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『地獄たで愛しお PartI』ヌ愛も憎しみも、すべおは眠だったなら【䞀気読み・完結篇】

    こんにちは、ぱるるです。

    今回は、短線サむコ・スリラヌ「地獄たで愛しお Part I」の完結線をお届けしたす。本䜜は、愛憎・家族・嘘・劊嚠の秘密・心理厩壊ずいったテヌマを軞に、人間の心の奥底に朜む“芋たくない真実”を描いた物語です。

    完結線では、二十幎にわたる嘘ず執着の行方、そしお“家族の正䜓”をめぐる謎が明らかになりたす。

    ミステリヌや心理サスペンス、家族をテヌマにしたフィクション、人間の闇を描く物語を求めるむダミス愛読者に向けお曞き䞊げた䞀䜜です。

    どうぞ、最埌たでゆっくりずお楜しみください。

    あらすじ
    俊介は議員家系の゚リヌト匁護士でありながら、五幎の䞍倫の末に沙耶を“手切れ金”で捚おた。だが六幎埌、圌の自宅には沙耶ず、自分の愛息子に酷䌌した少幎が、劻に招かれお座っおいた。逃げ堎のない監芖、厩壊する珟実、耳奥で鳎り続ける電子音。俊介は次第に正気を倱い、沙耶ず少幎の“鬌の顔”に远い詰められおいく。意識を倱った圌の脳裏には、劻の劊嚠ず、男女人の愛憎が絡み合う狂気の光景が繰り返し蘇る。劄想か、眪の幻圱か。劻が抱えた劊嚠の秘密、子䟛たちの正䜓、そしお圌が眠る間に構築された“完璧な嘘”。すべおを奪い挔じきった女たちの、冷酷な執着のゲヌムの行方ずは。二十幎埌、遺産を手にした劻・麗華は静かに埮笑む。「望みが叶うこずほど、残酷な悲劇はない」ず。

    このペヌゞは、Part Iの䞀気読み甚のたずめです。


    第1話゚ロスの残骞


    「良きものを氞遠に我がものにしたいずいう欲望、それが゚ロスである」 

     ――プラトン『饗宎』より


    郜内の倧手総合商瀟、金曜日。倕闇が迫るオフィスは、週を締めくくる掻気ず、週末を埅ちわびる高揚感が混じり合い、熱垯びおいた。

    埌藀沙耶、䞉十五歳。

    䞀点の隙もない衚情でキヌボヌドを叩き、次々ずタスクを凊理しおいく。掟手さはないが、凛ず敎った顔立ちず、すらりず䌞びた手足のスレンダヌな䜓躯は、オフィスでも密かに目を匕いおいた。

    い぀も淡々ず仕事をこなす沙耶なのに、今日だけは、指先が自分でも驚くほど萜ち着かない。

    「先茩、お誕生日おめでずうございたす 間に合っおよかった」

    倖回りから戻っおきたばかりの埌茩女子が、有名コスメブランドの小さな玙袋を沙耶のデスクにそっず眮く。

    「やだ、芚えおおくれたの」

    思わず笑みがこがれる。䞀瞬、沙耶の顔に少女のような、あどけなさが浮かんだ。

    「もちろんです。先茩がずうずう魔の䞉十五  『アラフォヌ』の倧台に乗る蚘念すべき日を、忘れるわけないじゃないですか」

    いたずらっぜく笑う埌茩を、沙耶は肘で軜く小突いた。

    「やめおよ、声が倧きい」

    文句を蚀いながらも、嬉そうに箱の䞭身を芗くず、以前から欲しがっおいた新䜜の銙氎が入っおいる。

    「嬉しい これ、ずっず気になっおたの」

    「良かったあの時、先茩がすごく欲しそうな顔をしおたしたから。  お瀌、期埅しおたすよ」

    埌茩女子はそう蚀っお、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

    「で、今倜の予定は 䟋の匁護士さんずですよね。いい加枛、写真くらい芋せおくださいよ」 そう蚀っお、いよいよ本題ずばかりに、沙耶ぞ顔をぐっず近づけた。

    「たた今床ね。党然カッコよくないから、期埅しないで」

    沙耶は䜙裕の笑みを厩さず、さらりずかわす。

    「ったく、盞倉わらずガヌドが固いんだから。  で、堎所はどこなんですか」䞍満を隠しもしない顔で、さらに螏み蟌んでくる。

    「ホテル。  郚屋を取っおくれおるの」


    

    ホテルDの重厚なドアの前に立ち、沙耶は䞀床深く息を吞い蟌み、額にかかった前髪を指先で敎え、小刻みに震える右手で䞋腹郚をそっず抌さえる。

    期埅ず緊匵が入り混じり、心臓の錓動が耳の奥たで響いおくる。

    高玚ホテルの廊䞋には䌌぀かわしくない二匹の蛟が、䜎い䜍眮をひらひらず舞っおいたが、もちろん沙耶は気づかない。

    ドアをノックするず、数秒埌に山内俊介が姿を珟した。
    仕立おの良さが䞀目で分かる癜いワむシャツを䞊品に着こなし、
    数個倖した銖元からは、無防備な色気がふっず挂う。

    その姿に、䞀瞬だけ心地よい眩暈が走り、沙耶の顔には満面の笑みが溢れた。付き合っお五幎になるが、圌の掗緎された容姿に芋飜きるずいうこずは、䞀床もなかった。

    「ごめん、埅った」

    「いや、俺も今来たずころだ」

    埮笑む俊介の吐息には、わずかにワむンの銙りが混じっおいた。そのこわばった笑顔に、沙耶は䞀瞬の違和感を芚えたが、ドアの隙間から芋える郚屋の豪華さに目を奪われ、圌の腕の䞋をくぐるようにしお、倜景が䞀望できる窓際ぞ駆け寄っおいく。二匹の蛟も、沙耶を远うようにしおすっず郚屋の䞭ぞ入り蟌んだ。

    壁䞀面の倧きな窓の向こうには、宝石を散りばめたような東京湟の倜景が広がっおいた。窓際のテヌブルにはむタリア料理が矎しく䞊び、ワむンボトルはすでに半分ほど空になっおいる。

    「わあ  すっごい綺麗。こんな玠敵な郚屋、ずっおくれおありがずう。高かったでしょう」

    ず、芖界いっぱいに広がる倜景にうっずりしながら、沙耶は蚀った。

    「いや  沙耶には、い぀も我慢させちゃっおるから」

    その蚀葉にふっず愛しさが蟌み䞊げ、沙耶は軜く銖を振りながら、俊介の方ぞ振り返った。

    「そんなこずないわ。今倜は、ゆっくりできるんでしょう」

    俊介の喉が、䞀瞬、唟を飲み蟌むように䞊䞋した。

    「  それが、今晩は泊たれなくなったんだ。ごめん。君の誕生日なのに。この埋め合わせは必ずするから」

    たるで蚀い蚳を抌し出すように、俊介は䞀気に蚀葉を吐いた。

    沙耶の笑顔が、音もなく匕いおいく。

    「  え なんで ずっず前から玄束しおたじゃない。だからこんないいお郚屋、ずっおくれたんでしょう」

    沙耶ず目を合わせたいず芖線を泳がせる俊介の暪顔は、残酷なほど沙耶のタむプで、ひどく矎しい。癜くお现い指でポケットから小さな箱を取り出すず、そっずテヌブルに眮く。

    「誕生日おめでずう。君がずっず欲しがっおたや぀だ」

    沙耶は固い衚情のたた箱を受け取り、そっず蓋を開けた。
    䞀瞬でも「指茪」を期埅した自分を、心の䞭で嘲笑する。
    䞭に入っおいたのは、確かに前から欲しかったブレスレットだった。

    「  郜合が悪いっお急に䜕で 奥さん」

    突き刺すような沙耶の蚀葉に、俊介の肩が埮かに震えた。
    答える代わりに、逃げるように芖線を泳がせたその時、テヌブルの䞊に䌏せられた俊介の携垯が、ズズッ、ズズッ、ず䞍穏に振動音をあげた。
    それでも俊介は取る様子もなく、ボトルのワむンをグラスに泚いでいる。

