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labbit🐇⸒⸒

    「愛してるよ」

    台所に立つ彼女の言葉が鼓膜に触る
    彼女が人参を切りながら簡単に言う言葉に頬が強ばる。
    心から受け取れない。
    こういう時、なんて返せばいいんだろう?

    「いつもありがとう。」

    「そうじゃない。」

    彼女が、振り返り僕を睨む。
    こういうその場しのぎを、彼女は嫌う。

    「まぁいいや」

    彼女が向き直ってまた人参を切り始める。
    明らかにさっきより力が入っていた。
    僕も強ばった頬を元に戻すためにテレビで流れるネタ番組に目を移す。
    さっきと同じコントだけど、もう笑いどころは過ぎていた。

    ガンッ

    皿を無言で僕の前に置き
    フォークを右、スプーンを左、箸を目の前に差し出す
    こういうところが彼女のすごいところで
    毎日のことだけど心の中で小さく拍手する。
    箸の持ち手の方を僕に渡してくれればもっといいけれど

    「食べよ」

    「今日は肉団子?」

    「ハンバーグだって」

    「あ、ごめんね」

    また、やってしまった。
    テレビに映る漫才師のツッコミだけが、僕の心を代弁している。

    どう見ても球形のハンバーグを口に運ぶ。
    うん、やっぱり彼女の味だ。
    僕の理解から遠いところにある。
    でも、
    『明日から僕が作ろうか?』
    なんて言うと彼女は、今度こそまな板を真っ二つにすると思う。
    彼女も正面に座って食べ始めた。

    「明日から友達と旅行行くから」

    「いいね!羨ましい」

    「寂しくないの?」

    彼女の目線の先は部屋の設定温度より低くなっている。

    「寂しいに決まってるじゃん。でも、雪が楽しんできてくれる方が嬉しいんだよ」

    「ふーん、3日間いないから」

    「何するのー?」

    「男漁りでもしよっかなー?」

    また、こちらを睨む。
    すぐ、テーブルを立ち上がり彼女に擦り寄る。

    「それは嫌だよ〜」

    彼女の口元が緩んだのを見逃さなかった。
    すかさず続ける。

    「雪がいなくなったら生きていけないよ〜」

    「嘘だよ。」

    「ほんとに?」

    乾ききっているが、精一杯目を開けて言った。

    「ほんとだよ、だって涼くんいるから!」

    良かった。
    これは知ってる。
    とりあえずもう大丈夫。
    まだ、なにか言っているようだったがいつも通り

    「わかった!」

    と、返事してしまった。

    次の朝、起きると彼女が準備して部屋を出る前だった。

    「じゃあ、昨日言ったことよろしくね。」

    ん?

    「わかった!任せて!」

    嘘である。
    なんにも覚えてない。
    ガッツポーズの拳が震えていることに気づいて、すぐ取り下げた。
    聞き返したら昨日の夜は無かったことになるだろう。
    それどころか今後に関わる。
    思い出さねば。

    彼女が家を出て数分。
    部屋を歩き回って思いついたのはゴミ出しと掃除くらいだ。
    でも、これは違う。
    どちらも僕の担当だ、特別頼むことではない。
    じゃあなんなんだ。
    彼女がやって欲しいことで、彼女が留守中にしかできないこと…
    いや、彼女がいない3日間は平日だ。
    役所関係かもしれない!
    閃いてからは早かった。
    彼女宛の封筒を軒並み開封し、確認する。
    まったくない。
    あとやったあと気づいたけど、これはこれでまずい気がする。
    とりあえず、押し入れの奥に押し込む。
    まぁ、いい。
    空き巣に入られたことにしよう。

    携帯が鳴った。

    「涼、今日暇ー?」

    「暇?っちゃあ暇だよ」

    「じゃあ、家集合で」

    「了解、純奈の家ねー」

    彼女と付き合って全然相手出来なかったのでたまにはいいだろう。
    軽く上着を羽織って外に出た。


    純奈の家に入るのは、およそ1年ぶりになるだろうか?
    うちとは全く違う。
    服が脱ぎ散らかしてあってシンクも皿でいっぱいなのにコンロの手前に置かれた灰皿とタバコは綺麗に並んでいる。
    純奈のこういう所がいい。

