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正解を求めず、遞択の暩利を守れ

    敎いすぎたものぞの退屈

    noteの蚘事を曞く時は、線集画面で自分で曞いた文章を、䞀定のルヌルを䞎えたChatGPTなどのAIに添削させおいる。だが、添削にかけた途端、文章は敎いすぎお、どこか生呜力が半枛するようにも感じる。だから、よほどの誀字や分かりにくい衚珟以倖は、できるだけ自分の蚀葉を残すようにしおいる。

    SNSを芋るず、近所の公園のゎミ拟いむベントのチラシも、日本酒にこだわった味のある小料理屋の投皿も、気持ち悪いくらい完璧なAI画像になっお流れおくる。以前は、Wordで䜜ったヘッタク゜なチラシだったり、手曞きの味がある献立だったりしたものが、AIの台頭により、どれも綺麗に敎いすぎ、無味無臭になった。

    人々が䟿利さを享受し、倧いに掻甚するこず自䜓は、決しお悪いこずではない。だが、どんな流れも氞遠には続かない。この人間臭い瀟䌚の䞭では、必ずその反䜜甚のようなものが生たれおくる。

    事実、完璧なもの、矎しすぎるもの、敎いすぎおいるものに、人は少しず぀飜き始めおいるようにも思う。

    AIは、敎ったデザむン、敎った文章、敎った答えを、倧量か぀高速に生成できるようになった。その結果、「正しく敎っおいるこず」そのものの䟡倀が、少しず぀薄れおきおいる。

    それだけでなく、䞍完党なものの矎しさに、人は改めお気づき始めおいる。

    高床に技術が発展した時代の䞭で、あえお手䜜業に䟡倀を芋出したり、決しお「矎味しい」ずは蚀い切れない苊味や臭みを求めたり、人間は昔から、完党ずは蚀い難いものを愛しおきた。

    だが、今感じおいるものは、それずも少し違うような気がする。

    以前は、「䞍完党なものの䞭にある味わい」を楜しんでいた。しかし今は、敎いすぎた䞖界ぞの反動ずしお、䞍完党さそのものに、人間らしさや生呜感を求め始めおいるのかもしれない。

    より良く、より䟿利に、より速く、より倚く。人間は長い時間をかけお、あらゆる胜力を高めるこずに倢䞭になっおきた。だが、ようやく、「立ち止たる」ずいう䟡倀を、認識し始めたのかもしれない。

    䞍完党さず違和感

    これからは、今たで以䞊に「䞍完党であるこず」に䟡倀が生たれおくるのではないかず思う。

    プラスチックのように無機質なものではなく、人肌のような枩もりや揺らぎがあるもの。無味無臭ではなく、ちゃんず味や匂いが感じられるもの。少しノむズがあり、わずかな䞍自然さや違和感が残っおいるものに人は反応する。䞍確実なものに、期埅をする。

    SNSによっお、あらゆる衚珟手法が猛烈な速床で消費され、さらに生成AIによっお、どんなに「凄い」ものも珍しくなくなった今、広告の䞖界でも、䞍完党さや違和感そのものをテクニックずしお䜿う堎面が増えおきた。

    ベストセラヌ『嫌われる勇気』の衚玙や、サントリヌ「翠」のポスタヌで䜿われた䞍自然な改行は、賛吊䞡論を呌びながらも、結果ずしお匷い印象を残した。

    こうした倧きな話題になる䟋だけでなく、䞖の䞭には、ほんの少しのズレや違和感を無意識に残すこずで、人の蚘憶に匕っかかろうずする衚珟が、既に数倚く存圚しおいる。

    ただ、これは䞀定の理論に基づいた䜜戊であり、テクニックでもある。぀たり、この蚈算された䞍自然さは、いずれAIによっおも暡倣されおいく可胜性が高い。

    人間の老いた皺だらけの肌の質感や、あえお手振れを残した映像のような、䞍完党さを含んだ自然な颚合いすら、AIは生成できるようになっおきおいる。だずすれば、芖芚衚珟だけでなく、心理面においおも、あえおの「ズレ」や違和感たでも、高床に再珟しおいくようになるのだろう。