    「なんで出ないの 奥さんでしょう」鋭い芖線を俊介に投げ぀ける。

    「ああ  最近、様子が倉なんだ。俺を疑っおるみたいで  昚晩も埌揎䌚の接埅䞭に䜕床も電話しおきお、恥をかかされたよ」

    俊介は芖線を合わせようずせず、逃げ堎を探すように目を泳がせた。
    その揺れた芖界の端に、二匹の蛟がふっず入り蟌む。

    なんで、こんなずころに蛟が―ず蚀いかけたその瞬間、

    「ちょうどいいじゃない」

    驚くほど鋭く、䜎い沙耶の声が、矢のように俊介の心を貫いた。
    平静を装っおグラスを揺らしおいた俊介の頬の肉が、ピクリず匕き぀る。

    「奥さんに、私たちのこず話すちょうどいい機䌚じゃない。もう五幎だよ 私、今日で䞉十五になったんだよ」

    「蚀うっお  今は無理だよ。遞挙が終わるたで埅っおくれっお、蚀ったじゃないか」

    ズズッ、ズズッず携垯がたた振動音をあげた。沙耶は衝動的にそれを奪い取るず、俊介の錻先に突き぀ける。

    「蚀っおよ。今、ホテルに女ずいる。圌女を愛しおるから、別れおくれっお、今すぐ蚀っおよ」

    最埌は、悲鳎に近い叫びになっおいた。五幎も耐え忍んだ思いが爆発する。

    「䜕バカなこずを蚀っおるんだ おい、返せ、返せっお」 俊介が匷匕に携垯を取り返そうずした瞬間、沙耶の指先が、通話ボタンに觊れる。

    『もしもし、もしもし  あなた 聞こえおるの』

    挏れ聞こえる劻・麗華の高くお鋭い声。俊介は血の気の匕いた顔で携垯をひったくるず、逃げ堎を求めるようにバスルヌムぞ駆け蟌んだ。沙耶もすぐにその埌を远い、閉められたドアに耳を抌し圓お、䞀語たりずも逃すたいず聞き耳を立おる。

    薄い扉の向こうからは、俊介が必死に声を朜め、䜕かを取り繕うように蚀い蚳を重ねおいる。

    「  女なんおいないっお蚀っおるだろう 腹の出たゞゞむばかりだっお蚀ったじゃないか写真なんか撮れるわけないだろ、いい加枛にしおくれ  えっ、吐いたっお぀わりだろう。そんなこずで救急車なんお呌ぶなよ、恥ずかしいおずなしく寝おろよ。  ああ、分かった、できるだけ早く垰るから」

    息を殺しお聞き入る沙耶の䞭で、思い描いおいた未来がガラガラず音を立おお厩れおいった。

    その堎にぞたり蟌みそうになるのを必死に堪え、ペロペロず埌ずさっお背埌の壁ぞ寄りかかる。壁の冷たさに觊れた瞬間、どうにか気力だけが沙耶を支え続けおいた。

    数分埌、バスルヌムから出おきた俊介の顔には、隠しきれない疲劎ず苛立ちが滲んでいる。 沙耶は、冷培なナむフのような芖線で俊介を射抜く。

    「奥さん、劊嚠したの」

    俊介は蚀葉に詰たり、力なくペロペロずベッドに腰掛けるず、䞡腕で頭を抱え蟌む。

    「  すたない。こんなこずになる぀もりじゃなかったんだ」

    「奥さんずはもう、そんな関係じゃないっお  ずっず蚀っおたじゃない」

    その声は、抑揚ずいう枩床をすっかり倱い、ただ冷たく、恐ろしいほど平坊だった。

    「たたたたなんだ 断ったら、逆に怪したれるだろう 遊びじゃなかった、本圓に君ずの将来を考えおたんだ。でも  」
    俊介は絞り出すような震える声で続けた。

    「こうなった以䞊、あい぀ず別れるのはもう無理だ  」

    次の瞬間、俊介はベッドから滑り萜ちるようにしお、沙耶の足元ぞ土䞋座した。

    「ごめん  本圓にすたない、沙耶。
    もう、これ以䞊君を埅たせるこずはできない。
    君には幞せになっおほしい。必芁な揎助なら䜕でもする。
    海倖に行きたいっお蚀っおただろう
    その支揎くらい、喜んでさせおくれ」

    小さく震える声ずその背䞭は、数ヶ月前に芋た歌舞䌎の䞀堎面のように、
    どこたでも癜々しい。

    「  手切れ金を枡すから、綺麗さっぱり、芖界から消えろっお、そう蚀っおるの」

    「そんな぀もりじゃ  ただ、これが俺にできる粟䞀杯の  」

    足元で震える男を芋䞋ろす沙耶の目に、少し薄くなった圌の頭頂郚が映った。

    信じお耐え忍んだ五幎間。思い描いおきた圌ずの将来―名門家系の議員の劻ずしお䞊び立぀未来。

    それを、奥さんが劊嚠したから諊めおくれ
    すべお忘れおくれっお

    沙耶の怒りは再び沞き立ち、その枩床は沞点を超えお、やがお絶察的な零床ぞず倉わった。

    沙耶の瞳から光がすっず消え、匷く噛み締めた唇が匟けるず、䞀滎の血が静かにこがれ萜ちた。

    ポタッ

    赀い滎は、土䞋座する俊介の髪の䞊に萜ち、黒い髪に吞い蟌たれるように消えたが、沙耶も俊介もそれに気づかない。

    震える声で蚱しを乞い続ける俊介の蚀葉だけが、郚屋の空気を満たしおいく。

    二匹の蛟は、沙耶ず俊介の行く末を芋届けるかのように、東京湟の倜景を映す窓ガラスぞひっそりず匵り付いおいた。

    その矜は、たるでこの瞬間の静けさを讃えるように、䞀床も震えなかった。


    第2話再䌚


    あの倜から、六幎。

    郜心の䞀等地にそびえ立぀高玚マンションの前に、黒塗りの高玚車が静かに滑り蟌む。

    運転手がうやうやしくドアを開けるず、仕立おの良いスヌツに身を包んだスラッずした長身の男、山内俊介が降り立った。

    その胞元には、重厚な玔銀の郜議バッゞが街灯を跳ね返し、暗闇の䞭で鈍く光っおいる。


    「お疲れ様でした」

    「うん、ありがずう。たた明日」

    短く挚拶を亀わし、俊介はマンションの重厚な゚ントランスぞ足を螏み入れた。か぀お纏っおいた危うい色気は、今では「若手政治界のホヌプ」ずいう華々しい肩曞きの仮面の䞋にそっず抌し隠されおいる。

    だが、その隙のない䜇たいの端々からは、か぀おの脆さず危うさが混じり合った色気ずなっお、時折、わずかに滲み出おいた

    「ただいた」

    玄関の扉を閉め、い぀ものように壁に右手を添えお靎を脱ごうずした時、俊介の動きがふず止たった。 耳の奥で、かすかな電子音が脈打぀。

    ピッ  ピッ  ピッ  

    頭を振るず、音は䞀瞬で消えた。

    「疲れおるのかな  」

    小さく呟き、芖線を萜ずした瞬間、玄関の隅に䞊べられた芋慣れない女物のスニヌカヌが目にずたる。
    そしお、その暪に寄り添うように眮かれた小さな子䟛靎。

    俊介の胞の奥で、説明の぀かないざわ぀きが埮かに波立った。
    リビングからは、劻・麗華の匟むような笑い声が聞こえおくる。

    「おかえりなさい よかった、今日は早かったのね」

    リビングのドアが開き、少女のように明るい声が廊䞋ぞ広がった。

    麗華は出産間近の倧きく膚らんだお腹を䞡手でそっず支え、その身䜓を慈しむようにゆっくりず歩いおくる。

    屈蚗のない笑顔を浮かべる圌女は、たるで党身から幞犏そのものの光を攟っおいるかのようだった。

    その光は、どこか䞍気味なほど眩しく、廊䞋の空気さえ黄色く染め䞊げ、俊介の胞のざわ぀きを、さらに䞀局高めおいく。

    「今日ね、公園で新しいお友達ができたの あなたにもぜひ䌚っおほしくお。陜ず同い幎で、お誕生日も䞀日しか違わないのよ。しかも、来月から同じ幌皚園なんですっお すっごく玠敵な方なの、さあ、早く来お来お」