    「お邪魔します」

    「まぁ、入って」


    もう5年か…
    長いな

    「何すんの?いつもと同じ?」

    「違う。」

    「なになに?笑」

    脱ぎ散らかした服や、下着の上に座るのは純奈の家じゃ、当たり前のことだった。

    「涼はさ、私の事好きじゃないの?」

    「好きに決まってるじゃん、嫌いな相手とは会わないでしょ」

    「じゃあ、まぁいいか」

    純奈に覆いかぶさる。
    悪い気はしないから


    「待って今日、映画半額じゃない?」

    お互いに満足した頃、純奈が言った。
    出た、この突拍子の無さが純奈の苦手なところだ。
    外に出るならもう少しまともな格好をする。

    「俺今日、ほぼパジャマなんだけど」

    「ほぼならいいじゃん」

    「わかった…」

    お前の理屈だろ、と心で言いそうになるのを抑えてたまには純奈に従ってみる。

    「元彼のジャケットならあるよ?」

    「いらない」

    「じゃあいいね」

    「うん」

    服を着直して外に出ようとすると、純奈が言った。

    「タバコいい?」

    「1本ちょうだい」

    「だよねー笑」

    悪い気はしなかった。

    「そういえばさ、彼女が3日間旅行なんだよね。」

    「泊まっていけば?」

    「いや、最後まで聞いて」

    「あ、ごめん」

    「頼まれ事してんのにさ忘れたんだよね。純奈、なんか知らない?」

    「知るわけないじゃん笑」

    まぁ、それはそうだよな。
    煙を吐きながらでも全く思いつかない。
    まぁ、隣に純奈がいるのもあると思うけど。

    次の日の朝目を覚ましたのは当然、純奈の家だった。
    隣で寝ている純奈を見ながら彼女のことを思い出した。
    あ、やば
    ケータイを見ると、彼女からメッセージはなかった。
    とりあえずセーフだ。
    今、12時。
    とりあえず1回、電話してみるか
    【雪】
    タップする指はもう震えていない。

    「もしもし?」

    「あ、もしもし。涼ちゃん?どうしたのー?」

    用事などないと言ったら、それはそれで違うんだろう。

    「いや雪、楽しんでるかなー?と思って」

    「楽しんでるよー。涼ちゃんの好きな物買って帰るからね」

    「ほんとに!?嬉しいー!」

    「じゃ、また明後日ねー!」

    すぐ切れてしまった。
    いつもなら、もう少し無駄話をペラペラと続けるのに。
    なんでだ?
    嬉しいー!じゃなくて楽しみー、とかの方が良かったのか?


    「頼み事の内容聞かなかったんだ。」

    純奈が起きてきた。
    タバコに火をつけ、僕にも1本渡す。

    「もういいかなって」

    「良くは無いでしょ笑」

    「いいんだよ」

    眉間のシワが見えないように少し下を向いた。

    「まぁあたしは、涼といれてるから別にいいんだけどね」

    「どゆこと?」

    「一緒に考えてあげるっていう、口実になるじゃん。笑」

    「じゃあ今日も一緒か」

    もう、13時を回っていた。

    「コンビニ行く?」

    純奈が言った。
    食べるものがないらしい。

    「純奈なんか作ってよ」

    「嫌だよ笑」

    「じゃあ、ハンバーグ食べに行こう?」

    「意味わかんない笑」

    「まぁ、いいか」

    パジャマのまま、外へ出た。
    コンビニまで徒歩5分。

    「これ、食べようよ」

    純奈がポテトチップスを持ってきた。
    『私が作った方が美味しい』
    彼女の言葉を思い出した。

    「いや、朝からは重いって」

    「もう昼だよ?」

    「いらないの」

    「ありゃ、そう?」

    純奈が売り場に戻しに行く。

    「純奈ー?」

    「ん?」

    「1回、家帰るわ」

    「着いてっていい?」

    「ダメに決まってんじゃん笑」

    「すぐ戻ってくる?」

    「1時間もかかんないとおもう」

    「わかった」

    コンビニで純奈と一旦別れた。
    ここじゃ何も思い出せないから。

    「ただいまー」
    誰もいない部屋でも言う。
    彼女が居たら言わないと怒られてしまうから。
    部屋の中は昨日となんら変わらない。
    僕が純奈の家に行く前に飲んだマグカップがテーブルに置きっぱなしになっている。
    彼女に見られるとまずいので、急いでひとつだけ洗う。
    綺麗に片付いたテーブルに少し安心する。
    ひとまず、これで問題ない。
    彼女からメッセージが来ていた。
    『涼ちゃんにおすそ分けだよー』
    送られてきた写真は笑顔の彼女と雪うさぎ?みたいなものが映っている。
    『雪うさぎ?お揃いだね』
    既読はすぐについたのに全然返事がこない。
    またか…

    『涼ちゃんって私の気持ち全然わかってくれないよね』
    鼓膜の奥で、前に聞いた彼女の声がした。
    そんなことを言われても困る。
    ちゃんとやってるんだから

    【純奈】
    「もしもし」

    「あ、涼?大丈夫?」

    「あ、ごめん」

    「いや、全然いいんだけど」

    「純奈?」

    「ん?どした?」

    「僕、ちゃんと彼氏やれてるよね?」

    「え、どこが?」

    電話を切ってしまった。
    純奈からメッセージが入っていたが見なかった。

    台拭きを手に取ってテーブルを拭く。
    天板は綺麗で汚れはつかない。
    微妙にテーブルが濡れるだけだ。
    なんとなく脚を拭くと結構汚れてる。
    換気扇は拭くまでもなくドロドロだった。
    台拭きが真っ黒になる。
    台拭きの黒を裏にしてどんどん進む。
    コンロの裏、シンクの水垢
    全部がピカピカになっていく。
    こういうことだったんだ。

