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5分SF|好きにすれば

人類は、ようやく異星人と話せる日を迎えた。

 問題は、ほとんど話が通じないことだった。

***

 彼らの文明は、人類より約300万年進んでいるという。

 世界中から科学者が集められた。

 物理学者。

 天文学者。

 数学者。

 生物学者。

 人類が持つ最高の頭脳だった。

 会談が始まった。

「まず、恒星間航行について教えていただけますか」

「もちろんです」

 異星人は答えた。

「最初に、空間は3次元ではありません」

 科学者たちが頷いた。

「あなた方が時間と呼んでいるものも、独立した軸ではありません」

 何人かが頷いた。

「観測されていない領域では、因果関係そのものが——」

 頷く人が減った。

「そこから位相を折り畳み、存在確率を外側へ——」

 一人も頷かなくなった。

「すみません」

 物理学者が手を挙げた。

「はい」

「どのあたりから分からなくなったと思います?」

 異星人は少し考えた。

「最初です」

「ですよね」

***

 質問を変えた。

「宇宙は、どうやって始まったんですか?」

「説明はできます」

「お願いします」

「理解はできないと思います」

「どのくらい難しいですか?」

 異星人は考えた。

「あなたがミジンコに税制を説明するくらいです」

 会場が静かになった。

「そんなに差がありますか」

「もう少しあります」

「ミジンコ以下ですか」

「知能の話ではありません。前提となる概念がないのです」

「なるほど」

 科学者はメモした。

《ミジンコ以下ではない》

***

「死は克服しましたか?」

「かなり」

「エネルギー問題は?」

「ありません」

「食料問題は?」

「ありません」

「戦争は?」

「約80万年前に終わりました」

 人類側がざわついた。

 何を聞いても、はるか先だった。

 こちらが何千年、何万年かけて辿り着く場所を、彼らはとうの昔に通り過ぎている。

 会談開始から2時間。

 休憩に入った。

***

 科学者たちが席を立った。

 異星人も立った。

 そして、人類側の通訳に近づいてきた。

「あの」

「はい」

「少しいいですか」

「もちろんです」

 異星人は周囲を確認した。

「最初の挨拶、変じゃなかったですか?」

「挨拶?」

「はい」

「普通でしたよ」

「途中、少し噛みました」

「気づきませんでした」

「本当ですか?」

「はい」

「よかった」

 異星人は大きく息を吐いた。

 通訳は初めて、その表情が緩むのを見た。

「緊張してたんですか?」

「当然です」

「300万年も先の文明なのに?」

「関係ありますか?」

 異星人は少し首を傾げた。

「異星人と話すのは、初めてなので」

 通訳は笑った。

「こっちもです」

「そうか」

「こっちは半年練習しましたよ」

「何を?」

「最初の挨拶です」

「半年も?」

「昨日なんて、代表が緊張して寝られなかったらしいです」

 異星人が驚いた。

「地球人も緊張するんですね」

「しますよ」

「失敗したら恥ずかしい?」

「もちろん」

「私もです」

 二人で笑った。

 会談が始まって初めて、話が噛み合った。

***

 休憩が終わった。

 会談は再開された。

「最後に、個人的なことを聞いてもいいでしょうか」

 人類代表が言った。

「どうぞ」

「あなた方ほど文明が進んでも、緊張はするんですか?」

「します」

「不安も?」

「あります」

「嫉妬は?」

「あります」

「仕事に行きたくない日は?」

「あります」

 会場から笑いが漏れた。

「夫婦喧嘩は?」

 異星人が黙った。

「……あります」

「300万年進んだ文明でも?」

「はい」

「そこは解決できなかったんですか?」

「研究は続いています」

 会場が笑った。

 異星人も笑った。

***

 会談が終わりかけたころ、人類代表が言った。

「もし可能なら、滞在を1日延ばしていただけませんか」

「1日?」

「はい。まだ聞きたいことが山ほどあります」

「私は構いませんが……」

 異星人は少し間を置いた。

「妻に確認します」

 会場から、また笑いが漏れた。

「300万年進んでいても、そこは確認するんですね」

「重要です」

 異星人は目を閉じた。

 数秒後、開いた。

「返事が来ました」

「早いですね」

「《好きにすれば》と」

「ああ……」

 あちこちから声が漏れた。

 異星人は不思議そうに周囲を見た。

「何です?」

「いや、その……」

 人類代表が聞いた。

「それだけですか?」

「はい」

 異星人は少し考えた。

「つまり、許可が出ました」

 会場が静かになった。

「帰った方がいいです」

「なぜです?」

「怒ってます」

 異星人は目を閉じた。

 数秒して、また開く。

「確認しました。やはり《好きにすれば》です」

「それは、好きにしていいという意味ではありません」

 異星人の動きが止まった。

「では、どういう意味です?」

 人類代表は考えた。

「……分かりません」

「分からないのに、怒っていると分かる?」

「はい」

 異星人は科学者たちを見た。

 日本人も。

 アメリカ人も。

 中国人も。

 インド人も。

 全員、頷いていた。

「どうやって判断しているんです?」

「それは……」

 誰も説明できなかった。

 異星人はしばらく黙った。

「前提となる概念がない?」

 物理学者が頷いた。

「たぶん」

 異星人の視線が、しばらく宙の一点に留まった。

「記録しました」

***

 その日、人類は300万年先の科学を何一つ理解できなかった。

 異星人は滞在を延長せず、

 予定より少し早く帰った。



5分SF
今日より少し先の未来を、5分以内で。
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