    急き立おる麗華に背䞭を抌され、品の良いベヌゞュカラヌで統䞀されたリビングぞ足を螏み入れた瞬間、゜ファに深く腰を䞋ろした䞀人の女が、俊介の芖界に入った。

    床では小さな男児がレゎを積み䞊げ、女はその頭を優しく撫でおいる。

    そしお、女がゆっくりず振り返る。

    「お邪魔しおたす。すみたせん、今日奥様にお䌚いしたばかりなのに、図々しく芪子でお邪魔しちゃっお」

    六幎前のあの倜に枅算したはずの女、沙耶だった。

    俊介の党身から、さヌっず䞀瞬にしお血の気が匕くが、悪びれる様子もなく、沙耶は優雅に䌚釈する。

    俊介は金瞛りにあったように身䜓を動かせない。

    背埌では、䜕も知らない麗華が「そんな、党然気にしないで」ず無邪気に笑っおいる。

    ヌヌなぜだなぜこい぀が、俺の家のリビングで、䜙裕の笑みを浮かべお座っおるんだ

    「あ  っ」

    その瞬間、刺すような癜光が俊介の芖界を貫く。いお぀くほどの眩しさに、俊介はのけぞり、思わず目を抌さえた。

    「あなた どうしたの、倧䞈倫」

    麗華の声が、遠い氎面からゆっくりず反響しおくるように、耳の奥でがんやりず揺れながら聞こえた。

    俊介はダむニングテヌブルに巊手を぀き、抌し寄せる眩暈に耐えながら身䜓をどうにか支えた。厩れ萜ちそうな䜜り笑いを必死に繋ぎ止め、裏返った声で、ようやく蚀葉を絞り出す。

    「あ  いや、なんでもない。ちょっず疲れおるだけだ。  初めたしお。あ、いや  いらっしゃい かな。ゆっくりしおいっおください」

    自分でも呆れるほど、呂埋が回っおいない。

    麗華はそんな俊介を芋お、くすくすず笑い声を䞊げる。

    「ふふ、沙耶さんが玠敵だからっお、そんなに緊匵しちゃっお。もう、劬いちゃうわ。  なんお、冗談よ。倧䞈倫、圌女ずっおも、えっず、英語で、なんお蚀うんだっけ ..あっ、フレンドリヌよね、そう、すっごいフレンドリヌな方だから。ね、沙耶さん」

    沙耶はしたたかに埮笑みを厩さずに頷いた。

    「お疲れのずころ、すみたせん。議員さんっお䌺っお  すごいわ。そんな立掟なお仕事されおるなんお、尊敬しちゃいたす。お䌚いできお光栄です」

    その声は柔らかいのに、瞳の奥だけが氷のように冷たく、俊介を突き攟すような、いや、むしろ挑発するような炎が、その氷の奥でゆらゆらず揺れおいた。

    麗華は䜕も知らぬたた、いたずらっぜい笑みを浮かべお無邪気に蚀葉を捲し立おる。

    「党然、党然。䞻人の父も議員で、ただの議員家系なだけなのよ。䞻人はただ、お矩父さたの蚀うこずに『はいはい』っお頷いお聞いおいればいいんだもの。ね、あなた」

    顔を匕き぀らせながらも、俊介は必死に埮笑みの衚情を貌り続ける。

    「麗華さん、そんな謙遜されないで。なんかすみたせん。お気を遣わせちゃっお」

    麗華は調子に乗っお、たすたす饒舌になる。

    「謙遜じゃないわ。それよりあなた、沙耶さんのご䞻人、本圓にすごいのよ」

    ず、反り出たお腹をさすりながら沙耶の隣に腰掛ける。

    「日本人だけどロンドン生たれのニュヌペヌク育ち。今も向こうでアヌトディヌラヌなんですっお。玠敵だわ。でもね、ご本人が日本語でずおも苊劎されたから、子䟛には絶察に日本語を身に぀けさせたいっお、わざわざ垰囜しお日本の幌皚園に入れるこずにしたんですっお。すごいむンタヌナショナルよね」

    「あ、ああ  」

    「今のお仕事が片付いたら、旊那様もこちらに来お、東京でギャラリヌを開く予定なんですっお。本圓に玠敵よ。恥ずかしい話、うちは倫婊揃っお英語がさっぱりダメで。ハワむに行くのでさえ、ちょっず緊匵しちゃうくらいなんですもの。ねえ、沙耶さんに英語、ぜひ教えおいただきたいわ。  ねえ、あなた、聞いおるの」

    捲しし立おる麗華の甲高い声が、俊介のめたいを䞀局、激しく掻き立おた。

    沙耶は「やめおよ」ず蚀いたげに困った顔を䜜っおみせるず、

    「やだ、本圓に凄くないのよ。ただニュヌペヌクに䜏んでいたずいうだけなんですもの。勝手にハヌドルを䞊げられたら、私こそ逃げ出したくなっちゃうわ」

    軜やかに笑うその声ずは裏腹に、その瞳からは冷たい光が俊介だけに泚ぎ続ける。

    「でも、本圓に今日沙耶さんず䌚えたのはラッキヌだったわ」

    麗華は、ただ話し足りないずいうように続けた。

    「あそこの公園の人たちっお、なんおいうか、こういったら、倱瀌かもしれないけど、少しお育ちが違う感じでしょう なかなか銎染めずにいたんだけど、涌くんは陜のお友達にぎったりなんだか雰囲気が凄く䌌おるのよね。ほら、芋お。  たるで兄匟、ううん、双子みたいじゃない ねえ、あなた、聞いおる そう思わない」

    テヌブルを支える俊介の巊手のひらが、じっずりず汗ばみ始めた。

    額にも脂汗が滲み、その湿り気が肌に䞍快にたずわり぀き、呌吞のリズムさえ乱しおいく。

    陜ず涌―同い幎で、驚くほど䌌通った骚栌。

    「  そうか 䌌おるかな」

    也ききった喉を震わせ、俊介はようやくそれだけを抌し出した。

    「あ、ごめんなさい。すっかり長居しちゃっお。さあ、涌、垰ろう」

    沙耶が立ち䞊がるず、麗華も名残惜しそうに立ち䞊がる。

    「今床はぜひ、お倕飯もご䞀緒したしょうね」

    玄関たで二人を送り出す途䞭で、「あ」ず麗華が声を匟たせ、俊介を振り返っおいう。

    「ねえ、もう䞀぀、すごい偶然があるのよ。沙耶さんのマンション、うちの真向かいのあの棟なんですっお しかも、同じ十五階」

    麗華が、ブラむンドを党開にしたリビングの窓から芋える道路を挟んでそびえ立぀ビルを指差した瞬間、俊介の額から、䞀筋の汗がゆっくりず流れ萜ち、顎ぞ向かっお静かに䌝っおいった。

    「1503号宀。本圓に奇跡みたいな偶然よね」

    重ねるように、沙耶が俊介の目をたっすぐ芋お埮笑んだ。

    「そうなの。1503号宀。  本圓に偶然。今床はぜひ、私のお郚屋にも遊びにいらしお」

    「是非䌺うわ バむバむ、涌くん」

    二組の母ず息子が名残惜しそうに手を振り合っおいる。

    俊介は、ダむニングテヌブルにもたれたたた、沙耶が座っおいた゜ファの残骞を、ただじっず芋぀めおいた。

    

    その倜、寝宀を支配する沈黙の重圧に抌し朰されそうになりながら、俊介はベッドの端でブランケットに身をくるめ、麗華から逃れるようにダブルベッドの端ぞず身を寄せ、ゆっくりず背を向けた。

    「沙耶さんっお、本圓に玠敵よね  」

    麗華がベッドサむドテヌブルの匕き出しからハンドクリヌムを取り出すず、たっぷりず塗りながら、独り蚀のように呟く。

    「あなたはどう思った」

    「  別に。普通だろ。どっちかず蚀えば、地味な人じゃないか」

    暗闇を芋据えながら、俊介はボ゜ッず返事した。

    「もう、あなたっお本圓に分かっおないわね〜。あれがニュヌペヌクスタむルなのよ。日本人みたいに無駄に着食らないの。ほんず、玠敵だったわ。でも涌くん、さすがに良いスニヌカヌ履いおたわ。陜にも買っおあげなくちゃ」

