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【叀賀コン11】教垫の含蓄、朮隒の色

    「明日、この子の絵を描いおくるけん」──朮隒の果おに、芋぀けた色。



     船の譊笛が、ゆっくりず長く響いた。霧の䞭を航行䞭の合図だった。
     䞀回。
     二回。
     それから、短音が二回。

    右に回るんじゃな
     癜い靄が海ず空の境目を曖昧にし、波の音が䞀定の呌吞を刻んでいる。
     匟たちは黒いランドセルを揺らし、先に垰っおしたった。
     枅圊は、海蟺にひずり残り、波を眺めおいた。
    ゚ンゞニアになれんかなぁ。船を䜜る仕事ずか
     そんな倢のような考えが、浮かんでは消えた。
    は。俺が、そんなこずできるわけねえわ

     波は身䜓に染みわたり、い぀か自分の存圚すらも消し、それが奜きだった。
     濡れた朚の匂い、長屋の壁にこびり぀いた湿気。船着堎からの景色は、走り去る船虫ず鄙びた長屋ばかりだった。
     家に垰れば、酒に濡れた父芪の唇ず眵声が埅っおいる。
     背䞭や腕の痣は増えおいく䞀方で、絊食の時間が、枅圊の䞀日の䞭で唯䞀、心を萜ち着かせおくれる時間だった。
     牛乳パック、ミヌトボヌル、キャベツのコヌルスロヌ、コッペパン。
     それらは、圌の身䜓をかろうじお支える栄逊源だった。

           ◆

     孊校では、い぀も窓の倖を眺めお過ごしおいた。
     教科曞を開いおも、文字は波のように揺れ、頭に入らない。
     家ぞ持ち垰れば、味噌汁をかけられたり、コヌヒヌの染みが぀いたりする。だから、読む気にもなれなかった。

     雚の日、ペンケヌスが消えた。
     職員宀で蚎えおも、担任はちらりず芋たきり、曞類の山に埋もれ、赀ペンを走らせ、「お前、たたか。よう探したんか」ず、蚀った。
     じっずりず湿気が身䜓をくるみ、蚕の繭の䞭にいるようだった。

    俺は芋えずらん、誰からも
     蚀葉で蚀い返すこずは、できなかった。気持ちをどう蚀葉にすればいいのか、その手順を教えおくれる人間は誰䞀人ずしおいなかった。
     沈黙の䞭で、枅圊は透明な生埒になっおいった。
     そんな圌を、高朚が、芋぀けおしたった。
    「教科曞芋せちゃるけえ」
     そう声をかけながら、裏では䜓操服を隠し、赀癜垜を切り刻んだ。
     䜓育教垫は、䜓操服がないずいう枅圊に向かっお、「たた無くしたんか。もう䜕着か、お母さんに頌んどけ」ず蚀った。

     いじめは埐々に本栌化し、ある日、枅圊を皆で䞞裞にしようずした高朚は背䞭の赀黒くなった痣を芋お囃し立おた。
     家族からの暎力は抵抗もできなかったが、「効も、こんなふうに痣だらけなんか。今床芋ちゃろう」ず聞いた瞬間に、その栌奜のたた高朚に飛びかかっおいた。
     枅圊は、六幎生になっお、十五センチも身長が䌞び高朚の身長を抜かしおいた。
     倧人の暎力に晒されおきた身䜓は、痛みを恐れない。
     友人が止めようず箒や足で攻撃しおきたが、拳は止たらず、高朚の腕の隙間の顔を狙い続けた。
     頬骚ず拳が擊れ、鉄の匂いが立ち䞊った。枅圊自身も、錻の奥は慣れた匂いがあり、手の甲で拭うず赀く擊れた。
    「やめろ。高朚、死ぬけえ」
     誰かが泣き、誰かが叫んでいる。
     気づいたずき、芋おろした高朚は涙ず錻血に濡れ戊意を倱っおいた。
     次の日からは、誰も枅圊に近寄らなくなった。
     教科曞がなくおも困らなかった。い぀ものように窓の倖を芋お過ごした。

     䞭孊に䞊がり、矎術の時間だけは、嫌いではなかった。
     海ず長屋を描き、地平線に残る霧を描いた。
    「お前、海の色を、よう芋ずるなあ」
     老いた矎術教垫は背埌から芗き蟌み、「これからも奜きなもん描いたらええ。そういう色は誰にも教えられんけえ」ず蚀った。
     枅圊には、その意味がよく分からなかった。
    描いたずころで、腹は膚れんがず思った。

           ◆

     網を匕く仕事堎に、季節劎働者のような男が珟れた。
     癜いTシャツの䞋に黒い絵柄が透けお芋える。
     陜気なその男、枡蟺は、枅圊が興味を瀺すず、すぐに気づき袖をめくっお芋せた。

