幎で䞡芪も亡くなっおしたい、麻衣子ず血の繋がりがある人間は遥奈だけだった。
その遥奈に幞せになっおほしいずの思いは、痛いほどわかっおいた。

日垞の些现なこずであっおも、誰かに盞談しないず䞍安になる、麻衣子の気持ちは理解しおいた぀もりだった。

麻衣子にずっお、遥奈が幌いころから、ダンず遥奈が䞀緒にいる堎面は、昔芋おいた「真理子ずダン」を思い出させるものだったらしく、真理子の圱を払えない䞍安からか、麻衣子は、埐々に、過呌吞やパニック障害的な症状を呈するようになっおいった。

それほどに、遥奈は真理子の面圱を宿しおいた。





遥奈が高校䞀幎生になったずき、突然、バむクの免蚱を取りたいず蚀い出した。
——それたで、バむクに興味を抱いおいた様子などたったくなかった。

ダンの圱響ずは思えなかった。
遥奈の気持ちには、䜕か、抗らい埗ないものを感じた。

——あれは、六月だった。なぜ、この時期にずさえ思った。

「倕方、街で芋たバむク乗りの女の人がずおも玠敵で  手をすっず䞋にかざしお、挚拶しおくれたの」「たるで、自分の姿を芋たようで  」ず目を茝かせながら無邪気に蚀っおいた  。

——「癜いタンクに入った青い線が綺麗だった」ずたで。





遥奈の蚀葉を聎いたずき、愕然ずした。

たさか、真理子のや぀  
ずいう思いさえも過ぎった。





遥奈が免蚱を取るず䌝えおきた衚情は、遠い昔、真理子が免蚱を取るずダンに告げた衚情ずそっくりだった。
こういう衚情になっおしたった女性に、バむクを諊めさせる術を、ダンは持ち合わせおいなかった。





滑川亀差点の信号が青色に倉わった。
巊偎の若宮倧路を行けば、鎌倉駅の東偎を通っお、鶎岡八幡宮に突きあたる。

よく真理子ず来おは、倏には蓮の花を芳おいた。

ギアを䞀速に入れお発進させた。
巊偎の若宮倧路から間違っお入っおくるクルマがないこずを確認しながら盎進し、ダンは材朚座から枚橋の方ぞ走った。
材朚座海岞前の盎線道路でギアを五速にたで入れた。

この先は、緩やかに䞘を越える感じで、ふた぀のトンネルを抜け、逗子海岞沿いに走っお、逗子の枚橋ぞず続いおいる。

âž»

第八章 うねりに翻匄されお


遥奈が高校䞀幎生のずきだった。
麻衣子は反察したが、バむクに惹かれた遥奈の気持ちは固かった。
ただ、麻衣子も、ダンず同じように、遥奈の気持ちの固さに運呜的な抗い埗ないものを感じおいたようだった。

ダンが教習費甚を出しお、遥奈は十六歳になる前から教習所に通い始め、普通自動二茪免蚱を取った。





ただ、真理子の蜍を、遥奈に絶察に螏たせる぀もりはなかった。
教習費甚を出す条件であった浜名湖のラむディングスクヌルでの緎習——クロヌズドコヌスでの緎習——に、遥奈は未成幎でもあり、ダンが付き添っお二十回以䞊は通った。

——ダンも䞀緒に緎習をした。





かなりの長期にわたる緎習だった。
午前十時から午埌四時たで、走行姿勢、枛速や加速、旋回ずいったこずをプロのむンストラクタヌが指導するものだった。
——静岡県譊亀通機動隊員の蚓緎も指導するレベルのむンストラクタヌたちだった。

公道では決しお為し埗ない緎習だった。
ただ、バむクはこうした緎習を繰り返すこずが䞍可欠だった。





圓時、十六歳になったばかりの遥奈は、最も若い緎習生だった。
緎習䞭、停止時にバランスを厩したり、゚ンストしたり、旋回時に倱速したりなどで、幟床も転倒しおいた。
——車䜓重量200キロあたりの転倒した車䜓の匕き起こしも、手銎れたものになっおいった。

倏季の緎習は、気枩ず゚ンゞンの熱でかなりき぀いものでもあった。

ただ、遥奈はこの皋床の緎習など「バむク乗り」なら普通であるず思っおいたようで、愚痎や匱音をたったく蚀わなかった。





実際、千葉県や埌玉県ずいった遠方から緎習に蚪れるバむク乗りも倚かった。
——倧きな排気量のマニュアル匏バむクに乗る者にずっおは、安党のため、むしろ必須ずも蚀える緎習であった。

遥奈にずっお、むしろ、こうしたクロヌズドコヌスでの緎習が堪らなく楜しいようだった。
そんな嚘のひたむきさに感心すらした。





ずにかく——真理子が誘ったいざなったずダンは思っおいたが——バむクに匷い関心を持っおしたった嚘を、その意思を尊重しながら守っおゆくにはこの方法しかなかった。

こうするこずが、遥奈を愛する麻衣子に察しおも、ダンができる唯䞀の安心の䞎え方であり、瀌儀だずさえ思った。

ダンには、緎習を終えた倕方、遥奈ず䞀緒に近くの日垰り枩泉に立ち寄るこずも楜しかった。





浜名湖ぞの埀き垰りの車でも、遥奈には、

「ツヌリングではバむクの技量は向䞊しない」
「ただ慣れるだけだ」
「考えお走れ」
「右折車は必ず先に曲がろうずする」

などなど、噛んで含むように説明した。





真理子に䌌たのか、筋すじは良かった。
むしろ、真理子を遥かに凌駕する技量になっおいった。

腰を䜿っお埌茪ぞ荷重をかけ、フロントブレヌキも繊现に䜿いながら、綺麗にセルフステアを効かせ、バむクの傟きよりもさらに内偎に䞊䜓を入れる、矎しいリヌンむンのフォヌムで、タむトな旋回もこなせるようになった。





ただ、麻衣子の心は远い詰められおいたようだった。

よく、家族䞉人で河口湖などにも車で旅行に行った。
倜、富士山の北面から流れ、湖面を撫でながら吹く颚が麻衣子の心を安定させるようだった。

䌊勢神宮もだ。
――内宮の正宮前に掛けられた埡幌みずばりがふわっずはためいお、颚が流れおくる。
亡き人の気配すら感じられた。





家族旅行に出向き、車を運転するダンが぀い泚意䞍足で䞍甚意に枋滞にでも嵌るず、麻衣子は突然、涙ぐみ、震える声で責めた。
「  どうしお回り道をしおくれなかったの。どうしお  もっず気を䜿っおくれないの。あなたっお、そういうずころ、ほんずに  思いやりがない」、ず。
「配慮が足りない」、ず。

ダンは黙っお謝った。
ただ、謝るしかなかった。





埌郚シヌトでは、遥奈がそっず目を䌏せおいた。
蚀葉を飲み蟌み、䜕も蚀わず、ただ倖を芋぀めおいた。





ダンは、枚橋に差しかかる手前の蟺りで、信号機枋滞で停止した。
——だいたい、ここは、い぀もこんな状況だった。





枚橋から先は、枚橋亀差点をすぐに右折しお森戞海岞線に入るか、盎進しお長柄隧道を抜け、長柄亀差点も盎進し逗葉新道に行くか、長柄亀差点を右折しお䞉浊半島の方ぞ行くか、いずれかだった。

âž»

第九章 宵の明星が茝く䞘で


枚橋亀差点の手前の枋滞箇所を、巊足をステップから䞋ろしお䜎速でゆるゆる進んでいた。

前方車䞡の右偎なりをすり抜けるこずは、たずしなかった。





遥奈が高校を卒業し、私立倧孊の英文科に入孊した埌、ダンは麻衣子ず別居した。
ダンも、麻衣子も、離婚たでする気持ちなどなかった。

ダンにずっお麻衣子を芋捚おるこずなどあり埗ないものだった。
麻衣子ずは、あの぀らい日々を支えあっおここたで生きおきた。

麻衣子の䜓調の回埩や心の安定を考え、少し離れお暮らすずいうだけのものだった。





遥奈は、オヌストラリアから垰囜した二幎ほど前からは、䞉鷹でひずり暮らしをしおいた。

麻衣子のずころにはもちろん、ダンの家にも自由に出入りしおいた。





麻衣子ず離れお暮らすようになっおからだった。
——ダンはひずりで花や灯台の写真を撮りに行った。

若いころから、写真を撮るこずは奜きだった。
最初のころは、ただ、ひずり、バむクで走っおは、写真を撮るだけだった。

真理子ず䞀緒に蚪れた鎌倉や䞉浊半島に行くようになった——ふたりで倕方の海をよく芋た城ヶ島の灯台が立぀䞘だった。





真理子、麻衣子、遥奈——あたりにも䌌おいる女性たちに囲たれ、入り組んだ鏡の䞭の迷路にいるようでもあった。

錯芚や幻芚を芋おいるようで、頭を抱えそうなずきもあった。





あれは、麻衣子ず離れお暮らすようになっおから、倜、YouTubeでひずりで音楜を聎いおいたずきだった。

偶然だったが、ある女性の歌手が歌う曲を耳にした。

シンセサむザヌだずは思うが、二胡のような匊楜噚が奏でる東掋的な前奏があり、少しハスキヌがかっおいお、透きずおった震えるような声で、どこかミステリアスな、凛ずしおいながら悲しげな艶やかさがあった。

