
小説パンク
「自分にしか書けないもの」と言うよりは、
「自分しか書きゃあしねぇだろこんなもん」
が書きたい。
「皆が読みたいもの」「世に求められているもの」は、
私以外の方がもっと上手く書けるし、
そりゃあ面白いに決まっている。
大して読まれず評価も多くは付かないにも関わらず、
書き続けていられるのはそのためだ。
「私が書かなければこの話は世に存在すらしないだろう」
という世間様には無益な使命感に突き動かされている。
ちなみにメインテーマやあらすじには、
似通ったものが見受けられても一向に構わない。
私の文体と語彙選択が醸し出す味わいは、
誰一人食い切れないとしても、
私にしか作り出せないはずである。
AIに学ばせたとして「私風」が限界だ。
まさしく私の思考をすなわち、
血肉を通したものではない。
その程度のものに何の価値がある。
申し訳ないが繰り返す。
その程度のものに何の価値がある。
私はダリ風のガレ風のゴッホ風のミロ風の
馬琴風のユゴー風の安吾風の作品など見たくはない。
それぞれにその人物であるからこそ価値があるのだ。
ヒトの血肉を軽んじるなかれ。