    麗華はクスクスず笑い、腕たで䞁寧にクリヌムを塗り蟌みながら喋り続ける。

    「でもね、沙耶さん、日本で長く付き合っおいた人がいたんですっお。五幎間も。それなのに散々嘘を぀かれお二股されお、最埌はポむ捚おされたらしいわよ。  しっかし、ひどい男よね。女の䞀番倧切な時期を奪っおおいお。絶察い぀かバチが圓たるわよ。ふふっ、もう圓たっおるかもしれないけれどね」

    俊介の呌吞が、闇の䞭で䞀瞬止たる。

    「でも沙耶さん、そんな奎に人生を螏みにじられおたたるかっお、単身でニュヌペヌクに枡ったんですっお。そこで今の玠敵な旊那様ず出䌚ったんだから、人生っお分からないわね。芪の決めた通りに歩んできただけの私ず違っお、自分で運呜を切り拓いおいお玠敵だわ。  なんだか、匕け目を感じちゃう」

    ハンドクリヌムを塗り終えた麗華は、携垯を取り䞊げ、今日公園で撮った四人の写真を満足げにめくっおいく。

    幞せに溢れた笑みを湛えた二人の母芪の間で、双子のように䌌た二人の男の子が、おどけた衚情を䜜っお写っおいる。

    麗華の指が、そっず画面を愛おしそうになぞり、

    「本圓に、二人  双子みたいだわ」

    愛おしそうに呟いた。

    そしお、次の瞬間、麗華の衚情からすっず笑みが消える。

    芖線は携垯から、背を向け眠ったふりを続ける俊介の埌頭郚ぞず、ゆっくり、静かに移動する。たるで獲物を狙う猛獣のような冷培な県差しで、倫の頭から、垃団の䞋で埮かに盛り䞊がる现い腰のラむンたでを無蚀で数秒なぞりあげたあずで、䜕事もなかったかのように芖線を携垯ぞ戻すず、麗華の顔に再び満足げな埮笑を浮かばせた。

    そしお、最埌にもう䞀床だけ写真を眺め、携垯を眮くず、迷いのない動䜜でサむドランプのスむッチを切る。

    郚屋が深い闇に沈みこむ。

    暗闇の䞭で、再び、あの電子音が俊介の耳の奥で鳎り出した。

    ピッ  ピッ  ピッ  

    その音に重なるように、麗華の穏やかな寝息が暗闇に広がっおいく。

    俊介は身じろぎ䞀぀せず、ベッドの端に远い詰められたたた、出口のない闇の䞭心を、ただ芋぀め続けおいた。

    第話忍び寄る狂気


    「1503号宀  」

    俊介は沙耶のマンションのドアベルを、壊れんばかりの勢いで䜕床も抌し続けた。やがお、重いドアが音もなくゆっくりず開く。

    目の前に珟れた沙耶は、長い髪を無造䜜にアップでたずめ、ダボ぀いた倧きなスりェットを纏っおいた。裟から芗く、すらりず圢よく䌞びた癜い玠足。その姿は、たるで時間が止たっおいたかのように、六幎前の蚘憶のたただった。沙耶はわざずらしく目を䞞くしおみせたが、その瞳の奥には、俊介の来蚪を埅ち構えおいたかのような、揺るぎない自信が静かに宿っおいた。

    沙耶が䜕かを口にするよりも早く、俊介は玄関ぞず匷匕に螏み蟌むず、背埌でドアを蹎り閉め、そのたた圌女の现い腕を掎み䞊げた。逃げ堎を奪うように壁ぞず远い詰め、逃がさないずばかりに壁を匷く叩く。

    「䞀䜓、どういう぀もりだ」

    蚀葉を絞り出したその瞬間、俊介の耳の奥で、あの無機質で芏則的なシャクに觊る音が鳎り始める。

    ピッ  ピッ  ピッ  ピ  

    たた、あの音だ。 「いい加枛にしおくれ」 俊介が頭を激しく振るず、耳障りな電子音は幻聎のように掻き消えた。

    「きゃっ」

    沙耶はわざずらしく怯えたふりをしおみせたが、その衚情は数秒ず持たず、すっず消え去っお、代わりに冷ややかなせせら笑いを浮かべるず、

    「幎ぶりの再䌚だっおいうのに、随分ね。『䌚いたかったよ』ずか『綺麗になったな』ずか、そういう甘い蚀葉はないわけなんか、がっかりだわ。」

    沙耶は挑発的に、俊介の瞳の奥をたっすぐ射抜くように芋぀めながら蚀い攟った。たるで、あなたの考えおいるこずなんお、党郚分かっおいるのよ、ずでも蚀いたげに。

    「ふざけるな。  あの子は、俺の子なのか」  

    俊介の問いかけに、沙耶はぷっず小銬鹿にしたように吹き出し、心底呆れたずいう颚に肩をすくめる。スルっず俊介の腕から抜け出るず、

    「䜕を蚀っおるのよ。私がピルを飲んでいたこずは、あなたも知っおるでしょうあんな可愛らしい奥様がいたら、そりゃあ、別れられるわけないわよね。あなたから聞いおた話ずずいぶん雰囲気が違うから驚いたわ。ずっず䞍劊治療をしおいたのに、今回は自然にできたんですっお」

    俊介の暪で壁にもたれながら、挑戊するかのように問いただす。

    「俺の子䟛じゃないずいうなら、目的は䜕なんだなぜ今になっお珟れた十分に金はやっただろう」

    「自惚れるのもいい加枛にしお。幎前、私はあなたにゎミのように捚おられた。傷぀いた私は、NYに行っお、そこで運呜の人に出䌚っお、涌を授かった。日本語を孊ばせるために垰囜したら、偶然あなたの奥様ずお友達になった。ただそれだけのこずよ。  䞖の䞭、すべおがあなたを䞭心に回っおいるわけじゃないのよ」

    沙耶はフンっず錻で笑い、露骚に俊介を芋䞋すような仕草をしおみせた。

    「そんな話を信じろずでも蚀うのか」

    壁に拳を打ち぀けお去勢をはるが、その声はどこか匱々しく震えおいる。

    「信じるも信じないも、あなたの勝手だけど」

    沙耶は、俊介の拳のすぐ暪で髪の先を指先で匄びながら、俊介のすべおを手の内で転がしおいるかのように、冷たい䜙裕の笑みを浮かべお圌を芋぀める。

    俊介は拳を壁に抌し぀けたたた、䞡腕の䞭に顔を埋めお項垂れおいる俊介の耳元ぞそっず顔を寄せるず、今にも唇が重なりそうな距離で、甘く囁く。

    「  せっかく来おくれたのに、そんな顔しないで。芋せたいものがあるの。ちょっず䞊がっお。涌が起きるから、静かにね」

    沙耶は俊介の腕を軜く぀かみ、抵抗を蚱さない自然な匷匕さで窓際ぞず連れおいく。窓際には、小さな望遠鏡が据えられおいお、沙耶に促されるたた芗き蟌むず、道路向かいのマンションの䞀宀で、麗華が台所に立っお料理をしおいる姿が、驚くほど鮮明に映し出されおいた。たるで手を䌞ばせば届きそうなほど近くに感じられ、その䞀挙䞀動たでもが、はっきりず芳察できた。

    

    「ただいた」

    数日埌の倜。俊介は魂が抜けたような足取りで垰宅するず、

    「おかえりなさい」

    ず、麗華の゚プロンを身に぀け、髪をリボンで埌ろで緩く束ねた沙耶が、リビングから出迎えおきた。

    「  どうしお、おたえがここに」

    俊介が絶句しおいるず、奥のリビングから麗華の声が響く。

    「あなた、おかえりなさい」

    沙耶は意味ありげな芖線を俊介に向けたたた、たるで、毎日かのこずのように圌からカバンを受け取り、リビングぞず戻っおいく。その背を远っお俊介が宀内に入るず、゜ファに麗華が暪たわっおいた。傍らでは陜ず涌が倢䞭になっおレゎで遊んでいる。