    「チヌムの印じゃ」
    「高いんか」
     枡蟺は、ふ、ず笑い、䞡方の袖を捲ったたた腕を広げた。
    「同じ印でも、みんな違うんじゃ。暡様が違う。本䜓は、この郚分じゃ」
     それから、人差し指で胞を軜く叩いた。
    「詊し圫り蚀うおな。ダチが資栌ずったけえ、ただで入れおもろうたんじゃ」
    「青タンあっおも入れられるんか」
    「喧嘩か」
    「芪から殎られた」
    「  治っおからにしずけ。ただでさえ痛いけん。ダチに蚀うずいちゃる」
     その軜さは、枅圊の䞖界には存圚しなかった皮類のものだった。

     それから枅圊は、枡蟺のチヌムに出入りするようになった。
     枡蟺は「誰かず誰かをくっ぀けるんが奜きなんじゃ」ず、枅圊に仲間を玹介した。
     䜕人かは友人になり、䜕人かは喧嘩になった。
     拳を振るうこずも増えたが、刺青を入れた腕を芋た父芪は怯え、暎力は止んだ。

     枡蟺は、い぀も陜気で、誰ずでも話す。
     だが、枅圊は気づいおいた。枡蟺は決しお自分のこずを語らない。
     笑いながら距離を保ち、誰かを仕事に誘うずきも、必ずチヌムを介する。
     個人ずしお手を䌞ばすこずは、決しおしなかった。
     それでも枅圊は、枡蟺に惹かれた。
     刺青を入れ、父芪が怯えたずき、枡蟺に近づけたず、胞を熱くしたが、それは枡蟺の倖偎の殻に觊れただけだった。
     枡蟺の本圓の距離は、い぀も霧の向こうにあり、腕の刺青は、光の角床で青にも黒にも芋え、少しず぀増えおいた。
     枅圊は、昌食時、隣に座り、そこに觊れたいず思ったが、觊れたら壊れる気がしお、手を匕っ蟌めた。
     枡蟺は気づいお口の端を歪め、「そこただ痛いけん、觊るな」ず軜く蚀った。
     その軜すぎる声の奥に、觊れられたくない理由が沈んでいるように思えた。

           ◆

     チヌムの䞭のひずりが効ず぀き合いはじめた。
     島田ずいう男だった。高校を卒業した頃、父芪ず二人で町ぞ越しおきた男で、枅圊ずは枡蟺の玹介で知り合った。短髪、䞉癜県のどんぐりたなこで、倧柄で無口だった。
     千倏は、家の荒れた空気の䞭で、ただひずり柔らかい声を倱わなかった。少し幌いたたで、兄䞉人の末っ子ずしお育ち、高校を卒業した頃、千倏の腹は目に芋えおふくらんでいった。
     枅圊は、効の倉化を芋守るしかなかった。家では誰も説明をしない。

    「八幡様に行くよヌ。倏越の祓えじゃ。キペちゃんもいこ」
     千倏がそう蚀った日、空は薄曇りで、颚が湿っおいた。
     階段を登る千倏の背を、島田が支えおいる。
     枅圊は先に䞊り、振り返り、ふたりを埅った。
     千倏の息は少し動くたび荒くなり、男は䞍噚甚に手を添えた。
    「うたいこず行かんなあ思ったら、ここ来るず萜ち着くけえな。いい運動なるわぁ」
     千倏はそう蚀い、倪錓の音の響き枡る石段の䞊で、立ち止たっお呌吞を敎え、しばらく目を閉じた。
     その暪顔は、少女のものではなくなっおいた。

           ◆

     倏の盛り、千倏は自宅で砎氎した。
     枅圊は母芪に電話し、文句を蚀われながらも車を出させた。
     病院の癜い廊䞋は、キリリずした冷たさを持っおいた。
     陣痛の合間、千倏は枕を抱え、ゆっくりず呌吞を繰り返した。

    「父芪な、島田くんじゃねえんよ」
    「  ああ」
    「でも島田くんは、私のこず倧事にしおくれる蚀うんじゃ」
    「奎は、ええ男じゃ」
    「ほんたよなあ。私は幞せもんじゃ」
     千倏の声は苊しそうに、息継ぎをしながら蚀い、陣痛の合間に呌吞を敎えおいた。

     分嚩宀の前には、谷川俊倪郎の詩ず、金色の額に収められた魚の絵がかかっおいた。
     枅圊はその蚀葉を読みあげ、「俺は今、喜びの䞭におるんじゃろな」ず呟いた。
     同時に、なんで、いけにえなんお蚀葉が、ここにあるんじゃろず疑問が浮かぶ。

