
バーニング・ラブ:私の最高にして最大の愛の歴史
バーニング・ラブ:私の最高にして最大の愛の歴史
【プロローグ】
私の最高にして最大の愛の歴史は、たまたま登録したアプリ内で出会った人とのものだった。
当時の私は、家族という重い鎖を背負い、自分の未来も、女性としての幸せもすべて諦めたような顔をして日々をすり減らしていた。現実の世界はあまりにも息苦しく、ただ息をしているだけの毎日に、ある日、小さな隙間が生まれる。
「はじめまして」
画面の向こうから届いた、なんてことのないその一言が、私の凍りついた人生を激しく燃え上がらせるカウントダウンになるとは、その時の私はまだ知る由もなかった。
彼の名前は、まもる。 仙台に住む、元ホストでサーファーの男。
【第1章:暗闇の中の光】
仕事もやる気が出なくて、つまらない。 会社にもいたくないけれど、かと言って、あの重苦しい家にも帰りたくない。 当時の私は、どこにも居場所がないまま、ただ毎日をやり過ごしていた。
そんな私の乾ききった日常に、まもるの言葉は、見たこともない鮮やかな色を落としていった。
私たちは、本当に色んなことを話した。今日あった何気ない出来事、それに対する自分の素直な感想、大好きな音楽の趣味の話。現実の誰にも言えない本音を、画面の向こうのまもるにだけは、なぜかするすると打ち明けることができた。
まもるは夜の仕事のほかに、昼間もある会社を経営していた。その事務所は小学校のすぐ近くにあって、夕方になると、下校する子どもたちが前を通りかかるのだという。
「今さ、ガキ達が事務所の前を通ってさ……」
そう言ってまもるが教えてくれる、子どもたちとの賑やかで優しいやり取りの数々。夜の世界に生きる不器用な男が見せる、その意外なほどの優しさが、私はたまらなく愛おしかった。
そして何より、彼と交わす言葉の一つひとつが、私にとってはとてつもない刺激だった。 真面目な教えの中で育ち、これまで触れたことのないヤンキー特有の、東北弁が混ざるような独特の話し言葉。その粗削りで温かい響きに、私は初めて、自分とは違う世界があることを知った。言葉の端々からこぼれる彼の生き様が、凍りついた私の心を、ゆっくりと溶かしていったのだ。
一方で、彼はどこか危うい影も持っていた。趣味のサーフィンの話になると、彼は少年のように熱くなった。
「今、台風が来ててさ。これから海に行ってくる」
画面の向こうの言葉に、私の心臓はドクリと跳ね上がる。 危ないからやめて、と叫びたいのに、彼を縛る権利なんて私にはない。ただただ心配でたまらなくて、胸が締め付けられるような夜を何度も過ごした。
彼を止める術はない。分かってはいても、荒れ狂う波に向かう彼の背中を想像するたびに、私は祈るしかなかった。 「お願いだから、どうか無事でいて。生きて帰ってきて」 そんな切実な願いを、一度として彼に伝えることはできなかったけれど、私の心はいつも、彼と同じ荒波の中にいた。
お酒の飲み過ぎで腎臓を悪くしていると言っていたこと、いつもどこか破滅的でハラハラさせられること。「私、危険な男が好きなのかもね」と、今ならクスッと笑えるけれど、当時は彼のすべてが心配で、愛おしくて、たまらなかった。
私の知らない広い海で、命を焦がすように波に乗る人。そして、小さな子どもたちに真っ直ぐな優しさを向ける人。会ったこともない、画面の向こうの「まもる」という存在に、私の心は完全に囚われていた。現実の息苦しさをすべて忘れてしまうほどに、私は彼に、のめり込んでいったのだ。
【第2章:断ち切る鎖、見上げる空】
当時、私にはお付き合いしている恋人がいた。熱烈に好意を寄せてくれて、付き合ってほしいと頼まれて始まった関係だった。とても優しくて、一緒にいれば楽しかった。けれど、心の中にどこか、どうしても埋まらない決定的な隙間があった。
遠く離れた距離のせいだけではない。私の心の真ん中には、すでに、一度も触れたことのない仙台の「まもる」が居座っていたからだ。
画面の向こうのまもるを想うたび、胸の奥が焼けつくように熱くなる。会ったこともない人を、ここまで狂おしいほど好きになってしまうなんて、自分でもどうかしていると思った。
だけど、自分の気持ちに嘘をついたまま、優しい恋人と付き合い続けることは、どうしてもできなかった。「酷い女だと思われてもいい。私は、この燃え上がる気持ちに命を懸けたい」私は、恋人に別れを告げた。すべてを失ってでも、まもるへの愛に対して誠実でありたかった。
その頃の私は、実家という逃げ場のない檻の中で、過度な束縛に窒息しかけていた。外泊なんて、絶対に許されない環境。けれど、恋人を振るほどの覚悟を決めた私の情熱は、もう誰にも止められなかった。
「京都へ、出張に行ってくる」
かつて本当にあった仕事を口実に、私は親に最大の嘘をついた。心臓が口から飛び出しそうなほどの恐怖と、それを遥かに上回る期待を胸に、私は京都とは真逆の方向――まもるのいる、仙台へと向かう新幹線に飛び乗った。