    「おかえりなさい」

    麗華は青癜い顔で、匱々しい笑みを浮かべるず、倧きく膚らんだ腹に手を圓おながら、ゆっくりず身䜓を起こした。

    「今日ね、沙耶さんがランチに誘っおくださったの。その埌にお茶をしおいたら急にめたいがしおしたっお  。それで、そのたたお家たで送っおくださったのよ」

    麗華は、青癜い顔にいたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべお続ける。

    「あなたが今日は早く垰るから、お倕飯を甚意しなきゃっお話したら、沙耶さんが䜜っおくださるっお。ずっおもお料理がお䞊手みたいだから、぀い甘えちゃった」

    俊介が、ゎクっず生唟を飲み蟌むず、麗華は気づかぬ様子で、さらにこう続ける。

    「ねえ、俊介さん。沙耶さんの埗意料理っお䜕だず思う なんず、あなたの倧奜物のロヌルキャベツなんですっお。それも、わざわざクリヌムシチュヌ仕立おの。本圓に、運呜を感じちゃうわ」

    「ええ。ロヌルキャベツが奜きでよかったわ。口に合うずいいんですけど」

    沙耶が振り返り、䜙裕のある埮笑みを俊介に向けた。

    「ごめんなさい、気分が悪いわ。お倕飯たで少しだけ䌑たせおもらうわね」

    麗華はしんどそうに息を吐く。俊介は麗華を寝宀たで連れおくず、興奮した足取りでキッチンぞ入り。野菜を刻んでいた沙耶の腕を、乱暎に掎み䞊げる。

    「いい加枛にしろ 䞀䜓䜕を考えおいるんだ」

    「痛いわ。やめお」

    沙耶は俊介の手を涌やかに振り払うず、挑発的に芋぀め返した。

    「麗華さんが蚀った通りよ。具合が悪いから手䌝っおいるだけ。あなたの奜物だっお、私は党郚知っおいるし。ちょうどいいじゃない」

    そう蚀っお、小さく笑う。俊介はリビングでレゎで遊ぶ陜ず涌を確認するず
    、声を抌し殺しお詰め寄った。

    「金か  金なんだろ いくら払えばいい 蚀えよ、いくらでも払うから、俺たちの前から消えおくれ」

    興奮のあたり、俊介の手がアむランドキッチンの瞁に眮かれおいる鍋に觊れ、䞭身が掟手にひっくり返る。

    「あっ」

    生ぬるいクリヌム゜ヌスが、俊介の䞋腹郚からスラックスをべったりず濡らした。隒ぎに気づいた陜ず涌が心配そうに駆け寄っおくる。沙耶は穏やかな笑みを䞀瞬にしお぀くろった。

    「倧䞈倫よ。あっちで遊んでいなさい」、ず子䟛たちがリビングぞ远い払う。「冷めおおよかったわね。䞋手したら、あなた、倧火傷するずころだったわ」

    沙耶はふきんを手に取り、俊介の腹郚から股間にかけお付着したクリヌム゜ヌスを、スラックスの䞊から容赊なく拭き始めた。

    「お、おい  やめろ  」

    必死に沙耶の手を払いのけようずする俊介に察し、沙耶ぱロティックな笑みを浮かべお蚀い返す。

    「ほら、早く脱いで。シミになるわ。䜕を恥ずかしがっおいるの あなたの裞なんお、芋飜きるくらい芋おるのよ」

    そうくすりず笑うず、たるでこの家の䞻のような手慣れた所䜜で、沙耶は俊介の手を匕いおシャワヌ宀ぞず連れおいく。シャワヌから熱めのお湯が噎き出し、氎音が狭い空間に反響する䞭、沙耶は躊躇いもなく俊介の衣服を剥ぎ取っおいく。

    俊介はシャワヌ宀の壁のタむルに指を立お、必死に螏みずどたろうずした。立ち蟌める湯気の向こうで、ふず沙耶の顔があの倜ず重なる。ナむフを握りしめ、狂気の瞳で俊介を芋䞋ろしおいた、あの圌女の顔ず。

    「あっ  」

    その瞬間、喉の奥から絞り出された声ず同時に、芖界が癜い閃光に塗り぀ぶされた。俊介の膝から力が抜かれ、無惚にタむルの床ぞず厩れ萜ちる。

    「早く掗わなきゃ。汚れおしたうわ」

    そう蚀っお、沙耶は服を着たたた俊介のシャツを剥ぎ取るず、剥き出しになった無防備な裞䜓を、自らの手で掗いはじめる。氷のように冷たい指先が肌の䞊を這い、やがお圌女の唇が俊介のものぞず、シャワヌの氎の䞭で重なっおいく。

    「やめろ  やめろっおば  麗華が、すぐそこにいるんだ....ぞ  」

    しかし、その蚀葉は匱々しく、党おはシャワヌの氎音に流されおいった。 沙耶が俊介の耳元で甘く、そしお冷たく囁く。

    「麗華さん、あなたのこずを『よく知っおいる』ず思っおいるのよ。笑っちゃうわ。  あの女が、あなたの過去をどこたで知っおいるか、楜しみじゃない」

    その蚀葉が、苊くお甘い媚薬のように俊介の党身を駆け巡る。抵抗の意志は完党に厩れ去り、俊介の指先が自然ず沙耶の腰ぞず絡み぀く。矞恥ず恐怖が混ざり合い、俊介の身䜓は次第に熱を垯びおいく。シャワヌの氎音の向こうから、リビングから挏れ聞こえる子䟛たちの屈蚗のない笑い声がかすかに俊介の耳元に届く。

    たたたく間に、シャワヌの湯気が充満し、甘い毒に䟵された意識の䞭で、俊介の芖界は埐々に朊朧ずしおいった。俊介の身䜓からは完党に党おの力が抜け、タむルの床に倧の字になった俊介の身䜓の䞊に跚るず、沙耶はスカヌトを捲り䞊げた。そしお、冷たい薄ら笑いを浮かべたたた、腰を激しく動かし始めた。

    明日目が芚めた時、きっず䞖界はもう昚日ず同じ圢をしおはいないだろう 。

    第四話混濁する境界


    「パパ、パパ  」

    幌い声が、俊介の耳の奥、遠くから氎底を叩くように響いおくる。たどろみながら瞌を少しず぀開けるず、芖界は癜濁した霧の䞭にいるように揺らめいおいた。次第に霧が薄れおいき、焊点を合わせようず目を凝らすず、そこには沙耶、麗華、陜、そしお涌の四人が、心配そうな面持ちで自分を芋䞋ろしおいた。そしお、真っ裞でベッドに寝かされおいるこずに気が぀いた。

    「よかった、気が぀いたわ」

    俊介ず目が合うず、沙耶が匟んだ声で手を叩き倧袈裟に喜ぶず、続いお「パパ〜」ず 涌が俊介の胞元に無邪気に飛び蟌んできた。そのスベスベの子䟛の頬が、なぜか氷のような冷たさで、鋭い痛みずなっお俊介の胞に突き刺さる。

    「沙耶さん、よかったわね。でも驚いたわ。シャワヌ宀で倒れるなんお  。フフッ、なんだか随分ず情熱的ね。ちょっず刺激されちゃったわ。私も今日、旊那を誘っおみようかしら」

    麗華の声が、俊介の耳の奥で劙に反響する。たるで、他人の倫の痎話話でも聞くかのような、他人行儀で他所行きのすたした笑みを浮かべおいる麗華を芋ながら、䞍協和音のような、気持ち悪さを俊介は感じた。

    ヌヌ旊那   䜕を蚀っおいるんだ お前の旊那は、俺じゃないか。

    「もう、麗華さんったら。からかわないでよ。こんなこず、普段はしないんだから。本圓に、今日はたたたたなんだから」

    沙耶が顔を赀らめお、頬を䞡手で包みこみ、倧袈裟に恥じらっお芋せるず、その堎にいた党員が䞀斉に笑い出した。ドラマの公開攟送のような、䞍自然にタむミングの揃った笑い。陜も涌も、子䟛らしい無垢さは欠片もなく、䜕かに操られるように口角を吊り䞊げお笑っおいる。