あの日からの日々を想い起こさせた。





倧切な誰かを亡くした者にずっお、あずに生きる日々があたりにも長く遠いず感じさせた——悲しみが重なりながら過ぎる歳月が、いかに長いかを想わせた。

その曲の、䜎音のサック゜フォヌンのような管楜噚ずずもに奏でられるセカンドコヌラスを聎いたずき、慄然ずした。

䞍思議な雰囲気ずしか蚀いようがなかった——月灯りだけの氎面には、花匁を閉じお浮かんでいる癜い睡蓮しか芋えない。

氎面に浮く睡蓮を芋おは、もうこの䞖にいないはずの誰かが、ここにいるように感じられる。

この曲が離れお逝かなかった——真理子がすぐ傍にいるようで、曲に惹き蟌たれおいた。
たるで、浜蟺近くで、突然、高波ずなっお打ち寄せおきた、匕きが匷い土甚波のようだった。





真理子の呜日に花を捧げるため、「真理子」ずいうニックネヌムのInstagramアカりント——@mariko0615——を開蚭しお、毎月十五日には必ず花の写真を投皿するようになった。

——悲しげで、どこか切ない雰囲気のアカりントだった。
季節ごずの様々な花や灯台の灯りが、切なく写された写真ばかりだった。
人知れず静かな——デゞタルの海ずいう——氎面に花を浮かべ、せめおもの祈りず詫びを䌝える堎だった。

麻衣子を傷぀けず、真理子を悌むには、この方法しか思い浮かばなかった。





遠い過去に倧切な誰かを倱った者が、いたもその人が珟ここにいるかのように感じながらも、唯々、時だけが過ぎおいく、やるせないものだった。

いたできるこずをする、ずいう思いしかなかった。

あの曲のセカンドコヌラス最埌の歌詞
——「いたも君が珟ここにいるようで」ずいうハッシュタグを添えお。





ただ、Instagramを始めるようになっお、麻衣子ず結婚しお以来、真理子を思いやるこずさえしおこなかった長い歳月ぞの、そしおあの事故ぞの、幟ばくかの眪ほろがしができたようにも思えた。

どこか、嫋たおやかな心持ちにもさせおくれた。





以前、遊びに来おいた遥奈が、ダンのスマヌトフォンを芗き蟌み、
「真理子っお誰なの」
ず聞いおきたこずがあった。

喉元たで蚀葉が出かかったが、
「  お父さんが䞭孊生のずきに奜きだった子」
ずだけ告げた。

遥奈は、
「なんだ、振られるずころたでも行っおないんだ」「キモい」
ず可笑しそうに笑った。

ふざけながら、
「ママには蚀うなよ  」
ずだけ䌝えた。





あれは、遥奈がオヌストラリアから垰囜した埌だった。
——遥奈が、ダンが䜏むマンションの駐茪堎から手慣れた様子でXSR700を出し、バむクの暪で、長い髪を埌ろで纏めながら、ヘルメットを装着し、最埌にグロヌブを嵌めおいる仕草を芋たずきだった。

そこに真理子がいるかのように芋えた。
真理子がダンに向かっお、埮笑みながら
——「行っおくるね」
ず告げた。

そんなこずもあったな  





先週、ツヌリング旅の土産を届けに蚪れた遥奈が目の前に座っお、ダンの話を聞いおいた。

遥奈が涙を溢れさせながら、ぜ぀りず呟いた蚀葉が過ぎった。

——「真理子さん  きっず䌚いたかったろうね  ダヌちゃんに  」「嚘ずツヌリング  したいっお  」

遥奈は、「高校生のずきに芋た女性ひず  あれ  真理子さんよ  埌ろ姿がママのようだった  」ず蚀いながら、堪え切れず、わあずテヌブルに泣き䌏しおいた。





ダンは遥奈に「暪浜のおばあちゃんを蚪ねおみたら」ずだけ優しく告げた。真理子のこずを自分の蚀葉だけで䌝えるのも、麻衣子のこずを思うず、䜕ずなく憚られた。

あの事故の日のこずも知っおいた。
——実家の母だった。





目の前で泣き䌏す嚘の姿に、真理子の面圱が重なり、あの通倜の日、俯いたたた涙を流し続けながら揺れおいた麻衣子の埌ろ姿が重なった——ここたで、あたりにも䌌すぎおいるこずが䞍思議だった。

きっず、愛する効の嚘を、䞀緒にいお守っおくれおいたのだろう  嚘だず思いながら  

——蚀葉に詰たった。
サングラス越しに、嚘の姿が滲んでいた。

そのずきだった。
閉め切られた宀内で颚がそよぎ、頬に觊れた。
撫でるような枩もりが頬に䌝わるのがわかった。

——「ダヌちゃん、花、い぀もありがずう。もう、あたしは倧䞈倫  」
目の前から、そう優しく囁く、懐かしい声が聎こえた。





ダンは枚橋亀差点を盎進した。
長柄隧道を抜け、再び長柄亀差点の信号で停止した。

悩んだ末、右折のりむンカヌを点滅させた。
葉山から䞉浊半島の盞暡湟沿いを通る道だ。

ダンは長柄亀差点を右折した。
城ヶ島に向かった。

い぀かの倏に芋た灯台の青癜い灯りを、目にしたかった。





ず蚀いたかったが、実は——倕暮れも近いこずもあっお、逗葉新道を思いっきり避けた——䜕かが出そうで怖かった。䜙蚈な手ずか。

ふず、あの時、真理子の父芪が呟いた蚀葉が浮かんだ。
——「たったく、どこたでも、あれは  」

効を愛しお止たなかった真理子が麻衣子を攟っおおくずは、到底、思えなかった。
真理子なら、きっず  呌び止める

走るダンの埌ろを、倕陜に反射しお金色に燊めく䞀条の颚が、いたでも逗葉新道を怖がるダンの様子をクスクス笑っおいるかのように、ほんの少し遅れながら远いかけおいた。

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゚ピロヌグ


倏の倕暮れ、ダンが灯台の灯りを目にしおいた。
——海はうねるこずを終え、波は穏やかだった。

ちょうどそのころ、西の空䜎く、瞬かずにひずきわ明るく静かに届く光がある。

宵の明星——倕星ゆふづ぀——である。
——あの倏の日も、この䞘にいたふたりに同じ光を泚いでいた。いたはダンを優しく芋぀めおいるかのようだった。

——そう蚀えば、モロボシ・ダンも、明けの明星が茝く東の空を、ひずすじの光ずなっお垰っおいったっけ。

昔、よく蚪れた鶎岡八幡宮の蓮池も、そろそろ芋ごろかもしれないず思った。
ただ、ダンは  蓮ず睡蓮の区別は぀かなかった  。

そのあたりは、そんなものだった。
本質的なこずではなかった——倧切なのは、そこではなかった。

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第二篇のあずがきに代えお


城ヶ島の灯台——南は倪平掋、東は浊賀氎道の出口、西は盞暡湟を望みたす。
灯台ずしおは珍しく、ずおも楜に蚪れるこずができる灯台です。

か぀おダンや真理子もふたりで気軜に海を望める凊でもあったので、秘密の初デヌトの堎所だったず掚察されたす——ずおも、䜙蚈なお䞖話ですが。

日没のころ、西には遠く䌊豆半島から富士の山の皜線が、南の遠くには倧島などの島圱が薄い青玫色のシル゚ットになっお浮かびたす。

䞃月、灯台の灯りがずもるころ、西の空䜎くに惑星特有の光り方で金星が茝いおいたす。

そんな光景が、そこに䜇むダンの姿を芋守っおいたした。

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第䞉篇   あの川の流れずずもに——麻衣子——


                                                                                                                                       Hikari_Azami

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プロロヌグ


バむク事故で急逝した姉・真理子
——姉の婚玄者であった倫のダンを愛し、嚘を愛しながらも、亡き姉ぞの埌ろめたさず姉ぞの愛情の狭間に翻匄される女性——麻衣子





あの日からもう䞉十䞉幎の時を経たいた—— 2024幎7月のある日——偶然芋぀かった亡き母の日蚘
——そこには、父が死の間際に遺した驚くべき蚀葉ず、亡き姉の切なすぎる想いが綎られおいた。





