介護って? ①幕開けは突然にやって来たんかい!!
介護についてのあたしなりの記事を書きたかったのですが、まずはあたしが50歳半ばで初めて自分が動いて行かなければならなかったことへの道のりから始まります。
よろしければここからお付き合いくださいね。
現在同居中の実母はあたしの住んでいる隣の市に元々は住んでいました。
実父とは熟年離婚をして隣の市に1人で暮らしていました。
あたしが結婚して2人目の子どもである娘が生まれた頃。約30年ほど前に母は再婚してそのまんま26年ほど再婚相手の方と暮らしていました。
実父も後に再婚して認知症を発症し6年前に亡くなりました。
あたしは子どもたちが1人暮らしや結婚で家を出たので
夫とうさぎと暮らしていました。
色々大変やったけどようやく自分のために時間を使えるようになり、仕事も楽しく勤めていて、新しくゴルフを始めてみたり、うさぎがいるから旅行には行けませんが日帰りで友人らと遊んだり夜に食事に行ったり好きな事をして楽しむ事ができ充実していた時代です。
でもそんな時は長くは続かない運命やったみたいです。
そして…
4年半前の寒い日の朝。
母があたしに電話をかけて来ました。
「死んでん。さっき病院で死んでん。」
誰が亡くなったかはあたしにはすぐわかったんです。
慌てたような泣き出しそうな
そんな初めて聞く母の声でした。
再婚相手のおじいちゃんが
亡くなりました。突然でした。病気はあったのでしばらく入院していて、まさかこんなに早く逝くとはあたしも思いませんでした。
以前に母の住む家に行った時にマリトッツォが流行りやったからおやつに買って行ったのですが、その再婚相手の方は甘いもの好きな方でそれを頬張る姿が思い出されました。
でもその時に。
あたしはちょっと思っていた。もう長くは無いかな。となんかふっとそう思いました。食べてはいるが生気が無い感じがしました。
急に伴侶を亡くした母は今から思うとパニックになっていたと思います。
ここには書けないですが人が亡くなるといろいろな事が考えなく突然やってきたりします。
あたしもそう痛感する事が実際に有りました。
パニックになっていた母は
これからどうすれば?あたしはすぐにはわかりませんでした。
ただ
あたしもあのかなり古い家に母が1人暮らしするのは何年かしたらきっとキツくなると思ってました。
手が不自由になっていたのもありまともに料理も出来ていなかった。
地震や台風など安全面でも心配が有りました。
しばらくの間、あたしは仕事しながら様子を見に行ったりしていました。母はあたしが作っていた食事にも手を付けずに毎日泣いていたみたいでした。精神的に不安が襲っていたのでしょう。
そして
あたしのうちに来たいと遠回しに言われました。
そう母が思うようになるにあたっては割愛させてください。理由はありました。
「一間で良いねん。」と泣きながら電話が有りました。
すぐにうちに来たいのかなと思いました。
母には毎日話す友達も沢山いて住み慣れた環境で老後は暮らした方が絶対に良いと思っていました。
近いうちにまた母には安心出来る住処を探すつもりでした。住み慣れた場所でずっといられるように。
ただ… 1人暮らしはほんまに母は大丈夫かな?
母の性格を知っているだけに
あたしには一抹の不安が有りました。
②へつづく