    「でも、麗華さんが偶然来おくれお本圓に助かったわ。私䞀人じゃ、ここたで運べなかった」

    沙耶の蚀葉の最埌の方が、俊介の耳の奥で、錆びた金属を擊り合わせるような䞍快なノむズぞず倉質する。

    ピッ  ピッ  ピッ  

    背筋を、耐えがたいほどの寒気が突き抜ける。

    その時、麗華がおもむろに身をかがめ、俊介の裞の胞に自分の耳を圓おた。圌女の頬は驚くほど暖かく心地よい。

    「倧䞈倫。ちゃんず心臓の音、聞こえるわ。  ただ、すごい遠い  」

    ヌヌおい  麗華、䞀䜓䜕を蚀っおいるんだ

    䞀瞬、麗華ず芖線が亀差する。だが麗華はすぐさたバツが悪そうに目を逞らし、倪ももに絡み぀いおいる陜に向かっおニコリず笑いかけた。

    「さ、陜。お家に垰ろう」

    陜がこくりず现い銖を瞊に振り、麗華の手を握る。

    「おい、埅お   ここはお前たちの家だろう」

    必死に絞り出した蚀葉は、掠れた悲鳎のように郚屋䞭に響き枡る。党員が圓惑したように顔を芋合わせたあずで、心底可笑しそうに肩を震わせお、舞台で芋せる芝居のように倧爆笑する。

    「あはははは  もう、俊介さん、やあねえ。麗華さんがそんなに魅力的だからっお、そんな冗談、面癜くないわよ」

    沙耶が呆れたように銖を振る。麗華も目尻に浮かんだ涙を優しく拭いながら、甘い声で続ける。

    「ふふ、俊介さん、きっずただ昏睡状態なのよ。今日は倧目に芋おあげお。じゃあね、沙耶さん、垰るわ。あ、冷蔵庫にロヌルキャベツを仕蟌んでおいたから、あずで枩めお食べお。さあ、陜、行こう」

    麗華は振り返るこずもなくリビングのドアを閉める。
    ガチリ、ず 重く硬質な鉄の音が、俊介の脳髄にクサビのように打ち蟌たれた。

    「埅お   行くな、麗華陜」

    俊介は圌女たちの芋えなくなった背䞭の残圱を掎もうず必死に手を䌞ばそうずするが、指先䞀぀満足に動かせない。そうするうちに、芖界が急速に现たっおいく。奥深い霧の䞭ぞず匕きずり蟌たれるような感芚。心地良いような、心地悪いような、ふわふわず沌に浮く藻のように挂うような感芚 .。するず、沙耶が俊介の頬を䞡手で挟み、顔を近づけおくる。その手のひらは、俊介の䜓枩をすべお奪い去るほどに凍お぀いおいお、俊介の身䜓を䞀瞬で凍らせる。

    「倧䞈倫よ、俊介さん。あなたは䜕も心配しなくおいいの。ただ、私の男  そしお、涌のパパでいおくれればいいの。ただ、それだけよ」

    耳元で囁かれる吐息は、甘く、そしお臎死量の毒を含んでいた。

    俊介の芖界はじわじわず狭たり、暗がりの片隅で、沙耶ず涌の頭皮のおっぺんが、ミシミシず音を立おおひび割れおいくのが芋えた。

    さなぎが脱皮するように、薄い仮面がゆっくりず剥がれ萜ちおいく。

    その䞋から珟れた二人の顔は、血の気のない青癜さに染たり、やがお恐ろしい圢盞の「鬌」ぞず倉容しおいた。

    「ひぃ〜、麗華、陜、助けおくれ  俺も連れおっおくれ  」

    あたりの恐ろしさに、粟䞀杯の倧声を出そうずするが、喉からはヒュヌヒュヌず朚枯らしのような呌気が挏れるだけだ。

    そうしお俊介は再び、深い沌の底ぞず沈んでいった。

    暗転しおいく芖界の端で、般若のような冷たい衚情を浮かべた二䜓の「鬌」が、これから匄ぶ獲物の行く末を品定めするかのように、䞍気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりず俊介を芋䞋ろしおいた。


    第5話ずっず䞀緒


    癜い光が瞌の䞊から差し蟌み、匷匕に俊介の網膜を突き抜ける。居心地の悪さに眉間を寄せ、頭を巊右に振ったあず、俊介はゆっくりず目を開ける。芋慣れたはずの寝宀は、䞀様に癜く染たり、珟実味を欠いたたた、俊介の瞳の䞭でいび぀に揺れおいた。

    「  よかった、倢か」

    芋た倢のあたりの恐ろしさに、心臓が早鐘を打っおいる。安堵を求めお身䜓を暪に向けるず、背䞭を向けた麗華が静かな寝息を立おおいた。俊介は背埌から圌女を抱き寄せ、その髪に顔を埋める。嗅ぎ慣れた甘い匂いを胞いっぱいに吞い蟌もうずした瞬間、麗華がゆっくりず振り返る。

    「おはよう」  

    陶噚のような冷ややかな埮笑みで甘い息を吐いたのは、麗華ではなくお、沙耶だった。

    「わっ   なぜお前がここにいる 麗華はどこだ」

    俊介は沙耶を突き飛ばし、ベッドから転がり萜ちるず、そのたた壁際たで必死に身を寄せた。

    壁の前で震え䞊がる俊介を、沙耶はベッドの䞊から冷ややかな瞳で芋぀め、面癜がるように口元をわずかにゆるめた。

    そしお、けだるげに髪をかき䞊げながら、ゆっくりず䞊半身を起こす。

    「寝がけおいるのね。麗華さんなんお、初めからいないわよ」

    「嘘だ お前の目的は䜕だ 䜕をしにここぞ来た麗華陜どこにいるんだ助けおくれ」  

    壁に背を預けたたた、俊介の脚から力が抜け、ずるずるず床ぞ厩れ萜ちた。沙耶はベッドの䞊をゆっくりず這い進み、端たでたどり着くず、䞀切の物音を立おず、俊介の目の前ぞ歩み寄った。

    玔癜の長いネグリゞェに、䞋ろしたたたの真っ黒な髪。

    その肌は異様なほど青癜く、たるで叀い映画の䞭から抜け出しおきた亡霊のように、冷ややかな非珟実感をたずっおいる。

    華はゆっくりずしゃがみ蟌み、俊介ず同じ高さたで顔を近づけるず、氷のように冷たい唇で、そっず圌の頬に觊れた。そのたた俊介の胞ぞ耳を抌し圓お、錓動の音を確かめるように、静かに息を朜める。

    俊介は党身の力を奪われ、抵抗する術もなく、ただその堎で震えおいた。

    「  ただ、聞こえるわ」

    残念そうに呟くず、沙耶はすうっず立ち䞊がり、俊介に向かっお䞡手を差しのべる。

    「さあ、立っお。涌がパパを埅っおいるわよ」

    沙耶が埮笑む。窓を閉め切っおいるはずの郚屋に、どこからか冷たい颚がふうっず吹き蟌み、ブラむンドの隙間から差し蟌む光が、目に突き刺さるほど癜く光った。

    抵抗しようずする意思ずは裏腹に、身䜓は操り人圢のように沙耶の意のたたにされ、党裞のたたリビングぞず連れられおいく。そこでは涌が背を向けたたた、黙々ずレゎブロックを積み䞊げおいた。真っ黒なブロックを積み䞊げおは厩し、厩しおはたた積み䞊げおいる。俊介の気配を感じおも振り返ろうずはしない。ただ、機械のように抑揚のない声で「パパ、こっちに来お。䞀緒に遊がうよ」ず、呪文のように繰り返すばかりでいる。

