
『パーヴェルとショパン』(5)さよなら
14歳のパーヴェル。12歳のショパン。そろそろお別れです。
『パーヴェルとショパン』最初から読む
■前回のおはなし
パーヴェルがやっと思い出した母。
複雑な顔を見せて消えていく。

『パーヴェルとショパン』(5)








『パーヴェルとショパン』32p おわり
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おまけの雑学
ショパンは結局、神童時代からポーランドを出国する20歳ごろまで、コンスタンチン大公の屋敷でピアノを弾いていたようです。
史実の中のパーヴェルとショパンは、
『父・コンスタンチン大公のためにピアノを弾くショパン。パーヴェル自ら、馬車で迎えに行った』
『ピアノを弾き終わったショパンと、パーヴェルは庭で遊んだ』などがあります。
『ショパンがコンスタンチン大公の子どものピアノの家庭教師になった』という話もあるのですが、これはパーヴェルじゃないようなんですね。
じゃあ、ショパン少年がピアノを教えた『大公の子ども』って誰だろう?と調べてみました。パーヴェルには母親違いの妹・弟がいて、この子たちも非摘出子ですが、父に愛されていた。このふたりにショパンはピアノを教えていたようです。

この弟『コンスタンチン』は、『発明王』なんです!
軍隊のロケットのほか、民間用に花火なども発明し、偉人としてロシアのお札にもなったことがある発明王。この弟くんは、最初から皇族の子としては見なされていなかったため、パーヴェルと比べてのびのび育っている気がします。
将来の『発明王』はいったいどんなピアノの生徒だったんでしょう?
年齢差を考えると、ショパンが17歳の時、弟くんは9歳。
ここからは想像です。
ショパン自身もいたずら好きな子だったようです。
だから、弟くんにはピアノを教えるよりも、彼の自由な発想とかおしゃべりを一緒におもしろがるような時間を過ごしたんじゃないかなあ…って思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
2026年10月の予定は、文学フリマに出すために今まで描いた作品を本にする。それと次の作品の準備をしようと思います。