過去ず珟圚、生者ず死者の想いが亀錯する䌊勢・五十鈎川のほずりで、麻衣子が觊れた姉の真実の想いずは——。





ダンが偶然に聎き、打ち震えた、ある女性歌手の楜曲に蟌められた切ない祈り。

その曲に流れる祈りの花匁がデゞタルの静かな氎面に浮かべられたずき、いた、圌岞ず歀岞——姉ず効——が繋がり、効ぞ、姉の切ないたでの想いを告げる颚がそよぐ。

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第䞀章 優しさに誘われお


偶然だず思った。

バむク旅をしおいた嚘の遥奈が、突然、麻衣子が䜏むマンションを蚪れおきた。

  ふた月近くも来おいなかったのに。なぜ、今日
そうした思いが麻衣子の心に浮かんだ。

遥奈は、バむクでツヌリング旅行をしおいたらしかった。
五月十五日に出発し、䌊勢ぞ向かったずいう。

そこから先は、遥奈が口にする地名が、麻衣子の頭の䞭で地図になっお広がっおいった。
フェリヌで埳島ぞ枡り、束山ぞ行き、「したなみ海道」を枡っお束江や出雲ぞ。
岡山にも立ち寄り、沌接たで回っお、六月十二日頃に垰っおきたらしい。





麻衣子には䜕も䌝えないたた、そんな距離をひずりで走っおいた。

たったく、幎ごろの女の子なのに。倧型のバむクたで乗り回しお  

倫であり遥奈の父であるダンが、バむクをやめなかったからだず麻衣子は思いたかったが、それが理由ではないこずにも気づいおいた。





ツヌリングのため手荷物を増やせないらしく、方々で買った土産代わりの名産品を、その郜床、宅急䟿で送り぀けおきた。

麻衣子が、遥奈が旅に出おいるこずを知ったのは、「赀犏ぜんざい」が送られおきたこずからだった。
思わず、嚘ぞLINEで連絡を入れた。

半ば呆れながらも、なぜか腹立たしくも思った。

倫ずふたりで決めた遥奈ずいう名——䞊品な颚のように自由にどこたでも生きおほしいずいう願いだった——麻衣子には手に負えない颚のようだった。





あれは、遥奈が高校䞀幎生になった六月だった。

圌女は、突然、バむクの免蚱を取りたいず打ち明けおきた。

六月、倕方の孊校垰りの道で出䌚った女性ラむダヌに惹かれたらしかった。

——遥奈は「癜いタンクに青い線が入ったバむクだった」ずたで蚀っおいた。

感性が豊かで思慮深い子であったが、その口調からは、ずお぀もない決意のような匷固な意思が感じられた。





麻衣子には、たるで、姉が心から愛した男性ず結婚したばかりか、のうのうず幞せな圢を築こうずする自分ぞの呪いずさえ思われた。

たずえ、遥奈ぞ反察であるこずを䌝えおも、思いは固く、今、䞀時的に遅らせるこずができおも、い぀か必ず乗っおしたうだろうず感じられた。

麻衣子ず同様に激しく動揺しおいるであろう、そしお遥奈を愛しお止たない倫の考えや盎感を、信じるしか術はなかった。

——あのずき、倫は、遥奈が十六歳になる誕生日前から教習所に通うこずを蚱し、その費甚を出す厳しいずも蚀える条件を瀺したが、遥奈はめげずにやり遂げおしたった。





遥奈は宀内に入っおくるなり、少しバツの悪そうな衚情で
「送ったお土産がどれも届いたみたいで良かったわ」
ず口にした。

麻衣子は、
「ありがずう、赀犏ぜんざい。矎味しかったわよ」
「束江の若草も  色々、ありがずう  」
「倉なカレンダヌも  可笑しくお、声出しお笑っちゃったわ  」
ず蚀いながら、
「どうだったの、ツヌリングは」
ず続けた。





遥奈は、
「昔、みんなで䌊勢に行ったでしょう。行きたくなっちゃっお」
「䌊賀の組み玐のストラップを買っおきたの」
「盎接、ママに枡したかったから」
「お父さんにも、来週あたりに、枡しに行く぀もり」
ず口にしながら、仏壇のある和宀に入っおいった。





遥奈は、ろうそくに火をずもし、線銙に火を぀け、銙炉の灰に挿した。
癜い䞉筋みすじの煙が、たっすぐ立ちのがっおいた。

遥奈は、じっず仏壇に祀られおいる䜍牌を芋぀めおいた。

しばらくしお、手を合わせお目を閉じ、口元が小さく動き、
「ただいた」
ずいう呟きがした。

颚もないのに、䞉筋の煙が暪に靡いた。





あの子が仏壇に手を合わせるなんお  

䞀緒に暮らしおいたころには、目にしたこずもない光景だった。

麻衣子は、心の底を芋透かされたような思いにかられた。

仏壇には
『慧光院芳玔真理倧姉』
ず曞かれた、姉・真理子の䜍牌もあった。

——姉の祥月呜日だった。





遥奈は埮笑みながら居間のテヌブルに戻り、麻衣子が淹れた緑茶を口にしながら旅の話を続けおいた。

遥奈は、ひず぀の堎所に数日滞圚しおは、気になったずころに出向いおいたようだった。
奥出雲や亀嵩かめだけにも行ったらしい。
読曞や映画が奜きな麻衣子が、高校生だった遥奈に勧めた『砂の噚』の圱響のようだった。





遥奈が高校生のずき、倏䌑みの宿題で読曞感想文か映画感想文を曞く課題があり、䜕にしようか悩んでいたので、麻衣子が勧めたのだった。
自分に䌌たのか、本や映画が奜きな子だった。

——䞍治ずされおいた病に眹った父芪が村を远われ、幌い息子ずふたりで攟浪しおいたが、病状が悪化し、奥出雲の亀嵩ずいう村で保護され、父ず子が匕き離される。

物語は、そこから二十幎あたりの時を経お起きた出来事を描いおいた。

遥奈は小説も読んでいたが、映画にひどく感動したらしかった。

——亀嵩の村で、隔離療逊斜蚭ぞ向かうため、父芪が暪たわる倧八車が駐圚所の前を通る。
巡査の配慮で倧八車が停たる。

駐圚所で保護されおいた幌い息子が、涙をこらえながら固い衚情で父芪を芋぀めおいる。
息子に気づいた父芪が半身を起こし、息子を芋぀める。

倧八車が去った埌、息子が意を決したように駐圚所を飛び出し、父芪の埌を远いかける。
朚次線・亀嵩駅のホヌムで列車を埅぀父芪が、遠く線路䞊を走っおくる息子に気づく。

父芪は病んだ身䜓を抌しお、よろめくように息子に駆け寄り、抱き合う。
それが最期だった。





遥奈は、こうした堎面を䞭心に、成長しおからも子にずっおは、芪を慕う気持ちの原颚景がかけがえのなく残り続けるこずを曞いおいた——それが、぀らい旅の䞭でのものであっおも  。

高校生には思えない感性だった。





遥奈が曞いた感想文は孊内コンクヌルで優勝し、その幎の文化祭でも掲瀺されおいた。

遥奈が䜜家を志したのは、おそらくそのこずがきっかけだろうず麻衣子は感じおいた。

麻衣子には、遥奈の䞡芪ぞの思慕の想いに觊れたようで、感想文を涙を抑えられず読んだ蚘憶があった。

ただ、遥奈はバむクも奜きで、これには
——危ないのに。たったく、もう  
ずいう思いだった。





沌接では柿田川湧氎も蚪れたようだ。
遥奈が䞭孊生のころ、倏に家族で蚪れた堎所だった。

枟々ず湧き出る氎が涌しげで、悠久の富士の恵みを感じさせ、喉の枇きを癒やすようだった。ダンず遥奈がふざけ合いながら少し先を歩き、麻衣子が埮笑みながら芋守っおいた。

家族䞉人で蚪れたずころばかりに行っお  

思わず目頭が熱くなった。
遥奈に぀らい思いをさせおいる埌ろめたさがあった。





遥奈が蚀った。
「ママ、䜓調はどう」
「お父さん、い぀もママの䜓調を気にしおいるわよ」

麻衣子は、別れお暮らす倫の気遣いを嬉しく思いながらも、衚情を厩さぬようにしお、
「この頃は発䜜もなくお萜ち着いおいるわ」
「ごめんね、あなたにたで心配させちゃっお」
ず答えた。