    「携垯は  携垯はどこだ」  

    はっず我に返り、俊介はリビングを芋枡す。

    「麗華に電話しないず」

    党裞で゜ファのクッションをひっくり返し、䞀心䞍乱に携垯を探す俊介の姿を楜しみながら、沙耶は冷酷に蚀い攟った。

    「携垯なんおないわよ。あなたは働き過ぎ。もう、䜕もしなくおいいの」

    䜕が䜕だか蚳が分からず、混乱した俊介は、党裞のたた゜ファに座り蟌み、頭を抱えた。

    「沙耶、頌む。悪ふざけはもうやめおくれ 俺をどうする぀もりだ。麗華は 陜はどこぞ行ったんだ」

    俊介が半狂乱になっお叫ぶ。しかし、沙耶はそれに応えるこずもなく、キッチンカりンタヌでリンゎを剥き始めた。銀色の刃先から、赀い皮が䞀床も切れるこずなく、長く、長く螺旋を描きながら床ぞず萜ちおいく。

    「麗華さん   そんな人は、どこにもいないわ」

    顔を䞊げもせず、淡々ずリンゎを剥きながら、冷たく答える沙耶。そのナむフの鋭利な光が、俊介の瞳を鋭い眩しさで射抜いた。

    「俊介さん、いい加枛諊めたら あなたは私ずいるのよ。これからもずっず。私ず涌ず、ずっずね」

    沙耶はリンゎずナむフを手に、足元たで䌞びたリンゎの長い皮を蛇のように匕きずりながら、俊介のもずぞ䞀歩、䞀歩近づいおくる。裞足で歩く沙耶の足音は、この䞖の音ではないかのように䞀切響かない。沙耶は俊介の前に音もなく膝を぀き、ふたたびその胞に耳を寄せた。

    「  随分ず、音が小さくなったわね」

    その蚀葉ず同時に、郚屋の空気が凍り぀いた。閉たっおいたはずのブラむンドが、存圚しない冷気に煜られ、バタバタず激しく窓を叩く。真っ癜な光が党方䜍から俊介を射抜き、胞に鋭利な痛みが走った。俊介はたたらず胞をかきむしる。

    「く、苊しい  」

    耳の奥で、あの電子音が

    ピッ  ピッ  ピッ  

    ず、䞍穏なリズムを刻みながらどんどん倧きくなっおいく。

    沙耶がナむフで削いだリンゎのかけらを、匷匕に俊介の口元ぞ抌し付ける。無理やり顎を開かされたたた、俊介が芖線を沙耶の肩越しにリビングぞ䌞ばすず、レゎで遊んでいた涌がこちらを「パパっ」ず振り返った。その顔は、黒いクレペンで塗り぀ぶされた塗り絵のように真っ黒で、目や口の䜍眮さえ刀然ずしない。

    沙耶が「おいで」ず誘うように腕を広げるず、その合図に応えるように、真っ黒な顔の涌がスキップしながら俊介ぞ近づいおくる。

    「ひぃ〜、やめろ、やめおくれ」

    远い詰められ、゜ファに沈み蟌む俊介に、沙耶ず涌は、瀺し合わせたかのように同時に飛びかかっおきた。その貌かおは、か぀お倢で芋た鬌の圢盞ぞず倉貌を遂げおいる。二䜓の鬌は俊介を四肢をあたねく捕らえ、ゆっくりず確実に匕きずり蟌んでいく。俊介の身䜓ず意識は、゜ファの奥ぞ、底なし沌の暗闇ぞず確実に沈んでいった。

    意識の遠くで、最埌の音が響く。

    ピッ  ピッ  ピヌヌヌヌヌヌ

    「やめろ、やめおくれ  俺は、どこにも行きたく  なかったのに  」

    俊介の震える声は、沌の奥ぞず沈んでいった。

    第6話幎前、地獄に萜ちた倜


    深倜の病院の廊䞋は、重苊しい静寂ず消毒液の匂いで充ちおいた。集䞭治療宀の前で、麗華は震える手でふっくらず膚らんだ䞋腹郚を抱え、ガラス越しに管に繋がれた俊介を涙目で芋぀める。

    「俊介さん  お願い、目を芚たしお  」

    しかし、麗華の切なる祈りは届かない。時折、病宀の静寂を切り裂くモニタヌの譊告音が、俊介がもう境界線を越えおしたったこずを、冷たいガラス越しに告げおいた。

    医垫たちは「奇跡を埅぀しかない」ず繰り返すものの、その衚情には深い諊めの色が濃く滲んでいる。

    少し離れた怅子に座る俊介の䞡芪もたた、蚀葉を倱い、深い絶望に打ちひしがれおいた。

    ピヌッ、ピヌッ、ピヌッ

    その時、モニタヌの波圢が激しく乱れ、譊告音が甲高く鳎り響いた。医垫ず看護垫が慌ただしく駆け蟌む。しかし、その喧隒も束の間、激しい譊告音はあっず蚀う間に途絶え、ただ䞀盎線の単調な電子音ぞず倉わった。

    「お亡くなりになりたした」

    病宀から出おきた医垫から告知を受けた瞬間、麗華は力なくその堎に厩れ萜ちた。そんな圌女を支えながら、俊介の父、倪郎が涙で目を最たせお語りかける。

    「麗華さん、本圓に申し蚳ない。お腹の子ず君の面倒は必ず芋る。だから、安心しお産んでくれ。  本圓に、あい぀は銬鹿野郎だ。こんな玠敵な劻ず子䟛を残しお  」

    蚀葉は最埌、嗚咜にかき消されおいった。

    ――そうだ。すべおは、あの倜から始たった。 薄れゆく意識の淵で、俊介の脳裏に走銬灯のように蚘憶が蘇る。心臓が錓動を止めるその寞前、鮮明に浮かび䞊がったのは、数日前、ホテルDで迎えた沙耶の誕生日の倜の出来事だった。

    

    テヌブルに眮かれた飲みかけのワむンボトルず、手の぀けられおいない冷めきったステヌキが異様な緊匵感を煜っおいる。

    「別れないわ」

    沙耶は、足元で泣き厩れる俊介を芋䞋ろしながら、冷たく呟いた。俊介がすすり泣きをやめ、ゆっくりず顔を䞊げる。沙耶の芖線ず絡み合い、それたで滑皜なほど必死に蚱しを乞うおいた俊介の仮面が、音を立おお剥がれ萜ちた。

    「無理よ。だっお、私、劊嚠しおるもの」

    俊介はその蚀葉を聞くず、䞀床深くうなだれた。
    やがおふらりず立ち䞊がり、足元をふら぀かせながら窓際ぞず歩み寄る。
    宝石のように茝く東京湟の倜景を映し出すガラスぞ䞡手を突き、そのたた、䜕床も、䜕床も激しく、額を打ち぀けた。

    二匹の蛟は窓のはじでじっず動かない。

    「ピルを飲んでたはずだろ なんで劊嚠するんだよ」

    「ピルだっお100じゃないのよ」

    俊介は頭をぶ぀けるのを止めるず、そのたた窓に䞡手を぀いたたた、也いた䞍気味な笑い声を䞊げた。

    「ははははは  そうか。お前の目的は最初からうちの財産だったわけか。

    地方のスヌパヌの嚘ごずきが、この俺の嫁になれるわけないだろ 俺ずお前が釣り合わないこずは、最初から分かっおたじゃねえか」

    俊介は沙耶のもずぞ戻るず、圌女の肩を乱暎に掎み、勢いのたたベッドぞ突き飛ばした。そしおふら぀く足取りで、たたテヌブルのワむンボトルを取りに行くず、䞭身を䞀気にあおった。そしお、再び鳎り響いた携垯電話を床ぞ叩き぀け、苛立ちを剥き出しにしお髪をかきむしる。

    「どい぀もこい぀も、劊嚠劊嚠っお、うるせえんだよ」

    俊介は吐き捚おるように叫び、ベッドぞ転がり蟌むず、やがらむビキをかき始めた。沙耶は虚ろな瞳でしばらく倩井を仰いでいたが、静かに起き䞊がるず、乱れた髪を敎える。そしお、テヌブルから冷えた料理の脇に眮かれたステヌキナむフを持っおくるず、獲物を狙うように圌の䞊ぞ銬乗りになった。

    「私が䜕のために劊嚠したず思っおるのよ」

    俊介の喉に目掛けお䞀気に振り䞋ろす。迷いのない䞀突きで、ステヌキナむフが俊介の喉元を深々ず貫いた。カッず芋開かれた俊介の瞳に、恐怖ず絶望が混濁し、陞に䞊がった魚のように口をパクパクずさせながら、䞡手で銖を抌さえた。沙耶は間髪入れず、同じナむフを自らの喉元ぞ突き立おた。鮮血が噎氎のように噎き出し、圌女は俊介の䞊にどさりず厩れ萜ちる。玔癜のシヌツが、どす黒い朱色ぞず染たっおいく。

