
あかり町日和 ―郵便ポストと、届かない想い―
【登場人物と設定】
千堂(せんどう)あかり(28歳)
都会から古びた町に引っ越してきたフリーのライター。観察力と人の話を聞く力が抜群。おっとりしていて天然に見えるが、鋭い推理力を持つ。町田(まちだ)源一(68歳)
町の雑貨屋を営むおじいさん。人生経験豊富で、おしゃべり好き。あかりにとって“ちょっと面倒だけど頼れる存在”。ミケ
町田さんが飼っている三毛猫。事件の鍵を握ることもある(?)。気まぐれ。町の人々(主婦、郵便屋、パン屋の娘など)
毎回、誰かが“ちょっとした困りごと”や“不思議なできごと”を持ってくる。
第三話
「消えた手紙と三通の嘘」
郵便ポストから、手紙が消えているらしい。
「手紙って、出した瞬間から信じるしかないものなんだよね。
だから、なくなってるってわかったとき……ちょっと、こわくなっちゃって」
そう言って眉をひそめたのは、春子(はるこ)さん。
町の文房具店を一人で営んでいて、手紙のことになると少しだけ早口になる。
「ポストに入れた手紙がね、三日連続で、配達されなかったの」
あかり町に春の風が吹くころ。
この町で暮らして一年が過ぎようとしているわたし、千堂あかりは、相変わらずちょっと変な相談を受けていた。
「あの、確認なんですけど……春子さん、その手紙、本当にポストに入れました?」
「当然でしょ。うちの店の前の赤いポストよ? いつも出してるの。
しかも今回は、東京の孫に送った写真入りの手紙。ぜったいに、入れた。間違いないわ」
春子さんは眉をつりあげて、ピシャリと言った。
「出したのは、日曜日、月曜日、それと今朝。だけど、日曜と月曜の分は届いてないって孫から電話が来たのよ」
春子さんは几帳面で知られている人だ。
郵便の宛名も定規で引いたみたいに整ってる。
だから、出し忘れや書き間違いの線は薄い。
「配達のミス、ってこともあるんじゃ……」
「それも考えて、郵便局にも聞いたわよ。でも、配達記録にその手紙はなかったって言われたの」
「つまり……ポストに入れたはずの手紙が、配達まで届いてない?」
「そう。……あかりさん、これって、盗まれてるってことじゃないかしら?」
その言葉に、思わず体がこわばる。
郵便ポストは、町の誰もが安心して使っているものだ。
もしそこに手を入れられる誰かがいたら——それは、思った以上に大きな問題だ。
「ちょっと、見てみてもいいですか? そのポスト」
春子さんの店の前にある赤いポストは、町の中でも古いタイプのものだった。
コロンと丸い頭、左右に口が開いている、レトロなスタイル。
「この口、両方使ってるんですか?」
「うん。左は定型、右は速達や小包。わたしはいつも左口よ」
わたしは身をかがめて、ポストの投入口を覗き込む。
中は見えない。
でも、ちょっと変だと思ったのは、投函口の内側に、かすかな擦れた跡がついていたこと。
そのあと、雑貨屋に寄って、源一さんにも話をした。
「ほほう……そりゃあ、また物騒な話じゃのう」
源一さんは湯飲みを手にしながら、相変わらずのんびりした口調でうなずいた。
「ポストの中から盗まれた、ってんなら、大問題じゃ。
けど、ほんとに盗られたんかのう。投函された時点で、すでに問題が起きとる可能性もあるぞ」
「どういう意味ですか?」
「手紙はな、中に入ったようで、入っとらんこともある。
たとえば、途中に何か引っかかるもんがあれば……そこに溜まってしまうじゃろう」
「引っかかる場所……」
「うむ。古いポストなら、中に板の歪みや隙間があってもおかしくない。
ちゃんと投函されたと思うて、実は中に落ちておらん。そんなこともあるかもしれん」
その言葉が引っかかって、翌朝。
わたしは配達員の川井くんに直接声をかけてみた。
川井くんは20代前半の素直そうな青年で、この町の配達を任されている。
「そのポストの中、朝に集めるときって、なにか変わったことありましたか?」
「うーん……あ、そういえば」
川井くんは首をひねって言った。
「月曜の朝、手を入れたとき、紙がやたら手前で引っかかってたんです。
でも、奥にはなかったんですよ。紙くずかなって思って、取り出さなかったんですけど」
「それ、もしかして……手紙だったかもしれません」
「えっ」
すぐに春子さんと一緒に、ポストの中を郵便局の許可をもらって確認させてもらった。
すると——投入口のちょうど裏側の金具に、三通の手紙が引っかかっていた。
風で舞った封筒の角が、金具の隙間に挟まり、そこに次々と重なるように引っかかっていたのだ。
「……そんなことが」
春子さんは手紙を手に取りながら、小さく息をのんだ。
「盗まれたんじゃなくて、届かなかっただけ……でも、誰も気づかなかったら、このまま無かったことになってたかもしれないのね」
わたしはそっと笑って言った。
「うん。でも、届いていないことに気づいたのが、春子さんだったから、見つかったんです。
誰かのことをちゃんと気にかけて、ちゃんと投げかけたから、回収できたんだと思います」
その週、町のポストには、郵便局の手で投函口の金具の調整と清掃が行われた。
掲示板には「お手紙が届かないときは、ご相談ください」とやさしい文字で書かれていた。
春子さんの手紙は、三通とも無事に届いた。
あとで聞いたら、お孫さんから絵葉書で「ポストが直ってよかったね!」と返事が来たそうだ。
春子さんは、その絵葉書を両手で持って、静かにうなずいた。
「あの子、ちゃんと受け取ってくれてたのね……よかった」
——たった一通の手紙でも、人の心に灯りをともすんだな。
わたしはそんな風に思いながら、少し冷えた春風に、そっと手を差し出した。