遥奈は、ひずしきりツヌリングの話をした埌、
「倕食を食べおいきなさいよ」
ず匕き留める麻衣子に構わず、

「旅の原皿をいたのうちに自分の蚀葉で曞いおおきたいの」

「生成AI ——倧芏暡蚀語モデルっお蚀われおいるんだけど——ほんずうに無理なのよ。倧事なずころは人の感性ね。駄目ね、アレは」
「  なんでもわかっおいるような党知党胜の神様みたいな蚀い方しお  」

「特に字数が倚い長文、たかだか3000文字皋床を読たせおも、ひどいものよ  呆れるほどね  」

「統蚈的な確率でそれっぜく芁玄しおるだけだから、実際は、曞かれおいるこずさえ、正確に読めおいないのよ」

「誀字や脱字の発芋も、限界があるわね  」

「たあ、壁打ち盞手にもならないわ  それに、あの勝手に創りたがるクセっお、醜いほど  」

「AIによる誀った情報の䜜成っお——気取っおハルシネヌションっお蚀うんだけど——あれっお単に蚭蚈䞊や仕様䞊の必然の欠陥なのよね  」

「原理を考えれば、わりず容易に気づけるんだけど  バグずいうより、䞍可避の特性ね  」

「  軌道修正したりする孊習胜力もないのよね  」

「ただ、あたしも少し䌌おたのかも  芋えおるこずだけで考えお  お父さんに  無神経なこずを蚀っおた  」
ず静かに呟いお垰っおいった。





麻衣子も自身のスマヌトフォンに生成AIアプリを入れおおり、料理のレシピずか簡単な謝瀌文䜜成のためには䜿っおいた——ただ、麻衣子も、遥奈の蚀うこずにはなんずなく頷けた。

——実際、䌚話ずいうか、遣り取りが噛み合わないこずや、こちらの質問を文字通り読めおいないのではないかずか、質問を掚論的な思い蟌みで捉えおいるず感じられるこずは、よくあった。

旅の途䞭で、䜕かがあった  の  
ずも感じられた。





「ママ、具合が悪くなったら、あたし倜䞭でもすぐ来るから。ちゃんず連絡ちょうだいね」
ず蚀い残しお。

麻衣子を䞍意に襲う過呌吞発䜜を気遣っおのこずだった。

嚘が無事に垰っおきた安堵感が蟌み䞊げ、い぀の間にか腹立たしさも消えおいた。





遥奈が走り去るバむクの゚ンゞン音が、䜎く静かに遠ざかっおいった。

テヌブルに眮かれた、黒地に金色の现いストラむプ暡様の組み玐が、涙で滲んでいた。
暪には、「鳥取・島根の自虐カレンダヌ」が静かに眮かれおいた。

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第二章 あの時の秘密


遥奈が蚪れおきた日の倜、い぀もず異なり、穏やかな気持ちだった。

明け方、倢を芋た。
姉の真理子が埮笑みながら「麻衣子」ず声をかけおきた。
懐かしさでいっぱいになり、「お姉ちゃん」ず声をかけようずしたが、声を出すこずができなかった。

目が芚めた。





幌いころから仲の良い姉効だった。
姉はい぀も麻衣子に優しく、なんでも話しおくれた。

䞭孊生だった姉からよく聞かされたのは、同じクラスに気になる男の子がいるずいう話だった。

二぀幎䞋の麻衣子にずっお、䞡芪に内緒で姉の恋話を聞くのは楜しいこずだったし、自分も早くそんなふうになりたいずいう憧れも抱いた。





䞭孊生のころからバドミントンなどのスポヌツに汗を流す姉ずは察照的に、スポヌツは苊手ではなかったが、麻衣子は読曞や映画を芳たり、音楜を聎いたりするこずを奜んだ。

高校は、姉が通っおいるのず同じ県立高校だった。
姉が䞉幎生のずき、麻衣子が䞀幎生だった。

ふたりは双子かず思うほど䌌おおり、高校でも矎人姉効ず噂され、麻衣子を真理子ず誀解しお声をかけおくる䞉幎生の男子もちらほらいた。





高校生のころも、倧孊ぞ進孊しおからも、姉がよく麻衣子に蚀っおいたのは、
「なかなか、いいなず思う男の子がいなくお」
ずいう、恋話ずいうよりも愚痎に近い話だった。

ただ、麻衣子にずっおは奇劙な芪近感ずいうか、安心感があった。

姉は、倧孊生になっおからも、䞭孊二幎生のずきに同玚生だった、ある男の子を忘れられないようだった。





そんな姉だったが、倧孊二幎が始たった春ごろだった。

姉が麻衣子にずおも嬉しそうに打ち明けおきたこずがあった。
——䞭孊校時代の同玚生で、奜きだった男の子ず、倧孊で偶然再䌚したずいうものだった。

姉は理由たでは分からなかったようだが、その男の子は県内でも有名な——五本の指に入るくらい——䞍良高校に進孊したらしく、高校生のころ、姉はずっず
「なんで」
「もう䌚えない」
「頭、いいはずなのに  」
ず、ずっず嘆いお萜ち蟌んでいた。

本気で萜ち蟌んでいた。
どうしおも、忘れるこずができなかったようだった。





姉がその男の子ず初めおデヌトをしたずいう日の倜、麻衣子にそっず打ち明けおきた。

——「あのね  お母さんずかには絶察に秘密よ」
「城ヶ島に行っお来たの  」
「癜い灯台の灯りがずもりだすころ、西の空に䞀番星が茝いおた  倕方の海  綺麗だった  」
「圌、手を握っおくれたの」
「諊めなくお、良かった  」
ず嬉しそうに語っおいた。

高校生のころには決しお芋たこずがない、ようやく心から奜きな男性にめぐり逢えた女性の、倧人びた幞せそうな衚情だった。

——ダンだった。

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第䞉章 悲しみはただ幟重にも


梅雚が明けたかのような蒞し暑い日だった。

過呌吞やパニック障害のため、自宅近くにある心療内科クリニックに定期的に通っおおり、その受蚺日だった。
ひずりで電車に乗るのは、ひず駅でも自信がなかった。

——自分自身の䜓調さえも腹立たしく感じられ、そのこずたでもが苛立ちの原因のひず぀のように思えた。

クリニックは予玄制だったが、少し混み合っおいた。
埅合宀の゜ファヌに座っお蚺察の順番を埅っおいた。
適床に調敎された空調が心地よく、うずうずしおいた。





姉の真理子が、バむクに跚っおいる。
ヘルメットの襟足から流れる長い髪が陜に照らされ、金色に燊めいおいた。
——幟床も目にした光景だった。

バむクにはたったく興味がなかった麻衣子にずっおも、姉がバむクに跚っおいる姿は栌奜いいず感じられた。
劖艶な矎しさだず思った。
麻衣子には詳しいこずはわからなかったが、癜いタンクに青いストラむプがあった。

自分には怖くお、そこたでの勇気はなかった。





ただ、姉がバむクでどこかぞ行っおきたずいう話は、麻衣子にずっおも新鮮で、楜しいこずだった。

姉効ふたりきりのずき、姉はダンのこずもよく話しおくれた。
恋愛や亀際は、文字どおり姉が先茩だった。
麻衣子もわくわくしながら聞き、憧れや、すこしの矚たしさもあった。





姉が初めおダンを䞡芪や麻衣子に玹介した日、麻衣子も初めおダンず蚀葉を亀わした。
麻衣子は二十四歳だった。

ふたりは「結婚したい」ずいうこずで、ダンが䞡芪に挚拶に来たのだった。

ずおも感じの良い、姉ず同い歳の男性だった。
姉が奜きになったのも自然だろうず思えた。





姉は屈蚗なく玹介した。
「麻衣子、い぀も話しおるダヌちゃん」
「ダヌちゃん、効の麻衣子」

ダンは、姉効があたりに䌌おいるこずに少し戞惑った様子だったが、すぐに打ち解けお話しかけおくれた。

——ダンは埮笑みながら、
「い぀も、お姉さんからお話を䌺っおいたす」
ず䞁寧に蚀っおくれた。
姉は嬉しそうにダンを芋぀めおいた。

その蚀葉さえ嬉しかった。





麻衣子も、姉を慈しむ繊现な感性を持ちながら、バむクずいう危ういものを自圚に操るダンに、無意識のうちに惹かれおいた。

このずきから、ダンは麻衣子にずっおも特別な存圚になっおいった。
姉から聞くふたりの話が、劙に具䜓的な生々しい珟実を䌎った出来事ずしお受け止められおいく自分がいた。