「会えないから」と、最初に彼から言われていた約束なんて、もう今の私には関係なかった。ただ一目、まもるに会いたい。もしも仙台の街で彼に出会えたなら、その時は――。
【第3章:奇跡を求めた街で】
新幹線が北へ進むにつれ、私の胸の鼓動は激しさを増していった。もし、この広い仙台の街で、奇跡的にまもるに出会えたなら。
私は、彼にすべてを捧げてもいいと本気で思っていた。 結婚なんて大それた形式は、最初から望んでいない。ただ、愛するまもるの腕に抱かれたかった。そして――私の人生の中で、唯一「この人の子どもを産みたい」と魂の底から願ったのは、後にも先にも、まもる、あなただけだった。彼と自分を繋ぐ、生きた証が欲しかった。それほどまでに、私は一人の女性として、まもるを本能のレベルで愛していたのだ。
事前に送ってもらっていた、まもるの写真を握りしめるようにして、私は見知らぬ仙台の街を歩いた。すれ違う人の波の中に、彼の面影を探す。「もしかしたら、ばったり会えるんじゃないか」そんな淡い期待を抱きながら、私はただひたすらに歩き続けた。けれど、いくら歩いても、奇跡の神様は微笑んではくれなかった。
胸が押しつぶされそうになりながら、私はついに、携帯の画面を開いて文字を打ち込んだ。
『今、仙台にいるの。会いたい』
送信ボタンを押した指が、かすかに震える。けれど、まもるからの返信は、待てど暮らせど返ってこなかった。仙台の冷たい風が、私の火照った身体を容赦なく冷ましていくようだった。
諦めて東京行きの新幹線に乗り、現実の街へ引き返した。私の熱い夢は、ここで終わったのだと絶望に暮れながら、東京駅のホームに降り立ったその瞬間。ポケットの中で、携帯が短く震えた。まもるからのメッセージだった。
『あかりさんとは、このままの綺麗な関係でいたかった。だけど、「会いたい」って言われちゃったら、もうこれ以上は無理だよ』
画面に浮かんだその文字が、涙で滲んでいく。冷たく突き放されたはずなのに、そこには、ネットの中の幻想として私を傷つけまいとした、彼なりの不器用な優しさが透けて見えた。私の最高にして最大の、バーニングラブ――激しい恋の炎は、こうして静かに、けれど一生消えない炭火のように、私の胸の奥深くへと仕舞い込まれたのだった。
【エピローグ】
あの涙の東京駅から、何年もの月日が流れた。まもるの言う通り、私たちの関係は途絶え、私はまた、息苦しい現実の日々へと戻っていった。それでも、私の胸の奥には、仙台の冷たい風の中で燃え上がっていたあの激しい恋の残り火が、消えることなくずっと息づいている。
忘れることなんて、できるはずがなかった。だって、まもるとやり取りするために必死に記憶したあの文字列――彼のメールアドレスは、何年経っても私の頭の中から消えてくれなかったから。それは、私が一人の女性として命懸けで恋をした、大切な勲章のようなものだった。
そんなある日、世界を揺るがすような大きな地震が起きた。 テレビに映し出される緊迫した映像。震源は、東北。その瞬間、私の頭に真っ先に浮かんだのは、あの仙台の街のこと、そして、台風の海へ向かう彼を心配して震えていたあの夜のことだった。
「まもる、無事でいて――」
気がつけば私は、携帯を握りしめ、脳裏に刻み込まれていたあのメールアドレスを夢中で打ち込んでいた。会いたいと言って拒絶されたことへの躊躇なんて、彼の安否を想う必死さの前には、一瞬で吹き飛んでしまった。
『大丈夫!? 生きてる!? 心配でメールしました』
祈るような気持ちで送信ボタンを押す。返事なんて来ないかもしれない。もうアドレスが変わっているかもしれない。そう思いながら、祈るように画面を見つめていた数分後――信じられないことに、携帯が短く震えた。
『普通に生きてるよー!(笑) 心配してくれてありがとね』
画面に躍り出たのは、あの頃と全く変わらない、どこか軽やかで、憎めないまもるの言葉だった。
「なんだ、相変わらずだな……(笑)」
涙が溢れると同時に、お腹の底からフフッと笑いが込み上げてきた。あんなに狂おしく泣いて、私の人生のすべてを懸けて愛した人は、やっぱりどこまでも、私が好きになったあの「まもる」のまま、世界のどこかで飄々と生きている。あのお酒の飲み過ぎだった腎臓も、きっと今頃はなんとかやっているに違いない。
それ以来、彼とメッセージを交わすことはもうない。だけど、今でも私はあのメールアドレスを、一文字も間違えずに覚えている。
会えなくたっていい。もう二度と交わることがなくたって構わない。私の人生の引き出しの、一番大切な特等席には、今でもあの眩しい『バーニングラブ』が眠っている。そして、それを思い出すたびに、私の心はいつでも、あの命懸けで恋をした熱い体温を取り戻すことができるのだ。
(追記) この物語は、私自身の過去の経験と、宗教三世という環境の中で抱えていた葛藤という事実を織り交ぜて綴ったものです。私の「残り火」を、少しだけお裾分けしました。