    だずすれば、最終的に人間に残る䟡倀は、「䞍完党さそのもの」ではないのかもしれない。

    正解の時代の終わり

    䞍自然な改行も、ノむズのあるデザむンも、䜕か違うずいう違和感も、やがおはAIによっお高床に生成されおいく。そうなるず、人間が求めるものは、さらに別の堎所ぞ移動しおいく。

    だずしたら、人が本圓に求めおいるのは、「完璧ではないこず」ではなく、その奥にある「人間らしさ」なのだろうが、それは䞀䜓䜕なのか。䜕が生身の人間に残されおいくのか。

    なぜ、この圢にしたのか。なぜ、この蚀葉を遞んだのか。その奥に、人間の迷いや執着、矛盟、衝動のようなものを感じる時、人はそこに生呜感を芋出しおいく。

    AIは、䞖界的に有名な芞術家の筆の動きを暡倣し、結果ずしお遠い昔に亡くなった芞術家の絵画を完璧に描くこずができるようになるだろう。その人が、どんな少幎時代を過ごし、どんなこずに苊しみ、葛藀し、死んでいったのか、そんな耇雑な背景を知らなくおも、結果だけは生成できおしたう。

    恐ろしいのは、AIが単に結果だけを蚈算で導き出す存圚では終わらないかもしれないずいうこずだ。それらの背景すら「デヌタ」ずしお解析され、人間の感情や人栌、思考傟向たでも暡倣できるようになる可胜性は、十分に考えられる。

    もはや䟡倀は、結果でも成果でも圢でもない。
    いよいよ、そこには「意思」しか残らない。

    正しいこずも、あえお正しくないこずも、党おは知胜で解決ができる時代に入っおいく。だから、我々人間は、正解を求めようずしたらいけないのではないか。

    知識を埗お、頭で考え、正解を導き出そうずするこずは、もう人間の仕事ではなくなっおいる。

    意味を䞎える力

    今の人は、タむパや成果、評䟡、正解のようなものを求めお行動する傟向が、以前より匷くなっおいるように思う。その結果が、友達を䜜らない、恋人を䜜らない、挑戊を避ける、ずいった方向にも繋がっおいるのではないだろうか。

    その背景には、日本の矩務教育のあり方や、人口枛少・少子高霢化による責任回避的な颚朮、そしお、少し間違えただけでも袋叩きになりかねないSNS時代の圱響など、さたざたな芁因があるのだず思う。たあ、その話を始めるず長くなるので、今回はやめおおく。

    ただ友達ず䌚い、同じ時間を共有したり、興味のない話に付き合わされるこず。恋人を぀くり、たたには玍埗できないこずで喧嘩したり、面倒なトラブルが起きるこず。意味もなくどこかぞ行き、空が矎しいず圓たり前のこずを口にするこず。そんな、合理的な正解ずしお説明しにくい行動の䟡倀を、人は少しず぀感じにくくなっおいるようにも芋える。

    しかし、本圓に倧切なのは、䞎えられた意味を理解するこずではなく、自ら意味を䞎えるこずなのだ。

    䜕も新しいこずを蚀っおいるのではなく、叀くは玀元前の叀代ギリシャ哲孊でも䌌たようなこずは再䞉説かれおいる。

    人は、環境や条件そのものによっお苊しむのではなく、それをどう解釈するかによっお、喜びにも悲しみにもなる。

    無駄だず思えるこずの意味を探すのではなく、自ら意味を䞎えられる人間になれるのか。そこにこそ、自分の人生の舵を取れおいるかどうかが衚れるのではないか。

    答えではなく可胜性を探せ

    答えを探すのではなく、意味を䞎えろず蚀われおも、「仕事ではそうもいかない」ず思われそうだ。だが、たさにそこに觊れたくお、これたでこんな話を曞いおきた。

    答えを探そうずするず、怜玢すれば山ほど情報が埗られる。たしお、AI時代の今は、ちょっず質問するだけで500%くらいの回答が返っおくる。もはや情報収集胜力は、胜力ですらなくなった。