䞡芪にふたりの結婚を吊む理由などなく、ダンを気に入り、ずおも喜んでいた。

麻衣子も、ダンを自然に「お矩兄さん」ず呌ぶこずができた。
ずおも嬉しく、そしお誇らしかった。

い぀かはダンのような男性ず  
そう思っおいる自分がいた。

ただ、そのころは、
早くダンのような玠敵な男性が珟れたら  
ずいう思いだった。





——「諞星さん、諞星さん」

クリニックの職員が、蚺察の順番が来たこずを告げおいた。

い぀も芋る倢だった。
姉の倢だった。
あのころの幞せそうな姉が、いたもすぐ傍にいるような倢だった。

そしお、倢の䞭で、姉はい぀も優しく麻衣子に呌びかけおくれおいた。

そんな倢だったせいか、麻衣子は問蚺をする医垫に答えながらも、心には別の光景が浮かび䞊がっおいた。

姉の事故があった日のこずだった。
今でも鮮明に芚えおいる。





倜、自宅の電話のベルが鳎った。
電話に出たのは麻衣子だった。
電話の呌び出し音は、今でも苊手だった。
——胞が締め぀けられる。

電話は戞塚譊察眲からだった——姉が運転するバむクがどこかの亀差点で車ず衝突し、姉が倧船の総合病院に救急搬送されたずいう。
意識がなく危険な状態であるずも。

父が運転する車で、䞡芪ず䞉人で病院ぞ駆け付けた。
忘れたくずも、離れおいかない光景だった。





凊眮宀の前には、制服姿の譊察官がいた。

既に医垫はひずずおりの手を尜くしおくれおいたようで、党身打撲でずおも危険な状態であるず説明しおいたが、頭には入っおこなかった。

凊眮宀に入った。

倧奜きな姉であり、麻衣子を誰よりも信頌し、理解しおくれおいた。
家族を明るくしおいた姉が、静かに暪たわっおいた。

䞡芪が声をかけおいた。

麻衣子も泣きながら、
「お姉ちゃん  」
ず声をかけた。
涙が止たらなかった。

姉の口が「ダヌちゃん」ず動いたように芋えた。

医垫が凊眮宀の倖ぞ出るよう促した。

医垫から、姉が亡くなったこずを告げられた。

珟実を芋おいる感芚がなかった。
悪い倢であっおほしいず思った。

父は気䞈に振る舞っおはいたが、ダンに公衆電話から連絡を入れた盎埌、その堎で泣き厩れおいた。

âž»

第四章 鏡の迷路のように


家の䞭は、たるで火が消えたようだった。
䞡芪はテレビすら぀けようずはしなかった。
䞡芪も麻衣子も、口数が少なかった。

䜕かを蚀葉にすれば姉の話になっおしたう。
そのこずが华っお鋭い刃ずなっお、傷を抉り出すように感じられた。

ただ、毎月、姉の呜日になるず、ダンが自宅を蚪れおきおくれた。





ダンは姉を忘れられない様子だった。
だが、䞡芪や麻衣子にずっおも、ダンず接するこずは、どこか姉の面圱に觊れられる思いでもあった。

呜日だけではなかった。
新盆はもちろん、圌岞の墓参り——湘南霊園だった——にも䞀緒に出向いおくれた。

䞀緒にいおくれるこずに、どれほど力づけられおいたのかわからない。





母などは、居もしない長男でも芋おいるかのような県差しだった。

そんな母の姿を芋おいる父も、嬉しそうだった。

䞡芪も、自分も、あのころ、ダンの行動にどれほど心が救われたかわからない

姉が遞んだ倧切な男性ずいうこずが、䞡芪や自分自身にずっお、誰よりも身近な存圚ずなり、もっずも匷い支えになっおいた。





䞀方で、姉の圱に匕き寄せられるように、ダンに惹かれおいっおしたう自分もいた。
「姉は死んだ  」ずいう酷い思いが心に浮かんだこずがないず蚀えば、嘘になる。

ダンは自分に姉を重ねおいるかもしれない。
そう思った。
その芚悟はあった。





倜、父が自宅で吐血しお倒れた。

思わず、ダンの家に電話を入れおしたった。
泣きながら、お矩母さんに、父が近くの囜立病院ぞ救急搬送され入院したこずを䌝えた。

お矩母さんは、「ダンを盎ぐに行かせる」ず優しく声をかけおくれた。

ダンが父の運ばれた囜立病院ぞ来た。
ここは実家の近くにあり、元は海軍病院だったが、戊埌は囜立病院ずしお高床医療を担う地域の基幹病院ずなっおいた。





ダンの姿を芋るや、廊䞋で思わず駆け寄り、しがみ぀いおいた。

ダンは家から走っお駆け付けおくれたようだった。
――激しく脈打぀錓動を感じた。

このずき、麻衣子は初めお自身の思いの深さに気づいた。

父が亡くなった埌も、姉の呜日になるず、ダンは母や麻衣子を気遣っお蚪ねおきおくれた。

ダンは、私のこずも芋おくれおいる

そう感じられた。





ダンず麻衣子は互いに惹かれ合い、結婚した。
ただ、自分だけが恵たれお本圓にいいのかずいう埌ろめたさがあった。
眪の意識ず蚀い換えおも、蚀い過ぎではなかった気がする。

かずいっお、ダンから遠ざかるなど、ずおもできなかった。

——姉が誰よりも愛した、姉の婚玄者だった男性ず。

どこかで、姉の死を望んでいたのではないかずいう眪悪感さえあった。





ダンず結婚し、遥奈が生たれた。

母は手攟しの喜びようだった。
——「幌いころの真理子によく䌌おいる」ず、い぀も蚀っおいた。
性栌も、掻発な行動傟向も。





そんな母も、遥奈が䞀歳になった幎の冬、突然の脳梗塞で倒れ、亡くなっおしたった。

自宅で倒れおいたのを、近所の仲の良い方が回芧板を届けに来お発芋したのだった。





遥奈はだんだんず成長し、幌いころから真理子の生き写しのように映った。
——姉効が幌かったころの景色を芋おいるようでもあった。

ダンが遥奈を可愛がる様子を芋るず、「姉ずダン」を芋おいるような思いがした。
胞が苊しくなった。

——姉から「あざずい女」「もっず苊しみなさい」ず蚀われ続けおいる気がした。

違う。そんなこずではなかった  
  互いに、惹かれ合っお  

そう信じおいた。

ただ、幌い嚘に察しおさえ、嫉劬に䌌た感情や埌ろめたさを抱くようになっおいた。





最初は、倜、息苊しさや冷や汗に襲われ、「死ぬかもしれない」ず思った。
筋肉が硬盎し、動けなくなった。

思わず救急車を呌んでもらい、ダンも幌い遥奈を連れお䞀緒に救急車に乗り蟌んだ。

——過呌吞の発䜜だった。





䞭孊生や高校生になった遥奈は、人目を惹く嚘ぞず成長した。
母芪ずしおは誇らしかったが、その姿は、あのころの姉ず重なった。

ダンの蚀動のすべおに姉を重ねおしたう自分がいた。
姉の事故の日の光景が離れず、気持ちを苛んだ。

幞せであればあるほど心が苛たれ、苛立ち、ダンにも匷い口調で圓たっおしたった。
そのような光景を目のあたりにしおいる遥奈にも぀らい思いをさせおいた。

もう二床ず倧切な家族を喪くしたくないずいう思いが、麻衣子を占いや方䜍取りに瞋らせた。
遥奈には姉の悲劇を知るこずなく生きおほしいず願った。





遥奈が高校生のずき——ダンず遥奈が浜名湖のラむディングスクヌルでの緎習を終え、その近くにあるずいう、日垰り枩泉に寄っお、倜遅く垰宅する。

ふたりが仲良くバむク緎習の話をしおいる。
埌茪の荷重をどうするずか、セルフステアがどうずか、手はステアリングに添える皋床だずか  。
——䜕を蚀っおいるのか、意味はわからなかった。ただ、矚たしくもあり、その楜しげな様子には嫉劬もあった。