    綺麗になったキッチンは空気が澄んでいる気がした。
    『これ食べたくない?作ってみようかな?』
    また、彼女の言葉が浮かんだ。
    多分、ラタ…何とか

    【純奈】

    「もしもし」

    「なんか怒ってなかった?」

    「それはもういいんだけどさ純奈、ラタなんとかって料理作れる?」

    「ラタトゥイユ?何いきなり?作ったことはあるけど」

    よしよし

    「レシピ送って!」

    「自分で調べなよ笑。了解、送っとく。」

    純奈から送られてきたレシピは文章だけでわかりづらい。

    『材料買って行くわ』

    『あ、来んの?了解。』

    これで問題ない。

    買い物に行こうと外に出たら、粗大ゴミを回収するトラックがいた。
    結構綺麗なタンスや、ソファが捨てられている。
    まだ使えそうなのにもったいない。
    でも、持って帰ると怒られるのでさっさと通り過ぎる。

    『迎えに行こうか?』

    『頼む笑』

    トマト、パプリカ、
    ズッキーニ…?
    なんだっけ?
    きゅうりの別名?
    なんかあったかもな。

    レシピに書いてあるものはすぐ見つかった。
    ただ、ズッキーニだけがわからない。

    『ズッキーニって何?』

    『キュウリみたいなやつ。でかい。』

    目の前にあるキュウリの中から1番大きいものをカゴに入れた。

    会計を済ませ、スーパーを出ると、純奈が立っていた。

    「おかえり」

    「教えて」

    「いいよ」

    これでもう大丈夫だ。

    純奈の家のキッチンで買ったものの確認をする。

    「これで大丈夫?」

    純奈がズッキーニをじっと見ている。

    「なんか違う?」

    「いや、いいんじゃない?」

    良かった。

    「これが頼み事だったの? 彼女、変わったもの食いたがるね笑」

    「多分ね」

    純奈がズッキーニを手に取って言った。

    「上手くできたらいいね」

    「大丈夫でしょ」

    ふたりで台所に並んだ。
    彼女とはやったことがなかった。

    「これはこう?」

    「そうそう、ほいでこれ入れて。」

    「了解。」

    純奈の手順通りにやると簡単だった。
    料理ってこんなもんか。

    「皿は?」

    「もういいじゃん笑」

    「あ、うん。」

    家とは違うか、そりゃ。
    まぁ、いいや。

    「泊まっていくっしょ?」
    プラスチックのスプーンで僕の作ったラタトゥイユを食べる純奈が聞いてくる。

    「…うん。」

    「おっけー」

    「疲れたから寝るわ。」

    「これ、明日食べる?」

    「明日帰るから、純奈にあげる。」

    「ありがと」

    やっぱり純奈は友達だ。

    「じゃあ、また連絡して」

    「会いたいみたいなのはやめてね」

    「大丈夫だよ。彼女さんによろしく〜」

    「無理だよ笑」

    純奈の家を午前中に出た。
    彼女が夕方に帰ってくる。迎えに来いといわれるかもしれない。
    それに、今日が本番だ。

    数時間ぶりの我が家はやっぱり落ち着く。
    ピカピカのキッチンで材料を切り始める。
    彼女からの連絡はまだ、ない。


    部屋の前に着くとトマトの香りがした。
    迎えに来てと頼まなかったのは何となく嫌な予感がしたからだ。
    鍵を開けて部屋に入るとそこにはもうないはずのものがあった。
    「涼ちゃん、ただいまー」

    「おかえりー!」

    彼はやりきった顔でこちらを見た。
    あ、またか。

    「ほら、雪が食べたがってたやつ作ったよ。」

    テーブルの上には綺麗に配膳されたラタトゥイユがあった。
    これか。

    「涼ちゃんさ、私の話聞いてた?」

    彼の顔は引き攣り、さっきまでのが嘘みたいだ。

    「聞いてたよ」

    あ、そうか
    彼にとっては聞いてたことになってるんだった。

    「粗大ゴミ捨てた?」

    目の前にあったドレッサーを指差した。

    「それ、使えるじゃん。」

    なるほど、そうくるのか。
    謝って誤魔化すのかと思ってた。

    「ラタトゥイユ食べる?」

    「よくできてるね。」

    「上手じゃん。」

    「食べる?」

    「いらない。」
    私が作ってたべさせたかった。

    「涼ちゃんさー、」

    「なに?どしたの?」

    「私の事、好き?」

    「すき!愛してる!」

    「もういいって笑」

    「何が?」

    「別れようか、私達。」
    多分、なんか言ってたんだけど聞かずに家を出た。


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