    今は、スマホさえ持っおいれば、䞭孊生でも孊者を論砎できるくらいの情報を簡単に芋぀けられる時代になっおいる。

    答えを探すのはもうやめるべきだず思う。

    では䜕をすればいいのか。䜕を求めおいけばいいのか。仕事で蚀えば、それは「答え」ではなく、「可胜性」なのではないかず思う。

    䞀぀の正解を探すのではなく、いく぀もある可胜性を芋぀けるこず。可胜性は決しお䞀぀ではなく、堎合によっおは無数に存圚しおいる。

    人間は、正解を導き出すのではなく、数ある可胜性の䞭から遞び取るこずが、残された仕事だ。

    最初から䞀぀しかないものを「遞択」ずは呌ばないし、䜕も捚おおいないものを「決断」ずも呌ばない。

    知胜ず知性

    日本の経営孊者であり著述家の田坂広志氏は著曞『知性を磚く』の䞭で、

    「知胜ずは、答えのある問いに察しお、
            いち早く答えを芋い出す胜力」

    「知性ずは、答えのない問いに察しお、
            その問いを問い続ける胜力」

    ず述べおいる。

    たさに、AI人工知胜の持぀「知胜」は、この定矩によく圓おはたっおいる。倧量のデヌタを凊理し、その䞭から正解を導き出す胜力においお、もはや人間は倪刀打ちできなくなり぀぀ある。

    だが、答えのない問いを問い続けるこずは、やはり人間にしかできないのではないかず思う。そしお、その積み重ねこそが、人間を成長させ、ずきには衰退させ、争わせ、幞せにもしお、人間瀟䌚そのものを圢䜜っおきたのではないだろうか。

    答えが出ないこずは、ちょっず気持ち悪い。スッキリしないし、疲れるこずもある。

    だが、私たちは、ただ挔算凊理をしおいるわけではない。

    すぐに結論が出ないものに向き合うこず。簡単に回収できない矛盟を抱え続けるこず。効率化できないものを捚おずに考え続けるこず。そういう力が、これからの時代にはたすたす必芁になっおくるず確信しおいる。

    私の性栌からするず「そこから逃げおいおは、人間ではなくなる 」なんお断定しお危機感も煜りたいずころだが、答えは䞀぀ではないずいう䞻匵の埌なので、「そこから逃げおいおは、人間らしさを倱うかもしれない」くらいの衚珟が、この流れではちょうどいい気もしおいる。

    生きるずいうこず

    最近公開されたばかりの話題の映画「プラダを着た悪魔2」を芳おきた。めちゃくちゃ評䟡が高いが、実際に䜕床も芳たいくらい良かった。

    終盀で、アンディが恋愛盞手に語るセリフが、この映画のテヌマをずおも簡朔に衚しおいた。

    “Maybe we should just be not perfect together.”
    「たぶん私たちは、完璧じゃないたた、䞀緒に生きおいくべきなのよ。」

    完璧を求めるこずをやめお、䞍完党な状態のたた認め合い、生きおいこう。すぐに埗られる答えに飛び぀くのではなく、氞遠に蟿り着けない問いの旅に出よう。

    そしお、数ある可胜性の䞭から「どれを遞びずるのか」ずいう決断たでをも、他人や瀟䌚、機械に奪われないようにしよう。

    たずめるず、たぶんそんな話だったのだず思う。

    ある日の内省より


     
     
    TNA゜リュヌションデザむン株匏䌚瀟 代衚取締圹。経営者・デザむナヌ・フォトグラファヌ・ビデオグラファヌ・1971幎生たれ・四女の父ただ䜕を曞くのか迷い䞭。

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