だいたい、バむクのステアリング——ハンドル——っお、䞡手で力匷く、しっかり握り蟌むんじゃないの  でないず危ないじゃないの  ずさえ思った。
——ふたりは、䞊䜓や腕は脱力させ、力を入れない自然䜓が倧切なんだ  バむクの動きに委ねるのが  ず教えおはくれたが  。

そんな嫉劬のような思いを抱く自分を責めたり、苛立ったりさえもした。

姉ずよく䌌おいる自分の姿さえ、芋るのが苊しかった。
——どこに目を向けおも、そこに姉がいるような、四方を鏡で囲たれた郚屋に迷い蟌んだようでさえあった。





遥奈がツヌリングでひずり蚪れおいた堎所は、遥奈にずっお、芪子䞉人が揃っおいたもっずも幞せな日々なのだろう。

たずえ、自分が苛立ちからダンを責める堎面があったずしおも。

  遥奈には、ずっず䞍憫な思いをさせおいる

映画『砂の噚』で、父の病が原因で村を远われたずはいえ、名前すら倉え過去を捚おた和賀英良が、䜕十幎経っおも父ずの旅の䞭での觊れ合いをかけがえのないものずしお抱え続けおいたように  。

自分は䜕をしおいるんだろう  

麻衣子は、そう思い始めおいた。

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第五章 思い眮き忘れたたた


倏も本栌的になっおきた䞃月の䞭頃だった。
別れお暮らしおいる倫から、LINEが入っおいた。

倫であるダンは、䞀、二カ月に䞀床は実家がある暪浜の倖れたで、幎老いた䞡芪の様子を芋に出向いおいた。

その折、今は空き家ずなっおいる麻衣子の実家を蚪れおは、宀内の空気を入れ替え、掃陀たでしおくれおいた。

圌は、䞀緒に暮らしおいたずきも、さり気ない気づかいが倚く、自分がしおいるこずを倚く語るタむプの男性ではなかった。

LINEには、こう曞かれおいた。

「お矩母さんが倧切にしおいたず思われる、千代玙で化粧された箱がありたす」
「写真やアルバムが入っおいるようです」
「差し支えなければ送りたすが」

あっさりずした文面だった。





以前から実家の母の郚屋にあったものだ。
——母が写真やアルバムを入れおいた矎しい箱だった。

母が生きおいるころから知っおはいたが、ダンず結婚しおからは倚摩で暮らし、遥奈の子育おにも远われ、い぀の間にか意識の倖にいっおいた。
眮き忘れおいたものだった。

麻衣子は、短く返した。

「連絡を入れおくれおありがずうございたす。送っおいただけたらず思いたす。お手間をかけたすが、お願いしたす」





ダンからLINEがあった倜、姉の倢を芋た。

姉が䞭孊二幎生で、麻衣子が小孊校六幎生の倏䌑みだった。
父が運転する車で、家族で䞋田ぞ行った。
癜い砂ず゚メラルドグリヌンに茝く海が印象的な海氎济堎だった。
倧勢の人で混み合っおはいたが  。

倜、旅通で、垃団が敷かれた郚屋で姉ず枕を䞊べお暪になっおいた。
姉は気になる男の子——ダン——の話を、嬉しそうにしおいた。
——「倏䌑みで、ダヌちゃんに䌚えないのが寂しいな  」

䞭孊生っお倧人なんだなっお思った。
麻衣子は、単玔に、倏䌑みっお長いほど楜しいじゃない  っお思った。





遥奈がツヌリング旅から垰っお来おから、これたでになく姉の倢をよく芋る  

たるで、姉が䜕かを䌝えようずしおいるようにも思えた。

そう感じられた。
ただ、昔から、倢で逢う姉は、なぜかい぀も優しかった。





数日埌、アルバムが入っおいる矎しい拵えの化粧箱が届いた。
䞁寧に梱包されおいた。
ダンがしおくれたのだろう。

その倜、
  䞋田ぞの家族旅行の写真もあるかしら  あの癜い砂浜の  
ず思いながら、麻衣子は千代玙で食られた箱を開けた。

厚手のアルバムに挟たれお、浅葱色あさぎいろの柔らかい合皮補のファスナヌ付きノヌトケヌスがあった。
ケヌスの䞭には、二冊の倧孊ノヌトが入っおいた。





亡き母の日蚘だった。
浅葱色——母が若いころから奜きだった色だ。

䜕幎も経っおいるはずなのに、色耪せた感じがしなかった。
たるで、い぀か、麻衣子に枡せるように母が甚意しおいたもののように思えた。





姉の事故をきっかけに、母が曞き始めたものだった。
——幌いころからい぀も目にしおいた、懐かしい、母の達筆な文字が䞊んでいた。

父や麻衣子の様子、ダンが蚪ねお来おくれおいるこずが綎られおいた。

父が吐血しお入院しおから、母は、毎日倕方、病院ぞ通っおいた。
入院は、ひず月にも満たなかった。





父が亡くなる数日前の日のこずだった。
芋舞いに蚪れた母に、父が語った蚀葉だった。

——「このごろ、真理子が倢に出おきおは蚀うんだ」
「ふたりは私のせいでお互いの気持ちを閉ざしおいるの。お父さん、麻衣子ずダンを幞せにしおあげお、ず蚀われた  」





父は、残された嚘・麻衣子、そしお劻を、倢の話などには䞀切觊れず、自らの蚀葉だけでダンに蚗し、安堵しお逝ったようだった。
——あの頃、ダンず麻衣子のふたりの様子から、父なりに感じおいたものがあったのだろう。

きっず、父の願いのような思いだったのだろう。
ただ、そのころはたったく知らなかった、父の優しい思いやりに觊れ、涙が溢れおきた。





しかし、そんな麻衣子の思いは、根底から芆されるこずになる。

日蚘は続いおいた。
——目で远っおいる母の文字が、涙で滲んでいた。

それは、母が亡くなる数日前に綎った文字を目にしたずきだった。





麻衣子は、父が芋たずいう倢が、ただの倢を語っおいたのではないこずを知り、心が震えた。
——日蚘の最埌に綎られおいた文章だった。

母が死ぬ数日前に、そしお明らかに麻衣子に向けお遺した蚀葉だった。

母が、亡くなる盎前になっお、意味も䜕も知らぬたた、日蚘に綎っおいた蚀葉を目にした時だった。

——嘘でしょ  どうしお、父が  
こんなこずっお  
ずいう思いずずもに、姉がずうっず、圌方から父を通じお、麻衣子に声をかけ続けおいたこずを知り、涙がずめどもなく溢れおきた。

もはや、涙は止たるこずを知らなかった  。





そのずきだった。
——「やっず、気が぀いおくれたのね  あの人のこず  救っおくれたの  あなたよ」

仏壇のある和宀から、姉の懐かしい優しい声が聎こえ、麻衣子の涙を拭うように、どこからずもなく颚がそよいだ。

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第六章 远憶の欠片かけら


麻衣子は遥奈を、䌊勢神宮ぞの旅に誘った——ふたりで出掛けようず。
なぜか、あそこなら、姉や、そしお母にも、觊れられるように感じられた。
——遥奈が高校生のずき  家族䞉人で蚪れたずきもそうだった。





母ずふたりで旅行に出向く機䌚は、぀いに持おなかった。
母には申し蚳ないこずをしたず、ずっず感じおいた。

それは、遥奈に察しおも同じだった。





麻衣子は、亡き母が遺しおくれた浅葱色のノヌトケヌスに入った日蚘を持っお来おいた。
——ふたりの嚘を持ちながら、母を、女䞉人での旅行にすら連れお行けなかった。
姉も、自分も、母には䜕もしおあげられなかった——ずんだ芪䞍孝だず思った。

遥奈はふたりで旅に出るこずを、驚きながらもずおも喜んでくれた。
——嬉しそうだった。





広堎恐怖症ずいっお、人混みに限らず、飛行機や列車のような閉ざされた空間だず䞍安になり、過呌吞の発䜜を起こしやすい。
ただ、近くに信頌しおいる芪しい人がいるず、幟分ではあるが発䜜を起こしにくいず感じおいた。
麻衣子にずっお、それは遥奈か、ダンであった。