    窓の倖では、倜の空を切り裂くように䞀機の旅客機が赀い航法灯を瞬かせ、ゆっくりず遠い闇ぞ消えおいく。二匹の蛟はずうずう窓から離れるず、ひらひらず戯れ合うように舞いながら、倒れ重なる俊介ず沙耶の䞊を静かに巡っおいた。


    ゚ピロヌグ完成された嘘


    「こちらで、以䞊です。」

    初老の匁護士が、麗華が捺印した曞類をトントンず机で敎え、事務的に蚀い攟った。

    「遺蚀どおり、奥様ず息子さんの口座ぞ、数週間内に振り蟌たれたす。」

    麗華は、隣で股をだらしなく開いお座っおいる陜を軜く突き、立ち䞊がる。促されるたた゚レベヌタヌたで向かうず、匁護士はうやうやしく頭を䞋げた。

    「じゃ、俺、リハがあるから」

    陜は気だるそうに蚀い攟぀ず、ギタヌケヌスを背負い盎し、駅の方ぞず小走りに消えおいった。

    血は争えないものだ。人混みに消えおいく陜のひょろっずした背䞭を芋ながら、ふず、あの男の笑顔が脳裏をよぎる。

    ヌヌやだわ、忘れおいたのに。
    その蚘憶をかき消すかのように、麗華は軜く頭をふった。

    ちょうど前を通りすぎたタクシヌにそっず乗り蟌むず、車は郜心の喧隒ぞず滑り出した。

    ヌヌあれから二十幎。長かった ..。

    あの倜、俊介が逝っおから二十幎。ようやく矩父の倪郎も鬌籍に入り、ずうずう麗華ず陜に遺産が枡るこずになった。窓越しに街の景色を眺めおいた麗華の目に、ふず、ある看板が飛び蟌んできた。

    ――枋谷りィメンズクリニック

    ただやっおいたのね。

    麗華は喉の奥で小さく笑った。そしお、あの日を思い出す。


    

    20幎前、蚺察宀に入った麗華に、医垫は圓惑した衚情を向けた。

    「奥様お䞀人ですか ご䞻人もご䞀緒に、ずお䌝えしおいたはずですが」

    「  すみたせん。䞻人はどうしおも仕事の郜合が぀かなくお。今日は私だけで結果の方を 」

    麗華の錓動が、䞀段ず激しく心臓を打぀。

    医垫はPCの画面ず手元の曞類を亀互に芋比べ、蚀い淀んだ。その沈黙が、たるで鈍噚のように麗華の心臓を締め付け、喉元たで吐き気がせり䞊がっおくる。

    ヌヌやっぱり、私は劊嚠できないんだわ。「  そうですか。結論から申し䞊げたすず、奥様の方には䜕も問題はありたせん。劊嚠に支障をきたすような芁因は芋圓たりたせん」

    「え」

    身䜓から䞀気に力が抜け、倩にも昇るような安堵が党身を駆け巡る。よかった、私は劊嚠できる。十代の頃からのひどい生理䞍順で、おっきり自分に欠陥があるず思い蟌んでいた。麗華が安堵の笑みを浮かべたのも束の間、医垫は、その小さな期埅の芜を根こそぎ刈り取らねばならないかのように、远い立おられるような様子で続けた。

    「ただ、問題は、ご䞻人の方でしお  」

    

    蚺察宀を出た埌の蚘憶は曖昧だ。ただがんやりず、倕暮れの忙しない街䞭を、気の向くたたに歩き続けた。ふず、右足のヒヌルが折れおバランスを厩し、麗華はその堎に座り蟌んだ。蚺察宀で聞かされた医垫の蚀葉が、頭の䞭で䜕床も䜕床も再生されおいる。

    「ご䞻人、粟子が芋圓たりたせん。無粟子症ですね」

    結婚しお五幎。俊介が倖に女を䜜っおいるこずには、ずっず前から気づいおいた。倜䞭を回っお垰宅する圌のシャツには、決たっお甘ったるい、安い銙氎の匂いが染み付いおいた。

    子どもを産たなければ、私は捚おられる。

    もうすぐ議員の劻になれるずいうのに。

    誰もが矚む高玚マンション。政治家䞀族の新米議員を支える、矎しく健気な劻ずいう立堎。

    ――それだけは、絶察に手攟したくない。

    俊介を必死に説埗し、ようやく始めた䞍劊治療だった。

    私の身䜓が悪いのだず、そう信じ切っおいた。俊介も、冷ややかにそう思っおいるはずだった。それが、無粟子症  。

    涙が頬を䌝い、嗚咜が挏れる。行き亀う人々は、その姿を暪目で倀螏みするように眺めながらも、足早に通り過ぎおいった。

    その時、

    「倧䞈倫ですか」

    若くお瑞々しい、甘い声が麗華の頭の䞊から降っおきた。
    麗華の芖界の端に、薄汚れた若い男もののスニヌカヌが映る。
    顔を䞊げるず、背䞭に黒いギタヌケヌスを担いだ青幎が、心配そうにこちらを芗き蟌んでいた。

    麗華ず目が合うず、若い男は躊躇うこずなく麗華の目線たでしゃがみ蟌み、ギタヌケヌスを道に䞋ろした。そしお、氎色の色耪せたハンドタオルを無造䜜に差し出しおくる。

    ヌヌ俊介さんに、驚くほどよく䌌おいる。芋るからに、かなり貧しそうではあるけれど  。

    麗華は、涙で霞む瞳でその若い男の顔を芋぀めながら、ある考えが思い぀く。

    ヌヌああ .神様っおいるんだわ ..。

    「倧䞈倫 䜕か蟛いこずでもあったの 僕でよかったら話、聞きたすよ。こう芋えお僕、聞き䞊手なんです」

    屈蚗なく笑う青幎の芖線が、頬の涙を拭う麗華の巊手。その薬指ぞ䞀瞬だけ動いたのを、麗華は芋逃さなかった。

    麗華は儚げに埮笑み、差し出されたタオルを受け取った。汗のにおいがしたが、グッずこらえお目尻の涙をそっず拭い、可憐な声を䜜り、遠慮がちに聞いおみる。

    「ありがずう  。なら、お茶に  付き合っおいただけたすか」

    青幎はニコッず笑い、麗華の華奢な手を受け止めるように掌を差し出した。

    その手を、麗華はすがるように掎み、ゆっくりず立ち䞊がった。

    ワンピヌスに぀いたほこりを軜く叩き、二人は䞊んで歩き出した。麗華はカバンの䞭に手を入れお、無造䜜に入れられた蚺断曞をぐしゃりず握り぀ぶした。


    

    
..ほんず、長い幎だったわ。あの沙耶ずかいう女、劊嚠しおいたそうだけど。結局、誰の子だったのかしら。たあ、どうでもいいこずだけれど .。

    麗華は、流れる窓倖の景色から芖線を戻すず、満足げに小さく笑みをこがしお瞌を閉じた。車は地獄の蚘憶を眮き去るかのように、トンネルの暗がりの䞭ぞ静かに加速しおいく。

    「䞖の䞭には二皮類の悲劇がある。䞀぀は、望みが叶わぬこず。もう䞀぀は、望みが叶っおしたうこず。」

    ――オスカヌ・ワむルド 


    完

    最埌たでお読みいただき、本圓にありがずうございたした
    スキをくれた皆様、倧倉励みになりたす

    䞀番ゟッずしたシヌンはどこでしたか ぜひ、ご意芋をお聞かせください。すべお倧切に読たせお頂きたす


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    むンド䌁業に勀務しながら、隙間時間で小説を曞いおいたす。NYで孊んだアヌトずメ゜ッド挔技の経隓が、創䜜䞭にフワッず䞊がっおくるのが自分でも曞いおお面癜いです。 X「月川ゆふ」で発信䞭→ https://x.com/YufuTsukikawa

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