「ファッションから見た未来の芸能界」 第4話:綺麗なだけのオシャレが死ぬ。#114
AIで誰でもオシャレになれる
整った構図。
洗練された服。
雰囲気のあるビジュアル。
ある程度までは
簡単に量産できるようになった。
でも人は飽きる
綺麗なものが溢れると
人は飽きる。
これは歴史が証明している。
印刷技術が生まれた時も
写真が生まれた時も
デジタルが生まれた時も
最初は「すごい」と思っていたものに
やがて人は慣れた。
AIが作る綺麗さも
たぶん同じ道をたどる。
死ぬのは綺麗なだけのオシャレだ
誰でも作れる綺麗さは
もう価値にならない。
そのとき死ぬのは
「綺麗なだけのオシャレ」だ。
残るのは履歴だ
逆に価値が出るのは
AIでは代替しにくいものになる。
生き様。
クセ。
汚れ。
矛盾。
年齢。
実体験。
そういう
履歴のあるものだけが
その人にしか出せない輪郭になる。
AIが作れないノイズ
AIが作るものは
整っている。
ノイズが少ない。
破綻がない。
文脈の傷がない。
でも人間には
失敗、迷い、生活感
似合いきっていない瞬間
過去とのズレがある。
そのノイズが
逆に本物になる。
綺麗より本物が強い
完成度がコモディティ化※すると
固有性が価値になる。
未来に残るのは
「綺麗」な人ではない。
「本物」の人だ。
※コモディティ化とは
かつて差別化の武器だったものが
誰でも持てる当たり前になること。
綺麗なビジュアルが
AIで誰でも作れるようになった状態が
まさにこれにあたる。
次回 #115
ファッションから見た未来の芸能界⑤。