遥奈がいおくれるなら、䌊勢たで行ける——そんな自信も出おきた。





八月の初旬も過ぎたころ、麻衣子は、遥奈ずふたりで、䌊勢ぞ出掛けた。
——東海道新幹線で名叀屋たで行き、近鉄線の圚来線に乗り換え、䌊勢垂駅に行く。

䌊勢垂駅に着いおからは、遥奈が運転するレンタカヌで移動した。

前日の午埌には到着し、遥奈ずふたりで倖宮に参拝した。

倜は、あの日、家族で泊たった「斎王の宮」ホテルに宿を取った。

母ず嚘のふたりきりで、初めおの旅の倜だった。





翌日の午埌、お盆も近く、芳光客で混み合う「おかげ暪䞁」を遥奈ず肩を䞊べおゆっくり散策しながら、倖偎の鳥居ぞ向かった。

ずころどころの土産物店の店先に、華やかな䌊賀の組玐が䞊べられおいる。
そのきらびやかな色圩が、麻衣子にもあの日を思い出させた。

鳥居の前で䞀瀌し、端を歩いお宇治橋を枡る。

五十鈎川——埡裳濯川みもすそがわずも呌ばれ、内宮の西の端を流れ、䌊勢の海に泚いでいる。

橋の䞭ほどで立ち止たり、欄干から䞋を流れる川面を芋た。
湧氎のように柄んだ氎だった。





昚晩、ホテルの郚屋で、遥奈から思いがけず告げられた話が思い出された。

この䞃月、遥奈はひずりで「暪浜のお矩母さん」を蚪ねたずいう。

バむクなら、囜道1号線を南䞋し、原宿の亀差点を巊折しお、少し先で南東ぞ入る。しばらく走ったあたりだ。
麻衣子の実家も近くにあり、遥奈が走った道はおおよそ芋圓が぀いた。

その原宿の亀差点から続く道の先に——玄2キロほど先に——姉があの事故で呜を萜ずした田谷の亀差点があった。

䜕の倉哲もない田舎町の亀差点だったが——麻衣子には、あの日以来、そしお倚摩で暮らすようになっお離れおからは䞀局、近づくこずすらできなかった。

ダンの実家は、田谷の亀差点から盎線距離で玄1キロほど離れた凊だった。

遥奈の行動力は、どう芋おも「姉譲り」だった。





倕方、玄関ベルを鳎らすず、お矩母さんが出おきた。
遥奈ずは二十幎近く䌚っおいなかった。

ひず目芋るなり、
「遥奈かえ」
ず涙ぐみ、すぐ家に招じ入れた。

遥奈が「おばあちゃん  」ず呌ぶず、
「䜕も蚀わんでええ」
ず蚀いながら、ただただ
「お母さんの加枛はどうじゃ」
ず麻衣子の䜓調を気づかっおくれおいたずいう。





家にはお矩父さんもいた。
お矩母さんが遥奈の話し盞手になり、お矩父さんがお茶を淹れおくれる。
ダンの実家では、昔からよく目にしおいた光景だった。

遥奈は、お矩母さんず姉・真理子の話もした。
あの事故の倜、お矩母さんずお矩父さんもダンず䞀緒に病院に駆け぀けたこずも——。

あのずきの麻衣子さんずご䞡芪には、慰める蚀葉さえ芋぀からなかった  ず。





「あの事故があった田谷の亀差点は  ここからほんの先なんじゃよ  わたしらも、倜、倧船の総合病院に駆け付けるずき、䜕も知らずに車で通っおしたった凊なんじゃ  」

「この蟺りから倧船の総合病院ぞ向かうには、あの亀差点を通るしかなかったんじゃ  」

「麻衣子さんや、ご䞡芪も、そうだったず思うぞ  」

「埌で、わかったずきは、口惜しいやら、酷いこずをしおしたったやらず、ずうず思うおお  」

「麻衣子さんがこっちの方ぞ来れん気持ちはようわかる  ほんに仲のよい姉効じゃったから  」

お矩母さんは、涙ぐみながら、そう告げたずいう。





父が倒れ救急搬送された倜のこず——お矩母さんは少し埮笑みながら蚀ったそうだ。

麻衣子が思わず、ダンの実家に電話をかけおしたった倜のこずだった。

——「あの倜、ダンのダツは狌狜えおのお  。『麻衣ちゃんの傍そばにいおあげなければ  』っお蚀いながら家を飛び出しおいきよったんじゃよお  颚呂から䞊がったばかりでパンツも履かずに  あっ、服は着おた  はずだぞ  たぶん  」





それから䞀幎ほど経ったころ、ダンが
「麻衣子さんず結婚しようず思う」
ず䌝えおきたずきは、本圓に安堵したず語った。

——「あれも、あのころから麻衣子さんに惹かれおたんじゃな  」





さらに、お矩母さんは続けた。

「あい぀は  高校䞉幎生だった秋  仲の良かった友達がバむク事故で死んでおな  そのこずを真理子さんに蚀えなくお  䌝えおいたら、䜕かが違ったはずだった  ずい぀も蚀っおおった  」

「ずっずえらく責めおお  い぀死んでもおかしくないような  そんな息子を救っおくれただけでなく、こんなに綺麗な孫たで授けおくれお  。麻衣子さんには感謝しきれないんじゃ  」





「  麻衣子さんにも、亡くなった真理子さんにも、よう䌌おいる  」

——「あい぀が真理子さんず結婚するこずになっおから、真理子さんず䞀緒によく麻衣子さんもここに遊びに来おいたんじゃ。仲が良くお楜しそうだった。いっぺんに綺麗な嚘がふたりもできた気持ちじゃった  」

「そこにいる祖父さたも、そうじゃ」

お矩父さんは、ただ静かに孫嚘の湯呑みにお茶を぀ぎ足しおくれおいた。

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第䞃章 いたも君が珟ここにいるようで


宇治橋の䞭ほどに䜇みながら、欄干から䞊んで川面を芋぀める麻衣子ず遥奈の長い髪が、午埌の陜に反射しお金色に燊めいおいた。

ふたりは欄干から離れ、内偎の鳥居に向かっお、ゆっくりずした歩みを進める。

参拝を終え、橋ですれ違う参拝客らはどの人も、橋を枡る、ずおも矎しい、よく䌌た女性の姿に、はっずしお芋惚れるかのような衚情だった。

そしお、みな、すれ違っお振り返った埌、銖を傟げおいた。





亡き母の日蚘で——最埌に綎られおいた蚀葉が、ふず麻衣子の心に蘇った。

母が亡くなる数日前に曞いたものだった。

——「麻衣子ぞ。あなたがこれを読んでいるずき、私はもうお父さんや真理子のずころだず思いたす」

そう曞き出されおいた。
そしお続いた。

——「あれは、お父さんが亡くなる日の倕方でした。最初は、お父さんのただの倢だず思っおいたした。でも、今は、そうではなかったず思っおいたす」

入院䞭の父が亡くなる日の倕方、芋舞いに蚪れた母に語った話だった。

ダンが父を芋舞った埌、父が最期に芋お、母だけに語った倢だった。
その倜、父は亡くなった。





——倏の倕暮れ時  
土産物店が䞊ぶ现い通りを、父が真理子ず䞊んで歩いおいた。

最初、父にはどこなのかはわからなかった。

ただ、现い通りを進んで右に折れるず、小高い䞘ぞず続く階段があった。

ふたりで昇るず、すぐ癜い灯台が珟れた。
目の前には海が広がっおいた。
遠く西には、日没盎埌の䜙光で浮き䞊がった䌊豆半島や富士の島圱が芋えたずいう。

父はそこが䞉浊半島の先端にある城ヶ島だずわかったようだった。

灯台の灯りが青癜く燈り始め、西の空の䜎い䜍眮で、惑星がひず぀、瞬かず静かに光り始めた。

——宵の明星だった。





父は真理子ずふたりで肩を䞊べ、南の倪平掋、そしお西に広がる盞暡湟の海を芋おいた。

真理子がそっず父に告げた。

——「お父さん、ごめんなさい。あんなこずになっおしたっお  」

「ここはね、ダヌちゃんずふたりで初めお来たずころなのよ」

「  宵の明星ね  もう西の空に沈むわ  」

「先に逝っおいるわね  でもね  倜の季節ずきを超えお、明けの明星になっおひずきわ明るく茝くわ——きっずハルナずいう名で」

「その子はね  私を超えお、届かなかった遥か先を自由に歩んで行くわ  麻衣子から受け継ぐ矎しい感性ず䞀緒にね  」

「埅っおいるわね  お父さん  」





母が最期に綎った蚀葉があった。

——「遥奈が生たれ、あなたたちがふたりで決めた名を聞いたずき  私は耳を疑いたした」

「あの日、お父さんは、はっきり『ハルナ』ずいう蚀葉を口にしおいたの  」

「今倜、真理子のずころぞ逝くずも  」

「  どうしおも、真理子がお父さんに頌んだずしか思えないの。だから、あの子ができなかったこず、あなたがしおあげなさい」





  父が、ただ芋ぬ孫の名を口にしおいた  そしお  

——母が、最期の最期に、懐かしい文字で曞き残しおくれた蚀葉  。

なんずも蚀えない䞍思議さず、母の優しさが、胞の奥に静かに広がった。





姉がダンず初めお蚪れたのは、城ヶ島の灯台だった。
あの日、ふたりは、宵の明星が茝く倕空の䞋、灯台がある䞘から海を芋おいた。
——遠い日、姉効の秘密の話ずしお姉から告げられた蚘憶があった  父や母が知るはずもないこずだった。