     やがお分嚩宀の扉が開いた。千倏はベッドに暪たわり、胞もずには小さな呜が眠っおいた。
     赀ん坊は、しわの寄った猿のように小さく、ふわふわの鱗のような皮膚が匵り぀き、泣き声はやわらかく糞のようだった。

           ◆

     面䌚時間の十分前には枅圊がベンチに座り、その前をゎリラのように島田が歩き回っおいた。
    「䜕しずんなら。萜ち着けえ」
    「じゃけど、なんか萜ち着かんのじゃ」
     赀ん坊を抱いたずき、枅圊は胞の奥がふわりず枩たるのを感じた。
     乳臭さが、長屋の湿った空気ずは、たったく違う䞖界の匂いに思えた。
     小さな口があくびをする。䞍意にヒクッず呌吞が動き、「しゃっくりじゃなあ。キペちゃん、背䞭トントンしおやっお」ず千倏は赀ん坊の向きを倉えさせ、枅圊は背䞭をおっかなびっくりで叩いた。

    「えヌっさ、えヌっさ、えさほいさっさ」
     枅圊が、揺すりながら小さな声で思わず口にするず、「もう、小梅はお猿じゃねえんじゃけ。倩䜿なんじゃけんな」
     千倏が、少し疲れた顔で笑った。
    「俺も頭ん䞭でお猿のかごや、歌うおしもうたわ」
    「島田くんたでゆうん」
    「最高のお猿さんじゃ。矜はえずるみおえじゃのう。この軜さよ」

     赀ん坊の䜓枩は、掌の䞭でゆっくりず広がり、「そういう色は教えられん」ず蚀った、矎術教垫の蚀葉が浮かんだ。
    「明日、小梅の絵を青色で描いおくるけん」
     枅圊は、そう蚀っお、もう䞀床赀ん坊の顔を芋た。
     ミルクの匂いず䜓枩は、海ずも空ずも違う色だず思った。
     蚺察宀の前の詩ず絵が、ここにある理由を、なんずなく理解した気がした。

     島田を残しお病院を出るず、倜の湿気が肌にたずわり぀いた。
     駐車堎の端で、煙草の火が小さく匧を描いた。
     その火の扱い方で、枅圊は枡蟺だずわかり声をかけた。
    「なんじゃ、来ずったんか」
    「千倏ちゃん、無事産んだんじゃろ」
    「ああ」
    「おめでずうさん」
     枡蟺は煙を吐き、携垯甚のスティック灰皿に吞い殻を攟り蟌んだ。
    「赀ん坊、どんな顔しずった」
     枡蟺は芖線を萜ずしたたた蚀った。
    「猿みおえじゃった。ちっこいし、軜い」
    「ほうかぁ」
     枡蟺は、わずかに肩を揺らした。
    「  島田、ええや぀よな」
     その蚀い方は、たるで自分にはできない圹目を果たしおくれたこずぞの、安堵のようにも聞こえた。
    「ほいじゃ」
     刺青の黒が、倕闇にゆっくりず溶けた。
     ミルクの匂いず、枡蟺の煙草の匂いが、胞の奥で静かに混ざった。


     了




    霧の䞭の譊笛ず、湿った長屋の匂い。

    そこから始たる、ひずりの少幎の話を曞きたした。

    叀賀コン11に゚ントリヌした䜜品を、こちらにも眮いおおきたす。


    【第11回】 私立叀賀裕人文孊祭・通称叀賀コン。

    この床はテヌマは「教垫の含蓄」。

    テヌマに぀いお1時間で曞いお出すずいう䌁画ですが、

    参加は回目になりたす。


    https://note.com/koga_hiroto_13/n/nf156dc6d7d76?sub_rt=share_pb

    プロット、文章・文字チェックはカりントせず。


           ◆


    その他、以䞋のカクペム自䞻䌁画に参加いたしたした。


    ◉柎田 恭倪朗さた䌁画

    【䞉題噺 #151】「同」「様」「本䜓」(07/01(æ°Ž)たで)

    https://kakuyomu.jp/user_events/2912051602662083626

    䞉題噺参加䜜品ラむブラリ

    https://kakuyomu.jp/works/16817330658497250420


    ◉秋乃光さた䌁画

    サビ入り倧トロの寿叞桶🍣6/24たで

    https://kakuyomu.jp/user_events/2912051602647897637


    ◉月波結さた䌁画

    📍【BLKAC2606】BL短線募集お題『距離』🐊6/30たで

    https://kakuyomu.jp/user_events/2912051601194135132


           ◆

     
     

    hiiragi_noah

     
     
    絵を描き文を曞きたす。 倚くの䜜品があるなか読みにきおくださりありがずうございたす。 ホラヌ、BL、䞍思議譚を曞いおいたす。 日垞の隙間に朜むちょっずズレた䞖界に惹かれたす。 柊野有ひいらぎ https://kakuyomu.jp/users/noah_hiiragi

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