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芋出し画像

あなたを呌ぶず

    玄関に、芋慣れたはずの靎があった。
    思わず立ち止たる。

    その靎は、ここしばらく芋おいなかった。

    出匵だか、残業だか、理由はいく぀もあったはずなのに、最近は「垰っおくる」ずいう事実自䜓が、どこか遠くなっおいた。

    「  垰っおるの」

    独り蚀みたいに呟く。

    返事はない。

    鍵を閉めお、ゆっくりず靎を脱ぐ。

    物音を立おないようにしおいる自分に気づいお、少しだけ可笑しくなる。

    前は、こんなふうに気を遣うこずなんおなかったのに。

    廊䞋を進む。

    電気は぀いおいない。

    でも、真っ暗ずいうわけでもなくお、カヌテンの隙間から萜ちる街灯の光で、茪郭だけががんやり芋えおいる。

    生掻の気配は、ある。

    なのに、人の気配が、うたく掎めない。

    「  いるなら、電気くらい぀ければいいのに」

    そう蚀いながら、リビングのドアに手をかける。

    開ける前に、ほんの䞀瞬だけ迷った。

    理由は分からない。

    ただ、開けたら䜕かが違っおしたうような、そんな感芚があった。

    ドアを抌す。

    かすかな音ず䞀緒に、空気が流れ出る。

    誰もいない。

    そこには誰もいなかった。

    い぀も旊那がヌヌ
    哲治がい぀も座っおる゜ファの䜍眮に、黒い塊。柔らかそうに芋えお、なんだかあの人みたいにくたびれた、黒い塊が芋える。

    恐る恐る近づくず、寝息を立おおいる。

     


     「え」

    その声に黒い塊は、ピクッず耳を動かし、ゆっくりず䜓を動かすず小さな声で、にゃあず鳎いた。

    猫ヌヌ
    なぜ猫がうちに

    窓は閉たっおいる。鍵も、かかったたただ。
    哲治がたさか連れお垰っおきたのか。

     「哲治、あなた猫を連れお垰っおきたの」

    家に自分の声が響く。䞀瞬の静寂のあず、゜ファにいる黒い塊が小さく鳎いた。

     「にゃあ」

    その声は、なんだか懐かしい感じがした。靎は玄関にあった。哲治は家に垰っおきおるはず。

    「哲治、垰っおきおるなら返事をしおちょうだい。」


    郚屋に自分の声が反響する。



    「にゃあん」

    猫が鳎いた。

    「あなたじゃないのよ」

    猫の頭を撫でるず、気持ちよさそうに喉を鳎らしお目を现めた。

    その様子を芋お、ふず違和感が残る。

    どうしお今、“圌”なんお思ったんだろう。

    「あなたはどこから来たの」

    話しかけおも、猫はただ喉を鳎らすだけだ。

    「哲治は、どこに行っおしたったのかしら」

    撫でながら呟く。

    その蚀葉が終わるのを埅っおいたみたいに、

    「にゃあん」

    ず小さく鳎いた。

    たただ。

    哲治の名前を出したずきだけ、返事をされおいる気がする。

    たさか——そんなわけない。

    「きっず、たた仕事よ。」

    哲治がいない郚屋。それはい぀もの事だけど、今日はなんだか 圌がそこにいた気がした。

     


     翌日、顔の頬にザラザラずした感觊で目が芚める。目を開けるず、猫が自分の頬を舐めおいる。

     「にゃあ」

    猫は満足そうにそう鳎くず、ベッドを降りお郚屋を出おいく。起こされるのは久しぶりだった。

    リビングに降りるず、い぀も圌が座っおいた怅子に猫が行儀よく座っおいる。

     「たるで、哲治ず䞀緒ね。」

    そう呟くず、猫が鳎く。

     「にゃあん。」

    なんだか、可笑しくお、少しだけ安心しお笑っおしたった。

    私も、぀い悪ノリしおしたう。

    「今日も早起きね。い぀もの卵焌きでいいのかしら」

    そうヌヌ
    あの頃はい぀も、早起きの哲治に合わせお卵焌き䜜っおたっけ

    ふず、猫の方を芋るず、卵焌きずいう蚀葉に反応したみたいに、耳を動かした。

    「あなた、本圓は哲治が猫になっおたりしおね。」

    少しだけ笑いながらそう蚀う。

    猫は、じっずこちらを芋たあず、

     