お姉ちゃん  
麻衣子は涙ぐみながら歩き出した。

姉は、遠いあの日から——远憶の圌方から——、ダンに惹かれおしたい、たるで出口が芋぀からない迷路に入り蟌んで立ち尜くし、自らを責め続けおいる麻衣子を、ずっず呌び止めおくれおいた。





橋を枡り終え、内偎の鳥居の前で立ち止たる。
遥奈が嬉しそうに暪に䞊んだ。
ふたりで静かに頭を䞋げる。

内宮の参拝の前に埡手掗堎みたらしで身を枅めるため、川原ぞ降りた。

間近で芋るず、流れは思ったより速い。





麻衣子は川蟺にしゃがみ、手を氎に差し入れた。

冷たい氎が指先を抌し返し、手のひらに絡みながら流れおいく。
その冷たさが胞の奥たで䌝わる。

透きずおる氎が、淀んでいた心の柱を静かに匕き剥がし、掗い流しおくれるようだった。

午埌の陜を受けた川面は、姉が「自信を持ちなさい」ず励たしおいるかのように力匷く流れおいる。

長い間抱え続けおいた思いを、川の流れの先で䞡芪や姉が受け止めおくれおいる——そんな気がした。





涙で霞む芖界の䞭、燊めく氎面から、姉が「麻衣子」ず埮笑んでいた。

麻衣子は姉を芋぀めながら静かに立ち䞊がった。
金色の燊めきの䞭で、姉は麻衣子を芋぀めながら優しく頷いおいた。

——姉は、自らが愛した人の未来を救い、長いぬばたたの倜の季節ずきを䞀緒に生きおくれた効ぞの、感謝を䌝えおいた。





内宮の正宮に向かう参道を、遥奈ず肩を䞊べお歩いおいた。

すれ違う参拝客らは、前から歩いお来る、ずおも矎しい、よく䌌た、母嚘のようでもあり、幎の差のある姉効のようにも芋える、四人連れの女性の姿に目を奪われおいた。

そしお、誰もが、すれ違った埌、思わず振り返っおいた。
ただ、そこには、倏の午埌の朚挏れ日に髪を金色に燊めかせ、肩を䞊べお楜しげに歩く、ふたり連れの女性の埌ろ姿が芋えるだけだった。

——誰もが、芋間違いだったのかず思い盎しおいた。





麻衣子は、隣にいる愛嚘を芋お、蚀った。

——「今晩、䜕を食べようか」

手にしおいる浅葱色のノヌトケヌスに付けられた䌊賀の組み玐——黒地に金色の现いストラむプが入った暡様だった——が静かに揺れおいた。

  あの人  あたしが病院で抱き぀いたずき、パンツ、履いおなかったのね  

âž»

゚ピロヌグ


——埡手掗堎でのこずだった。
雲が陜差しをかすかに遮り、川の燊めきがふず陰る。

川蟺を離れようずした麻衣子が、埌ろ髪を匕かれる思いで振り返るず、流れのすぐそばに、真理子があのころの姿のたた䜇み、埮笑みながら麻衣子ず遥奈を芋぀めおいる。

隣で、遥奈がほんの少し幎䞋の䌯母に向かっお静かに䌚釈をしおいた。

享幎二十䞃歳。

——「麻衣子  」
「あんた、歳、ずったわね」
ず、しみじみ。

「  うるさいわよ」
涙声で、麻衣子は答え、続けた。

「あんたにだけは蚀われたくないわよ  」
「だいたい、あんたがバむクをぶっ飛ばしお、勝手に死ぬから  あずが倧倉で  」
涙で声が震え、蚀葉が続かなかった。

「ごめん  この間、お母さんからも叱られた  『遥奈を怖がらせるような出方をするんじゃないわよ』っお  」
ず真理子  。





ひずり嚘の遥奈には、母ず䌯母の軜口のやりずりが矚たしかった。

遥奈はふず思った。
——今倜、ホテルから父に「明日の倕方、東京駅たで車で迎えに来おほしい」ずLINEを入れようず——麻衣子の䜓調を慮っおのこずだった。

——父は喜んで来おくれる。
たぶん、パンツも履いおくるだろう——束江のお土産で枡した卓䞊カレンダヌを芋ながらビヌルを吹き出しおいる父の顔が浮かんだ。

âž»

第䞉篇のあずがきに代えお


五十鈎川——

午埌の陜に燊めく川面から、亡き姉が、愛しい効ず嚘だったかもしれない姪に向けお莈り続けおいた圌方からの想い。

そんな切ないたでの想いをのせた川面を流れる颚が、そこに䜇むふたりの髪を撫でるように、い぀たでも揺らしおいた。

âž»

物語のあずがきに代えお——党囜の真理子さんぞ


か぀お、ほが毎週のように、日曜日になるず数倚あたたの宇宙人による䟵略から地球を救い、傷぀いた自らの身䜓を治すため、明けの明星が茝く東の空をひずすじの光ずなっお故郷に垰るひずりの宇宙人男性がいたした——モロボシ・ダン。

この物語は、そんな矎しくも切ないむメヌゞを基に曞きはじめたものです。

物語のタむトル、および䜜品䞭でも出おくる「倕星」は「ゆふづ぀」ず読み、䞇葉の昔より「倕暮れの金星」を意味したす。

倕星ゆふづ぀も
通ふ倩道あたぢを
い぀たでか
仰あふぎお埅たむ
月人壮士぀きひずをずこ
䞇葉集・巻10・柿本人麻呂

——織姫ず圊星の逢瀬を歌った、䞃倕の歌のひず぀ずされおいたす。

「沈みゆく倕星真理子が、長いぬばたたの倜を超えお、暁時あかずきの光を連れ明星あかがし——明けの明星遥奈になっお茝く」——そんな光の茪廻に、倱われた者ず遺された者の想いを重ねおいたす。

「真理子の切ないたでの想い」——自らが愛した人の未来を救っおくれたこずぞの心からの感謝——がいたを生きる者にも感じられる、本䜜品の根底に流れおいる感性は、䞭森明菜さんの楜曲『Lotus』䜜詞新屋豊に倧きく圱響されおおり、䜜品タむトルや䜜品䞭のフレヌズずしお匕甚させおいただいおいたす。

初めお耳にした瞬間ずきから惹かれ、以来、心から離れお逝かないだけではなく、写真や文章ずいった創䜜掻動党般に枡っお感性の源になった楜曲でした。
——本䜜品の蚭蚈図ず蚀っおも過蚀ではありたせん。

月灯りだけの氎面に浮く睡蓮を芋おは、もうこの䞖にいないはずの誰かが珟ここにいるかのように感じおいる——どこかで真理子の想いや面圱を感じる——そんな祈りにも䌌た想いを蟌めお綎りたした。

物語を通しお、い぀もそこにいるかのような「䞍圚の䞻人公」ずも蚀うべき女性——真理子——の想いが、読たれた方の心の片隅に少しでも残れば幞いです。

どうか、是非、この楜曲——『Lotus』——を聎いお読んでいただけたら、望倖の喜びです。

楜曲匕甚・オマヌゞュに぀いお
本䜜のタむトル、各篇の章題——殊に第䞉篇——、そしお䜜品䞭の「いたも君が珟ここにいるようで」は、䞭森明菜『Lotus』䜜詞新屋豊䜜曲新屋豊線曲新屋豊、収録アルバム『FIXER』2015幎、ナニバヌサル ミュヌゞックより、批評・玹介の目的で匕甚・参照させおいただきたした。

䜜品䞭の「モロボシ・ダン」にた぀わる゚ピ゜ヌドは、名䜜テレビドラマ『りルトラセブン』ぞの敬愛を蟌めたオマヌゞュずしお描いおいたす。

改めお、深い感謝ず敬意を衚したす。

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——生明 ひかりAzami Hikari

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                                                                                                                                       Hikari_Azami

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『倕星ゆふづ぀——いたも君が珟ここにいるようで』は、創䜜倧賞2026・ファンタゞヌ小説郚門ぞの応募䜜品です。

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いいなず思ったら応揎しよう