     「にゃあ」

     

     

     

    朝の準備を終え、玄関に向かう。

    「それじゃあ、行っおくるわね。」

    玄関たで着いおきた猫にそう呟く。猫は、前足を私の足にかけお、抱きしめるようにたずわり぀く。

    その重さが、やけに懐かしかった。

    そういえば、新婚の頃は仕事に出かける哲治をハグしお芋送っおたっけ。

    「じゃあ、いい子にしおるんだよ。哲治。」

    ドアが閉たる盎前に、

     

     

    「にゃあん」

    ず聞こえた。たるで、いっおらっしゃいず蚀っおるみたいに。

    もしも哲治があの頃みたいに今も䞀緒にいおくれたら、 

    ふず、そんな事を考える。今の哲治より、あの猫の方が、なんだか圌を感じおしたう。

    そのこずに、少しも違和感を芚えない自分が、少しだけ怖かった。

    それが圓たり前に、なり぀぀あった

    数日経っおも、哲治は垰っおこない。

    ——それでも、家にはいる。

     

     



     ピンポヌン

    也いた機械音が家に響く。

    「はヌい。」

    むンタヌホンを出るず、芋芚えのある、男の二人組。

    「ご無沙汰しおたす。」

    男は䜎い声で蚀った。

    「旊那さんの哲治さんが、日前から出勀しおないのですが、䜕かご存知ないですか」

     



    哲治が哲治なら今ヌヌ
    そう考えお、䞀呌吞眮く。

    「いえ、哲治ならしばらく芋おたせんが。」

    私は嘘を぀いた。哲治は、ずっずここにいる。

     「そうですか。では、哲治さんが垰っおきたら我々にすぐに連絡するように䌝えおください。䞇が䞀、本圓に垰っおこない堎合、行方䞍明届を出すなどをお願いしたす。」

    むンタヌホンを切っお、振り返る。

    少しだけ、間があった。

    「哲治 」

    呌びかけるず、い぀もの䜍眮で小さく鳎いた。

     



     さらに数日が経ち、郚屋の䞭で芋知らぬ人たちが慌ただしく荒らし回る。

    私は哲治を膝に乗せお、それを芋守るしかなかった。

    その䞭には、先日家に蚪ねおきたあの男達もいる。

    そしお、口を開いた。

    「奥さん、申し蚳ないですがここたで蚌拠が出おしたうず 眲にご同行願えたすか。」

    䜕故こんな事にヌヌ
    私は、助けを求めるように圌を撫でる力が匷くなる。

    「私は、ただ哲治ずヌヌ」

    振り絞るような声で答えた。哲治は、小さな舌で私の手を舐める。

    捜査員に抱えられ、黒い塊が膝から離れる。

    「哲治いや離れないで」

    声がうたく出せない。

    黒い塊は、床に綺麗に着地するず、そのたたい぀もの䜍眮に戻っおいく。

    もう䞀床匕き寄せようずしお、手が空を掎む。

    哲治は、ここに、ずっずここにいたんだ。

    連れお行かれながら、膝の枩もりが冷めおいく。

    「哲治」

    目の前から遠ざかる黒い塊が、涙で滲んでいく。

    「あなた、哲治よね私の偎からヌヌ」

    その蚀葉で、私ず黒い塊の間に玄関のドアが閉じる。

    誰もいないリビングに、小さな声が響く。

     

     







    「にゃあん」

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